なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

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スパリゾート・2

 

 

 ◇ 波のプール ◇

 

 

 四人で歩き出すと、すぐに足元のタイルがじわじわと水で湿ってくる。

 中央には大きな波のプール。沖側では、定期的に起こる人工波に合わせて子どもたちが飛び跳ねていた。

 

「うおー! 見ろよアレ、完全に海じゃん!」

 

 惣一郎がテンション高く指差す。

 

「“海じゃん”じゃないよ、ここ室内だよ」

 

 愛香が苦笑しながらも、その目はどこか楽しげだった。

 

「とりあえず、準備運動してからな」

 

 青見が半ば義務のように言うと、彩女が「はいはい」と手を回しながら肩をぐるぐる回す。

 

「こういうの、部活みたいでちょっと懐かしいんだよね」

 

「お前、ちゃんと部活で準備運動してたっけ?」

 

「してたし。サボってたのは、あんたでしょ」

 

「それは……否定できない」

 

 そんなやり取りをしながら軽く身体をほぐし、四人は波のプールの浅瀬へ入っていく。

 

「ひゃっ、つめた……! でも、きもちいい」

 

 足首に水が触れた瞬間、愛香が小さく跳ねる。

 プールの水は決して冷たすぎることはないはずなのに、肩まで浸かると、さっきまでの湿気のまとわりつくような暑さが一気に洗い流されていく。

 

「行くぞ、二人とも!」

 

 惣一郎が先陣を切って、少し深いところへとバシャバシャ進んでいく。

 

「惣くん、無理に前行かないでねー! 足つかなくなるとこあるから!」

 

 注意する声もどこ吹く風で、惣一郎は既に波打ち際付近まで到達していた。

 

「……ほんと、あいつは」

 

 青見が呆れたように息をつくと、隣の彩女がくいっと腕を軽く引いた。

 

「行こ。監視しなきゃでしょ?」

 

「彩女も暴れそうだからな」

 

「失礼な。ちゃんと様子見ながらはしゃぐの」

 

 言いながら、彩女はパーカーのジッパーを胸元まで下ろし、そのままプールの中で器用に脱ぐと、パッと両手で畳んで青見に押しつけた。

 

「はい。持っといて。流されたら困るし」

 

「……最初からそのつもりだっただろ」

 

「さぁね?」

 

 にやりと笑うと、彩女はそのまま水しぶきを上げて惣一郎の方へ走って(泳いで)いく。

 

「青見くん、ここ置いとく?」

 

「ああ、ありがと」

 

 愛香が近くのデッキチェアに彩女の脱いだパーカー――を丁寧に置きにいく。

 ふと、その視線が青見に戻る。

 

「……ね」

 

「ん?」

 

「さっきの言い方、すごく良かったと思うよ」

 

 唐突に言われ、青見は一瞬きょとんとした。

 

「“俺が嫌なんだよ”ってやつ。……彩女ちゃん、絶対ああいうの弱いから」

 

「……そうか?」

 

「そうだよ」

 

 愛香はくすっと笑い、胸の前で軽く手を合わせる。

 

「だから、これからも、ちゃんと言葉にしてあげてね」

 

「ハードル上げるなよ」

 

 口ではそう言いながらも、どこかくすぐったいものが胸の奥に残る。

 それを誤魔化すように肩をすくめ、青見も波の方へと向かった。

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 ちょうどその時、プールの奥から「波がきます」というアナウンスが流れる。

 

「よーし、乗るぞー!!」

 

 惣一郎が、大きな浮き輪にしがみついたまま叫ぶ。

 

「落ちないでよ惣くん!」

 

「俺を誰だと思ってる! ……おわっ!?」

 

 第一波がどん、と押し寄せ、四人の身体を持ち上げる。

 彩女がバランスを崩して前のめりになり――

 

「わ、うわっ!」

 

「危な――」

 

 とっさに伸ばされた腕が、彩女の腰をがしっと支えた。

 

 ぐらり、と身体が傾ぐ感覚。

 次の瞬間、彩女は自分の後ろで感じる、しっかりした手の力に気づく。

 

「……っ」

 

 振り返ると、すぐそこに青見の顔。

 

「お前な……いきなり突っ込むなって」

 

「わ、わかってるし。油断しただけだし」

 

 彩女は照れ隠しに、波に負けじと胸を張る。

 

「……ん」

 

 もう一度、少しだけ強く波が寄せてきて、二人の身体が自然と密着する。

 

「……っ、あ、あのさ」

 

 自分の耳まで赤くなっているのがわかって、彩女は思わず声を上げる。

 

「す、そろそろ、手、離しなさいよ」

 

「ああ、悪い」

 

 青見は素直に手を離しつつ、しかし視線だけで、次の波までの間、彼女の足元を確認している。

 

「……危なくなったら、また掴む」

 

「……はいはい」

 

 本気とも冗談ともつかない言い方に、彩女は口を尖らせながらも、どこか安心したように笑った。

 

 一方、その少し後ろでは――

 

「惣くん、ちょ、ちょっと! その浮き輪二人乗りじゃないからね!?」

 

「いいじゃん、減るもんじゃない!」

 

「沈むの! そのままだと沈むの!」

 

 愛香が半泣きになりながら惣一郎の後ろにしがみつき、波のたびに「きゃー!」と短く叫んでいる。

 

「……あれはあれで楽しそうだけどな」

 

「カップルかよ」

 

「青見?」

 

「なんでもない」

 

 

 ◇ ウォータースライダー ◇

 

 

 波のプールで一通りはしゃいだ後、四人は次のターゲット――巨大ウォータースライダーへと向かった。

 

「見ろよ、あの高さ! 絶対やべーって!」

 

 見上げる先、螺旋状にぐるぐると伸びるスライダーのチューブ。

 出発地点からは時折、楽しそうな悲鳴が響いてくる。

 

「いいねぇ、ああいうのは一番上まで行く段階から楽しいんだよ」

 

「高いところ好きだよね、惣くん」

 

「男はロマンに登る生き物だからな!」

 

「意味わかんないけど勢いは感じる……」

 

 列に並びながら、四人は階段を一段一段登っていく。

 前後に並ぶ他の客たちも、どこか浮ついた空気だ。

 

「ペアでも滑れますのでー、前後に一人ずつ乗ってくださーい」

 

 係員の声が聞こえてきたあたりで、惣一郎がすかさず振り向く。

 

「よし! 俺と愛香で一台だな!」

 

「ちょ、ちょっと!? なんで当然のように決めるの?」

 

「他に誰がいるんだよ。青見とペアがいい?」

 

「それはそれで違うから!」

 

「じゃ、決まりだな!」

 

 そうやって勝手にペアを決めてしまい、残された二人は自然と視線を交わした。

 

「……ど、どうする?」

 

 彩女がわずかに声を低くする。

 

「どうするって、他に組み合わせないだろ」

 

「そりゃ、そうなんだけどさ……」

 

 列が少し進み、足元の階段が揺れる。

 

「怖いなら、やめとくか?」

 

「なにそれ、挑発?」

 

 彩女が目を細める。

 

「怖くないし。むしろあんたがビビってても、ちゃんと前で見ててあげるから」

 

「俺が前なのか?」

 

「前でしょ。あたし、後ろから押さえててあげる」

 

「言い方」

 

 軽口を叩きつつも、二人の耳はほんのり赤かった。

 

 いよいよ順番が回ってきて、まずは惣一郎と愛香がスライダー用の二人乗りボートに腰を下ろす。

 

「惣くん、ほんとに変な動きしないでよ? カーブで揺らすと危ないって書いてあるからね」

 

「了解了解。紳士的に行こうじゃないか、レディ」

 

「そういうことだけ口調がキザなのやめて……!」

 

 係員の「どうぞー」の合図で、二人のボートは水流に押され、チューブの中へ吸い込まれていった。

 

「きゃああああああああ!!」

 

「うおおおおおおお!!」

 

 中から響く二人の声に、彩女が思わず吹き出す。

 

「……楽しそうだね、あいつら」

 

「だな」

 

 次のボートに二人で腰を下ろす。

 前に青見、後ろに彩女。

 

「じゃ、しっかり掴まっててくださーい。手はボートのハンドルか、前の人の肩あたりで」

 

 係員の説明に合わせて、彩女は少しだけ迷ってから、そっと青見の肩に手を置いた。

 

「……あんまり、強く掴むなよ」

 

「ビビってないって言ったでしょ」

 

「なら、なんでそんなに指に力入ってるんだ」

 

「……知らない」

 

 小さく吐息が耳にかかる距離。

 青見が前を向いたまま、わずかに表情を引き締める。

 

「行きまーす!」

 

 係員の掛け声と同時に、ボートがぐん、と前へ滑り出した。

 

「うわっ――!」

 

 思ったよりも急な加速。

 暗いチューブの中を、水しぶきと共に猛スピードで駆け抜けていく。

 

「きゃっ……!」

 

 背中に感じる彩女の重みが、一瞬強くなる。

 その度に、青見は自然と身体を少しだけ後ろへ預け、バランスを取った。

 

 視界の端に、曲がりくねるカーブの青い光が流れていく。

 腹の底がふわりと浮く感覚に、思わず笑いがこみ上げた。

 

「ははっ……!」

 

「な、なによ、今の笑い!」

 

「いや、ちょっと楽しくなってきた」

 

「最初から楽しいに決まってるでしょ!」

 

 彩女の声も、いつの間にか悲鳴から笑い声に変わっていた。

 

 最後のカーブを抜けた瞬間、視界がぱっと開ける。

 

 ボートは大きな水しぶきを上げて着水し、勢いよく前へ滑っていき――

 

「おかえりなさーい!」

 

 係員の明るい声と共に、二人はようやくスライダーの終点へと到着した。

 

「はー……!」

 

 ボートから降りた瞬間、彩女は膝に手をついて肩で息をする。

 

「……どうだった?」

 

「……っさいこう!」

 

 顔を上げた彩女の目は、子どものようにきらきらと輝いていた。

 

「あれもう一回乗ろ! 今度はあたし前で!」

 

「もう並ぶのかよ。惣一郎たち、まだ戻ってきてないぞ」

 

「どうせあいつらも二回目行きたがるでしょ?」

 

 そう言って笑う彩女の横顔は、さっきまでよりずっと柔らかい。

 

 

 ◇ 休憩スペース ◇

 

 

 何回かスライダーを楽しんだ後、四人は一旦プールサイドの休憩スペースへと戻った。

 プラスチックのテーブルと椅子が並び、周囲には軽食スタンドやドリンクバーが並んでいる。

 

「とにかく水分補給な」

 

 青見が紙コップを配り、スポーツドリンクを注いでいく。

 

「はー、生き返る……!」

 

 惣一郎が一気に飲み干して、ぷはっと息を吐いた。

 

「ねぇねぇ、このあとさ、外のジャグジーも行かない? なんか岩風呂っぽくなってるやつ」

 

 メニュー表を眺めながら、愛香が嬉しそうに提案する。

 

「いいじゃん。夜になったらライトアップとかありそうだし」

 

「その前に、なにかつまもうぜ。泳いだら腹減った」

 

「それは同意」

 

 惣一郎の一言で、テーブルにはポテトやナゲット、ソフトクリームまで並ぶことになった。

 

「ちょっと頼みすぎじゃない?」

 

「大丈夫大丈夫。俺が責任持って片づけるから!」

 

「それを“食べる”って言いなさいよ」

 

 彩女が呆れ顔で突っ込む。

 

 ふと、その彩女の視線が青見のパーカーに落ちた。

 今は椅子の背に掛けられているそれを、彼女は指先でつまむ。

 

「……あのさ」

 

「ん?」

 

「あたしさ、あんまりこういうとこ来ないからさ。

 今日、ちょっと張り切ってたんだよね」

 

 照れくさそうに、パーカーの布をいじる。

 

「だから最初、いきなり被せられたときは“なんだコラ”って思ったけど……」

 

 言葉を探すように、少しだけ目線を泳がせる。

 

「……さっきの話、聞いたあとだと。まぁ、悪くないかなって」

 

 最後だけ、声がほんの少し小さくなる。

 

「そうか」

 

「“そうか”だけ?」

 

「ありがとな」

 

「なにが」

 

「……ちゃんと着てくれたの」

 

 青見が少しだけ、困ったように笑う。

 

「嫌がって脱いだままでも、多分何も言えなかったから」

 

「言いなさいよ、そこは」

 

「じゃあ、今言った」

 

「遅いわ!」

 

 そう言いながらも、彩女はどこか満足げにパーカーを抱きしめるように引き寄せた。

 

「はいはい、そこ。もう完全にバカップル一歩手前ね?」

 

 いつの間にか聞き耳を立てていた惣一郎が、ポテトをつまみながら口を挟む。

 

「べ、別にそういうんじゃ――」

 

 と言いかけて、今度こそ“違う”と言い切る気になれず、彩女はソフトクリームに逃げるようにかぶりついた。

 

「……青春だなぁ」

 

 愛香が、どこか羨ましそうに笑う。

 

「なぁ愛香。俺たちも青春する?」

 

「はいはい、惣くんはまず宿題終わらせるところから青春しようね」

 

「現実的ぃ!」

 

 笑い声と、甘い匂いと、遠くから聞こえてくる水音。

 ガラス越しの空は、少しずつ夕暮れ色に染まり始めていた。

 

 まだまだ一日は、これからだ。

 

 

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