三森邸のいちばんの贅沢は、広い玄関でも応接間でもなく――家のど真ん中にぽっかり空いた、中庭だった。
四方を建物に囲まれているはずなのに、不思議とそこだけ空が近い。
壁面には大きな鏡がいくつも埋め込まれていて、春の光を何度も跳ね返しながら、庭の隅々まで照らし出している。
頭上は吹き抜けになっているが、風がまともに吹き込まないように造られているので、外より少しあたたかい。
ガラス越しの陽だまりと、石畳の熱、鉢植えの湿った土の匂いが混ざって、全体が小さな温室みたいな空気を作っていた。
「わぁ……ここ、こんなに綺麗だったんだ」
ガラス戸を開けた青見が、思わず感嘆の息を漏らす。
かつては乾ききって、葉もぐったり垂れていた観葉植物たちが、今はつやのある緑を取り戻している。
背の高いドラセナ、丸く茂ったシェフレラ、垂れ下がるポトス。
植木鉢ごとに高さや色合いが計算されていて、どこを切り取っても絵になる――そんな配置だ。
「ここ全部、玲子がやったんだよな」
後ろから入ってきた啓司が、少し目を細める。
昔、自分が荒れ放題にしていたスペースを、娘が数年かけて“庭”に変えていったのを、どこか申し訳なさそうに、でも誇らしげに眺める。
「しばらく私が忙しくて、ちょっと土が乾きかけてたんですけど……」
「最近は、こいつも“戦力”になってるからね」
啓司が顎で示した先で、石畳の真ん中に、茶色い塊がどてんと転がっていた。
「カー」
青見が声をかけると、その大型犬は片耳だけぴくりと動かし、しばらくしてから、ようやくのそのそと頭を上げた。
「わふぁ……」
間の抜けた声を出しながら、大きくあくび。
前足をぐーっと伸ばすと、そのまままたごろんと横倒しになり、植木の影に顔だけ突っ込んで寝直そうとする。
「自由すぎるわね、あんたの相棒」
彩女が呆れたように笑う。
「でも、なんか似合う」
玲子は、カーの寝そべっている場所を見て、小さく頷いた。
そのすぐ横には、水をたっぷり含んだジョウロが置かれていて、鉢植えの土もほどよく湿っている。
「誰が水やってるのかと思ったら……」
「だいたい私と玲子だけど、カーがたまにホース倒していくんだよ。結果だけ見れば、“手伝ってる”ってことにしてやってもいいだろう?」
啓司が苦笑すると、カーがタイミングよく尻尾だけぱたぱたと振った。意味が分かっているのかいないのか、その顔はひどく幸せそうだ。
少し前まで乾きかけていた中庭。
今は、玲子の手と、陽射しと、犬の体温で、ゆっくりと「生活の気配」を取り戻しつつある。
家の中心にある小さな庭は、三森家の“いま”を、そのまま写したように息づいていた。