準備はOK!
自宅に戻ったオレは、軽く仮眠を取って夜更けを待った。
目を覚まして時計を見ると、針は二二時三六分を指している。
背伸びをひとつしてベッドから降りると、作り付けのクローゼットに手を伸ばした。
その中には、この数ヶ月で増えた――本来なら「使うことなんてないはず」の道具たちが詰まっている。
そんなこと、頭では分かっていたのに、それでも少しずつ増やしてきた道具たち。
今、オレに引っ張り出されて、どこか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
ネイビーブルーのズボンに、同色のシャツ。
その上からH型サスペンダーを装着する。
サスペンダーの左右には、上下逆さまに固定された大型の特殊警棒とタクティカルナイフ。
腰のベルトにはホルスターを通し、スタンガンを収める。
左尻のポケットには――ポケットサイズの強力ライト。
ウェストポーチには、細々としたツール類を詰め込んだ。
最後に、M1タイプのジャンパーを羽織る。
……準備はOK。
……本当に、そうか?
そうそう出会うものではないが、補導員と職務質問には十分気をつけないといけない。
ぱっと見は「ただの夜の外出」だ。
上着さえ着ていれば武装は分からない。
だが、これを脱いだらアウトだ。
秋から冬にかけては、多少物騒なものを持ち歩いていても上着で隠せる。
そういう意味では、この季節は嫌いじゃない。
「あ、忘れてた」
両親を亡くしたオレの後見人――夏の事件でもオレを助けてくれた貴也さんに、手短なメールを一通送信する。
それから、部屋の隅にあげておいたスニーカーを手に取った。
昼間履いていたズボンのポケットから、忘れ物を取り出す。
それを今のズボンのポケットに移し替えて――今度こそ、本当に準備完了だ。
カーテンを少しだけめくり、窓の外を確認する。
隣の家は、彩女の家。
オレたちの部屋は、ちょうど向かい合わせだ。
南向きに建てられた二軒の家は、日当たりの良さだけを追求したせいか、それぞれの東西側は寄り添うように近い。
男女の幼馴染で家が隣、窓を開けると向かい合わせ――
惣一郎には「ラブコメのテンプレか」と笑われたが、最初からこの環境で育ってきたオレには、あまりピンとこない。
そういうもんだと、ずっと思っていたから。
向かいの部屋には、まだ明かりが灯っている。
バンビちゃんは、今日も予習・復習に余念がない。
「体操だけでやっていけるとは思わなかったから」と、スポーツ特待生を蹴った女だ。
その言葉に見合うだけの努力を続けているのだから、素直に関心する。
オレは自分の部屋の電気を消し、足音を忍ばせて廊下に出た。
……玄関はダメだ。
あの扉は、どうしたって開け閉めの音が大きい。
彩女に気づかれる。
夏に一人きりになってから、彩女も、おじさんおばさんも、オレのことをずいぶん気にかけてくれている。
明日あたり彩女にガミガミ言われる分には構わない。
でも、おじさんおばさんに心配をかけるのは、できれば避けたい。
二階の隣の部屋へ移動する。
ダブルベッドに、書き物机。
大きな本棚がいくつも並ぶその部屋は、父さんと母さんの寝室だ。
二人がいなくなってからも、部屋の中はそのまま。
……いや、違う。オレが、そのままにしている。
本当は、あまり入りたくない。
できることなら、今はまだ何も変えたくない。
この痛みが、もう少し和らいだら。
そのときになったら、部屋の模様替えだってできるのかもしれない。
けれど今は、ここだけは時間を止めておきたかった。
窓をそっと開け、ベランダへ出る。
一息で手すりを飛び越え――そのまま庭へと飛び降りた。
……これをやって見せると、みんなやたら驚くけど、大したことじゃない。
中学の頃なんて、鬼ごっこで二階から飛び降りて逃げる奴なんて山ほどいた。
慌てて足をくじく阿呆もたまにいたけど。
彩女だって、このくらいはやってみせるはずだ。
学校じゃまずやらないだろうけど。スカートだしな。
オレとしては、あいつが猫かぶっている方に一票入れたい。
そんなことを考えながら、愛用のMTB――JAMIS DAKOTA XC に跨る。
そして、オレは夜の街へとペダルを踏み出した。
三森邸へ向けて。