なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

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おまけ
伊東惣一郎の朝


 

 

◆ 

 

 

「惣くん、起きてよ」

 

俺、伊東惣一郎の朝は、男なら誰もが一度は夢見る──

可愛い幼なじみに起こされる朝から始まる。

 

その日を気持ちよく過ごせるかどうかは、目覚めの瞬間に集約されている。

眠い眼をしぶしぶ開けると、いつも通りの自分の部屋。

 

制服に身を包んだ松坂愛香(まつざか・あいか)が、ツインテールを押さえながら、俺を覗き込んでいた。

 

両親もなく(俺が小学生の時に夜逃げした)、親類に面倒を見られながらも、市内旧家の一軒家に住む俺を毎朝起こしに来る愛香は、一応は親族でもある。

血の繋がらない兄妹みたいなもので、その上、見た目もスタイルも良い。

 

この点に関してだけは、両親と叔父貴に感謝してもいい。

いいが──

 

「……権力には屈せぬ」

 

呟くように宣言すると、開きかけていた瞼がストンと落ちる。

素直に起きるのは詰まらない。どうせ学校も詰まらないのだ。

 

「ちょっとー、本当に遅刻しちゃうよ?」

 

気にするな。

ああ……すべてが聖なる怠惰に飲み込まれ、真っ白になっていく……。

 

 

/*/

 

 

目が覚めた。

 

窓から差し込む日の光は、朝というより完全に昼のそれ。

俺は不思議に思って部屋を見渡した。

 

「あ、起きた」

 

愛香はクッションにちょこんと座り、優雅にゲームなんぞをやっていた。

 

「今日は日曜だっけ?」

 

「ううん、水曜日」

 

「学校は?」

 

「一科目、出席日数足りなくなったよ。惣くんは補習確定かなー」

 

「なんで起こさねぇんだよッ!」

 

「惣くんが気にするなって寝ちゃったんでしょ?」

 

「はぁ……取りあえず学校いくぞ。着替える。出てけ」

 

「はーい。ごゆっくりー」

 

……ごゆっくりじゃねぇ。

 

こうなるのが分かってて起こさねぇとは、顔もスタイルも良いくせに──

 

「……良い性格してやがる。親の顔が見たいぜ」

 

などと独りごちつつ制服に着替える。

 

愛香の母・理恵子さんは、高校生の娘がいるとは思えない、若々しい清楚系のお姉さんだ。

良いトコの出なのか世間ズレしておらず、時々──この話は長くなるので後だ。

 

着替えて家から飛び出すと、案の定、愛香が待っている。

 

「こういうのを策士、策に溺れるって言うんだね」

 

「うるせぇ」

 

愚痴りながらも、車庫から原付を引っ張り出して愛香を後ろに座らせる。

 

「急がないと、もう一科目も危ないよ」

 

嬉々とした表情の愛香が、俺の腰に腕を回す。

ふわりとした胸の感触が、やけにしっくり背中に収まった。

 

イグニッションキーを差し込み、捻る。

軽快なエンジン音と共にアクセルを開けると、初夏の景色が一気に後ろへ流れ出した。

 

「早く起きられたら良いのにねー」

 

咎める風でもなく、歌うような調子で愛香が言う。

 

「なら起こせッ!!」

 

「起こしましたー」

 

「起きれてねぇッ!!」

 

「惣くんは、2度寝しちゃいましたー」

 

それからしばらくは、ぎゃーぎゃー喚き散らしながら、二人乗りで爆走した。

 

結局、制服の群れは校門をくぐっても見えなかった。

……まぁ、11時過ぎだし……。

 

 

◆ 正門前の攻防

 

 

惣一郎が校門にたどり着いた時、制服の群れはとうに引き上げた後だった。

 

顔なじみになった警備の兄ちゃん──桜竜樹(さくら・たつき)さんに、いつものように敷地内へ入れてもらう。

 

身長196センチのナイスガイ。

この人の周りだけ、空気の密度が違って見える。

初めて見たときなんか、本気で「どこの世紀末の人ですか」と聞きかけたくらいだ。

 

「また遅刻か。だから言ったろう? 人間、楽を覚えると抜けられないと」

 

咎める調子もなく、淡々と事実だけを言い渡してくる。

そんな竜樹さんに手伝ってもらい、折り畳んだ原付を竜樹さんの車のトランクに隠す俺。

 

「そう言いつつも、助けてくれるんですよねぇ」

 

軽口を叩くと、竜樹さんは「そうだな」と頷き、それからふと、とんでもないことを口にした。

 

「そうだな……お前は、好きだ」

 

は………………マジですか?

 

「お前さんが俺にとって好ましい人間であるうちは、助けてやる。

コネというものは、時には学力や金よりも役に立つ。それを維持するのは、損得勘定か快・不快の感情だ」

 

ああ、そういう意味か。

驚かすな、マジで。

 

「──あれー、惣一郎くん、また遅刻ですか?」

 

聞き慣れた声に振り返るが姿が見えない。

視線を下げて見回せば、見えないのも無理はない。竜樹さんの影に隠れるように、我がクラス担任の結先生が立っていた。

 

やべ……原付隠してるの、見られた?

 

なんで授業時間中に、こんな場所に結先生がいるんだ。

瞬間、24時間365日、惰眠をむさぼる俺の灰色の脳細胞が、ギュインギュインと音を立てて高速回転しはじめる。

 

視界に入る情報、耳に入る情報を片っ端から拾い上げ、認識し、分析し、状況を判断して──俺は決断した。

 

「おはようございます。結先生」

 

授業時間中にわざわざ守衛室まで来るのは、何か「目立ちたくない事情」があるはずだ。

しかも、その結先生の手には、小さな身体に不釣り合いなデカい弁当箱。

 

ならば、決めつけられる「お約束」は常に一つ。

 

それが真実である必要はない。一瞬でも動揺して気を逸らせれば、俺の勝ちだ。

 

「ずいぶんデカい弁当箱ですね? 受け持ちがない隙に愛妻弁当ですか? いやー結先生もやりますね~」

 

「え? あ! な……」

 

俺の何気ないジャブに、最初はきょとん、次いで驚愕、最後には羞恥で真っ赤になる結先生。

 

──これは、意外と当たりを引いたか?

 

「結先生、大丈夫です。俺も愛香も、こう見えて口が堅いですから」

 

ばんばんと結先生の肩を叩きつつ、さっさとその場を離れる。

 

「ち、違います……これは、その……そう、作り過ぎてしまって……」

 

いや、結先生。それ、完全に墓穴だ。

 

くるっと振り返ると、俺は生涯最高レベルの笑みでサムズアップ。

何も言わずに前を向き、愛香の手をつかんで“心臓破りの坂”を駆け出した。

 

「う”~~だから、違いますーー!」

 

背後から恨みがましい結先生の声が聞こえたが、俺はすでに「良い(強請り用の)ネタ」を一つ手に入れたとしか考えていなかった。

 

 

/*/

 

 

結先生がこんな時間に校門にいるなんて、初めて見た。

 

顔なじみの警備の兄ちゃん──桜竜樹さん、身長196センチのナイスガイ。

それに対して、我がクラス担任にして天文部顧問の篠原結先生は、身長138センチ。

 

大小が引き立ち合って、なかなかに迫力のあるツーショットだ。

竜樹さん、やっぱりあんた、どこの世紀末の人ですか?

 

「駄目ですよ。毎日、愛香さんに迷惑かけちゃ」

 

結先生は、人差し指を顔の前に立てて注意してくる。

当たり前のことを子供に諭されているような気がして、怒りというより羞恥心のほうが勝ってきた。

 

「てか、寝坊した愛香を俺が引っ張ってきたとは見てくれないんですね」

 

「逆の立場だったら君はどうする?」

 

そう聞いてきた竜樹さんに、俺はまたしても生涯最高レベルの笑みで応えた。

 

「見捨てます」

 

視界の隅で、愛香がぷーっとふくれているが気にしない。

一年後くらいまで根に持たれそうだが、気にしない。

 

「惣一郎くん、駄目ですよ。自分がして貰って助かった事は、相手に返して。

それから、されたくない事はしないんですよ?」

 

一生懸命って感じで俺を諭す結先生。

 

「もう少し譲歩して下さい」

 

「これでも譲歩してるんですよ? 本当なら『して欲しいことは相手にしてあげる』っていうのも入るんですから」

 

「……そこまで行くと、最早人間の生きる道じゃありません」

 

「でも、誰もが一度は憧れる人の生きる道ですよ」

 

「憧れた覚えはありませんが、もう少し善処してみます」

 

そろそろ、自転車に乗ったままの愛香の腕──まだ俺の腰に回されている──が、本格的に恐ろしくなってきた。

 

話を切り上げて二人に手を振ると、愛香を乗せたまま自転車を押し、“心臓破りの坂”を登って校舎へ向かう。

 

昼休みには、間に合うだろう。

 

それにしても──

警備の竜樹さんを、学園の外、市内で見かけたことが一度もないという事実は、逢瀬学園七不思議の八つ目か九つ目に加えても良いんじゃないかと、俺は本気で思っている。

 

 

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