なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

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身体測定3

 

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昼休みの教室には、身体測定を終えた解放感と、弁当の匂いがゆるく漂っていた。

 

机を四つ五つと寄せて島を作り、それぞれが弁当箱を広げている。

その一角で、安生梨花は自分の弁当の卵焼きを一つつまむと、斜め向かいの弁当に目をやった。

 

「しかし、青見の弁当はいつ見ても豪勢だな」

 

そう言って顎をしゃくる先には、彩りよく詰められた弁当箱。

肉と野菜のバランスはもちろん、見ただけでたんぱく質やカロリーまで計算されていそうな中身だ。

 

「青見くんは食べ物にも気を使ってるものね。私も中々、そこまでのは作れないな」

 

料理部所属の松坂愛香も、自分の弁当と見比べながら素直な感想を漏らす。

こちらも十分すぎるほど美味しそうなのだが、それでもプロ意識が顔を覗かせているようだった。

 

「そうは言っても、梨花は毎日、姉妹の分も作っているんだから大変だろう」

 

気遣うような青見の声の先では、梨花とまったく同じ中身の弁当を食べている友香とユイリィが、そろってうんうん頷いていた。

 

「そう気を使って貰えると嬉しいな」

 

梨花があっさりそう返すのを聞きながら、彩女は自分の弁当を見下ろし、隣の青見の弁当と見比べて、ほんの少しだけ眉を寄せた。

 

作れないわけじゃない。

けど、あそこまで“ちゃんとしている”ものを、自分が毎日用意できるかと言われると……胸の奥がむず痒くなる。

 

箸を動かしつつ、なんとなく黙り込んだその時――

 

「諸君、戦果はどうだったかな?」

 

似合わない爽やかな笑顔を顔いっぱいに貼りつけて、オカルト研究会兼ゲーム同好会会長・門脇耕太が、2年の教室に入ってきた。

 

「うわ、来た」と誰かがぼそりと呟く。

 

門脇は、どっかりと青見たちの机のそばまで歩み寄ると、わざとらしく悲壮な表情を浮かべて両手を広げ、天を仰いだ。

 

「女性が5名に男が2だと!? 富の偏在がここにも!! 神は死んだ!!!」

 

「あー、はいはい。それで会長、どうしたんですか?」

 

いつものことなので、誰も本気でツッコまない。

青見が、慣れた調子でだけ相手をしてやる。

 

「誰も私に弁当を勧めてくれないのだな……」

 

目線を逸らし、わざと拗ねて見せる門脇。もちろん誰も「食べます?」とは言わない。それも含めて、いつもの光景だ。

 

すぐに視線を戻し、今度は真面目な声色で切り出す。

 

「そうそう、青見くん。頼まれていたVPが完成したよ」

 

「……本当ですか?」

 

青見の箸が止まる。

 

VP――ヴァーチャル・パペット。

体感型大型筐体を用いる対戦ゲーム《DP(デンジャー・プラネット)》において、プレイヤーが操る“機体”のことだ。

 

専用線で全国の《コニーパレス》と呼ばれるゲームセンター同士が結ばれ、通信対戦が可能。

ロボットを操り戦うこのゲームは、全国どころか先進各国にも普及し、つい先日 Ver.4 が稼働したばかりの人気作である。

 

昨年の夏の大会で敗れた相手に、もう一度挑みたい。

青見は、その想いを胸に、門脇へVPの新規作成と、当時の第2圏代表だった対戦相手の捜索を依頼していたのだった。

 

門脇は懐から一枚のディスクを取り出し、得意げに掲げる。

 

「こいつの名前はラズライト(青金石)とさせて貰ったよ。君の名前の由来となった瑠璃の主成分だ。宝石言葉をとるなら――『危機を乗り切る』、だな」

 

取ってつけたようでいて、実はかなり考えてある命名だ。

 

手提げのカバンからノートPCを取り出すと、門脇はデータを読み込み、機体の外観をモニタに映し出した。

 

画面に現れたそれは、薄く、鋭角的な装甲で全身を覆われた、青い機体だった。

 

一撃でも直撃を許せば動けなくなりそうな、心許ないほどの軽装甲。

だが、その端々には金色の縁取りが施され、どこか儀礼用武具のような気品も漂わせている。

 

前面にはただ一つの単眼があり、ぎゅっと結ばれたように見える口元は、戦場に臨む戦士のようでもあり、子を見守る母のようでもあった。

 

右手には伸縮式の警棒。左手にはコンバットナイフ。

投擲用のヒートナイフと手投げ弾が、あちこちにいくつかマウントされているが、それだけだ。

 

強力なビーム砲も、大型のミサイルポッドもない。

全体として、軽装甲・軽武装としか言いようのない機体だった。

 

「軽い分だけ瞬発力は上位クラスに入る。でも、最高速度もパワーも平均をちょっと上回る程度だ」

 

門脇はちらりとこちらを見てから、つづける。

 

「浮いたメモリは、注文通り――全部、操作系にまわした。コンフィギュレーションは複雑極まるものになってる。

ただし、全部使いこなせれば、生身にも匹敵する柔軟さと反応速度を得られる……と言いなぁ」

 

最後だけ、気の抜けた締め方で解説を終える。

 

青見の手元には、電話帳のように分厚い紙束が一冊、どん、と置かれた。

 

「これマニュアル」

 

パラパラと捲ってみると、自前で印刷したと思しき操作説明がぎっしりと続き、欄外には小さな字でバージョンアップに伴う変更点のメモが書き込まれている。

 

――普通は、ここまでやらない。

 

これを作るだけでもどれほどの時間が掛かったのか、考えるまでもなく分かる。

 

「あと、探していた対戦相手も見つけたよ」

 

門脇は、弁当もないのに満腹そうな顔をして笑った。

 

「今は引っ越して、コニーパレス新屋敷店がメインらしい。ゴールデンウィークに“対戦”(果し合い)を申し込むってことで、決闘状も出しておいた」

 

「え……もうそこまで?」

 

「返事もきたぞ。『受けて立つ』とね」

 

気が向いた時の行動力だけは、惣一郎と同じ系統だな――と、青見は内心で感心する。

 

「それじゃ、さっそくコニパレに行くぞ」

 

「え?」

 

まだページを捲っていた手を止めて、青見は間の抜けた声を漏らした。

 

「何を驚いている、青見くん。ラズライトの操作系は複雑だと言っただろう? 一寸やそっとで乗りこなせると思うなよ?」

 

「いや……確かにそうですけど、まだ学校が終わってないですよ?」

 

「質問に質問で答えるのは0点だと習わなかったかい?」

 

門脇は眼鏡の奥の目を細める。

 

「私は君の期待に応えるために、これだけのものを作り上げた。そして当然ながら、君は私の努力に応えてくれると確信している」

 

真正面から覗き込んでくる視線。

状況と方向性さえ違えば、これはこれで立派な“漢”の姿なのだろう。

 

だが、今この瞬間に限っては――

 

青見は、まだ年若い普通の高校生で。

しばらく考え込んだ末、悲壮ともとれる表情で顔を上げた。

 

「……分かりました。行きましょう」

 

「何、青見を誑かしてんのよ! ダメ会長!!」

 

満足げに頷いた門脇の後頭部に、彩女の容赦ないチョップが炸裂した。

 

「止めてくれるな安達くん。男とは時に、愛する者を振り切って進まねばならない時があるのだよ。そして今が、青見くんにとってのその時なのだ!!」

 

「そんなわけあるかぁッ!!」

 

教室のあちこちから笑いが漏れる。

 

その後ろでも、

 

「待て、青見。それは修羅の道でもなんでもない。ただの畜生道だぞ!?」

 

惣一郎が肩をすくめながら釘を刺し、

 

「青見。そこ進むとウチのバカ兄とかみたいになっちゃうよ?」

 

友香が真顔で止め、

 

「青見さん、せめて放課後にした方が……」

 

ユイリィが困ったように付け加える。

 

安生家三姉妹の説得は、それでも――青見の決意を止められなかった。

 

「ごめん。でも、決めたんだ」

 

そのやり取りを眺めながら、門脇は心の中で小さく笑う。

 

(やっぱり彼らは美味しい。素でこんなやり取りができる連中なんて、そうそう手に入るものじゃない)

 

頬のこけた顔に似合わない、満足げな笑みだった。

 

「……ところで会長、俺の機体は?」

 

教室を出る段になって、惣一郎が何気なく聞いた。

 

「感想どころか礼も言わない君の分は、後回しだ」

 

門脇は即答する。

 

結局、男三人は、周囲の非難と呆れを一身に浴びながら、正門を抜けてコニーパレスへと向かっていった。

 

強力な火砲と強靭な装甲で敵を蹴散らす機体を組むのも楽しい。

だが――門脇は思う。

 

その機体が敵に勝る火力を、敵に勝る装甲を、敵に勝るパワーを持っていたのなら、勝って当然だ。

 

弱いものが強いものを倒す。

誰もが一度は憧れる、その“幻想”を、現実にしてみせる機体を作るほうが、よほど痛快だと。

 

一撃でも直撃を受ければ、手足が吹き飛ぶ。

生身の人間程度の防御と耐久力。

 

ただの一撃では、相手の装甲を貫けない。

その攻撃力。

 

だが――生身と同等の柔軟さと視界、センサー範囲、反応速度を持つ機体。

そのシンプルな目的を実現するためだけに複雑に組まれた操作系。背車刀でも居合いでも、すべて“マニュアル”で再現できるよう仕込んだ操縦系統。

 

全て、注文通り。

 

機体の名前はラズライト。

君の名前の由来となった瑠璃の主成分。その宝石言葉は――『危機を乗り切る』。

 

君のために、私が組み上げた。君だけの機体だ。

 

敵に勝る火力も、装甲も、機動性も、パワーも、何も持たない。

勝てるかどうかは、パイロット次第。

 

――あとは頼んだよ、東青見。

 

門脇耕太はそう心の中で呟き、分厚いマニュアルを抱えて走る青見の背中を、少しだけ誇らしげに見送った。

 

 

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