身体測定1
◆身体測定前・女子の行進
「さぁ、気合入れて行くよー!」
身体測定の時間になり、女子たちが列になって教室を出ていく。
その先頭で、ぐっと拳を突き上げているのは安生友香。短く切りそろえた髪と大きな瞳の印象どおり、活発で明るい女の子だ。
「ん。この一戦、他の誰に負けようとも、友香にだけは負けられん」
友香の双子の姉・梨花が、真顔でそんなことを言う。
二卵性双生児の姉妹は、出陣前の武将みたいな野太い笑みを交わし合った。
……はっきり言って、女子高生の表情じゃない。
これもあの祖父と父親の教育の賜物なんだろうか、と彩女は内心でため息をつく。
この二人はまだいい。自信満々で勝負だなんだと騒いでいられるだけ、ずっと気楽だ。
問題は――自分だ。
(今年もどうせ、身長は伸びてるし……体重は、ダントツでトップよね。もちろん重い方で……)
またひとつ、ため息が漏れる。
モデル体型だと言われても、一七〇センチそこそこの身長じゃ慰めにもならない。モデルを名乗るなら、もう少し欲しいところだし、何より自分には「少女らしい可愛らしさ」というものが決定的に欠けている気がして、余計に気が重かった。
ぞろぞろと廊下を歩きながら、彩女は三度目のため息をつく。
「彩女ちゃん。朝も言ったけどさ、青見くんと並んでると背の高さもあんまり気にならないし、可愛く見えるし、お似合いだよ? だから、そんなに気にしなくていいのに」
隣で愛香が、いつもの調子で慰めを口にする。
けれど、彩女より頭ひとつ低い彼女に言われても、素直にうなずくことはできなかった。
返事に詰まっている彩女に、愛香はさらっと爆弾を投下する。
「それにさ、爪先立ちで……キスって憧れるよね。青見くんとなら、彩女ちゃん、絶対爪先立ちだよね?」
「な――っ……ちょ、ちょっと、愛香……!」
思わず愛香の口をふさごうと手を伸ばしたが、遅かった。
「なになになに!? 彩女、しちゃったの!? 青見とキスしちゃったの!?」
友香の声が、見事に周囲の女子の耳に届いてしまったのだ。
たちまち、列の中に火がつく。
「青見くんってさ、『彩女は綺麗だよ』とか『オレとじゃイヤ?』とか、なんかラブラブなこと言ってくるよね」
「いやー」「やっぱりー!?」
「で、どっちから? どこで? やっぱ夜景の綺麗なところでさ、『彩女、愛してる』『私も、青見』って?」
「そんで『目を閉じて』『……うん』とか言っちゃってさ、目閉じて爪先立ちで……?」
「いやー、大胆ー!!」
――大海嘯だ。
これは男子には一生理解できない種類の大津波に違いない、と彩女は確信する。
なんでこんなことで、ここまで盛り上がれるのか。本当に謎だ。
(そりゃ、青見は昔からほっとけないし……背も伸びて逞しくなったし……いつかは、なんて思ったこと、ないとは言い切れないけど――って、何考えてんの私!?)
「ち、違うわよ!? わ、わたしは青見とそんなこと、してない!!」
頬が一気に熱くなる。真っ赤になっている自覚はある。
それでも彩女は、押し寄せるクラスメイトたちの追及を必死に否定した。
「ふーん?」
どこか疑わしげな視線が、一斉に突き刺さる。
ああ、こんなに真っ赤になってたら、説得力なんてゼロに決まってる。
「いいからいいから。皆には黙っておくから、本当のこと教えて?」
(その「皆」が、いま綺麗に揃って目の前にいらっしゃるんですけど……!?)
どこかに救いの神はいないのか。
この際、授業中の廊下歩きで教師に絞られることになってもいいから、誰か――誰でもいいから――助けてくれ、と彩女が心の中で天に祈りかけた、その時。
「皆、今は授業中だぞ。ここで彩女を問い詰めても仕方ないだろう」
低く落ち着いた声が割って入った。
梨花だ。
彼女が彩女と女子たち(先頭はもちろん友香)の間にすっと割り込む。
友香を止められるのは、女子の中では梨花くらいだ。
リーダー格である彼女が一歩出ただけで、クラスメイトたちも、渋々ながら追及を引き下げてくれる。
「あ、ありがとう、梨花。助かったわ」
彩女が安堵の息をついた、その直後。
「……何、保健室までは時間もたっぷりある。歩きながら、じっくり聞かせてもらおうか」
振り返った梨花が、さらっと言った。
切れ長の瞳が、隠しきれない好奇心にきらきらと輝いている。
(梨花……あんたもか。一瞬でも信じた私がバカだったわ……)
「無論、黙秘権は認められない。
虚偽と判断した場合は――青見に、彩女の測定結果を全部バラすからな」
鬼だ。ここに鬼がいる。
「きゃー!」と黄色い悲鳴を上げて面白がるクラスメイトたちを背後に、梨花は仁王立ちでドンと構えている。
本当に、鬼に見えた。
(ああ、本当に、アイツとは何にも無いのに……!)
彩女は心の中で、盛大に頭を抱えた。