門脇耕太は、《DP》コーナーの一番後ろから、黙って二つのモニタを見上げていた。
ひとつは漆黒の鎧武者――黒曜丸。
もうひとつは青い軽装機――ラズライト。
画面の中では、火花が飛び散るたびに、観客の息が詰まる。
太刀が唸り、伸縮警棒がそれを受ける。
刃が弾かれた瞬間、今度はコンバットナイフが逆手に煌めき、黒曜丸は鞘でそれをはね上げ、間合いを潰して組みつこうとする。
――どちらも、一切「待ち」に入らない。
普通なら、様子見のために一度距離を取って静止する場面だ。
だが、この二機は、そんな“間”すら力づくで埋めようとする。
門脇は、腕を組んだまま、目だけを忙しなく動かした。
(黒曜丸の戦い方は――複雑に見えて、驚くほど単純だ)
太刀の切り上げ。袈裟斬り。踏み込み。鞘打ち。組み打ち。
それらひとつひとつの動きは、あらかじめ登録されたモーションパターンに過ぎない。
いうなれば「昔の格闘ゲーム」の必殺技コマンドのようなものだ。
ただ――その「どのパターンを、どの順番で、どのタイミングで繋ぐか」という判断が、異常なまでに速い。
(モーションを“読む”前に、もう次の手に移ってる。
……煉の思考時間が、とんでもなく短いんだ)
対するラズライトは、正反対の設計思想だった。
右手の警棒が、わずかな角度で太刀を滑らせる。
左手のナイフが、エレノアの死角――黒曜丸の肋あたりを狙う。
だが黒曜丸は、ほんの一瞬で体軸を捻り、鞘をぶつけてラインをずらす。
ラズライトの動きには、黒曜丸のような「定型モーションの繋ぎ目」がほとんどない。
細かすぎる関節の動き、姿勢制御、間合い調整――そのほとんどが、ほぼ“マニュアル操作”だ。
(ラズライトは柔軟性と瞬発力が売りだが、その分、操作系は地獄のように複雑だ。
戦闘思考時間の速さに加えて、“入力”を正確に返す反応速度も問われる)
だからこそ、画面の中の攻防は一見、互角に見える。
黒曜丸の太刀は、一撃でも直撃すればラズライトを沈めかねない鋭さ。
しかし、ラズライトはその太刀筋をギリギリで滑らせ、ナイフと警棒でラインを乱し続ける。
有効打が、決定的に通らない。
「……長いな」
隣で観戦していた新屋敷の常連客が、思わずぼやく。
無理もない。
1対1の対戦としては、異例の長時間戦闘になりつつあった。
普通なら、とっくにどちらかの装甲が剥がれ、四肢かセンサーに決定打が入っていてもおかしくない時間だ。
それでも、黒曜丸は太刀を振るい続け、ラズライトはそれを捌き続ける。
(これ、完全に“体力勝負”の領域に入ってるな)
ゲームでありながら、問われているのは現実と同じもの。
――集中力を保つ体力。
――相手の動きを読み続ける胆力。
――自分の恐怖と欲を押し殺す精神力。
しかも、どちらも現実世界で「武」を追い求めてきた人間だ。
己蒼流の師範代であるエレノア・キャンベル。
そして、あの夏の夜から、剣道と格闘技にしがみついてきた東青見。
(見ているこっちが、息切れしそうだよ……)
門脇は、喉の奥で小さく笑った。
黒曜丸は、パターンを組み替えながら、ひたすら最適解を叩き込んでくる“完成された剣”。
ラズライトは、マニュアル操作でそれを受け、滑らせ、ねじ伏せようとする“未完成の身体”。
どちらも、まったくブレーキを踏む気配がない。
電子音と歓声に包まれたコニーパレス新屋敷店で、
二つの“武”は、まだ決着の気配を見せぬまま、ぎりぎりの均衡を保っていた。
/*/
黒曜丸の太刀が、またひとつラズライトの肩口をかすめた。
ほんの紙一重――だが、その「紙一重」が、だんだんと大きくなっている。
門脇耕太は、モニタの隅に表示されたステータスウィンドウへ視線を流した。
(……心拍、上がってるな)
大会仕様の《VPシート》は、プレイヤーの脈拍や発汗を簡易的に拾って、演出用データとして画面に反映する。
黒曜丸側――LENの心拍数グラフが、さっきからじわじわと右肩上がりになっていた。
対して、ラズライト――AOMIのほうは、上がったり下がったりしながらも、一定の範囲内に収まっている。
(体格差と、性差。鍛えていても、ここまで引き延ばされると効いてくるか)
エレノア・キャンベル――ネリーは、現実世界で己蒼流の師範代だ。
鍛えていないわけがない。むしろ、そこらの男よりよほど強い。
それでも、東青見は「大柄な男子」で、しかもこちらも剣道と格闘技を続けてきた人間だ。
同じだけ集中して、同じだけ酸素を消費して、同じだけ筋肉を酷使すれば――
やがて差がつくのは、仕方のない話だった。
「……来るぞ、ネリー」
門脇は、誰にも聞こえない声で呟いた。
画面の中で、黒曜丸の動きが、一瞬だけ硬くなる。
ほんの、コンマ何秒か。
だが、ラズライトは、その変化を見逃さなかった。
太刀が振り下ろされる直前。
ラズライトの右手の警棒が、いつもよりわずかに早く動く。
「……あ」
門脇の頭の中で、いままでの戦闘ログが逆再生されていく。
袈裟斬りからの鞘打ち。
踏み込みからの組打ち。
薙ぎ払いからの蹴り上げ。
そのどれもが、あらかじめ登録されたモーションパターンであることは最初から分かっていた。
だが、ネリーの選択と繋ぎの速さが、それを覆い隠していた。
――長期戦になれば、話は別だ。
「パターンを読んだな、青見くん」
門脇は、思わずニヤリと笑った。
黒曜丸の太刀筋。
踏み込みの癖。
「ここでこう来たときには、次はこれだ」という、ほんの僅かな傾向。
ラズライトは、それをひとつひとつ記憶していく。
マニュアル操作だからこそ出来る、「相手に合わせて変化する受け」。
今回も同じだ。
黒曜丸が踏み込む。
太刀を振り上げる――その「きっかけ」の動きが、さっきまでと比べてわずかに“重い”。
疲労で入力が遅れたのか、
集中を保つための呼吸を、ほんの一瞬だけ優先したのか。
理由はどちらでもいい。
ラズライトにとって重要なのは、それが「これまでのパターンから外れた、隙」であるという事実だけだ。
警棒が、太刀の腹を叩く。
黒曜丸の剣先がわずかに浮き、軌道が高く逸れた。
そこで終わらないのが、AOMIの恐ろしいところだ。
「っ、く――!」
黒曜丸が体勢を立て直そうと、モーションを切り替えるより早く。
ラズライトは一歩も退かず、懐へ潜り込んでいた。
ナイフが――煌めく。
正面からではない。
彼我の軸をずらし、わずかに外側へ開いたステップから、黒曜丸の脇腹装甲の継ぎ目へと差し込まれる。
「そこかよ!」
後ろで観戦していた誰かの叫びが、店内の喧騒に紛れて弾けた。
黒曜丸の装甲に、初めて「明確な」損傷表示が走る。
赤いダメージエフェクトが、黒い鎧を走り抜けた。
だが、ネリーも易々とは崩れない。
「甘い!」
ダメージを受けた瞬間、黒曜丸の肘がラズライトの側頭部へ叩き込まれる。
ナイフをねじ込んだまま、ラズライトの視界が揺れ、警告音が鳴った。
双方がよろめき、距離が空く。
(……ここまでやって、まだ倒せないか。さすがだな)
門脇は、感嘆と苦笑の入り混じった息を吐いた。
ただ、一度開いた“穴”は、もう隠せない。
黒曜丸の呼吸は浅く速くなり、わずかな操作遅延が、動きの節々に滲み始めている。
太刀のキレはまだ鈍っていない――だが、繋ぎの「判断」が、ほんの少しだけ遅い。
ラズライトは、その遅れを待たない。
警棒とナイフ。
前ステップとバックステップ。
横に滑るローラー移動と、細かいブレーキ。
マニュアル操作ゆえの煩雑さを、東青見はそのまま「柔らかさ」に変えていく。
黒曜丸の太刀が来る。
受ける。滑らせる。
反撃に移る――ように見せて、あえて一拍置く。
「……っ!」
ネリーは、そこで初めて「迷い」を見せた。
反撃に来ると読んでいたラインを、ラズライトが外す。
そこから組み立てようとしたパターンが、一瞬で崩れる。
崩れた“隙”に、また警棒が割り込む。
鞘打ちが空を切り、足運びがほんの僅かに乱れる。
その乱れを、ラズライトは確実に拾っていく。
太刀が、少しずつ、当たらなくなる。
組打ちに入ろうとすれば、わずかに間合いの外で空を掴む。
鞘で殴りつければ、そこにはもう青い機体はいない。
(パターン戦闘と、マニュアル戦闘。長期戦になれば、読む側が有利になる)
門脇は、自分で組んでおきながら、ほとんど観客の一人になっていた。
黒曜丸の戦い方は、複雑に見えて単純だ――事前に組まれた「最適解の集合」。
ラズライトは、その場その場で組み変え続ける「未完成の回答」。
先に限界が来るのは、最適解を“選び続ける”側だ。
「――これで、終わりにしようや!」
ラズライトが、初めて前へ出た。
それまで「受け」「捌き」に徹していた青い機体が、太刀の間合いの中へ、自分から踏み込む。
黒曜丸のセンサーが、警告音を鳴らす。
ネリーの視線が一瞬鋭くなり――その直後、わずかに揺れた。
疲れから来る、ほんのコンマ数秒のラグ。
太刀が上がる。
ラズライトの警棒が、その軌道を弾く。
ナイフが、今度は肩口から鎧の中へ深く差し込まれる。
「……っ――!!」
黒曜丸の装甲ゲージが、臨界を超えた。
モニタの中で、黒い鎧武者が膝をつく。
遅れて、観客席から大きな歓声と、ネリーを心配するようなどよめきが起こった。
決着。
ラズライトが、警棒とナイフを下ろす。
倒れた黒曜丸に、最後の一撃を加えることはしない。
撃破演出――勝者側のカメラが、青い機体のアップに切り替わった。
その単眼が、静かに赤い光を細める。
まるで「礼」をするように、姿勢がわずかに頭を垂れた。
門脇は、小さく息を吐き出した。
(……中の人の体力差と、パターンの限界。
それでもここまで粘ったネリーも、よく読んで仕留めた青見くんも――どっちもバケモノだよ)
画面の向こうで、ヘッドセットを外した東青見とエレノア・キャンベルが、同時に大きく息を吸い込むのが見えた。
互いに額には汗。
肩で息をしながら、それでも二人は、マイク越しにどこか楽しそうな声で、短く言葉を交わす。
「――Good game」
「こっちこそ。……もう一戦、お願いできますか?」
長期戦の末に勝ったのはラズライトとAOMIだった。
だが、店内の空気は、誰もが感じていた。
この勝負、まだ“終わっていない”。