なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

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おまけ
惣くん、お昼どうするの?


 

 

4時間目終わりのチャイムが鳴ると、クラス中――いや、学校中が一斉にざわつき始めた。

誰かが言っていた。「腹ぺこの子犬が一斉に目を覚ます時間」だと。なるほど妙にしっくりくる。

 

俺――伊東惣一郎も、机から上体を起こして大きく伸びをした。

退屈な授業は全部寝て過ごす主義なので、1時間目から今までずっと突っ伏していた計算になる。背中と腰がゴキゴキ鳴るような感覚が、これまた気持ちいい。

 

「惣くん、お昼どうするの?」

 

声の方に目をやれば、ツインテールを揺らした松坂愛香が、いつの間にかすぐそばに来ていた。

 

「うむ、弁当なぞない」

 

「私もないよ。カフェテリア行く?」

 

「お前の奢りな」

 

小首を傾げた愛香を横目で見ながら、なぜか勝ち誇ってみせる。

 

「私が?」

 

「誘ったのはお前」

 

「えー」

 

「おばさんから昼飯代もらってんだろ?」

 

俺の生活費と小遣いは、保護者代わりの松坂理恵子――つまり愛香の母から出ている。昼飯代の財布は愛香が握っていた。

 

そんなふうにじゃれ合っていると、

 

「オレもいいかな?」

 

と、東青見が声を掛けてくる。

 

「いいけど、自腹な」

 

「珍しいねー」

 

愛香が目を丸くする。

青見は普段、弁当持参で、昼にカフェテリアを利用することはほとんどない。大体は彩女か玲子と一緒に食ってるし、一人でこっちに来るのは確かに珍しい。

 

 

◆カフェテリア(惣一郎・視点)

 

 

今日のカフェテリアは、珍しく席に余裕があった。

こういう日は、豪勢なメニューで優雅にいきたいところだ。

 

「何にするかな?」

 

メニューを思い出しながら悩んでいると――

 

「オレは、地鶏のラグーソースパスタとサラダセット」

 

青見が、即決でメニューを告げた。しかもランチセットじゃなく、単品+サラダ。そこそこ値段も張るやつだ。

 

「豪勢だな。何かあったのか?」

 

問いには、首を横に振るだけ。そんなに金持ってるはずもないのに。

 

「青見くん、食べ物にも気を使ってるんだね」

 

隣で愛香が、納得したように頷く。

気を使う? サラダ付けたからって、ダイエットって柄でもねぇだろうに。

 

疑問が顔に出ていたのか、愛香が料理部らしく解説を始めた。

 

「そのメニュー、良質のたんぱく質と少ない動物性脂肪でね。油はコレステロールゼロで、動物性脂肪を溶かす働きがある『グレープシードオイル』を使ってるんだよ。葡萄の種からちょっとだけ取れる、けっこう貴重な油」

 

「運動して身体つくらなきゃいけないから、効率よく身体を作れるもの食べてるんだよね。普段のお弁当もそうだし」

 

そこまで聞いて、俺は思わず天井を見上げた。

 

「……そこまで気張って生きたくねぇ。俺はAランチ」

 

「私も」

 

俺たちはそれぞれ注文を済ませ、窓際の“天文部指定席”に陣取った。

暖かい日差しが差し込む、なかなかの特等席だ。

 

「惣くん、いつもパンなのに珍しいね」

 

「今日は朝飯食えなかったからな。奮発した」

 

……青見ほどじゃねぇけどな、と内心で付け足していると、「弁当作れなかったんだよ」と、青見が悔しそうに言った。

 

「お前、高くつくんだな」

 

「高嶺の花ですから」

 

「言ってろ」

 

にべもなく返して、俺は唐揚げを頬張る。

朝飯抜きの腹に、噛むたび染み出る肉汁と油が五臓六腑へ染み渡っていく感じがたまらない。

 

俺をにこにこ眺めながら自分の弁当をつついていた愛香が、ふと思い出したように青見へ話を振った。

 

「青見くん、朝は食べたの?」

 

「食べたよ」

 

予想通りの返事だ。

 

「ほら、惣くんもちゃんと食べないとダメだよ」

 

来たな、この流れ。

 

「そんな時間ねぇし。夜は食ってる」

 

朝飯の時間なんて、聖なる惰眠の前には軽すぎる。昼と夜で帳尻合わせりゃいいだろ。

 

「もう、1日2食なら、ちゃんと食べないとダメだよ。はい、これ」

 

愛香は、俺の唐揚げ定食のメインを、三つばかり自分の皿から移してきた。

 

「バカか? これじゃお前の分がないだろ」

 

「いいよ、私は3食とってるし」

 

「ダメだ」

 

俺は唐揚げを二つ、愛香の皿に戻す。

 

「食べて」

 

二つ戻ってくる。

 

「施しは受けんッ!!」

 

また乗せる。

 

「食べなきゃダメでしょ」

 

戻ってくる。

 

乗せる。

戻ってくる。

乗せる。

戻ってくる。

 

箸の応酬を繰り返していると――

 

「……仲良いね」

 

「え?」

 

「あ?」

 

箸を突き出したまま固まる俺たち。

青見が、なんとも言えない顔でこっちを見ていた。

 

「あ、ごめんね」

 

愛香は素直に謝る……が、「惣くんが、あんまり強情だから」と余計な一言を付け足す。

 

「コイツがおせっかいでさ」

 

俺も俺で、我ながら言い訳がましく青見にかぶせる。

 

「……いいから、惣一郎が食べたら」

 

実際、栄養足りてないし、と余計な診断付きで言ってくる。

だからお前は友達少ねぇんだ。

 

「わかったよ」

 

しぶしぶ唐揚げを口に運ぶ俺に、

 

「ありがとう、青見くん」

 

「愛香も大変だな」

 

「少し、ね」

 

なんて会話を交わしているあたり、本当に余計なお世話だ。

 

「言いたいことあるなら直接言えっての」

 

ぼやきながらも、唐揚げはうまい。

この日のお昼は、愛香の唐揚げ乱入のおかげで、いつもよりだいぶ豪勢になった。

……書いてもいない日記に「感謝」と書いてやってもいいぐらいには。

 

 

 

 

「私、お茶持ってくるね」

 

「おう、任せた」

 

「ありがとう」

 

愛香が席を立つのを見送り、コップだけが残るテーブルに静けさが戻る。

 

「……少しは、愛香に優しくしてあげたら」

 

愛香が離れた途端、小声で青見が口を出してきた。

にやり、と口の端を上げて返す。

 

「心配すんな。ちゃんと可愛がってやってるぜ」

 

「……」

 

黙り込む青見。頬が、ほんのり赤い。

純情だねぇ、少年。(同い年だけど)

 

「なんだ。……お前、まだなのか?」

 

カウンターでお茶を注いでいる愛香を横目で確認しつつ、俺はさらに身を乗り出してささやく。

 

「な、なにが?」

 

「ナニが」

 

決まってんだろ、というニュアンスを目いっぱい込めてやるが、純朴青見には伝わらない。

 

「お前の方こそ、はっきりさせてやれよな。俺が言うのもなんだけど、可哀そうだぜ?」

 

どっちが、とはあえて言わない。

言わないと分からんだろうが――まあ、こいつバカだしな。

 

そこへ、トレイに紙コップを三つ載せた愛香が戻ってきた。

 

「お待たせ~」

 

ちょうどそのタイミングで、青見のバカが「微分積分教えてくれ」と言い出したせいで、昼休み残り時間は、愛香と青見相手に、ずっと微分積分のレクチャーをする羽目になった。

 

……ちくしょう、また眠くなってきた。

 

 

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