JUDGEMENt DAY~天使と悪魔の二重奏~   作:タコのスパイ

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3か月も遅れてしまって申し訳ありません……何故だかずっと疲れが抜けず帰宅後に即寝落ちるというパターンを繰り返していたもので……。


第三節「守る者、守られる者」

 当面の目的地は、レオとナタリーの父の勤め先であるというオリバーポート中心街。

 幼い兄妹の足に合わせなければならない(マリヤが二人を抱えて飛空するという案もあるにはあったが、無暗に悪魔の注意を引くのは得策ではないとして却下)ためガレットと二人きりの時より移動速度はどうしても落ちるが、蜘蛛悪魔(アラクネー)の奇襲以降、その道中は意外なほどに静かだった。

 しかし、それは安息ではなく死の静けさだ。住宅街からショッピング街へと続く高架道路は蜘蛛悪魔(アラクネー)が張ったと思しき蜘蛛の巣で一面覆われ、遠目からはまるでそこだけ雪が積もったかのような様相となっていた。街から逃げ出そうとしたであろう何十台もの車を人間ごと絡め取った白銀の糸。その隙間からは蜘蛛悪魔(アラクネー)に血を吸い尽くされ、内臓までもを残さず溶かし啜られた白骨死体が透けて見える。

 先刻テイラー邸を襲撃し、ガレットに返り討ちにされた蜘蛛悪魔(アラクネー)もここからやって来たのだろう。そして他に何体も近辺に潜んでいるに違いない。

 結局、異変に気付いた者も気付かなかった者も、誰も助からなかったのだ。

 

「潜んでるから何だ。掛かって来る奴は端から皆殺しにすりゃ良い」

 

 とガレットは言い切ったが、現状を踏まえると安易に頷くわけにはいかない。

 確かに、速やかに敵を排除するほうが安全確保に繋がる……という意味では、ガレットの言う事も間違いではない(彼に関しては、本来の目的である『悪魔の殲滅』と『結界塔の捜索』が後回しな事に苛立っているのもあるだろうが)とは思う。だが、少なくとも兄妹を父の元――少なくとも安全な場所に送り届けるまで無茶は避けるべきだ。

 

オリバーポート(ここ)に『安全な場所』なんてものがあれば、だけどね……)

 

 視線を隣に向ける。高架橋を訝りながら見上げていたレオが絶句し、蜘蛛の巣を視界に入れないうちにナタリーの目を両手で塞いでいた。

 

「おにいちゃん、急にどうしたの?」

「あ、何でもない! ……いや、何でもなくはないけど、とにかくお前は見なくて良いから!」

 

 やはり高架道路を渡るのは止めよう。

 

 

 

 

 住宅街の外周に敷かれた道路沿いにはサッカースタジアムが存在する。

 テイラー邸から拝借した移住者向けパンフレットによると、元々ゴールデンアップル・グループが社を上げた街おこしの一環で建造した物であり、数年後には本土のチームを招いてのプロリーグを誘致する計画が立てられていたらしい。もっともこの有様では、事態を収拾したところで間違いなく白紙になるだろうが。

 兄妹の休憩場所としてマリヤが選んだのがこのスタジアムだった。本来であれば高架橋を渡れば15分程度で対岸のショッピング街に渡り、そのまま中心街へと直行する予定だったのだが、急な遠回りによって休憩を挟む必要が出て来たためである。朝食を抜いていたナタリーが空腹を訴えたのもあるし、そうでなくともこの極限状況――10歳にも満たない子供二人の心身には相当堪えるだろう。

 裏口から内部に足を踏み入れる。試合の日には街中から集まった観客で賑わっていたであろう客席は伽藍洞(がらんどう)で、フィールドにも選手は一人もおらずただ芝生が揺れているだけ。熱気も歓声も無い虚しい空間が広がっていた。

 選手用ベンチに支え合うように座る兄妹を見下ろし、ガレットがおもむろに口を開く。

 

「食い物なら、俺がその辺の悪魔を殺して持って来てやろうか」

「ちょっと黙ってて。……はぁ、競技場なら売店なり食堂なりあるでしょう。ちょっと行って探して来るわ」

 

 悪魔の血肉を人間が摂取して良い影響が出るとは到底思えない。

 

「ガレット、この子達を見ていて」

「俺に子守りをしろってのか」

「今の台詞で、あなたに人間の食べ物について少しでも期待持てると思う?」

 

 それに、彼が子供達に鉤爪を向ける事は無いという最低限の信頼であれば出来る――依然として完全な信用は出来ないが。ガレット自身もそれは薄っすら理解しているのか、舌打ちしつつもその場から動こうとはしなかった。

 だが、それに待ったをかけたのはレオだった。

 

「は? ……いやいや、ちょっと待てよ。何でこんな悪魔に任すんだよ? それに俺は子守りされるような歳じゃねぇし! この前9歳になったんだぞ!」

「十分ガキだろ――と言いたいところだが、まあ、そうだな。子守りしたくなるような可愛げなんざお前には無いからな」

「ふざけんな! 俺だってお前なんかに可愛いとか思われたくねぇよ!」

「有り得ない未来の心配ならしなくて良いぞクソガキ」

「うるせぇ悪魔!」

(またか……)

 

 道中もこのように二人は定期的に言い合っている。悪魔と人間だからという以前に、いちいち煽らなければ会話出来ないガレットと、良くも悪くも言葉を裏表無く受け取るレオとではまさに水と油だ。

 マリヤは首を振りながらナタリーに話しかける。

 

「ナタリー、悪いけど私が戻るまでそこのお子様二人を見ていてくれる?」

「うん、わたし頑張るよ天使様!」

「良い子ね」

 

 ナタリーの頭を軽く一撫でし、手を振ってくる彼女と言い争っている男二人を背にフロアに足を向ける。

 

(……今気になるのは)

 

 歩きながら上着のポケットからパンフレットを再び取り出し、改めて目を通す。

 パンフレットの表紙を飾るオリバーポートの空撮写真――早朝に天界から降り立った時点では気付かなかったのだが、真上から見るとこの人工島は五角形(ペンタゴン)に造成されており、さらに島の外周を取り囲むコンクリートの防波堤が巨大な円形を描いているのだ。

 普段なら街の形になど何ら興味を覚えないところだが、五芒星(ペンタグラム)の鍵穴で開通した地獄門(ヘルゲート)から悪魔が溢れ出て来たオリバーポートの現状を鑑みると妙に不気味だった。果たしてその形に意味があるのか無いのか、あるいは単に自分の考えすぎなのか……いずれにせよ胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。

 

 

 

 

 思っていた通り屋内の売店は手つかずだった。悪魔は人間を喰らいはしても、人間の飲食物には関心を示さない。また試合の無い平日の早朝という事もあって、店員やスタッフが誰も出勤していなかった事もこの場合は幸いしていたのだろう。

 冷却の止まった飲料用冷蔵庫からボトル入りのミネラルウォーターを取り出し、棚に陳列されていたチョコバーやキャンディーを手に取り(アイスクリームもあれば喜ぶかと思ったが、全て溶けていたため断念した)、ポケットに詰めて行く。

 なお、現在マリヤは人間の金銭を1ドルも持っておらず、事実上窃盗の形となってしまうのは気が引けるが……非常事態として店とスタジアム運営側には目を瞑って貰う事とする。

 ――それにしても500年以上もの間、悪魔を粛清するか地上を監視するかのどちらかしかして来なかった自分が、人間の子供を連れ歩いているとは。こんな事、数時間前の自分であれば想像だにしなかっただろう。弱い者を守る事がこんなに難しくて神経を使う事だとは考えもしなかった。

 他の天使達なら一体何と言うのだろうか。

 

 

 今から500年前、全天使の5分の1もの犠牲を出した大虐殺によって天界は混乱の極みにあった。

 黄金と水晶で形作られた荘厳な建造物は悉くが破壊され、磨き上げられた道路は屍の山と血の海で埋め尽くされた。殺された天使の代任を決めるのにも時間が掛かり、その間は人間界に侵入する悪魔の対応も後手後手に回らざるを得ない。全ての天使を統率する天使長にして最高位の熾天使(セラフィム)・エデンですら明らかな疲弊を隠せていなかった。

 そんな動乱の中で産声を上げた天使――その天使こそがマリヤだった。

 多くの命が喪われた後に生誕した命を、天使達は「神から与えられた希望」として受け取ったらしい。ゆえにそれはそれは大事に……否、かなり過保護に育てられたと記憶している。

 マリヤに戦闘天使としての適性があると判明した後もそれは変わらなかった。知識を習得するための座学でも、対悪魔・対堕天使に向けた戦闘訓練の最中でも、それ以外の日常生活の時でも、周囲に居た他の戦闘天使や記録天使は自分の一挙一足に気を使っていた。

 そんな天使達の中でも特に印象に残っているのは、治療と癒しの術を得意とする天使・グレースである。

 編み込んだ金髪と長身が特徴のグレースは、マリヤに対してまるで姉が妹にするように世話を焼いてきた――天界の中心たる神から直接生み出される天使に「家族」「兄弟姉妹」などといった概念や感覚は無い筈なのに。

 

『マリヤ、翼の手入れは毎日欠かしてはダメよ。いざという時に飛べなくなってしまうなんて……そんな事が無いように』

 

 当時は窮屈で早く任務に出たいと思っていたが、今ならば分かる。彼らは「マリヤ」というたった一つの命に責任を持っていたのだ。

 

 

 ミネラルウォーター2本と軽食類を持てるだけ持って売店を出――ようとした時、暗い廊下に白銀色の光が何条も走っている事に気付いた。錯覚かと思い、目を凝らしてみて分かった――糸だ。

 粘液を滴らせる細い糸……ついほんの数分前にも目にしたそれを認識した瞬間、マリヤは掌の中に生み出した電流を眼前の糸の束に叩きつけた。糸はぱっと燃え上がり、廊下を一瞬だけ仄かに明るく照らし出した。

 

「やはり掛からなんだか……まあ、この程度で捕まってくれては却って拍子抜けだが」

「ほら、言ったでしょお姉さま。天使は直接(かぶ)り付くに限るって!」

 

 頭上から聞こえたのは軋るような話し声と、何か硬い物が擦れ合うガサガサとした音。塩酸に似た刺激臭も鼻を突く。

 声と臭いに釣られるように目線を上げる。天井はいつの間にかびっしりと糸で覆われており、暗がりの中に赤く光る複眼が計16個と、それに紫の甲殻で覆われた胴体が二つ――2体の蜘蛛悪魔(アラクネー)の姿が見えた。

 早く兄妹(とついでにガレット)の所に戻らねばならないのに……小さな焦りを覚えつつも、天井から目を離さず口を開く。

 

「食べ物が欲しかったら後ろに売店あるわよ。お菓子しか無いけど」

「ふん、人間のなど要らんわ。私達が喰らいたいのは――貴様の生き血だ」

 

 「お姉さま」と呼ばれた方の大柄な蜘蛛悪魔(アラクネー)が吐き捨てると同時に、天井からマリヤ目掛けて飛び掛かって来た。側転しながら躱し、背後のガラス戸が突き破られる音を後目にもう一体目掛けて雷矢を射る。無論、八つの目と優れた反射神経を持つ蜘蛛悪魔(アラクネー)には簡単に避けられてしまったが、こちらとしても牽制さえ出来れば十分だ。気にはならない。

 ゴールドルナを構えなおし、翼を広げてその場から飛び退く。直後、再び背後から飛び掛かって来た蜘蛛悪魔(アラクネー)の鉤爪が、一瞬前までマリヤが立っていたタイルの床に大きな切れ目を作る。

 マリヤの背筋を引き裂き損ねた蜘蛛悪魔(アラクネー)が爪を床から引き抜き、舌打ちをするように牙を鳴らす。

 

「ちっ……やはり素早い」

「お姉さまは力任せ過ぎるのよ。……でも私たち運良かったと思わない? 人間ばっかりで飽きてたところで、天使の血を二人占め出来るチャンスにありつけるなんて」

「あの夢魔(サキュバス)から聞いた時は半信半疑だったがな。――人間を暗がりに引きずり込むしか能の無い奴でも、偶には役立つというものだ」

 

 2体の言う「あの夢魔(サキュバス)」が誰の事を指しているかなど考えるまでも無い。やはりロゼを通して自分の存在は悪魔たちに知られつつあるようだ。

 

「何でも良いけど、私を食べれる事を前提で話さないでくれる?」

 

 マリヤのぼやきがそのまま戦闘再開の合図となった。

 言葉で言い返す代わりに、妹の方の蜘蛛悪魔(アラクネー)がマリヤを絡め捕らんと糸の束を噴射する。蜘蛛の糸は同じ太さの鋼線以上の強度を有するというが、過酷な魔界で生まれ育った蜘蛛悪魔(アラクネー)が紡ぐそれは人間界の蜘蛛の糸を凌駕する。捕えられれば天使とて逃れる事は叶わず、高架橋の人間たちと同じ末路を辿るだろう。

 ――だから捕まってなどやらない。

 視界を埋め尽くさんばかりに迫ってくる白銀の網に対して雷矢を三射。充電に時間を取れなかったため威力は乏しいが、網を焼き溶かして穴を空けるには十分だ。火花と煙を噴きながら網に大穴が空き、その穴をマリヤが駆けて潜る。間近に迫った純白の軍服と黄金の弓に、妹蜘蛛悪魔(アラクネー)の動きが一瞬止まる――恐らく実際に天使と戦った経験は無いのだろうと当たりを付ける。もしあればこんな致命的な隙は晒さない。 

 妹蜘蛛悪魔(アラクネー)の懐に飛び込み、焦りと共に振り下ろされる鎌をゴールドルナで弾き返す。鎌が跳ね上がると同時に顎目掛けて思いっきり脚を振り上げ、強烈な|ハイキックを見舞った。顎と牙が砕ける感触がマリヤの爪先に伝わり、醜い顔の下半分を失った妹蜘蛛悪魔(アラクネー)が床に転がるのが視界に映る。この程度で死んではいない筈だが、すぐに起き上がっても来ないだろう。

 

(まず一体……っ!?)

 

 大柄な方の蜘蛛悪魔(アラクネー)の気配を探ろうとして、急に襲ってきた喉の痛みに咳き込み、ゴールドルナを取り落としそうになる。妹蜘蛛悪魔(アラクネー)の相手に集中していたため気付かなかったが、何時の間にかマリヤの膝から下辺りまでの高さに紫の煙が充満していた。

 

(――毒ガス)

「巣には掛からんようだが、こいつなら効果があるようだな。このまま生きながら内蔵を溶かして啜り上げてくれる!」

 

 姉蜘蛛悪魔(アラクネー)の声は至近距離から聞こえた。どうやら妹が戦っている間に毒ガスを撒き散らしたようだが、当の妹が(二重の意味で)虫の息になっている姿など気に掛けている様子は全く無い。随分と思い切りの早い事だ――心中で皮肉を零すも、毒を吸い続ければ本当に身動きが取れなくなってしまう。かといって羽撃きでガスを吹き散らそうにも、毒のせいか翼の関節が痺れて力が入らない。

 何とかしなければ、でもどうすれば――そう思った瞬間、自分達の居る場所がコンコースの2階フロアである事を思い出した。ならばこちらもやる事は一つだ。

 激しく咳き込みながらも、痺れる左手の指一本一本に喝を入れてゴールドルナの弓柄を握りなおす。そしてありったけの霊力を電気に変えて、下に向けた弦から床へと叩きつけた。自然の落雷と比較しても遜色ないか、あるいは瞬間的に上回る程の衝撃にタイルとコンクリートが悲鳴を上げ、床一面に大きな皹が走る。

 

「おい貴様、何を――」

 

 マリヤの意図に気付いた姉蜘蛛悪魔(アラクネー)が何事かを叫んだようだったが、その声は雷鳴と床が崩れる音に呑まれて聞こえなくなった。

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