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昼休みが終わる少し前。
誰もいない廊下の端、開け放たれた窓から、初夏の風が吹き込んでいた。
「で、さっきの“やりたい事があるからね”って、結局なに?」
教室から逃げるように抜け出してきた彩女が、窓枠に背中を預けて腕を組む。
いつもの強気な目つき。けれど、どこか探るようでもあった。
東青見は、少しだけ考えるように空を見上げた。
校舎の向こう、丘の上に広がる青空。その向こうにあるものを、指でなぞるみたいに。
「……職業で言うならさ」
ぽつりと、言葉を落とす。
「警備員とか、医者とか。警察、消防、自衛隊……
そういう“人を守る仕事”なんだと思う。たぶん」
「ふうん。らしいっちゃ、らしいわね」
彩女は肩をすくめてみせる。だが、続く言葉を待つように視線だけは逸らさない。
「でも、それは“手段”であって、“夢”じゃない」
「また分かりにくいこと言ってる」
少しだけ呆れた声。それでも遮らずに、青見の言葉を待っている。
青見は、指先で窓枠を軽く叩いた。自分の中で形にならないものを、無理やり言葉にしていく。
「俺は──世界の守り手の『守り手』になりたい」
「……は?」
さすがの彩女も、ぽかんと口を開ける。
「たとえばさ。魔法少女とか、ヒーローとか、勇者とか。
“世界を救う誰か”に、子どもの頃って憧れるだろ?」
「まあ、分からなくもないけど」
「でも、現実にはさ。俺はそういう“本物”にはなれない。
魔法が使えるわけでも、選ばれし血筋でもない。ただの人間だ」
自嘲でも、諦めでもない。
事実として、静かに受け入れているような口調だった。
「だけど──世界って、ささやかな事の集合体だと思うんだ」
風が、二人の間を抜けていく。
「なら、ささやかでも、誰かの助けになって。何かを守れたら。
俺は“世界を守った”って言っていいんじゃないかって、思う」
青見は小さく笑った。
「この手の届く距離でしか、出来ないかもしれない。
それでも、俺が一人じゃないなら──きっと意味はある」
オリジナルにはなれない。
自分は、どこにでもいる“ただの人間”だ。
「オリジナルになれない俺が『人間』なら、この空の下に、きっと同じような奴はたくさんいる。
俺みたいに、誰かを守りたいって思う、ちっちゃい“守り手の種”みたいな奴が」
だから、と青見は続ける。
「いつでも、どこでも、どんな時でも──
“守りたい”と思った人を守れるだけの、心と体の強さが欲しい」
真っ暗な夜に彷徨う人に、手を差し伸べるだけの強さ。
引っ張り上げてやれるだけの強さ。
「だから、俺は世界の守り手の一人になりたい。
……その“守り手”を守る、守り手でもいい」
言い終えて、青見はようやく彩女の方を見る。
彩女は──笑っていなかった。
馬鹿にするでもなく、茶化すでもなく。
真剣に、まっすぐに、その言葉を受け止めた目をしていた。
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「なら、わたしの進路も“夢”じゃなくて、“願い”ね」
彩女は、窓の外へと視線を向けたまま、小さく呟く。
「わたし──」
その先の言葉は、ちょうど鳴り出した予鈴と、
昼下がりのざわめきの中へ、そっと溶けていった。