ジャッジメント・デイ~天使と悪魔の二重奏~ 作:タコのスパイ
見敵必殺――即ち、自分の姿を見た悪魔は全て倒す事こそがこの地上の地獄を生き延びる鉄則であるとマリヤは学んだ。ガレットの言ではないが、悪魔が跋扈する中でただ一人の天使である自分はこれ以上ないほどよく目立つのだ。まるで暗闇に投げ込まれた松明のように。
結果、襲い掛かって来た悪魔達をガレットと二人で暫く迎撃していたところ、気が付けば住宅地の舗道と庭は悪魔の死骸で埋まってしまった。まだ息のあった
空は相変わらずの闇一色。戦いを避けるつもりこそ毛頭ないが、この空の原因たる闇の結界を解除する前に力尽きてしまっては元も子もない。早急に結界塔を見つけ出して破壊しなければ……。
何処かに手がかりが転がっていやしないかと住宅や遊具の瓦礫をひっくり返しつつ(その最中、予想通り屋根や梁の下敷きになって圧死した人間も何人か見かけた……だが彼らにしてやれる事は何もない)、ガレットに声を掛ける。
「ガレット」
「何だ」
「例えばよ? もしあなたが
「……それを俺に考えろってのか」
「自分が
「人間にも天使共にも見つからない場所だな。
「確かにね。『黒曜石で出来た塔』なんて物が広場とかに堂々と建っていたりしたら、空から見てすぐに分かるでしょうし」
少なくとも、今朝オリバーポートに降り立った時点で見逃す事は無かっただろう。
なおガレットの説明によると、文献から結界塔の大まかな外観は判明しており、曰く「黒曜石製で表面に呪文が刻印されている」「
「だけど私が思うに、島一つを丸ごと閉じ込める程の規模の結界を張れる装置なら――きっと小さくないわよね」
そう考えると隠し場所は限られてくる。設置したのがロゼであろうと他の誰かであろうと、見つけられない筈は無い。
ともあれ、これ以上住宅街――かつてそう呼ばれていた墓地に長居しても得られる物は無いだろう。
見切りを付けて移動する……前に、最後に一箇所だけ確認しておきたい場所があった。宅地の一角にある戸建てである。広い庭付きで、他の家々よりも立派な「豪邸」と言っても差し支えない建物。耐震性も強いのか損傷も少ない。
もしかしたら中に生存者が居るかも知れない――そんな一抹の望みを掛け、そっと正面玄関に近づく。ドアノブに手を掛けてみるとしっかりと施錠されていた。つまり、やはりまだ中に誰かが居る可能性が高い。
(といっても、チャイムを鳴らしたからって素直に出てくれる筈無いわよね……?)
何せ街中悪魔だらけなのだ。
どうしたものかと額に指を当てるマリヤだったが、その横にガレットがのっそりと歩み出たかと思うと何の躊躇も無く玄関ドアを蹴破った。人間の盗人であれば防げたであろうが、悪魔の脚力の前には蝶番もドアチェーンも何の抵抗も出来ずに弾け飛び、哀れな扉はウェハースのように砕けてただの木片と化した。
「……ちょっと」
「待つなんざ時間の無駄だ」
扉
外観は綺麗だったが、やはり地震の影響は凄まじかったようだ。家具と調度品は殆どがひっくり返って壊れており、水道管か何かが破裂したのかキッチンや洗面所は水浸し。リビングに至っては屋根が崩落してしまっている。
悪魔に襲撃された痕跡は無いにしても、これでは望み薄だろうか――そう思ったところ、ふと1階の廊下に飾られた絵画の影に一枚のドアが隠れていた事に気付いた。絵画を退かして開けてみると、コンクリート剥き出しの暗がりに降り階段がぼんやり浮かんでいる。地下室の入り口だ。
階段の幅は狭く、大人の体格では一人ずつ降りるのがやっと(なお、人間界の単位で測るならばマリヤの身長は165㎝、ガレットの場合は目測180㎝前後といったところである)だ。
とりあえずガレットが前、マリヤが後ろとなり前後を警戒しながら階段を降り、地下室の扉を開く。
暗く狭い地下室に漂う仄かな生活臭と小さな電気の明かり、そして生気。
「この明かりは懐中電灯……?」
マリヤが呟いた瞬間、ドアの陰に隠れていた小さな何かがガレットに飛び掛かった。
だが、素早く反応したガレットが腕を振るい、自身に飛び掛かって来た相手を打ち払う。小さな悲鳴を上げて床に転がった襲撃者に対し、ガレットが追い打ちを掛けようと爪を振り上げ――動きを止めた。
「……ガキ?」
「子供?」
尻もちをつきながらもクリケットバットを握りしめているのは、パジャマ姿の人間の少年だった。懐中電灯の頼りない光に照らされた彼は10歳程度と思しき容姿で、体格の割に引き絞られた体つきをしている。もしかしたら実際にクリケットをしているのかも知れない――もっとも、悪魔に殴りかかるにしてはあまりにも頼りない見た目である事には変わりないが。
小刻みな震えと共に荒い息を吐きつつも自分を睨み上げる少年を見下ろしながら、ガレットは珍しくどう対応すべきかと困惑しているようだった。二人は互いに何も言わず、マリヤも口を挟むタイミング計っていたその時、部屋の片隅で物音がした。
音の方向を見やると、少年よりもさらに小さな少女が物陰からこちらを窺っていた。
「おにいちゃん……?」
「バカ、隠れてろ! 喰われんぞ!」
恐らく二人は兄妹なのだろう。地下室に隠れる事で
地下室の入り口で立ち竦むマリヤを他所に、ガレットが少年を鼻で笑った。
「喰う? 俺が? お前らを?」
「な、なんだよ。実際そうなんだろ、俺達を喰いに来た癖に惚けんな悪魔!」
「冗談は止せ。俺に言わせりゃ人間なんざどいつもこいつも不味そうで、わざわざ好き込んで喰いたがる奴の気が知れん」
言いながら彼は少年に指先――鋭い鉤爪の先端を突きつける。
「お前は特に不味そうだな。チビの上に骨と皮ばかりで喰えそうな所が無い」
「な、お、おまえっ……」
無論、美味そうと言われたとしても嬉しいわけはないだろうが、それをひっくるめてもあまりの言い草に少年は絶句する。
そんな彼を見かね、マリヤは二人の間に強引に割って入った。
「何を考えてるの、一体! それも天使の目の前で!」
「先に手を出したのはこいつだ」
「だから何なのよ。そもそもあなたの爪と、この子のバットじゃ、比較にすらならないでしょうが」
「……おねえちゃん、天使様?」
天使と悪魔の言い合いを止めたのは少女だった。兄のように物陰から出て来ようとはしないが、伏し目がちの青い目はマリヤに向けられている。
「天使様は白い羽と服だって、絵本に書いてあったよ」
「絵本の内容が全部正しいとは限らないけど……でも、そうよ。私は生まれも育ちも天界の天使」
「……天使サマが何で悪魔と一緒に居んだよ」
一方の少年はガレットだけでなくマリヤに対しても不信と警戒を隠そうともしない。状況を鑑みれば当然なのだが……。
「それはこいつが――」
「あ、分かったよ。きっと悪い事しないように一緒に居て見てるんだよ」
「……は? 何言ってやがるんだガキ、俺は――」
少女の推論に対しガレットが反論しようとしたのを遮り、マリヤは言葉を並べ立てる。
確かにガレットは無責任な気休めこそ言わないが、同時に相手を落ち着かせるための慰めも言わない事はこの3時間足らずでよく分かった。このまま彼に喋らせ続けていては何時まで経っても話が前に進まない。
「ええ、そうよ。彼が『人助けがしたい』と言うから、一緒に他の悪魔達と戦ってもらってるの」
「お前まで勝手な事を――」
「また彼に脅されそうになったら私に言いなさい。全力で止めるから」
嘘も方便――人間界にはそういった言葉がある。マリヤ自身は天使として、そしていち個人として嘘を
実際、少女は(少なくともマリヤに対しては)警戒を解いており、彼女の兄である少年のほうも睨むのは止めずクリケットバットも手放さないながらも、ひとまずは話を聞こうという姿勢を見せている。
「先に手を貸せって言ったのはどっちだよ、クソが……」
ガレット本人の盛大な舌打ちは聞かなかった事にした。