クリスマス会
/*/ 惣一郎んちのクリスマス会 /*/
十二月の夜。
澄んだ冷気の中を抜けて、二人は市内でも古くからある住宅街へと歩いていた。
「ここ曲がると、惣一郎んちの通りだっけ」
「ああ。夜だと雰囲気ちょっと違うな」
並んだ家の中でもひときわ目立つ、瓦屋根の大きな二階建て。
黒塀と木の門構えが時代劇じみているその家が、惣一郎の“家”だった。
表札には、古い書体で「伊東」と刻まれている。
門柱には、小さなLEDイルミネーションが申し訳程度に巻き付けてあった。
「……本当にここだよな?」
「うん。何回か昼間に来てるでしょ」
彩女が笑う。
門の脇のインターホンを押すと、すぐに惣一郎の声が返ってきた。
『はーい、今開けるー』
ガチャリ、と門の鍵が開く音。
中から顔を出した惣一郎――伊東惣一郎は、いつものフードパーカー姿だった。
「おー、寒いだろ。入れ入れ」
石畳のアプローチを抜けると、広い玄関が待っていた。
欅の大きな引き戸に、分厚い板張りの床。
昔は何人も出入りしていたのだろうが、今はスリッパ立ても人数分そろっていない。
「おじゃましまーす」
「……おじゃまします」
靴を脱いで上がると、廊下の向こうからほのかに温かい光といい匂いが流れてくる。
惣一郎が案内したのは、一階の続き間のひとつ――
畳とフローリングが一体化した、広めのリビング兼ダイニングだった。
天井近くの鴨居には、安いLEDのイルミネーションがぐるっと巻かれている。
庭に面した掃き出し窓には、紙のガーランドがぺたぺた貼られていた。
「おー、ちゃんとクリスマスしてる」
思わず彩女が感心の声を漏らす。
「そりゃあね」
キッチンから顔を出したのは、エプロン姿――
ミニスカサンタ衣装の上から白いエプロンをかけた愛香だった。
赤いミニスカートに白ファー、その上にキッチン用の実用的なエプロンという、
やたらイベント感の強い格好である。
「惣くんち、普段は広いだけで何にもないから。今日くらいは雰囲気出さないと」
「おま、広いだけって言い方やめろ」
惣一郎は頭をかきながらも、まんざらでもなさそうだ。
古いけれどきちんと磨かれたダイニングテーブルの上には、スーパーのチキンと、それよりずっとおいしそうな大皿料理がいくつも並んでいる。
奥のキッチンでは、大鍋のクリームシチューがことことといい匂いを立てていた。
「寒かったでしょ? 荷物そこ置いて。飲み物、何がいい?」
わたわたと世話を焼く“サンタ+エプロン”愛香に、彩女はブーツを脱ぎながらあたりを見回す。
「へー……何回か来てるけど、こうやってちゃんと飾ると違うね。惣一郎んち、旅館みたい」
「それ絶対褒めてねぇよな?」
「……この前の合宿の時よりは片付いてる」
青見の素直な感想に、惣一郎が「あん時の話はやめろ」と眉をしかめる。
そんなやりとりを横目に、愛香が突然、ぱんっと手を叩いた。
「よし、じゃあまずは――彩女ちゃんの着替えからだね!」
「は? なにそれ」
くるっと振り返った愛香は、座卓の上からなにやら赤い布のかたまりを取り上げた。
もこもこの白いファーと、見慣れたクリスマスカラー。
「じゃーん! 彩女ちゃん、これ着ようね!」
「なにそれ」
「ミニスカサンタ衣装その2」
「ちょッ、馬鹿じゃない! 着ないわよ!」
即答で突っぱねながらも、彩女の視線はその衣装から離れない。
ひざ上どころか、明らかに“かなり上”な丈。オフショルダーっぽいデザインで、布の面積は愛香と同じく制服よりずっと少ない。
「二人並んでサンタさんだよ。わたしは“台所担当サンタ”」
愛香が自分のエプロンの端をつまんでひらひらさせる。
「青見くん、見たいよね」
唐突に振られて、青見の肩がビクッと跳ねた。
「え、み、見たい」
「正直者~」
にやけた惣一郎と愛香が、同時に親指を立てる。
彩女は顔を真っ赤にして、青見を睨みつけた。
「青見にいわせりゃ着ると思わないでね!」
「え、あ、ご、ごめん……?」
「着ないの?」
「……着るけど」
小声で絞り出すように言うと、惣一郎が「素直だなぁ」と笑いをこらえきれない様子で肩を揺らした。
「ほらほら、恥ずかしかったら、奥の和室で着替えてきていいから」
「当然でしょ!」
彩女はサンタ衣装をひったくると、そっぽを向いて廊下の奥へ早足で歩いていく。
引き戸がピシャリと閉まる音。
しばしの沈黙のあと、部屋には鍋の煮える音と、古い時計の秒針だけが残った。
「……お前らさぁ」
「なに? 青見くん、楽しみにしてるんでしょ?」
「……してないって言ったら嘘になるけど」
「ほらね」
ミニスカサンタ+エプロンの愛香がいたずらっぽく笑うと、惣一郎も「クリスマスだしサービスだよな」と頷く。
「その代わり、惣くんにはあとでトナカイの着ぐるみ用意してあるから」
「は? 聞いてないぞ!? この“伊東家”、そういう呪いでもあるのか?」
ぎゃあぎゃあ言っているうちに、廊下の襖がそっと開いた。
「……ちょっとなによこれ」
縁側からの外の冷気を背負って戻ってきた彩女を見て、三人とも一瞬、息を飲む。
赤いミニスカサンタは、思った以上に“ミニ”だった。
普段ジャージ姿で見慣れている分、その破壊力は余計に高い。
ウエストがきゅっと絞られているせいで、彩女の細さと、意外と大人っぽいラインが強調されている。
そして――
「へ、へそが……」
「見ない!」
青見は慌てて目線を逸らした。
丈が短すぎて、ほんの少し動くだけでへそがひょい、と覗いてしまうのだ。
「彩女ちゃん、細いから着れるけど、背が高いから丈が足りなくなるのかー。わたしのよりさらに攻めてるね」
「わざとでしょ、このサイズ選んだの!」
「ふふ、バレた?」
愛香が悪びれもせず笑うので、彩女は座布団を掴んで投げつける。
それを惣一郎がナイスキャッチ。
「いやでも、似合ってるぞ、普通に」
「そうそう、二人並ぶとクリスマスのポスターみたい」
「……だからってずっと見ないでよ、バカ」
青見は耳まで真っ赤にしながら、「いや、その、似合ってるから……」と小声で付け足した。
彩女の表情が一瞬ぐらっと揺れて、すぐにぷいっと横を向く。
「と、とにかく! さっさとご飯食べるわよ! この格好で長居したくないし!」
「はいはい、じゃあメイン並べちゃうねー」
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大きな座卓の上には、愛香が用意した料理が並んだ。
オーブン皿に山盛りのラザニア、彩りのいいポテトサラダ、星形のニンジンが浮かんだクリームシチュー。
真ん中にはスーパーの丸鶏ローストチキンがどん、と鎮座している。
サンタ服の裾にエプロンを止めた愛香が、そのあいだを軽やかに動き回る。
「うまそ……」
「えへへ、いっぱい食べてね、惣くん」
「お、おう……なんか、いつもの三倍ぐらいある気がするんだが」
「この家なら冷蔵庫も大きいし、余っても大丈夫でしょ」
「お前らオレの胃袋と伊東家を当てにしすぎだろ」
そんなツッコミを挟みつつ、四人は紙コップを手に取った。
中身は炭酸飲料。今日は全員まだ高校生だ。
「じゃ、とりあえず――メリークリスマス!」
カチン、と紙コップが軽い音を立ててぶつかる。
広い座敷に、外の冷たい空気とは別世界のような暖かい笑い声が満ちた。
「そういえば、惣一郎ってさ。クリスマス、毎年一人?」
「ストレートに聞くな、お前」
「いや、なんかさ――こういうの、初めてだなって」
青見が、少しだけ照れたように笑う。
惣一郎は炭酸を一口飲んで、肩をすくめた。
「まあ、そうだな。親が夜逃げしてからは、この広い家にずっと一人だし、
去年まではバイト終わって、この広い家でコンビニチキンかじりながらゲームしてた」
「……さらっと重いこと言わないでよ」
「家の名義とか金のまわりは、理事長――叔父さんがなんとかしてくれてるからな。
オレはとりあえず、ここ守りながら学校行って、バイトして、って感じ」
「うわぁ、贅沢なんだか寂しいんだか」
「放っとけ。……でも、今年はさすがに賑やかでいいわ」
その言葉に、二人のサンタ――彩女と愛香も、ふっと表情を緩めた。
「じゃ、ご飯食べたらプレゼント交換しよっか」
「あ、それ楽しみにしてた!」
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食事がひと段落した頃、愛香が座敷の隅に置いていた紙袋を真ん中に持ってくる。
「はい、じゃあ、一人ひとつずつプレゼントを入れてきたやつね。値段はだいたい同じくらいってことで」
「中身言ったらダメなんだろ?」
「当たり前でしょ。引いてからのお楽しみ」
四つの包みが、座卓の真ん中に並べられた。
それぞれ包み紙も個性が出ている。愛香のはやたらリボンが凝っていて、彩女のは雑にテープが貼られている。
「じゃ、くじ引き方式で。惣くん、なんか紙ない?」
「ほら、座敷用のメモ帳あった」
簡単なくじを作って順番を決め、ひとりずつプレゼントを取っていく。
「じゃあ、一番の人から開けていいよー」
「オレか」
惣一郎が紙袋をガサガサと開けると、中から出てきたのは――
「……筋トレチューブセット?」
「当たりだな」
青見が、どこか誇らしげに胸を張った。
「最近、家でも鍛えたいって言ってただろ。この梁の多い家なら、いくらでも使い道あるし。場所取らないし」
「おお、マジ助かる。サンキューな」
「よかったね、惣くん。これでさらにマッチョに」
「いや、ほどほどでいいからな?」
次は彩女の番だ。
恐る恐る包装紙を破いていくと、中からふわふわしたものが顔を出した。
「……なにこれ。もこもこ靴下?」
「三足セットです。足元冷えると風邪ひくからね」
愛香が微笑む。
靴下には雪だるまやトナカイの柄がプリントされていて、ちょっと子どもっぽいけど、見ているだけで楽しくなる。
「べ、別に嬉しくなんか……あるわよ、これは。ありがと」
「うん、彩女ちゃん、足冷たそうだし。サンタ衣装も絶対寒いし」
「なんで知ってんのよ」
「女子更衣室情報」
余計な一言に、また座布団が飛ぶ。
エプロン・サンタの愛香は、器用にそれを避けた。
青見の包みからは、星座のモチーフが入ったマグカップと、小さなハンドドリップ用のコーヒーセットが出てきた。
「おっ」
「それ、わたし」
「……なんで分かった?」
「なんとなく」
彩女が、サンタ帽をいじりながら目をそらす。
「テント泊の時さ、コーヒー淹れてくれたでしょ。あれ、ちょっとカッコよかったから……練習用」
「……そっか。ありがとな。大事に使う」
最後に残った包みは、当然、愛香のもとへ。
「開けるよ?」
「どうぞ」
中から出てきたのは、料理本と、手帳サイズのレシピノートだった。
料理本のタイトルには「一人暮らし男子のための簡単レシピ」とそれっぽい文字。
「これ……」
「惣一郎から?」
「ああ。いつも作ってもらってばっかだしさ。たまには、オレの方からもなんか返せればいいなって」
惣一郎はちょっと気恥ずかしそうに、頭をかいた。
「で、オレがこのデカい伊東家で練習するとき、味見してくれる厳しい審査員が要るだろ」
「……ずるいこと言う」
サンタ+エプロンの愛香は本を抱きしめると、ふわっと笑顔になった。
「もちろん。ちゃんと採点してあげる。惣くんなら、きっとすぐ上達するよ」
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気がつけば時間はあっという間に過ぎ、庭先の外灯のあかりが、吐く息の白さをくっきり浮かび上がらせていた。
「そろそろ、帰る時間だな」
コートを羽織りながら、青見がぼそっとつぶやく。
彩女はまだミニスカサンタのまま、上から自分のコートを羽織っているが、それでも足元が寒そうだ。
「ほんと、なんでわたしだけこの格好なのよ……」
「だって似合うんだもん。わたしは厨房用だから、エプロンで防御力上げてるし」
「その防御力の差に抗議したい」
エプロンの紐を結び直す愛香に、彩女がじとっとした目を向ける。
「青見、帰り道、前歩いて」
「なんで」
「風よけ」
「……はいはい」
苦笑しながらも、青見は縁側から土間に降り、先に靴を履く。
惣一郎は玄関まで送ってきて、木の引き戸を開けながら軽く手を振った。
「今日はありがとな。またなんか理由つけて集まろうぜ」
「次はお花見かな」
「早いわよ、気が早すぎ」
わいわいと騒ぎながら、二人は門の外の冷たい空気の中へ出ていく。
石畳のアプローチを歩きながら、彩女はちらっと隣を見上げた。
「……さっきのその、似合ってるってやつ」
「うん?」
「一応、ありがと」
ほんの少しだけ、頬を赤くして。
青見は、マフラーの中で小さく笑った。
「うん。メリークリスマス、彩女」
「……メリークリスマス」
背後の旧家・伊東家からは、まだ愛香と惣一郎の片付ける物音と、楽しそうな声が漏れてくる。
四人だけの、小さなクリスマス会。
古い一軒家の中に灯った、サンタが二人いるちょっと派手な灯りは――
きっと来年も、再来年も、彼らの記憶の中であたたかく揺れ続けるのだろう。