ジャッジメント・デイ~天使と悪魔の二重奏~ 作:タコのスパイ
年内完結を目指していた筈なのに、まさか半年近くも間が空くとは……。
束の間の浮遊感と衝撃の後、視界を覆っていた毒気と砂埃が晴れてゆく。マリヤはコンコースの床ごとスタジアムの1階通路に降り立った。
肩越しに背後を見やる。コンコースそのものを構成していたコンクリートの山から外骨格の腕が突き出していた。至近距離で強烈な雷撃に巻き込まれたためかピクリとも動かず、半ば炭化して黒煙を噴いている。ぱっと見でまだ生きているのか既に死んだのか判別が付かない。
――気にするのは後にしよう。今はやはりレオとナタリー(と、心配する必要は無いだろうがガレット)が気掛かりだ。瓦礫の山から飛び降り、サッカーフィールドへと足を向ける。
足下に転がって来た不細工なサッカーボールが
そして今、視線の先でガレットが一体の
音を立てて噛み千切り、咀嚼しながら淡々と彼は呟く。
「……ふん、苦くて不味いな。まあ、人間を喜んで喰ってる奴の味なんざこんなものか」
文句を言いつつも腸を貪る口は止めず。ガレットの口から零れた肉片と血が芝生をドス黒く染め上げる。
悪魔同士の喰らい合いなど珍しいものではないが、こうして間近で見ると視覚的にキツいものがある。
それに、ゴボゴボと血の泡を噴いている様子からして、
ガレットの「食事」が一段落付いたタイミングを見計らい、マリヤは足下の砂利を踏み砕いた。敢えて音を立てたのはガレットに自分の存在に気付かせるためだ。
音に反応したガレットが抜け殻と化した死骸をゴミとして放り捨て、マリヤの方に振り返る。
「――お前か。あまりに遅かったから、てっきり喰われたのかと思ったが」
落胆でも揶揄でもない、淡々とした確認の声色。
軽く肩を竦めながら応じる。
「クレーマーに絡まれたのよ。それで、こっちにも
「フー何とかは知った事じゃないが、こいつらが『ガキ共を喰わせろ』と喚くんでな。俺の腹を満たすついでに、物の頼み方ってやつを丁寧に教えてやってたのさ」
「丁寧過ぎて、これじゃどのみちもう二度と『お願い』は出来そうにないけれど」
いや、どうでも良い事だ。それより、周囲を見渡しても当の兄妹の姿が無い。
「そんな事よりレオとナタリーはどうしたの? ……まさか、二人の事を忘れてブランチに夢中になっていたなんて言わないでしょうね」
「ガキ共なら――」
ガレットが口を開いた瞬間、
選手入場口が爆ぜた。
かつては選手と応援団を迎えていたであろうそこは炎がちろちろと舌を出し、まるで地獄の入り口かのような様相と化した。
マリヤとガレットが同時にすぐさま口を閉じる。炎の向こうに、
入場口を彩る紅蓮のカーテンの向こうから姿を現したそれは、背中から炎をたてがみの如く立ち昇らせ、身の丈5mはあろうかという巨体を赤黒い剛毛で覆った悪魔だ。上半身は毛皮越しでも分かる程の筋肉の鎧に包まれ、鉤爪を備えた四本の足に支えられている。鋭い牙を何本も生やした口も相まって、まるで巨大なライオンを思わせた。――もっとも、本物のライオンなど、この威容の前には可愛い子猫も同然である。
地面の芝生を焼き焦がし、地響きを鳴らしながらフィールドまで歩みを進めて来た悪魔は、ジロリとマリヤとガレット――正確にはガレットを一瞥し、口を開いた。
『おいそこの、何故天使を殺さねぇ。見つけ次第始末しろと命令してただろうが。
腹の底まで響くような胴間声。
自分の何倍もあろうかという巨漢に見下ろされながらも、ガレットは一切怯む事無く鼻を鳴らした。
『知らんな。貴様こそ、手下の
「何だと?」
元から威圧的だった悪魔の声が低く、危険な響きを帯びる。
『名も無い下級悪魔風情が、誰にそんな口を利いてやがるのか分かってねぇらしいな。俺は煉獄火山の覇者、ルブルム様だぞ!』
「……ああ、よく知ってるぜ」
ガレットの口元に明確な嘲笑が浮かんだ。
「悪魔王に地べたを這いつくばらされた負け犬だろ」
次の瞬間、悪魔ルブルムの咆哮が響き渡る。
『もう一度言ってみろ』
「悪魔王に地べたを這いつくばらされた負け犬だろ」
(綺麗に言い直した……)
『てめぇ!!』
再び憤怒の籠った怒号が上がると共に、丸太のような剛腕が二人の立つ場所へ振り下ろされる。マリヤがバックステップを、ガレットが側転すると同時に巨大な拳が地面にめり込み、火柱が立ち上がる。
今は6月。平均気温13度程度の筈だ。が、ルブルムの魔力の影響か、真夏の炎天下の如き熱気にフィールドが包まれ始める。
『もう謝っても遅ぇぞ!』
「謝る? ……そうか、なら謝っておくか。
普段は寡黙な癖に煽る時だけ多弁になるのね、と心中で少し呆れる。
とはいえ、ルブルムの反応を見るに「悪魔王に服従を強いられた」のは事実なのだろう。相手が一番言われたくない言葉を的確に選べるのは悪魔としての才能なのかも知れない。
『舐めやがって……そんなに死にたけりゃあ、今ここで纏めて消し炭にしてやる!!』
マリヤの思考を止めたのは、ルブルムが口から吐いた猛火だった。我が身が炎に巻かれる前に翼を羽搏かせて上空に飛び上がり、ルブルムの脳天目掛けて雷矢を撃ち込む。雷鳴と共に野太い叫び声が一つ上がったものの、それは苦痛ではなくむしろ怒りから上がったものだった。
ルブルムが両掌を頭上に掲げ、人一人分はあろうかという大きさの火球が放たれる。大きさだけではなく熱量も
苛立たしげに唸るルブルムの胸を、横合いから飛び掛かって来たガレットの鉤爪が切り裂く。五本の傷から黒い鮮血が迸るも、どう見ても致命の一撃には程遠い。
ルブルムが吠えてガレットの身体を空いた手で鷲掴みにすると、そのまま彼を勢いよく地面に叩きつけた。土埃と火の粉が同時に舞い、ガレットの姿をかき消す。
続けざまに追い打ちをかけようとルブルムは炎を帯びた前足を振り上げ、仰向けで地面に埋まったガレットの上半身目掛けて叩きつけようとする。無論ガレットも大人しく踏み潰されるわけが無く、咄嗟に両腕の義手を交差させてその槌の如き一撃を防ぐ。
数トンは下らないであろう重量に耐えるガレットも相当だが、長くは保たないだろう。足に力を込めようとしたルブルム目掛けて、先ほどよりも強力な雷撃を撃ち込む。電圧と衝撃にルブルムが体勢を崩した隙にガレットが穴から這い上がると、虚空から召喚した鎖でルブルムを拘束しに掛かる。何本もの鎖が太い6本の手足と首に巻きつき、ギリギリと強く締め上げる。
下級悪魔を絞め殺すだけならそれで十分だっただろう。だが、
『――ウザってぇんだよ!!』
鋼の爪が毛皮を引き裂くよりも赤黒い巨躯から熱波が放たれる方が速かった。猛烈な熱風が二人を同時に吹き飛ばし、観客席の傍に転がす。ルブルムを縛っていた筈の鎖もその熱に耐えられず、溶鉄の雫と化した。
ルブルムの反撃は終わらない。高熱を纏った拳を地面に叩きつけると、蜘蛛の巣状の罅割れを中心に発生した炎の津波が地面を走り、芝生が一本残らず燃え尽きた焦土のフィールドを瞬く間に火の海へと変えた。スタジアム内のゴールポストと投光器は既に原型を留めておらず、出来の悪い飴細工のように溶け崩れてしまった。
マリヤとガレットは寸でのところで観客席に登っていたため、炎の波に飲み込まれずに済んだ。しかしフィールドには二度と降りられそうにない。
立ち上る炎が闇黒を照らし出す。天使であろうと悪魔であろうと、生ける者の立ち入りを許さない紅蓮の海の中で仁王立ちするルブルムは、正しく炎の王に相応しい様相だった。
フェンスを乗り越えたガレットが舌打ちする。
「あの筋肉脳味噌が……大人しく斬り刻まれてれば良いものを」
「見た目からして簡単に行かない事は分かっていたけれどね。……だけど、これが上級悪魔……他の悪魔とは桁違いだわ」
何しろ、今日このオリバーポートに群がっている悪魔たちは、揃いも揃って人間を好き勝手に嬲り殺して喰らうことだけを楽しみにしているような
つい先ほどマリヤを襲ってきた
だが、あのルブルムは違う。暴力が支配する魔界での生存闘争を生き抜き、己の縄張りを統べるまでに至った上澄みの中の上澄み。無論負けるつもりなど毛頭無いが。
「……ガレット、さっきの魔法の鎖まだ出せる?」
ルブルムの次の動きに注視しながらガレットに問うと、彼は訝るように眉を顰めた。
「当然だ。……が、さっきのを見ただろ。奴が相手じゃ10秒そこらしか縛れんぞ」
「10秒もあれば何とかなるわ」
こちらも反撃開始だ。
ちょっと短めですが、キリの良さを優先して一旦ここまで。
バトルシーンは書くの難しいね。