なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

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剣道部3

 

 

◆格技場・剣道部

 

 

 銀の少女は、静かに語り始めた。

 己の過去を。悲しみを。

 

「私の本当のお父様は、よく出かけては武具や古道具を……収集してくる人でした」

 

 ユイリィは銀の髪を震わせてうつむく。

 表情は見えない。けれど、その声には、どこか“嘘”の影が混じっているようにも聞こえた。

 

 それでも――そこに宿る「哀しみ」だけは、紛れもなく本物だった。

 

「お母様は早くに亡くなって、父一人、子一人でした。けれど、それでも幸せでした」

 

 少しだけ、遠いものを見るような声になる。

 

「でも……お父様は事故で倒れてしまいました。床に伏せて、もう立ち上がることもできなくなって……。ずっとうわ言を言っていたんです」

 

 ユイリィは、まるでその場に戻ったかのように、淡々と、その言葉をなぞる。

 

『父さんは……ずっと、お前のそばにいる』

『母さんも死んで、もういないんだから……父さんはお前を一人にしない』

『父さんは……決してお前を置いていかない――お前を守る』

 

「その言葉を最後に、お父様は逝きました」

 

 かすかな息を飲む音。

 

「私はそのあと、お父様の友人だった今のお父様に引き取られて……ここに来ました」

 

 熱にうなされたような、血の気のない蒼白な顔。

 その横顔を見つめながら、青見は拳を握りしめる。

 

「青見さんは……それでも『武』を求めるんですか?」

 

 ユイリィの声が、少し震えた。

 

「青見さんはそれで、幸せかもしれません。でも――残された人たちは? 青見さんを大切に思う人たちは? きっと、悲しみます。

 幸せになんて、なれません!」

 

 まっすぐにぶつけられる、痛いほどの言葉。

 

「それでも……『武』を求めるんですか?」

 

 問い詰めるような視線。

 それに、青見は短く答えた。

 

「……だから……戦うと、決めた」

 

 何もかも失って、皆に嫌われることになったとしても。

 それでも、戦うと決めた。

 

「……そうさ。オレは父さんを助けられなかった。守ってもらうことしかできなかった」

 

 誰に責められても構わない。

 誰の心を踏みにじることになっても構わない。

 

「そうさ!! 残された者は、哀しい。やるせない。

 ――だから、戦う!!」

 

 あの夏の夜を、忘れない。

 

 母さんが、父さんが、殺された夜。

 恐怖。絶望。その前に立ち塞がり、穴だらけになりながらも、自分を守り続けた父の背中。

 

 決して忘れない。

 忘れてしまってはならない。

 

「父さんみたいな、“普通に”強くて、優しい人がいるなら――今度こそ守る。

 死なせない。

 こんな哀しくて、切なくて、寂しい思いは……もう、誰にもさせない」

 

 だから――戦う。

 

 戦う相手がいない日々でも、歩みを止めない。

 そう何度も何度も、同じ悲劇が起きるはずがないと頭では分かっていても、一度知ってしまった現実を「知らなかったこと」にはできない。

 

 この哀しみも、苦しみも、やりきれなさも、悔しさも。

 忘れられない。忘れたくない。

 自分を許したくない。許してしまいたくない。

 

 だから――守りたいと願う心を、守るために。

 平穏な日常という“現実”に流されて、全部を忘れてしまいそうになる自分自身と戦い続ける。

 

 そのために、戦う。

 

 

 かつーん、かつーん。

 

 拍車がリノリウムの床を叩く音が、ふいに止まった。

 

 鉄をきしませ、何かを探すように。

 何かを守るように――。

 

 暗闇から歩み出た「在り得ないモノ」が、その赤く輝く眼で、銀の少女をじっと見つめている。

 

 

 暗い廊下の奥から、再び、鉄の擦れ合う音が響く。

 嘆きにも聞こえるその音に重なるように、リノリウムを叩く規則正しい足音。

 

 紅い光。

 

 二つの赤い輝きが、暗闇からじわりと近づいてくる。

 そして、格技場へと続く扉の前に差しかかったとき――明かりの中へ、ゆっくりと姿を現した。

 

 格技場の照明を受け、青い金属光沢がきらめく。

 

 それは、ブルーメタリックに輝く一揃いの騎士鎧だった。

 盾と剣を携えた異形の鎧。その兜の奥で、二つの紅い光が爛々と燃えている。

 

 人の眼が、あんなふうに光るはずがない。

 ならば、これは――在り得ないもの。

 

「……お父様の……鎧」

 

 ユイリィの声は、擦れるようにかすれていた。

 その脳裏に、先ほど語った記憶が、鮮明に蘇る。

 

◆回想

 

『父さんは……ずっと、お前のそばにいる』

『母さんも死んで、もういないのだから……父さんはお前を一人にしない』

『父さんは……決してお前を置いていかない―――お前を――守る』

 

 

 少女の頬は蒼白で、震えを隠そうともしていない。

 青見もまた、怖かった。

 

 あれは在り得ないものだ。

 あれは危険なものだと、本能が全力で警鐘を鳴らしている。

 

 今すぐにでも、この場所から逃げ出したかった。

 だが――あの日の誓いが。父の面影が。彼の足を、ここに縫いとめていた。

 

「……死んだことが分からないお父様の魂が、あの鎧を動かしているんです」

 

 ユイリィの声は、どこか諦めきった色を帯びていた。

 

「自分がもう“人間”じゃないことも分からなくて、どうしようもなく苦しくて……。

 私を探して、彷徨っているんです」

 

 だから、きっと――。

 

「私がお父様について行けばよかったんです」

 

 生きることを諦めた声。

 その一言が、青見の胸を鋭く刺した。

 

 どんな傷よりも、痛かった。

 

 その痛みは、恐怖を飲み込み、轟々と心を震わせて燃え上がる。

 

「違う……それは違うよ」

 

 唇を湿らせることさえできない、からからの喉で絞り出した声は、哀れなくらい掠れ、震えていた。

 

 それでも、その言葉を吐かせたのは――胸の痛み、ただそれだけ。

 

 それは感傷であり、愚かで、独りよがりで、傲慢で、幼稚な感情なのかもしれない。

 それでも、それだけで片付けてしまうには、あまりに重く、あまりに切実な言葉だった。

 

「ユイリィの父さんは、死んでも、ユイリィを守ろうとしてるんだ」

 

 その「気持ち」が間違っているなんて、言えない。

 その「想い」が間違っているなんて、言わせたくない。

 

「だって――オレも、その気持ちで、生かされてるんだから」

 

 脳裏に再び浮かぶ、あの夏の夜。

 

 血塗れで、穴だらけで、それでも『イキナサイ』と背中越しに告げた、あの声。

 

 それまで見たどんな背中よりも大きく、切なく、儚く、そして強かった背中。

 どんな言葉よりも重く、熱い声。

 

 ――生きること。

 

 何があっても、命ある限り、生き続けること。

 

 死を選ぶことなど、許されない。

 

 それが――「愛されている」ということだ。

 

「だから、ユイリィは――生きなきゃダメだ」

 

 青見は、鎧の赤い眼と、ユイリィの青い瞳を、順に見つめる。

 

 逃げ出したいほど怖くて、膝が震えて、喉も乾いて、それでも。

 

 父の魔法に救われた一人として。

 同じように父の想いに縛られた少女に、ただ一つだけ――どうしても伝えたい言葉だった。

 

 

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