そして、正午を少し回ったころ。
「お昼、そろそろ作っちゃうね」
そう言って、愛香は台所に立った。
メニューは、朝と同じく――いや、朝以上に手が込んでいる。
香ばしく焼き目のついたチキンソテーに、たっぷりのクリームソース。
バターを効かせたピラフ風のご飯。
彩りの良い温野菜に、自家製ドレッシングのサラダ。
さらに、濃厚なポタージュスープと、デザート代わりのヨーグルト&フルーツ。
「お、おお……なんか、店レベルなんですけど」
机に並べられていく皿を見て、惣一郎は素直に感嘆の声を漏らした。
「昼からこんなに作って、疲れないのか?」
「惣くんが“よく食べる子”だからね。作り甲斐があるよ」
愛香はにこにこと笑う。
料理部のエース。
学園祭でもプロ顔負けの腕前を見せた彼女だが、
ふつうなら、ここまでの品数・ボリュームを、
ただの休日ランチに出す理由はない。
惣一郎の体格からすれば、明らかにオーバーカロリーだ。
「いっただきまーす!」
それでも惣一郎は、迷うことなくフォークを手に取った。
チキンをひと口かじる。
皮はパリッと香ばしく、中は肉汁たっぷりでやわらかい。
「うめぇ……!」
ピラフをかき込み、スープを流し込み、
あっという間に皿の上が減っていく。
横で見ている愛香は、嬉しそうに目を細めながら、
その食べるペースを、無意識に――いや、ほとんど計測するかのように観察していた。
(うん、ちゃんと食べてる。今日は朝から少し多めに吸ったけど……
これくらいなら、すぐに補えるね)
彼が“減った”ぶんを、きちんと戻しておかないといけない。
そうしないと、バランスが崩れる。
惣一郎は、気づけばいつだって元気で、食欲旺盛だ。
それは、彼が「丈夫だから」だけじゃない。
――減らしたぶんを、きちんと補給させているからだ。
「なぁ、愛香」
チキンをたいらげ、ピラフにスプーンを伸ばしながら、惣一郎がふと呟く。
「オレさ、こうやってガッツリ食ってんのに、全然太らないんだよな。
体質なんかな?」
「そうだねぇ。惣くん、昔から全然太らないよね」
同意しながら、愛香は内心で別の言葉を付け足す。
(……“太る前に”使ってるからだけどね)
彼が口にするカロリーは、単に脂肪や筋肉になるだけじゃない。
生命力としての「余剰分」は、彼女の中へと流れ込む。
朝、胸に溜め込んだ光。
あれは、ただの一部にすぎない。
日々の食事で蓄えさせ、そして、少しずつ回収しているだけなのだ。
「マジでラッキー体質だよな、オレ。いっぱい食っても太んねーし、
ほら、運動部ならもっとムキムキになってたかもな!」
笑いながら、自分の二の腕をつまんで見せる惣一郎。
たしかに脂肪は少ないが、同時に、どこか頼りない細さだ。
本来なら――
もっと背が伸び、大柄でがっしりとした体つきになるはずだった「素材」。
(ごめんね、その“予定分”は、だいぶ前からもらってる)
愛香は、にこにことスープのおかわりをよそいながら、
心の中でだけ、そっと謝った。
罪悪感は、やはり薄い。
惣一郎は笑っているし、幸せそうに食べているし、
何より――彼女が作った料理を「うまい」と言ってくれるのだから。
「おかわりいる?」
「え、いいのか? じゃあ、ピラフちょい増しで!」
「はーい、惣くん専用・大盛りバージョンね」
皿に盛られていくご飯の量は、常人から見れば明らかに“やりすぎ”だ。
だが惣一郎は、目を輝かせるばかりで、疑問すら抱かない。
料理部のエースが本気を出せば、これくらい普通――
そう思い込んでいるから。
――それだけ食べさせないといけないと、彼女が知っていることなど、露ほども知らずに。
やがて、皿はすべて空になった。
惣一郎はお腹をさすりながら、満足そうに伸びをする。
「あー、食った食った……。でも、やっぱ太らねぇんだよなぁ、オレ」
「ふふ、惣くんはいっぱい食べて、いっぱい動く子だからね」
(そして、いっぱい食べさせて、いっぱい“吸わせて”もらう)
心の中でだけ続きがつむがれる。
満腹で気だるげにソファにもたれる惣一郎の影は、
昼の光に引き延ばされ、床に落ちていた。
よく見れば――その影は、どこか薄い。
輪郭がところどころ、擦り切れたように頼りなく、
色も、普通よりわずかに淡い。
それでも現実の彼は、笑っている。
満ち足りた顔で、「ごちそうさま!」と手を合わせる。
「はい、どういたしまして」
愛香も笑って、手を合わせた。
完璧な幼馴染と、ラッキー体質を信じて疑わない少年。
給餌と搾取のバランスが、今日も見事に保たれていることに――
気づいているのは、彼女だけだった。