ジャッジメント・デイ~天使と悪魔の二重奏~ 作:タコのスパイ
少年はレオ・テイラー、少女は妹のナタリーと名乗った。二人はゴールデンアップル・グループのチーフエンジニアを父親に持ち、数年前からオリバーポートに赴任した父親と共に暮らしている(母親は兄妹が幼い頃に病没したらしい)のだそうだ。
今朝は会議のために早朝出勤した父を見送り、二人でもう一眠り……しようとしたところに突如として地震が起こったという――二人の話からして、その時がまさに
人工島全体を襲った大揺れに暫くの間テーブルの下で震えていた兄妹だったが、本当の恐怖は地震が収まった後だとすぐに知った。窓の外に広がる空は太陽どころか雲一つ見えない闇黒で、遠くのオフィス街から何条もの黒煙が立ち上り、そして住宅街を徘徊する恐ろしい姿の怪物達――悪魔。
身の危険を半ば本能的に察したレオは家中のドアと窓を施錠し、ナタリーを連れて地下室に閉じ籠っていた――それが二人が話したここまでの経緯だった。
――正しい判断だ。
清聴していたマリヤは内心で賛辞を呈した。闇の結界に閉ざされたオリバーポートは完全に外界と遮断され、電話やインターネットといった通信は勿論のこと、都市内の電気やガスの供給も停止した完全な真っ暗闇と化している。夜目の利く天使のマリヤですら薄暗いと感じるくらいなのだ。人間など一溜まりも無いだろう。
もしこの状況下で兄妹が父の安否を確かめようと外に出て、そして人間を探し回る悪魔に見つかりでもしたら……どうなるかは火を見るよりも明らかだ。
「おにいちゃん、パパはお電話出た?」
「……いや、さっきからスマホに架けてみてるけど全然」
数分前、マリヤとガレットに付き添われる形で廊下まで出て来た兄妹は、小テーブルの上に設置されている固定電話機から架電し続けていた。だが現状は芳しくない。念のためマリヤも受話器に耳を当ててみるも、不出を知らせるアナウンスどころか雑音すらも聞こえて来なかった。
今の時刻は午前9時。普通であれば会議中ゆえに電話に出る事が出来ない……と考えるところであるが、残念ながら今は「普通」ではない。地震に巻き込まれたか、あるいは悪魔の餌食になったか――どちらにしても兄妹の父が無事という可能性は限りなく低いと言わざるを得ない。
(……とてもじゃないけど言えないわ、こんな事)
パパはもう死んでいるかも知れない……などと到底口に出来る雰囲気ではなかった。恐らく同じ事を考えているであろうガレットも何も言わない――彼に関しては、空気を読んでいるのか単に無関心なだけなのかは判別出来かねるが。
「ねぇ天使様」
受話器をレオに返したマリヤにナタリーが急に話しかける。
「どうしたの?」
「おうちに天使様居るよ、って言ったらパパ帰って来るかな?」
「ナタリー、それは……」
レオが妹を制しようとして口籠る。恐らく彼の方は父がどうなったかを薄々察している――察しているからこそ妹を宥める事が出来ない。
それはマリヤも同じ事。安易な希望的観測など口にするべきではない。……ただ、希望の有無を確認する事ならば出来る。
「……パパに会いたい?」
「え? うん!」
「――じゃあ、パパを探しに行きましょうか」
「うん、行く!」
「ちょ、ちょっと待てよ、本当かよ! 外どうなってるか知ってんだろ!?」
喜ぶナタリーと対照的にレオが驚愕も露わに声を上げる。だが答えは決まっている。
「確かに今の状況であなた達のパパが無事だとは到底言い切れない。……ただ、少なくともここにあなた達を置いていくわけには行かないわ」
「本気か?」
これまで黙していたガレットが言葉を挟む。薄く開かれた赤い目は探るような色を湛えている。
「そいつが今言ったように外は悪魔だらけだ。それこそ
「余裕が無いなんて分かっているわよ。私達二人以外は全て敵だと言っても過言じゃない。結界のせいで天界に援軍を頼む事も出来ない。今の私達にとって、自分達と戦局の事を考える事だけで精一杯だという事は重々ね」
「なら――」
「でもねガレット」
続く声は自分でも驚くほど静かだった。
「この子達を置いて行ったら間違いなく死ぬわ。悪魔が人間の子供に情けを掛ける筈無いのは、あなたも分かっているでしょう?」
「……それはそうだが……」
「彼らは小さい子供だからって容赦しない――いえ、むしろ子供だからこそ喜んで襲うでしょうね。……あなたは悪魔達を喜ばせたいの? それも自分より弱い相手を嬉々として嬲り者にするような連中を」
沈黙。ガレットは明らかに言葉を探していた。
――だがその沈黙を破ったのはガレットでも兄妹でもなく、窓ガラスが割れる音だった。
『あは! 人間見ぃつけたぁ』
ガラスを破って廊下に入り込んで来た悪魔は蜘蛛の姿をしていた。紫と白の体色をした巨大な蜘蛛の上半身を、歪な女の形にしたような醜悪な姿かたち――魔界の暗殺者・
『もうこの辺に生きてる奴は居ないかと思ったけど、探してみて良かったわぁ。しかも子供が二匹なんて……これは糸でグルグル巻きにしてからじっくり愉しまないと損よねぇ』
その不気味な姿と言葉に悲鳴を上げてマリヤの背後に隠れる兄妹を8つの目で
二人を背後に隠したままマリヤがゴールドルナを構える。
「近づかないで」
『……あら、天使まで居たのねぇ。ますますついてるじゃなぁい。これは全員纏めてドロドロに溶かし――』
マリヤと
突然の横槍に
『ちょっとぉ、あんた何なのよぉ……あたしの獲物を横取りする気ぃ!?』
「……確かにお前の言う通りだよ」
自身も庭に出たガレットは、視線を
「ガキ共を朝飯にさせるのは癪だ」
彼の言葉にマリヤは小さく息を吐く。自分の言いたい事は伝わったようだ。
一方、
外骨格と筋繊維が千切れる音に混じり、ガラスを
『や、やめっ……!』
何をされるか悟った
暗殺者が正面切って獲物を襲おうとした時点で既に勝敗は決していた、という事だろうか。
「おいガキ」
手足を死後硬直で丸めながら痙攣する首無し死体(
「親父を探したけりゃ、まずその棒切れは置いていけ。悪魔相手じゃ虚仮脅しにもならん」
「え……やだよ。俺がナタリーを守るんだ、俺がナタリーのお兄ちゃんなんだ!」
「棒切れみたいなガキが棒切れを持っても変わりゃしないと言ってるんだ。さっき俺に掠りもしなかったのを忘れたか」
「な、何だと!」
出発前からこの調子とは……マリヤは頭痛を堪えるように額に掌を当てた。