ラズライト vs 黒曜丸
/*/コニーパレス新屋敷店 ― 「ラズライト vs 黒曜丸」開戦前/*/
ゴールデンウィークの午後、コニーパレス新屋敷店は、いつもの休日とは少し違う熱気に包まれていた。
入口の自動ドアをくぐると、まず耳に飛び込んでくるのは、各種ゲームの電子音と、人いきれの混じったざわめき。
その奥――ひときわ照明を落とされた一角、《DP(デンジャー・プラネット)》コーナーの周りには、明らかに人だかりが出来ていた。
「……うわ、本当に“お祭り”だな」
逢瀬学園のブレザーを着たままの東青見は、分厚いマニュアルを小脇に抱えながら、その光景を見て思わず苦笑した。
ゲーム筐体は、最新型の体感フレーム仕様。
左右の大型モニタには、すでにエントリー済みの二機――ラズライトと黒曜丸の機体データがローテーション表示されている。
上段モニタには、手書き風のテロップが躍っていた。
【特別エキシビションマッチ】
AOMI(逢瀬) vs LEN(新屋敷)
― サマーグランバトル再戦 ―
「やぁ、待ってたよ東くん」
受付横からひょいと顔を出したのは、コニパレのスタッフベストを着込んだ東海林亜紀子だった。
新屋敷女子学院の制服の上からベストを羽織り、首からは「STAFF」のプレートが下がっている。
「……随分派手にやってくれましたね、東海林さん」
「何言ってるの、こっちは“リベンジマッチしにわざわざ県跨ぎで乗り込んできた元代表候補”だよ? イベントにしないほうが失礼でしょ」
ケロリと言ってから、亜紀子は奥の方を顎で指した。
「ほら、うちの“黒曜丸”も、さっきからずっと視線向けてる」
視線の先――《DP》コーナー後方の壁際で、新屋敷女子学院のブレザーを肩にかけた長身の少女が、モニタを見上げていた。
エレノア・キャンベル。
パイロット名 LEN。
己蒼流での名は「煉」。
締めたポニーテールと褐色の肌。制服の上からでも分かるしなやかな筋肉。
その視線は、画面に映る青い機体――ラズライトに、じっと据えられている。
「来たか、東青見」
自然と、口調にわずかな古風さがにじむ。
近くにいた同級生らしき女子が「ネリー、また時代劇モード入ってる」と小声で笑ったが、彼女は気にした素振りも見せなかった。
「お久しぶりです、エレノアさん」
青見は、ほんの一瞬だけ背筋を伸ばしてから、正面からその視線を受け止めた。
「ネリー- でいい。此度は、遠路はるばる“果し合い”のために参ったと聞く」
「……ええ。去年の夏の借りを返しに」
青見は、脇に抱えていた電話帳サイズのマニュアルを持ち直す。
ラズライトの操作コンフィグが細かく書き込まれたその紙束は、この数日間、彼がどれだけ“本気で”この対戦に備えたかを物語っていた。
エレノアは、そこで初めて微かに口元を緩める。
「良い目をしているな。あの時は、まだ刃を握る覚悟が揺らいでいた。
――だが、今は違う」
「そっちも、ですね」
二人の視線が、再びモニタへと向く。
そこには、漆黒の鎧武者を思わせるシルエットのVP――黒曜丸が映し出されていた。
黒曜丸
全身を覆うのは、光を吸い込むようなマットブラックの装甲。
鋭く反りを持った一本の太刀だけを帯び、背部にも肩にも、ミサイルもガトリングも存在しない。
ただの一振り。
ただの一振りで、すべてを断つための機体。
腰の位置に納められた太刀の鞘には、細かな打ち傷のようなテクスチャが刻まれている。
それはゲーム中の“鞘打ち”の名残り――鞘で殴り、絡め取り、組み敷く古流剣術をそのままVPに落とし込んだ設計の証だった。
「黒曜丸は、太刀一本だけで挑む。
刃で斬り、鞘で殴り、組んで投げる。――己蒼の型そのままだ」
エレノアの声には、どこか誇りと、少しだけ未練の影が混じる。
「刀一本で、あの大会も勝ったんですよね」
青見の問いに、彼女は小さく頷いた。
「ああ。だが、あれは“完全”ではなかった。
師の型をなぞることに囚われ、己が刃を持つことを恐れていた」
だからこそ――と続けようとして、エレノアは首を振る。
「……いや、それは後でよい。今は一つだけ、確かめたい」
二人の間に、一瞬の静寂。
「東。
おまえは、あの夏から――“強く”なったか?」
問いは、静かで、しかし真正面からだった。
「……さあ、どうでしょう」
青見は、一瞬だけ言葉を選び――そして、短く息を吐く。
「強くなったかは、分かりません。でも――」
モニタに映るラズライトが、青い単眼を光らせて静止している。
薄装甲。小ぶりなフレーム。
右手の伸縮警棒と、左のコンバットナイフ。
ヒートナイフと手投げ弾が、ギリギリのバランスでマウントされているだけの、頼りないほど軽い機体。
だがその内部、操縦系統だけは、尋常でない密度で構成されていた。
「“守りたい”って思うものは、増えました。
……だから、足掻き方だけは、前よりマシになってると思います」
それを聞いて、エレノアはふっと目を細める。
「ならば――」
彼女の瞳に、闘志と、どこか吹っ切れたような輝きが宿る。
「この黒曜丸をもって、その変化、しかと受け止めよう」
小さな“祭り”の空気
二人のやり取りを、周囲の観客は固唾を飲んで見守っていた。
コニパレ常連たち。
新屋敷女子の生徒たち。
バイト中の亜紀子。
店長らしき中年男性。
そして――
「……来たか、青見くん」
人混みの後ろで、門脇耕太は眼鏡を押し上げながら、小さく呟いた。
「さぁ、“ラズライト”がどこまでやれるか。
――弱いものが強いものを喰う、その瞬間を見せてくれ」
イベント用の簡易マイクを握った亜紀子が、カウンターの中で息を吸い込む。
「それでは皆さん、お待たせしましたー!
これより、特別エキシビションマッチ――
AOMI vs LEN、『ラズライト vs 黒曜丸』を開始しまーす!!」
歓声と拍手が、店内に弾けた。
青見とエレノアは、それぞれ自分の筐体へと歩き出す。
片や、軽装でありながら、生身同然の柔らかさを持つ青いVP。
片や、太刀一本で戦場を渡り歩く、黒い鎧武者VP。
復讐戦は、こうして――
ゲームセンター新屋敷店という小さな箱の中で、ちょっとした“祭り”として幕を開けようとしていた。