JUDGEMENt DAY~天使と悪魔の二重奏~   作:タコのスパイ

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第二節「迷子のお知らせ」

 見敵必殺――即ち、自分の姿を見た悪魔は全て倒す事がこの地上の地獄を生き延びる鉄則であるとマリヤは学んだ。ガレットの言ではないが、悪魔が跋扈する中でただ一人の天使である自分はこれ以上ないほどよく目立つのだ。まるで暗闇に投げ込まれた松明のように。

 結果、襲い掛かって来た悪魔達をガレットと二人で暫く迎撃していたところ、気が付けば住宅地の舗道と庭は悪魔の死骸で埋まってしまった。まだ息のあった小悪魔(インプ)にガレットがトドメを刺しているのを横目に、マリヤは嘆息しながら空を見上げる。分かってはいたが、空は相変わらずの闇一色。戦いを避けるつもりこそ毛頭ないが、この空の原因たる闇の結界を解除する前に力尽きてしまっては元も子もない。早急に結界塔を見つけ出して破壊しなければ……。

 手がかりが転がってやしないかと住宅や遊具の瓦礫をひっくり返しつつ(その最中、予想通り屋根や梁の下敷きになって圧死した人間も何人か見かけた……だが彼らにしてやれる事は何もない)、ガレットに声を掛ける。

 

「ガレット」

「何だ」

「例えばよ? もしあなたが夜宴(サバト)の黒幕だとしたら――街の何処に結界塔を置く?」

「……それを俺に考えろってのか」

 

 「自分が夜宴(サバト)の黒幕だったら」という例えに対し、ガレットは端正な顔を嫌そうに歪めた。しかし、少し考える素振りを見せてから彼は口を開く。

 

「人間にも天使共にも見つからない場所だな。夜宴(サバト)を始める前に撤去されちゃ話にならん」

「確かにね。『黒曜石で出来た塔』なんて物が広場とかに堂々と建っていたりしたら、空から見てすぐに分かるでしょうし」

 

 少なくとも、今朝オリバーポートに降り立った時点で見逃す事は無かっただろう。

 なおガレットの説明によると、文献から結界塔の大まかな外観は判明しており、曰く「黒曜石製で表面に呪文が刻印されている」「五芒星(ペンタグラム)を象った五角柱」である事は間違いないらしい。人間が建立するような街のオブジェとしてはあまりに異様な造形で、恐らく一目見ればすぐにそれと分かるであろう代物だ。

 

「だけど私が思うに、島一つを丸ごと閉じ込める程の規模の結界を張れる装置なら――きっと小さくないわよね」

 

 そう考えると隠し場所は限られてくる。設置したのがロゼであろうと他の誰かであろうと、見つけられない筈は無い。

 

 

 

 

 ともあれ、これ以上住宅街――かつてそう呼ばれていた墓地に長居しても得られる物は無いだろう。

 見切りを付けて移動する……前に、最後に一箇所だけ確認しておきたい場所があった。宅地の一角にある戸建てである。広い庭付きで、他の家々よりも立派な「豪邸」と言っても差し支えない建物。耐震性も強いのか損傷も少ない。

 もしかしたら生存者が居るかも知れない――そんな一抹の望みを掛け、そっと正面玄関に近づく。ドアノブに手を掛けてみるとしっかりと施錠されていた。つまり、やはりまだ中に誰かが居る可能性が高い。

 

(といっても、チャイムを鳴らしたからって素直に出てくれる筈無いわよね……?)

 

 どうしたものかと額に指を当てるマリヤだったが、その横にガレットがのっそりと歩み出たかと思うと何の躊躇も無く玄関ドアを蹴破った。人間の盗人であれば防げたであろうが、悪魔の脚力の前には蝶番もドアチェーンも何の抵抗も出来ずに弾け飛び、哀れな扉はウェハースのように砕けてただの木片と化した。

 

「……ちょっと」

「待つなんざ時間の無駄だ」

 

 扉だった木片を無遠慮に踏みつけ、ガレットはずかずかと屋内に踏み入る。溜息を吐きながらマリヤもその後に続く。

 外観は綺麗だったが、やはり地震の影響は凄まじかったようだ。家具と調度品は殆どがひっくり返って壊れており、水道管か何かが破裂したのかキッチンや洗面所は水浸し。リビングに至っては屋根が崩落してしまっている。

 悪魔に襲撃された痕跡は無いにしても、これでは望み薄だろうか――そう思ったところ、ふと1階の廊下に飾られた絵画の影に一枚のドアが隠れていた事に気付いた。絵画を退かして開けてみると、コンクリート剥き出しの暗がりに降り階段がぼんやり浮かんでいる。地下室の入り口だ。

 階段の幅は狭く、大人の体格では一人ずつ降りるのがやっとだ。人間界の単位で測るならばマリヤの身長は165㎝、ガレットの場合は目測180㎝前後といったところだろう。とりあえずガレットが前、マリヤが後ろとなり前後を警戒しながら階段を降り、地下室の扉を開く。

 

「この明かりは懐中電灯……?」

 

 暗く狭い地下室に漂う仄かな生活臭と小さな電気の明かり、そして生気。

 マリヤが呟いた瞬間、ドアの陰に隠れていた小さな何かがガレットに飛び掛かった。だが素早く反応したガレットが腕を振るい、自身に飛び掛かって来た相手を打ち払う。小さな悲鳴を上げて床に転がった襲撃者に対し、ガレットが追い打ちを掛けようと爪を振り上げ――動きを止めた。

 

「……ガキ?」

「子供?」

 

 尻もちをつきながらもクリケットバットを握りしめているのは、パジャマ姿の人間の少年だった。懐中電灯の頼りない光に照らされた彼は10歳程度と思しき容姿で、体格の割に引き絞られた体つきをしている。もしかしたら実際にクリケットをしているのかも知れない――もっとも、悪魔に殴りかかるにしてはあまりにも頼りない見た目である事には変わりないが。

 小刻みな震えと共に荒い息を吐きつつも自分を睨み上げる少年を見下ろしながら、ガレットは珍しくどう対応すべきかと困惑しているようだった。二人は互いに何も言わず、マリヤも口を挟むタイミング計っていたその時、部屋の片隅で物音がした。

 音の方向を見やると、少年よりもさらに小さな少女が物陰からこちらを窺っていた。

 

「おにいちゃん……?」

「バカ、隠れてろ! 喰われんぞ!」

 

 恐らく二人は兄妹なのだろう。地下室に隠れる事で夜宴(サバト)から生き延びていたか。

 地下室の入り口で立ち竦むマリヤを他所に、ガレットが少年を鼻で笑った。

 

「喰う? 俺が? お前らを?」

「な、なんだよ。実際そうなんだろ、俺達を喰いに来たんだろ悪魔!」

「冗談は止せ。俺に言わせりゃ人間なんざどいつもこいつも不味そうで、わざわざ好き込んで喰いたがる奴の気が知れん」

 

 言いながら彼は少年に指先――鋭い鉤爪の先端を突きつける。

 

「お前は特に不味そうだな。チビの上に骨と皮ばかりで喰えそうな所が無い」

「な、おまえっ……」

 

 無論、美味そうと言われたとしても嬉しいわけはないだろうが、それをひっくるめてもあまりの言い草に少年は絶句する。

 そんな彼を見かね、マリヤは二人の間に強引に割って入った。

 

「何を考えてるの一体、それも天使の目の前で!」

「先に手を出したのはこいつだ」

「だから何なのよ。そもそもあなたの爪と、この子のバットじゃ、比較にすらならないでしょうが」

「……おねえちゃん、天使様?」

 

 天使と悪魔の言い合いを止めたのは少女だった。兄のように物陰から出て来ようとはしないが、伏し目がちの青い目はマリヤに向けられている。

 

「天使様は白い羽と服だって、絵本に書いてあったよ」

「絵本の内容が全部正しいとは限らないけど……でも、そうよ。私は生まれも育ちも天界の天使」

「……天使サマが何で悪魔と一緒に居んだよ」

 

 一方の少年はガレットだけでなくマリヤに対しても不信と警戒を隠そうともしない。状況を鑑みれば当然なのだが……。

 

「それはこいつが――」

「あ、分かったよ。きっと悪い事しないように一緒に居て見てるんだよ」

「……は? 何言ってやがるんだガキ、俺は――」

 

 ガレットの反論を遮ってマリヤは言葉を並べる。

 確かにガレットは無責任な気休めは言わないが、同時に相手を落ち着かせるための慰めも言わない事はこの2~3時間足らずで良く分かった。このまま彼に喋らせ続けていては何時まで経っても話が前に進まない。

 

「ええ、そうよ。彼が『人助けがしたい』と言うから、一緒に他の悪魔達と戦ってもらってるの」

「お前まで勝手な事を――」

「また彼に脅されそうになったら私に言いなさい。全力で止めるから」

 

 嘘も方便――人間界にはそういった言葉がある。マリヤ自身は天使として、そしていち個人として嘘を()くのも()かれるのも嫌いだが、今のこの状況ではあやからせてもらう事としよう。

 実際、少女は(少なくともマリヤに対しては)警戒を解いており、彼女の兄である少年のほうも睨むのは止めずクリケットバットも手放さないながらも、ひとまずは話を聞こうという姿勢を見せている。

 

「先に手を貸せって言ったのはどっちだよ、クソが……」

 

 ガレットの盛大な舌打ちは聞かなかった事にした。

 

 

 少年はレオ・テイラー、少女は妹のナタリーと名乗った。二人はゴールデンアップル・グループのチーフエンジニアを父親に持ち、数年前からオリバーポートに赴任した父親と共に暮らしている(母親は兄妹が幼い頃に病没したらしい)のだそうだ。

 今朝は会議のために早朝出勤した父を見送り、二人でもう一眠り……しようとしたところに突如として地震が起こったという――二人の話からして、その時がまさに地獄門(ヘルゲート)が開通した瞬間である。

 人工島全体を襲った大揺れに暫くの間テーブルの下で震えていた兄妹だったが、本当の恐怖は地震が収まった後だとすぐに知った。窓の外に広がる空は太陽どころか雲一つ見えない闇黒で、遠くのオフィス街から何条もの黒煙が立ち上り、そして住宅街を徘徊する恐ろしい姿の怪物達――悪魔。

 身の危険を半ば本能的に察したレオは家中のドアと窓を施錠し、ナタリーを連れて地下室に閉じ籠っていた――それが二人が話したここまでの経緯だった。

 ――正しい判断だ。

 清聴していたマリヤは内心で賛辞を呈した。闇の結界に閉ざされたオリバーポートは完全に外界と遮断され、電話やインターネットといった通信は勿論のこと、都市内の電気やガスの供給も停止した完全な真っ暗闇と化している。夜目の利く天使のマリヤですら薄暗いと感じるくらいなのだ。人間など一溜まりも無いだろう。

 もしこの状況下で兄妹が父の安否を確かめようと外に出て、そして人間を探し回る悪魔に見つかりでもしたら……どうなるかは火を見るよりも明らかだ。

 

「おにいちゃん、パパはお電話出た?」

「……いや、さっきからスマホに架けてみてるけど全然」

 

 数分前、マリヤとガレットに付き添われる形で廊下まで出て来た兄妹は、小テーブルの上に設置されている固定電話機から架電し続けていた。だが現状は芳しくない。念のためマリヤも受話器に耳を当ててみるも、不出を知らせるアナウンスどころか雑音すらも聞こえて来なかった。

 今の時刻は午前9時。普通であれば会議中ゆえに電話に出る事が出来ない……と考えるところであるが、残念ながら今は「普通」ではない。地震に巻き込まれたか、あるいは悪魔の餌食になったか――どちらにしても兄妹の父が無事という可能性は限りなく低いと言わざるを得ない。

 

(……とてもじゃないけど言えないわ、こんな事)

 

 パパはもう死んでいるかも知れない……などと到底口に出来る雰囲気ではなかった。恐らく同じ事を考えているであろうガレットも何も言わない――彼に関しては、空気を読んでいるのか単に無関心なだけなのかは判別出来かねるが。

 

「ねぇ天使様」

 

 受話器をレオに返したマリヤにナタリーが急に話しかける。

 

「どうしたの?」

「おうちに天使様居るよ、って言ったらパパ帰って来るかな?」

「ナタリー、それは……」

 

 レオが妹を制しようとして口籠る。恐らく彼の方は父がどうなったかを薄々察している――察しているからこそ妹を宥める事が出来ない。

 それはマリヤも同じ事。安易な希望的観測など口にするべきではない。……ただ、希望の有無を確認する事ならば出来る。

 

「……パパに会いたい?」

「え? うん!」

「――じゃあ、パパを探しに行きましょうか」

「うん、行く!」

「ちょ、ちょっと待てよ、本当かよ! 外どうなってるか知ってんだろ!?」

 

 喜ぶナタリーと対照的にレオが驚愕も露わに声を上げる。だが答えは決まっている。

 

「確かに今の状況であなた達のパパが無事だとは到底言い切れない。……ただ、少なくともここにあなた達を置いていくわけには行かないわ」

「本気か?」

 

 これまで黙していたガレットが言葉を挟む。薄く開かれた赤い目は探るような色を湛えている。

 

「そいつが今言ったように外は悪魔だらけだ。それこそ山羊悪魔(バフォメット)が可愛く見えるくらいの大物だって居るだろうよ。だってのに、ガキ共のお()りをする余裕なんざあると思うのか?」

「余裕が無いなんて分かっているわよ。私達二人以外は全て敵だと言っても過言じゃない。結界のせいで天界に援軍を頼む事も出来ない。今の私達にとって、自分達と戦局の事を考える事だけで精一杯だという事は重々ね」

「なら――」

「でもねガレット」

 

 続く声は自分でも驚くほど静かだった。

 

「この子達を置いて行ったら間違いなく死ぬわ。悪魔が人間の子供に情けを掛ける筈無いのは、あなたも分かっているでしょう?」

「……それはそうだが……」

「彼らは小さい子供だからって容赦しない――いえ、むしろ子供だからこそ喜んで襲うでしょうね。……あなたは悪魔達を喜ばせたいの? それも自分より弱い相手を嬉々として嬲り者にするような連中を」

 

 沈黙。ガレットは明らかに言葉を探していた。

 ――だがその沈黙を破ったのはガレットでも兄妹でもなく、窓ガラスが割れる音だった。

 

「あは! 人間見ぃつけたぁ」

 

 ガラスを破って廊下に入り込んで来た悪魔は蜘蛛の姿をしていた。紫と白の体色をした巨大な蜘蛛の上半身を、歪な女の形にしたような醜悪な姿かたち――魔界の暗殺者・蜘蛛悪魔(アラクネー)である。

 

「もうこの辺に生きてる奴は居ないかと思ったけど、探してみて良かったわぁ。しかも子供が二匹なんて……これは糸でグルグル巻きにしてからじっくり愉しまないと損よねぇ」

 

 その不気味な姿と言葉に悲鳴を上げてマリヤの背後に隠れる兄妹を8つの目で()め付け、蜘蛛悪魔(アラクネー)は口から涎と毒液を滴らせる。

 二人を背後に隠したままマリヤがゴールドルナを構える。

 

「近づかないで」

「……あら、天使まで居たのねぇ。ますますついてるじゃなぁい。これは全員纏めてドロドロに溶かし――」

 

 マリヤと蜘蛛悪魔(アラクネー)のどちらかが動くより先に、急速に踏み込んだガレットが蜘蛛悪魔(アラクネー)の顔面を殴り付けた。彼女自身がマリヤと兄妹に意識を集中させていたのに加え、ガレットが廊下の少し奥まった所に立っていたため蜘蛛悪魔(アラクネー)の位置からは彼の姿が見えなかったらしい。完全に不意を突かれた形となった蜘蛛悪魔(アラクネー)の異容が壁を突き破り、庭先に放り出される。

 突然の横槍に蜘蛛悪魔(アラクネー)は多少混乱しながらも6本の脚で立ち上がり、空気が漏れるような擦過音で怒りを表した。

 

「ちょっとぉ、あんた何なのよぉ……あたしの獲物を横取りする気ぃ!?」

「……確かにお前の言う通りだよ」

 

 自身も庭に出たガレットは、視線を蜘蛛悪魔(アラクネー)に向けつつマリヤに話しかける。

 

「ガキ共を朝飯にさせるのは癪だ」

 

 彼の言葉にマリヤは小さく息を吐く。自分の言いたい事は伝わったようだ。

 一方、蜘蛛悪魔(アラクネー)は己が無視された事に気付いたらしい。金切り声を上げてガレットに飛び掛かり、鎌のような両腕を振り下ろす。骨肉をやすやすと切り裂く蜘蛛悪魔(アラクネー)の鎌だったが、ガレットの鋼の鉤爪を傷付けるには至らなかった。逆に受け止めて節くれだった細い腕を掴んだかと思うと、彼はそのまま両手に力を込めて思いっきり蜘蛛悪魔(アラクネー)の両腕を捩じ切った。

 外骨格と筋繊維が千切れる音に混じり、ガラスを(やすり)で引っ掻くような悲鳴が住宅地に木霊する。だがガレットの攻撃は終わらない。仰け反った胸を蹴りつけて胴体ごと地面に転がすと、彼はそのまま小さな頭を巨大な手で鷲掴みにした。

 

「や、やめっ……!」

 

 何をされるか悟った蜘蛛悪魔(アラクネー)が金属の掌越しにくぐもった静止の声を上げるも、最早遅い。義手とは思えない程の凄まじい握力に蜘蛛の形をした頭蓋はあっさりと負け、脳と血を芝生の上に撒き散らした。

 暗殺者が正面切って獲物を襲おうとした時点で既に勝敗は決していた、という事だろうか。

 

「おいガキ」

 

 手足を死後硬直で丸めながら痙攣する首無し死体(蜘蛛悪魔(アラクネー)の頭部が潰れる決定的瞬間は、咄嗟に兄妹を包んだマリヤの翼に隠されて二人とも見ていない……筈である)から手を離し、ガレットは振り返ってレオに声を掛ける。

 

「親父を探したけりゃ、まずその棒切れは置いていけ。悪魔相手じゃ虚仮脅しにもならん」

「え……やだよ。俺がナタリーを守るんだ、俺がナタリーのお兄ちゃんなんだ!」

「棒切れみたいなガキが棒切れを持っても変わりゃしないと言ってるんだ。さっき俺に掠りもしなかったのを忘れたか」

「な、何だと!」

 

 出発前からこの調子とは……マリヤは頭痛を堪えるように額に掌を当てた。

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