そんな予感だけが、照明に照らされたフロアの空気の中に、確かに漂っていた。
「凄いね、東さん!」
背後から、弾んだ声が飛んできた。
振り向くと、同年代らしい男子がこちらへ歩み寄ってきていた。
線の細い体つきに、少し跳ねた前髪。生徒証のネームプレートには「仁村桐生」と書かれている。
「あ、えっと――」
「青見で良いよ」
条件反射のようにそう返すと、仁村はぱっと笑顔になった。
「じゃ、俺のことも桐生で。
さっきのさ、あの動き、どうやったの?」
「動き?」
試合中のことを一瞬で思い出せるわけもなく、青見は首をかしげる。
「あれって、どれ?」
「ほら、終盤のさ。
右手で思いっきり振りかぶったと思ったら、いきなり左下段から突きに変わったやつ!」
仁村は、空中に見えない剣を描くように右手を振り上げ、そこから左手で突き出すジェスチャーをしてみせた。
その動きがやけにそれっぽくて、青見は思わず苦笑する。
「ああ――あれか」
喉の奥で息を整えながら、青見は頷いた。
「あれ、背車刀って言うんだ。
二階堂平法の技でさ。右手で背後まで刀を振り上げて、上段からの攻撃に見せかけて、背中側で左手に持ち替えるんだ。
で、そのまま左下段から勢いをつけて突き出す」
言いながら、自分でも無意識に肩と腕を動かしてしまう。
「相手の攻撃を刀で受けて、その反動を利用して背後に回せば、もっと速く出せる。
さっきのは、ちょうど黒曜丸の太刀がいい具合に当たってくれてさ」
「それは――」
仁村の目が、きらりと光った。
「モーションパターン、作ってあるの?」
「いや」
青見はあっさり首を振る。
「マニュアル」
「……ええ」
仁村は、ほとんど悲鳴のような声を漏らした。
「右手で背中まで振り上げて、左で持ち替えて、あのタイミングで突き?
あのフレーム数で? マニュアルで? マジで言ってる?」
矢継ぎ早に畳みかけられ、青見は苦笑いしながら肩をすくめる。
「門脇先輩が、入力プランだけは考えてくれててさ。
でも、結局“どこで持ち替えるか”とか“いつ突き出すか”は、自分で合わせるしかなくて……」
「いやいやいや、それを“しかなくて”って言うなって!」
仁村は頭を抱えた。
「俺、今やっと理解した。
さっきネリーが『操作の複雑さをものともせず』とか言ってたけど、あれ、半分くらい褒め言葉じゃなくて“苦情”だよね?」
「かもね」
青見は、少しだけ照れくさそうに笑った。
「でも――」
さっき交わした拳の感触を思い出しながら、ぽつりと付け足す。
「ネリーの太刀が速かったから、あそこまでやる必要があったんだと思う。
普通のフェイントじゃ、絶対に通らないから」
「……はぁー。やっぱレベル違うわ」
仁村は大きく息を吐き出し、それからにやりと口元をゆがめた。
「決めた。
青見――これから、色々教えて」
「え?」
「その“平法”とか、“持ち替え”とか。
いつか俺も、ああいうのマニュアルでぶっ放せるようになりたい」
その真っ直ぐな目に、青見は一瞬だけ言葉を失う。
けれど、不思議と悪い気はしなかった。
「……俺で良ければ、だけど」
「良いに決まってんじゃん」
仁村は、そう言って右手を差し出した。
「これからよろしく、青見」
「うん。よろしく、桐生」
二人の掌が、パシンと軽やかな音を立てて打ち合わさる。
その様子を、少し離れた場所から門脇と亜紀子が眺めていた。
「……また一人、“こっち側”が増えたね」
「先輩、その言い方ほんとやめてください」
亜紀子のツッコミに、門脇は愉快そうに笑うだけだった。
コニーパレス新屋敷店の“お祭り”は、まだしばらく続きそうだった。
/*/
観戦用モニタの盛り上がりがひと段落した頃、青見と仁村桐生は、筐体の島から少し外れたところで話し込んでいた。
「それでさ」
さっきから目をきらきらさせっぱなしの桐生が、待ちきれないといった様子で身を乗り出す。
「良かったらさ、青見の機体、見せてもらってもいい? ラズライト、もっとちゃんと見てみたいんだ」
「いいよ」
青見はあっさり頷く。
「でも、作ったのは俺じゃないから、細かい質問には答えられないよ?」
「お、ってことはメカニック担当がいるんだ?」
「うん、門脇先輩。……先輩?」
名前を出したところで、青見はようやく辺りを見回した。
門脇耕太の姿は――
「あっちだ」
隣で教えてくれたのは、桐生と一緒にいた男子、倉田大輔だった。
人ごみの向こう、ゲームコーナーの一角で、門脇は何やら大柄な着ぐるみと楽しそうに談笑している。
デフォルメされた頭身、妙に愛嬌のある巨大なマスコットヘッド。
全体的にモコモコとしたその着ぐるみは、どう見てもここだけ文化祭の一画だ。
「えっと、先輩?」
恐る恐る近づき、青見が声をかける。
「あ、会長!」
桐生が先に反応した。着ぐるみのほうを見上げて、ぱっと顔を明るくする。
「会長?」
聞き返したのは青見だ。
「うん」
桐生が、やや気まずそうに苦笑しながら説明する。
「着ぐるみのほうが、うちのビデオゲーム同好会の会長」
「正式名称は“国府高専ビデオゲーム同好会”だよ」
横から、倉田が補足を入れる。
「俺と桐生は、その会員。で――」
「レトロゲームの集いで、長船会長とは面識があったのだよ」
と、得意げに割り込んできたのは門脇だ。
「ほら、去年の夏にあったアーケード基板の展示会覚えているかね? あのとき、隣の筐体に座っていた“猛者”がこの人でね。
まさか同じ学生の、しかも同好会の会長だったとは、世間とは狭いものだ」
そう言われて、着ぐるみの巨大な頭が、こくこくと頷いた。
中から聞こえる声は、意外と落ち着いている。
「いやぁ、その節はどうも。
東くんのラズライト、いい動きしてたよ。長船です。……中の人は秘密ってことで」
「いや、全然バレてますけどね、会長」
倉田が苦笑し、桐生が「ですよね」と肩をすくめる。
門脇はそんな三人のやり取りに満足げに頷くと、青見の背をぽんと叩いた。
「というわけで、ラズライトの“表の設計者”としては、ぜひ会長にも見てもらいたいね。
裏の設計者は――まぁ、いつもどおり、君だが」
「そこまで大層なもんじゃないですって」
そう言いつつも、青見の頬は少しだけ緩んでいた。
こうして――
東青見、仁村桐生、倉田大輔、そして長船会長と門脇耕太。
ゲームセンターの一角に、新しい“こっち側”の輪が、静かに広がり始めていた。