/*/ 期末前、冬キャンプの約束 /*/
放課後の教室は、いつもより静かだった。
黒板の端には「期末テスト時間割」の紙が貼られていて、その前で何人かが顔をしかめている。
窓際の席では、青見が真面目にワークを開いて――いるようでいて、ページの端にこっそり何かを書き込んでいた。
「……なにそれ」
背後から身を乗り出してきた影が、さらりとページを覗き込む。
安達彩女だ。片手に教科書、もう片方で青見の椅子の背を軽くつつく。
「勉強会の予定でも立ててるのかと思ったら……テントの絵?」
「見ないでいい」
慌ててノートを閉じようとするが、もう遅い。
「1月、冬キャン。……あんた、キャンプいくの?」
ワークの余白に書かれた小さな文字を読み上げて、彩女が眉を上げる。
「期末終わってから。山、雪はそんなに積もんないとこだし」
「冬に? 寒くないの?」
半分あきれ、半分ほんとに不思議そうな声。
「冬だと人少ないし、虫もいないから快適なんだよ。お正月は混むし」
「お正月は混むんだ……」
そこにちょっと感心するあたりが、いかにも彩女らしい。
年末年始の予定なんて、家と親戚くらいしか思いつかない。
「キャンプ場、家族連れ多いからな。焚き火の場所もテントの場所も、早い者勝ちになる」
「そんな世界なんだ……」
ぼんやりと窓の外を見る。
グラウンドの向こうに見える低い山の稜線は、もう夕焼けに沈みかけていた。
「それでさ」
青見が、ちょっとだけ言いにくそうに視線をそらす。
「この前言ってただろ。
“今度連れてきなさいよ”って」
「??」
一瞬、時間が止まった気がした。
あれは、体育祭の打ち上げのときだ。
スマホの写真を見せてもらって、朝焼けだの、雲海だの、焚き火だの。
やたら綺麗な写真ばっか見せられて、つい口が勝手に言ってしまった。
――今度連れてきなさいよ、そういうの。
言ってから、「あ、失敗した」と思ったやつ。
どうせ軽く流されるか、冗談扱いされると思っていた。
(……覚えてたんだ)
胸のあたりが、じわっと熱くなる。
言葉には出さないけれど、頬の内側がじんわり熱いのが自分でも分かった。
「それで、前言ってたけどさ」
青見は、さも当たり前のように続ける。
「一緒に行く? 冬キャン。
期末終わって、そんなに遠くないとこなら、親も許すだろうし」
「……あんたさ」
彩女はわざとらしくため息をついて、青見の机の端を指でこん、と叩いた。
「女の子にキャンプ誘うのに“虫いないから快適”とか“お正月は混むから”とか、もうちょっとロマンのある言い方ないの?」
「え、事実だろ?」
「そういうとこよ」
呆れたように言いながらも、心の底は全然怒ってない。
むしろ、笑い出しそうなくらい、嬉しい。
言うか、言わないか、一瞬だけ迷う。
けれど、期末前に変にモヤモヤ抱えたまま勉強するのも性に合わない。
「……テスト、落としたら行けないよね?」
「まあ、さすがに」
「じゃあ――」
彩女は教科書を胸に抱え直して、にっと笑った。
「一緒に行く。
テストちゃんと終わらせてからね。
約束」
そう言って指を一本立てると、
青見は、少し照れくさそうに、でもしっかりとその指に自分の指を軽く触れさせた。
「約束」
その仕草が、妙にくすぐったい。
「……なにニヤニヤしてんの、気持ち悪い」
「お前が言わせたんだろ」
そんないつもの調子で言い合いながら、
机の上には、さっきまでただの落書きだった「冬キャン」の文字に、小さく「2人」と書き足される。
窓の外、冬の山の線がすこしだけ近く見えた。
期末テストという現実はどっしり重く控えているけれど――
その向こうに小さくぶらさがった「冬のキャンプ」の約束が、勉強机の端っこで静かに光っていた。