なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

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東青見と安達彩女の朝

 

 

◆ 

 

 

MTBとクロスバイク──一組の男女が、それぞれの自転車で街路を駆けていく。

 

制服からすると、郊外にある大型私立学園・逢瀬学園高等部の生徒のようだ。

時間的にはまだ余裕があるはずだが、二人とも標準からすると「飛んで」いると言っていい速度で道路を走っていた。

 

「日本の道路ってホント走りにくいよね」

 

MTBを駆る意志の強そうな男子生徒、東青見(あずま・あおみ)が、隣のクロスバイクの女子生徒・安達彩女(あだち・あやめ)に話しかける。

 

「知らないわよ。私は行ったことないんだから」

 

そう答えると、彩女は縁石をバニーホップで軽々と飛び越えた。

長い髪をひとまとめにしたポニーテールが、若駒の尻尾みたいに元気よく跳ねる。

青見は、毎朝のことながらそんな少女の躍動美に、つい見惚れてしまう。

 

「今度は私も連れて行きなさいよ」

 

着地し、器用に振り返って拗ねたように彩女が口を開く。

 

「自分の分の旅費を出してくれるなら、ね」

 

信号に引っかかり、彩女に追いつくと、二人とも自転車を止める。

足を地面につかず、器用にバランスを取りながら、信号が変わるのを待つ。

 

「う゛……ああ、そういえば来週は期末試験だけど、ど、どう?」

 

「どうって……普通ーかな。必要な分は出来てるはずだよ?」

 

「余裕ねー。進路は決まったの?」

 

幾分、気遣うような調子で彩女が尋ねる。

 

「目的はあるよ。手段もある。後は迷いを振り切るだけ」

 

遠くの誰かに語るように、青見は視線を前じゃなく、もっと遠くへ投げた。

 

「分かり難いわね」

 

信号が変わる。

 

「いつか父さんの背中に追いつきたい。そして、今度は俺も守りたいってことだよ」

 

また分かり難い答えと、良く分からない微笑みを浮かべて、青見は走り出した。

 

 

/*/

 

 

逢瀬学園は、無数の丘の上にまたがるように校舎が建っている。

校舎の周りの丘も森も、すべてが学園の敷地だ。

 

丘の上に高等部。

北に丘を一つ越えた麓に、道路に面した中等部の校舎。

大学はその南、比較的平坦な場所に広くキャンパスを構えている。

 

郊外にこれだけの敷地を確保できたのは、「伊集院」家という名士のおかげだ。

 

この地域における明治~戦後の発展の立役者。

遠く西から山脈を越え、広大な湖から疎水を引くために国外から技術者を招き、大政奉還前は寂れた宿場町でしかなかったこの地に水をもたらし、金融と物流の発展に貢献した家系。

 

その三代前の当主が、富国強兵の一環と称して私財を投じ、防空壕まで完備した全寮制学園を作り上げたのが始まりだという。

 

現在は学生寮もあるが、自宅から通う生徒も多い。

歴史は古いが、校風は比較的自由な学園だ。

 

門をくぐると、木々に囲まれた緑のトンネルが、丘の頂上へ向かって伸びている。

 

それなりにきつい傾斜が長く続き、時間が進むほど「本気モード」の自転車通学生が増えていく。

歩けば校舎まで10分はかかる坂だ。

遅刻ギリギリの時間帯になれば、己の限界まで──あるいは限界を越えて──ペダルを踏む者も少なくない。

 

バス通学組には別ルートがある。

バスは校舎前ロータリーまで運んでくれるので、乗り遅れさえしなければ遅刻はない。

その代わり、乗り遅れれば「絶対の遅刻」が待っている。

 

そんな、遅刻者にとっては“心臓破り”の坂を、今はまだ余裕のある時間帯ながら、結構な勢いで駆け上がっていく二台の自転車があった。

 

シルバーとブルーのフレームを持つMTBとクロスバイク。

力強くペダルを踏み込む青見と、軽やかに回す彩女のものだ。

 

朝の木漏れ日の中を駆け上がる二人は、多くの生徒をすり抜け、歩く者ばかりになってきた坂の中ほどを越え、さらに先へと進んでいく。

 

「おはようございます。お二人とも、今日も元気ですね」

 

そんな二人に声をかける生徒がいた。

 

「「おはよう」」

 

答えて二人は自転車を降り、その女子生徒を加えた三人で、今度は歩いて坂を登り出す。

 

「期末試験前ですから、朝練はお休みですか?」

 

三人目となった女子生徒。

髪をおさげにした小柄な少女は、とても利発そうな印象的な瞳で、青見と彩女を見上げる。

 

「そうよ」

 

彩女の声色は、少しばかりよそよそしい。

自分にはないタイプの「可愛らしさ」を持つこの後輩──三森玲子(みもり・れいこ)が、彩女はどこか苦手だった。

 

長身の青見と並べば、そこそこ女らしく見える自分。

それでも、たいていの男子より背が高い。

 

少女らしい小柄な玲子を、羨ましいと思ってしまう時がある。

 

「そういえば、玲子は進路って考えているわけ?」

 

「私ですか?」

 

玲子はくすりと笑い、余裕の笑みを浮かべる。

 

「2年生が終わったら、飛び級で大学に進んで、お父さんの研究を手伝うつもりですよ」

 

「研究? あぁ、玲子のお父さんって……えと、考古学者だっけ?」

 

後半から青見の方へ視線を飛ばし、自信なさげに尋ねる。

 

「人類学だよ。春に個人研究のお祝いやったろ」

 

呆れながらも、興味のない者の無理解を笑って受け流す。

 

「う、ごめん」

 

小さく詫びてから顔を上げる。

 

「そっか、玲子は頭いいもんね。飛び級かー、わたしにはムリね。今で精一杯」

 

「彩女さんは進路考えているんですか? やっぱりスポーツ特待生?」

 

「え? わたし進学は考えてないわ。専業主婦よ」

 

「……は?」

 

玲子はぽかんと表情を崩し、彩女を見上げた。

 

「だーかーらー専業主婦。お嫁さん。女なら誰もが夢見る職業でしょ?」

 

なぜか勝ち誇った、実に晴れ晴れとした笑顔で玲子に言い放つ彩女。

 

「……知ってます? 自信過剰な人ほど、ここ一番で取りこぼすんですよ?」

 

「大丈夫よ。わたしはそんなヘマしないから」

 

朗らかに笑いながら、彩女の目は笑っていなかった。

 

「そうですね。彩女さんは、しっかりしていますから」

 

朝にふさわしい爽やかな笑みを浮かべて答える玲子の目も、やはり笑っていなかった。

 

「二人とも、なんか怖いぞ?」

 

取り残された青見の呟きは、三人を避けるように登っていく生徒たちの間で、ぽっかり空いた「過疎のドーナツ地帯」に寂しく響いた。

 

 

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