なんちゃってクトゥルフ小説   作:ぶーく・ぶくぶく

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あなたのおかげ

 

 

 プールの水面に反射する光が、天井と壁をゆらゆらと揺らしていた。

 その揺らぎの中で、男子の視線は、ほとんど一様に一点へと吸い寄せられている。

 

「松坂、すげーな」「なんか、バランス完璧だよな」「ああいうの、雑誌とかにいるよな」

 

 水の中で軽く足をばたつかせながら、愛香はそのざわめきを、どこか他人事のように聞いていた。

 

(そりゃあ、見られるよね)

 

 自分で言うのもなんだけど――と、心の中で前置きをしてから。

 程よい身長。

 大きな胸。

 くびれた腰。

 余計な脂肪のない、おだやかにしなやかなライン。

 

 意図して「そうしよう」と思ったわけではない。

 けれど、この身体が今の形になった理由を、愛香はよく知っている。

 

 プールサイドを見ると、惣一郎がこちらをちらちら見ては、にやけた顔で視線をそらしていた。

 男子たちがこそこそ「惣、お前の彼女やべぇな」と肘でつつくと、「まあな」とでも言い出しそうな顔だ。

 

(……そうだね)

 

 愛香は、そっと目を細める。

 

(惣くんの成長分で、出来上がった身体だからね。

 惣くんが得意げになってくれるなら、当然だよ)

 

 ふわり、と笑ってみせると、惣一郎は「お、おう」と少し照れたように視線を泳がせた。

 その様子が、どうしようもなく愛おしい。

 

(惣くん、ほんとは分かってないよね)

 

 男子たちは、きっとこう言うだろう。

 「たくさん食べて」「一緒にトレーニングして」「愛香が料理上手だから」――その結果だ、と。

 

 それも、たしかに半分は正解だ。

 

 けれど、残り半分は。

 

(惣くん、あんまり無茶な夜更かしとかすると、生命力、すぐ減っちゃうんだもん)

 

 テスト前に無理して起きていた夜。

 熱を出して寝込んだ日。

 部活のあと、ぐったりして愛香の作ったご飯をかき込んでいた時。

 

 ――ちょっとだけ、分けてもらった。

 

 彼の体の中でだぶついていた「余分なもの」を、少しだけ啜って、

 それを、自分の中で形にしていった。

 

 誰にもわからない速度で。

 本人に気づかれない量で。

 でも、確実に。

 

(だからね、惣くん)

 

 男子たちの視線に晒されながらも、愛香の視線はただ一人に向けられている。

 

(惣くんが得意げにしてくれるの、すごく嬉しいんだよ)

 

 “自分の手柄だ”と言いたげな顔。

 「俺が食わせて鍛えたからこうなった」と、心の中で胸を張っているのが、手に取るようにわかる。

 

(間違ってないよ。ほんとに、そうだから)

 

 惣一郎が食べる。

 惣一郎が眠る。

 惣一郎が笑う。

 

 そのたび、目に見えないところで、彼の生命はめぐり、満ちていく。

 愛香は、そのうちほんの少しだけを、そっともらっている。

 

 ――惣一郎の生命を、啜って。

 

 そうして作り上げた、今の自分の身体。

 

(惣くんの命から出来てるんだもん。惣くんが誇れるなら、それが一番うれしい)

 

 そう思うと、胸の奥があたたかく満たされる。

 それは、男子から向けられる好奇の視線なんかより、ずっと甘くて、満足感に満ちた感情だった。

 

 プールサイドでこちらを見ている惣一郎と、目が合う。

 愛香は、いつものように、柔らかく微笑んでみせた。

 

 ――わたしのこの身体は、全部、惣くんのものだよ。

 

 言葉にはしないけれど、笑顔には、そんな意味をたっぷりと込めて。

 

 惣一郎はそれを、

 ただ「自分の彼女が笑ってくれている」と受け取って、

 ますます満足げに口元を緩めた。

 

 愛香は、水面に映る自分の輪郭を見下ろしながら、

 彼の生命から形作られたこの身体を、そっと抱きしめるような気持ちで――

 

 もう一度、惣一郎へと笑いかけるのだった。

 

 

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