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開放感が溢れてるくせに、暗い顔のやつがあまりいない時間帯──それが昼休みだ。
飯の時間ってのは、やっぱり良いものだと俺は思う。
「よう、おはよう」
がらっと教室の扉を開けながら、クラスメートに遅めの朝の挨拶をする。
「もう昼だよ?」
ストロベリーブロンドにセミロングのクラスメート、ルテア・オーリンズが呆れきった顔で返してくる。
その隣では、派手な銀髪がよく映えるユイリィが「おはようございます」と丁寧に頭を下げた。
全然似てないが、この二人は一応姉妹だ。
俺より強い奴に会いに(戦いに)行くのが趣味な、あの親父──ロン・アンミン(和名:安生竜)が、あちこちから拾ってきた、というか引き取ってきた子供たちらしい。
世の中には、色々な(奇特な)人間がいるもんだ。
「2人だけ? 梨花と友香はどうした?」
この二人の姉にあたる双子の姿が見えないのをいぶかしんで尋ねると、ユイリィが答えた。
「姉さんたちはカフェテリアの方に行きました」
「あぁ、運営委員だっけ? 一応バイト代も出るんだよな」
「テスト前だから、私たちは試験勉強に集中しろって」
大らかな学校だが、さすがに勉学を疎かにしすぎるとカフェテリアのウェイトレスはやらせてもらえないらしい。
「私たち、まだ試験問題を読み解くのに時間がかかって……」
ルテアをフォローするように言いながら、ユイリィは白い頬を恥ずかしそうに桜色に染める。
ああ、そういえばこの二人は帰国子女だったか。
「ん? けど、梨花と友香だって結構いっぱいいっぱいの成績じゃなかったっけ?」
「お姉ちゃんたちは意地っ張りだから……」
ルテアが小さく溜め息をついたところで、ユイリィが話題を変えてくる。
「あ、でも毎日遅刻してますけど、惣一郎さんは大丈夫なんですか?」
俺はふっと鼻で笑って答えた。
「余裕で間に合う時間に家を出て、ゆっくり歩いて到着。
──そんな生活になんの楽しみがあるよ?
いい大学入って、一流企業入って、めでたく定年して孫に囲まれた“幸せな老後”を送ることになっちまうぜ」
「いいじゃないですか。非の打ち所がないですよ?」
派手な外見と裏腹に堅実で平穏志向なユイリィは、“無問題”と言わんばかりに言い返してくる。
うっとりと笑みを浮かべたその表情は、きっと海辺の小さい家で白い犬でも飼って、家族に囲まれてる自分を想像しているに違いない。
「私もおおむね賛成」
「愛香……お前もかー」
隣で弁当を広げていた愛香の賛同に、俺はがくーっと肩を落とした。
いかん、女ばかりでは俺の味方がいない! 孤立無援の負け戦なんざ、俺の信条に反する!!
「てなわけで──遅刻ってのは男のロマンなんだよ。な、青見」
手近な青見を無理やり巻き込む。
しっかし、こいつも筍みてぇに背伸びやがって……。前に愚痴ったら「タバコ止めたら」なんて、にっこり笑って言いやがるし。
「かもね。俺も毎日、結構いっぱいいっぱいだし」
「だろ?」
我が意を得たりと、俺は大きく頷く。
「あんた、青見の半分もやってから言いなさいよ」
冷水ぶっかけてくるのは、いつも通りの安達彩女。
こいつも背が高い。どれくらいかと言えば、俺を含めた大抵の男子よりデカい。
いっそ、身長を取り替えて欲しいぐらいだ。
「まだやってんのか? 飽きねぇな。なんだって……」
「やりたい事があるからね。惣一も見つかれば良いね」
にっこり笑ってそう言う青見。黙れワーカホリック。俺には俺の価値がある。
「もうある。聖なる怠惰に身を任せる」
胸を張って宣言する俺。
「なんだって日本人は、怠惰に過ごすことの価値を理解できないんだ」
俺の価値観は、別方向から飛んできたルテアの一言でばっさり斬り捨てられた。
「だからって、毎日駆け込んでくるのはどうかなー。しかも愛香まで遅刻の巻き添えにしてさー」
「ルテアちゃん、私は良いんだよ。好きでやってる事なんだから」
愛香はにこにこと微笑みながら、あっさりと自分から地獄の門を開く。
「惣一、聞いた? こんな良い娘に今から苦労させて……君の行く末は、良いトコうちのお爺様だね」
「理想的だ。それこそ非の打ち所も無い」
「最低ー」
彩女から即座に判決が下る。
「間に合いそうも無い時間を、息せき切って間に合わせる達成感?」
「なんで疑問系なんだよ?」
青見が、よく分からないことを聞いてくる。いつもの事だけどな。
「いつも“つまらない”って言ってるからさ。惣一の、ささやかな楽しみなのかと思って……違った?」
少し考えてから、俺は答えた。
「ああ、それはあるかもな。
こうしてお前さんらとしゃべくっちゃってるのと、同じくらいには楽しいかもな」