なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

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剣道部1

 

 

◆それぞれの放課後・剣道部

 

 

 ユイリィがそこへ足を向けたのは、本当にちょっとした好奇心からだった。

 

 春から逢瀬学園に編入した彼女は、姉たちと一緒にカフェテリアでバイトをしているせいで、同級生たちがどんな部活をしているのか、ちゃんと見たことがない。

 

 学校。

 そして「部活動」というもの。

 

 そういうものに、ユイリィはまだ少し“幻想”を持っていた。

 

 まず向かったのは、同じクラスの東青見と安達彩女のいる体育館。

 1階のバスケットコートを横目に通り過ぎ、軋む階段を上がって、2階の格技場へと進む。

 

 祖父と父の影響で、同年代の「武」を見てみたいという思いもあった。

 姉たちには「期待するだけムダ」「見ても仕方ない」と散々止められたのだが、それでも――どうしても、自分の目で確かめてみたかった。

 

 

 

 

「胴ォッ!!」

 

 格技場の戸を開けた瞬間、空気を裂くような気合と、鋭い打ち込みの音が響いた。

 

 ドン、と重い踏み込み。

 床がビリビリと震え、道場の空気がぴたりと静まり返る。

 

 ユイリィの目には、それなりに鋭く、速い一撃に見えた。

 

 だが――。

 

 胴を打たれた生徒は、その場に崩れ落ちるように膝をつき、面を外す間もなく、胃の中のものをぶちまけた。

 

「お、おい! 大丈夫か!」

 

 慌てて駆け寄る部員たち。

 

「……もういいだろ、東。お前の実力なら、最早この中じゃ敵なしだ。次の大会は、間違いなく優勝できるぞ」

 

 竹刀を構えたまま声を掛けたのは、部長らしき男子だった。

 その言葉に、ユイリィは――ああ、と姉たちの言葉を理解する。

 

(なるほど……この“レベル”で突出した存在なら、ここで得るものは少ない、ってことね)

 

 彼女たちの感覚からすれば、「その程度でしかない」剣でも、この場所では圧倒的になってしまう。

 

「すみません……でも、オレは──強くなりたいんです」

 

 面の奥から聞こえたのは、悔しさを滲ませた声だった。

 

「しかしなあ、これ以上やったら、他の部員がもたねぇぞ」

 

「分かってます。それなら、出稽古に――」

 

「どうして、強くなりたいんですか?」

 

 口を突いて出た問いに、自分でも驚いた。

 

 ひとりだけ抜きん出た実力。

 それでもなお、悔しそうに拳を握る東青見。

 

 誰も彼を直視せず、まるで「同じ場所」に立てていないような孤独。

 教室では見たことのない顔に、ユイリィの好奇心は、いつの間にか違う色を帯びていた。

 

 部員たちが一斉に入り口を振り返る。

 

 長い銀髪。

 透き通る青い瞳。

 夕陽の赤を受けて、金色にも見えるその姿は、一瞬、場にいる誰の目にも“幻”のように映った。

 

「──もう、逃げたくない」

 

 青見の拳が、きゅっと強く握り締められる。

 

「次があるなら、オレは……今度こそ、守りたい」

 

 血を吐くような声色だった。

 身を切る悔しさと悲しみが混じったその響きに、部員たちは思わず一歩、二歩と後ずさる。

 

「……そう、ですか」

 

 ユイリィは、何かを思い出したように瞳を伏せた。

 そして、決意を固めた顔で顔を上げる。

 

「私が、お相手しましょう」

 

 その宣言に、格技場の空気が揺れた。

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと待て! ダメだ、危ない!」

 

 当然、部長からは即座に制止の声が上がる。

 

 だが、その肩を押しとどめたのは、当の東青見だった。

 

「お願いします、部長」

 

 まずユイリィに、真摯に頭を下げる。

 そして部長の方を向くと、きっぱりと言い切った。

 

「彼女は、多分、オレより強いです」

 

「はあ!? 昨年の全国ベスト4の、お前より強い女子なんて――」

 

「います。目の前に」

 

 断言だった。

 

 言葉の重さに、部長がたじろいだ、その時。

 

「お待たせしました」

 

 制服の上に防具を身につけた――なんとも言えずちぐはぐな格好のユイリィが、竹刀を抱えて立っていた。

 

「……どうなっても知らんからな!」

 

 半ば投げやりに、部長は試合の開始を許可した。

 

 

 

 

 ユイリィは、竹刀を一度握ってから、そっと立て掛ける。

 

「剣は、まだ慣れていませんので」

 

 そう言って手に取ったのは、隅に立て掛けられていた杖術用の丸い杖だった。

 部活メニューのひとつとして使っているのだろう。

 

「はじめ!」

 

 号令と同時に、竹刀と杖が交差する。

 

 ――刹那。

 

 ガンッ、と乾いた音と共に、双方の武器が下方へ弾き飛ばされた。

 

 触れた瞬間に相手の武器を巻き込み、たたき落とす「巻き落とし」。

 だが、その威力は、剣道部員たちの知るそれを遥かに超えていた。

 

 青見の両腕は、まるで見えない手に捻じり取られたかのように引き下ろされ、

 無理に耐えた瞬間には、ユイリィの杖が、その側頭部を薙いでいた。

 

(――間に合わない!)

 

 青見は、堪えた力に逆らわず、敢えて無様に転がる。

 

 振り抜かれた杖が、紙一重で宙を切り裂いた。

 

 シッ――。

 

 風を裂く音。

 背筋を流れる冷や汗。

 訓練ではなく「実戦の勘」が、転がれ、と全身に叫ぶ。

 

 背後から、床をえぐるような音が連続して響く。

 立ち上がる前に頭を狙われていたら、ヘルメットごと持っていかれていたかもしれない。

 

(……本物だ)

 

 飛び起きながら、青見は内心で舌を巻いた。

 

 道場の空気が、静まり返る。

 

 竹刀と杖を構えて向かい合う二人。

 互いに一歩も引かず、隙を探り合う沈黙の中で、ユイリィが口を開いた。

 

「東さん……道場以外での経験も、お有りですね」

 

「ああ、分かるか」

 

 青見の声に、微かに滲む悲しみ。

 

「はい」

 

 ユイリィは、どこか遠くを見るような目になる。

 

 ――そして、その瞬間。

 

 ドンッ、と床を震わせる踏み込み。

 次の一拍には、青見の胴が鋭く突き抜かれていた。

 

 誰も、その動きを「見て」いなかった。

 

 青見が過去に囚われた答えを口にした、その僅かな揺らぎ。

 その心の隙間を、ユイリィの突きは一瞬で貫いていた。

 

 道場の空気が、再び凍りつく。

 

 遅れて、体育館の床板を伝う振動と、吹き飛ばされた青見が叩きつけられる鈍い音だけが、静けさの中に響いた。

 

 

 

 

「守りたいなら――囚われては、ダメです」

 

 勝者の声は、勝ち誇りとは無縁だった。

 悲しみと、痛みと、自戒を帯びた声音。

 

 面を外し、ユイリィは大きく頭を振る。

 銀の髪が茜色の光の中でふわりと広がり、煌めいた。

 

「過去に囚われ続ける人は、今日も、明日も見ることが出来ません」

 

 それは、どこか、「不幸な天使」の呟きのようにも聞こえた。

 

 床に倒れたままの青見の手が、震えながら持ち上がる。

 穿たれた胴当ての傷へと、そっと触れる。

 

「……オレは、弱いな」

 

 感情の色が抜け落ちたような声。

 

 ユイリィは、その青い瞳をそっと伏せた。

 

「それでも――いつか、必ず……!」

 

 震える手で、足で、青見はゆっくりと立ち上がる。

 そしてユイリィの方へ向き直り、深々と一礼した。

 

 そのまま、糸が切れたように前のめりに倒れる。

 

「あっ――!」

 

 慌てて駆け寄ろうとして、ユイリィは足をもつらせた。

 

 つるり。

 

「きゃっ」

 

 盛大に転んで、そのまま倒れている青見の背中に、追い打ちの一撃(物理)が加わる。

 

「……」

 

「…………」

 

 道場全体に、なんとも言えない沈黙が広がった。

 

 こうして、逢瀬学園剣道部は――この春一番の衝撃と、ちょっとした笑い話を手に入れたのだった。

 

 

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