なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

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天文部

 

 

◆それぞれの放課後・天文部?

 

 

 初夏の日差しが山の端に隠れはじめ、人の気配が少しずつ薄れていく頃。

 逢瀬学園のカフェテリアには、逆にいつもの顔ぶれが集まりはじめていた。

 

「たまにはちゃんと部室でミーティングしたら?」

 

 一応、注文を取りにきたウェイトレス――ショートカットがよく似合う快活少女・安生友香が、カウンター席を占拠している天文部部長に呆れ声を飛ばす。

 

「天文部に部室はねぇ」

 

 気のない返事をしたのは、天文部部長にして2年C組の遅刻王、伊東惣一郎。

 

「ローズヒップティーに、焼きチーズケーキ」

 

「うわっ!? 僕が紅茶嫌いなの知ってて注文するんだ?」

 

 心底嫌そうな顔で睨む友香に、惣一郎は勝ち誇った笑みを返す。

 

「今の俺は、お・きゃ・く・さ・ま。……しかし梨花は随分カリカリしてんな。せい――」

 

 パカンッ、と乾いたいい音が響いた。

 空のトレイで惣一郎の頭を思い切り叩いたのは、言うまでもなく友香だ。

 

「はい、そこまで。この上、品性まで無くしたら何も残らないよ」

 

「……ったく、試験前だってのに余裕だな、この」

 

 頭をさすりながら、惣一郎は「余裕」という言葉に嫌味を込める。

 

「我が家の家計の方が余裕ないからね。それに、なるようになるって言うか、なるようにしかならないって言うか……そんな感じ?」

 

「わ、達観してるね」

 

 第三の声が、ふわりと会話に混ざった。

 料理部の活動を終えてカフェテリアに顔を出した松坂愛香だ。ツインテールを揺らしながら、制服の袖口からは微かにバニラエッセンスの匂いが漂っている。

 

「試験問題なんて、教科書読んどきゃ何とかなるレベルだからな」

 

「惣一郎くんと一緒にしないでくれる? で、愛香ちゃんは何になさいますか?」

 

 かなり堪えた様子だが、友香はぐっと飲み込んで仕事モードへ戻り、愛香の注文を聞いてからカウンターへと引き上げていった。

 

 ひと息ついて、愛香が惣一郎に向き直る。

 

「今日は何してたの?」

 

 興味津々といったふうにツインテールを揺らしながら尋ねると、惣一郎は面倒くさそうに肩をすくめた。

 

「テニス部の部長に頼まれて、練習相手」

 

「そーくんは、割と何でも器用にこなせるからね。……でも、早起きはダメなんだよね」

 

「“割と”は余計。誰にだって欠点の一つぐらいあんだろ」

 

 そっけない返答に、愛香は「困ったね」と笑い、どこか楽しそうに彼を見つめた。

 

「あんたの欠点は、愛香に対する態度よ」

 

「部長は少し、自分を省みるべきです」

 

 横から、アルトとソプラノの声色が同時に飛ぶ。

 長身でポニーテール、はっきりした顔立ちの少女・安達彩女。

 髪をおさげにした小柄な少女・三森玲子は、利発そうな瞳をきらりと光らせ、それぞれ惣一郎に“挨拶代わり”の一言を投げた。

 

「青見も来たか? じゃ、天文部集合だな」

 

 二人の背後に立つのは、長身の男子・東青見。

 惣一郎はメンバーの顔ぶれを確認すると、少女たちの辛辣なツッコミに対して、小馬鹿にしたように小首を傾げてみせるだけで応じる。

 

 玲子は意に介さないが、彩女は頬を引きつらせながら続けた。

 

「あんた、それやるとホント女に見えるわよ?」

 

 事実、平均を大きく上回る青見と彩女と比べ、愛香たちとさほど身長の変わらない惣一郎は、華奢とも取れる体格と整った顔立ちのせいで、ふとした仕草一つで少女のように見えてしまう瞬間がある。

 

「てめぇっ、今言ってはならんことを言ったな!!」

 

 思い出したくもない黒歴史が脳裏をよぎり、惣一郎はガバッと立ち上がりざまに彩女を指差して叫ぶ。

 

「さて、座りましょうか……惣一郎、あんた立って叫んだりしてると、梨花たちに摘み出されるわよ?」

 

 余裕の笑みで受け流す彩女。さらに何か言おうと口を開きかけた惣一郎を、今度は青見の声が止めた。

 

「気になったんだが、惣一。天文部集合ってなんだ? 俺も彩女も、剣道部と体操部にそれぞれ入ってるんだけど?」

 

「ああ、それか? それは二人の“第2活動部”として天文部を登録しておいた」

 

 本当に何でもないことのように返される答え。二人は「ああ、第2登録か」と一瞬納得しかけ――

 

「何勝手な事やってんのよ!」

 

「第2活動部ってなんだ!?」

 

 そんな制度は聞いたことがない、と気づいた瞬間、揃って惣一郎に詰め寄った。

 

「ん、造語。二重登録は本当」

 

 と、今年度前期の部活動名簿を二人の前に差し出す。

 そこには確かに、天文部と、それぞれの部活に二人の名前が並んでいた。

 

「そこまで委員もチェックしないからな。あとは登録書類の用意だけだったから簡単だったぜ」

 

「最悪」

 

 彩女の呆れと嫌悪が入り混じった視線にも、惣一郎は微動だにせず、一言だけ返す。

 

「皆、そう言うな」

 

 テーブルにそれぞれのお茶が行き渡り、一息ついたところで、ようやく本題に入った。

 

「ところで今日は、結先生に“少しは天文部らしい活動をしろ”と言われたわけだが……」

 

「私は今日、少しは星の調べものもしましたよ?」

 

 (活動していないのは部長だけでは?)

 そんなツッコミを心の中に隠しながら、唯一の“正規天文部員”である玲子が即座に返す。

 

「それ以外だ。日本人らしく“団体行動”が理解しやすく、この場合は求められている」

 

 似合わない爽やかさで言い切られ、玲子は「はぁ」としか返せなかった。

 

「らしい活動っつってもなぁ……観測会とかか?」

 

 青見から、比較的まともな案が出る。

 しかし、それに対する天文部長の返答は、やはり期待を裏切らない。

 

「なんか星わかんのか? 俺は全然知らねぇぞ」

 

 天文部長とは思えない、堂々たる無知宣言である。

 

「俺は……北極星、北斗七星、カシオペア座。あとフォーマルハウトとか……」

 

 青見の知っている星も、ほとんどが実用上での位置確認用であり、生活と趣味の方向性が察せられるラインナップだ。

 

 頼りにならない男たちに、玲子は思わず溜息を吐く。

 

「フォーマルハウトは秋ですよ。確かに“間近で見た”フォーマルハウトは凄い迫力でしたけど……」

 

「間近?」

 

「あ……いえ。観測会を行うのでしたら、私が適当な題材を探しますから。部長は機材の用意をお願いします」

 

「試験が終わったらなー」

 

 ぐてっとテーブルに突っ伏しながら惣一郎が答えた、そのとき。

 玲子はさらりと、とんでもない爆弾を落とした。

 

「たまには頑張って下さいね。天文部の機材は何もありませんから」

 

「……は? なに?」

 

 状況を理解していない部長に向けて、玲子は笑いを噛み殺しながら、噛んで含めるように続ける。

 

「“何もありません”」

 

「……」

 

「望遠鏡も、カメラも、三脚も。何一つありませんから。――よろしくお願いします、部長」

 

 そして、花のように可憐な笑顔で、完璧に場を締めくくった。

 

「……マジ?」

 

 惣一郎の情けない声だけが、カフェテリアの夕方の空気に、ぽつりと落ちた。

 

 

 

 

◆天文部2 <惣一郎>

 

 

 いつものように、カフェテリアに天文部の面々が集まっていた。

 だが今日は、空気にほんの少しだけ緊張感が混じっている。

 

 理由は単純だった。

 ――部長・伊東惣一郎が最後にやって来て、「機材の用意は完了した」と宣言したからだ。

 

 あの、自分から進んで動くこととはほぼ無縁の男が、どういう手段で、どれだけの機材を揃えたのか。

 4人席を二つ繋げたテーブルには、顧問の篠原結まで顔を揃え、惣一郎が口を開くのを待っていた。

 

 惣一郎は立ったまま、ふてぶてしい態度でテーブルを見回す。

 結先生、玲子、彩女、青見、愛香。全員の顔を一通り確認すると、ようやく口を開いた。

 

「よし、全員揃ったな」

 

 そう言って、傍らに置いていた大きな紙袋に手を突っ込む。

 中から取り出されたのは、さらに一回り小さいA4サイズの紙袋。

 それを一人一人の前へ、無造作に置いていく。

 

「……これは?」

 

 いぶかしげな声を上げて、青見が紙袋を開く。その中身は――

 

 大人の科学マガジン11号

 

 表紙には、でかでかとこう書かれていた。

 

 『月のクレーターを観測しよう!』

 『ニュートンの反射望遠鏡』

 

 そして、やたら誇らしげなアイザック・ニュートンらしき肖像画。

 

「「「「「…………」」」」」

 

 痛々しいほどの沈黙が、六人の間に広がった。

 

「は。お前さん達にはこれで十分だろ」

 

 自信満々に、そして思い切り嘲るような口調で惣一郎が言い放つ。

 

「あんたねぇ、わたしたちをバカにしてんのッ!!」

 

 彩女がガタッと椅子を引き、柳眉を吊り上げて惣一郎に詰め寄る。

 しかし彼の余裕は、かすりもしない。

 

「なんだ、体操部のエースは、こんなのも組み立てられないのか?」

 

 嫌味たっぷりに言い返し、顎で彩女の背後を示す。

 

「1671年に英国王立協会に提出された望遠鏡のレプリカですか。値段を考えれば、よく出来ていますね」

 

 大人の科学マガジンを読みふけりながら、どこか感心したように呟く玲子。

 

「へぇ~、こんなのでも月のクレーターぐらいは見えるのか」

 

 早速、付録の反射望遠鏡を組み立てはじめている青見と愛香。

 

「そうですね。皆、天文に詳しくありませんし、望遠鏡の構造を知って、月面観測から始めてみるのも悪くありませんね。さすが惣一郎くんですね」

 

 ぱらぱらと誌面を流し読みしながら、本気で感心している様子の結先生。

 

 ――つまり、全員、概ね好意的に受け止めていた。

 

 素直と言うべきか、前向きと言うべきか。

 メンバーの性格を読み切り、最低限の手間で最大限の効果を出すこの手腕は、惣一郎の「口の悪さ」と「説明の少なさ」さえなければ、素直に評価されるべきものなのかもしれない。

 

 ただ一人を除いて。

 

 彩女の肩が、がっくりと落ちた。

 

「身の程を知らないのは、お前さんだけみたいだな」

 

 肩越しに聞こえてきた惣一郎の声は、今にも「ぷゲラ」と笑い出しそうなほど勝ち誇っていたが、彩女の耳にはほとんど届いていなかった。

 

「あ、あんた達ねぇ。悔しくないの? バカにされてんのよ!?」

 

 今度は怒りの矛先を、四人へ向ける。

 

「え……妥当なトコじゃないか? 彩女だって分からないだろ?」

 

 不思議そうに返す青見の一言が、さらに怒りの火に油を注いだ。

 

「あんたは、どうして、そう、なんでもかんでも良い方に取るのよ!!」

 

 その怒声すら、惣一郎にとっては格好の餌だ。

 

「“私以外に優しくしてるところなんて見たくない”……いやー、ラブラブだね~」

 

「だ・れ・が・そ・ん・な・こと・言ったか!!」

 

 彩女の必死の否定を適当に聞き流しながら、惣一郎はカウンターの奥からこちらへ向かってくる梨花の姿を認める。

 そこでさりげなく椅子を引き寄せ、愛香の隣へ腰を下ろした。

 

「彩女。お客は少ないが、そこまで叫ばれるのは迷惑だ」

 

 梨花はつかつかと歩み寄り、彩女の耳元でぼそりとそう告げると、さっさと仕事に戻っていく。

 

 彩女は悔しそうに唇を噛みしめ、渋々席に戻る。惣一郎から顔をそらすのも忘れない。

 

「惣一郎くん、ケンカはいけませんよ」

 

 結先生が咎めるように言うが、その声に被せるように、青見が口を開いた。

 

「この間のお返しかい?」

 

「ンなトコだな」

 

 惣一郎は、青見にだけあっさり認める。

 

「そっか」

 

 なら仕方ないな――と納得するあたり、青見もだいぶ毒されているのかもしれない。

 そのまま隣の彩女に小声で何かを囁き、なだめにかかる。

 

「惣一郎くん。部費で清算しますから、後でレシートを持ってきてくださいね」

 

 結先生の穏やかな声に、「レシート? ……どこやったっけ?」と惣一郎は懐をまさぐりはじめた。

 

「それでは、皆さん」

 

 結先生は気を取り直し、全員を見渡す。

 

「夏休み前に一度、この反射望遠鏡で月面観測を行います。それから、夏休みに入ったら“星の村天文台”に合宿に行きますから――」

 

 ふわりと、しかしどこか怖い笑顔で念を押す。

 

「学期末試験は、落とさないでくださいね」

 

 天文部らしさゼロから始まった彼らの日常は、ようやく少しだけ“天文部”の顔をしはじめていた。

 

 

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