嘆きの亡霊は引退させない※リメイク版投稿、本作品は7月26日に削除します。 作:型破 優位
ボス部屋に近付くにつれて、ティノはその強大な存在を明確に認識し始めていた。
ウルフナイトはたしかに強敵だ。
大きくて力が強く、頑丈で素早い。
素早さに関しては洞窟の狭さもあって封じられているものの、それでもレベル3宝物殿にいて良い幻影の強さではなかった。
個々の力では本来渡り合えないはずの敵。
しかしティノから見れば、ウルフナイトは強敵足りえなかった。
盗賊のため素早さは勿論のこと、頑丈さに関してもティノ一人で十分に押し切れる程度の差でしかない。
グレッグ、ギルベルトが感じていた通り、ティノはレベル4ハンターを遥かに上回る力を既に持っていた。
それだけ師匠であるリィズとの訓練は狂気を孕むものだったのだ。
ボス部屋の直前で、ティノが振り返る。
「一体だけ。でも道中で出てきたウルフナイトよりも大きくて強い」
「それなら俺が最初に行った方が良いんじゃないか?」
ギルベルトがティノに進言する。
特に攻略されていない宝物殿のボスでは定石になっているが、事前情報のないボスとの戦いでは剣士が矢面に立ち、情報を取りながら臨機応変に戦略を組み立てていく。
今回ウルフナイトより大きく強いが、一体だけしかいないという情報を既にティノが掴んでいるため、予め戦略を立てることが可能になっていた。
ギルベルトの進言はその定石を含めて正しいものであるが、ティノはうっすらと笑みを見せて退ける。
「お姉さまが言っていた。
「いや、華って———危険なだけだろ。一撃目を与えたところで何が起きるわけでも無いだろうに」
「ギルベルトは分かっていない」
ティノが手足を伸ばして、盗賊らしいしなやかな肢体をほぐし始めた。トントンとジャンプを行い、調子を確かめてから大きく頷く。
「私はハンターだ。ハンターが華を取るのは当たり前のこと———」
「———ッ!」
言い終わるが先か、ティノはボス部屋へと疾走していった。
驚くべきはその速さ。
同じ認定レベルのギルベルトを持ってしても初速を捉えきれなかった程、それは速かった。
そして洞窟内に響き渡る、鈍い打撃音。
ハッとするように三人がボス部屋へと走り出した。
そしてすぐに、その足を止めることになる。
狼だ。
ウルフナイトのような真っ赤な毛皮とは違う、おぞましさすら感じるほどの綺麗な白銀色の毛皮を持つ狼人間。
そこにはまさしく———白狼がいた。
身に纏う鎧は関節部まで覆い隠されており、手に携えた巨大な真紅の戦斧はティノの身体と同等の大きさを誇る。
ティノが事前に言った通りウルフナイトの二回りは大きく、獰猛なその顔の左半分には人間の頭蓋骨で覆われていた。
憎悪。
それは人間への憎悪の表れだ。
突然の来訪者に焦ることもなく、シルバームーンを思わせる白銀の狼の目がティノを貫く。
初撃は狼の体躯を揺らす程度にしかダメージが与えられていなかった。
ドロドロとした憎悪は、殺意へ。
白狼が吠えると同時にティノがそのすぐ隣を駆け抜けた。
数瞬の後、巨大な戦斧がティノのいた場所へと突き刺さる。
戦斧とは本来、重心が先端に偏っており取り回しの難しい武器だ。しかしその狼は棒切れのようにそれを振り回している。
視線が追っているのはティノだけではない。
その背後から迫ってきたグレッグ、ギルベルト、ルーダの三人からの攻撃にも警戒を敷いている。
「なんだコイツは!?」
「くそっ、こんなの見たことないぞ!」
ギルベルトの目が上下に揺れる戦斧を見て見開かれる。
グレッグは厳しい目で弱点を探している。
ルーダは一歩後方へ、全身を見据えながらも牽制と周囲の警戒を行う。
判断は即決。
後から来た三人を逡巡すれば、驚愕の色こそあれど恐怖に飲まれている様子は無い。
最初彼らを見た時は小物臭がプンプンとしていたが、ここまで来た胆力は本物だとティノも認めている。
もしも度胸が無ければ宝物殿に入る前に逃げ出していたことだろう。
ボスは———強い。
ティノ単体でも対処出来たウルフナイトとは違い、この狼を単独で撃破することは難しい。
認定レベルでいえばレベル5以上は確実だ。
だが同時に、勝てない相手でもない。
弱点は既に看破した。
頭だ。
ウルフナイト同様剥き出しとなっている頭が弱点となっている。
しかしその体躯によってそのまま狙いに行っても的になるだけだ。
この白狼はウルフナイトとは全く違う。
洞窟の中で身動きを取りづらいはずなのに先程の戦斧の取り回しといい、ギルベルトたちが背後を取っているのにも関わらず動けずにいることといい、無策に突っ込んでは返り討ちに遭うのは目に見えている。
「ギルベルト、真正面から攻撃を受け止めてはダメ。受け流して」
「ああ、分かってる! 俺は攻撃を受けてれば良いんだな!」
「!! ……隙を見て攻撃する。それまで耐えて。グレッグは助攻とサポート」
「おっしゃ! 任せろ!」
「おう!」
ティノの指示に呼応して、ギルベルトとグレッグが展開する。
洗練されつつあるその光景を見て、ティノは僅かに微笑んだ。
彼らはこの数時間で確実に成長している。
当然といえば当然だ。
クライ・アンドリヒは見込みのあるメンバーに命懸けの試練を与える。
かつて
———千の試練、と。
煮え滾るような殺意を孕んだ大きな瞳が全員を捉え、白狼が咆哮する。
それが開戦の合図となった。
自分に意識が向くように声を上げながら肉薄したギルベルトは、振り下ろされた戦斧に対して側面を叩くようにして払い除ける。
その顔を僅かに歪ませたのは、相対して真正面から受けきれないことを再認識したからだろう。
初めての強敵だった。
煉獄剣の力に頼っていたら確実に勝てなかったと断言できるほどの強敵。
だが今のギルベルトであれば、縦横無尽に振り払われる戦斧を受け流す程度、問題にはならなかった。
グレッグの役割は助攻とヘイト管理。
ギルベルトが潰れないように、かといって自身にヘイトが向きすぎないように上手く調整する必要があり、その繊細なバランス感覚はハンター歴の長いグレッグだからこそ為せる技だ。
しかしその白狼には、知性があった。
ギルベルトがタンクであることも、グレッグが助攻であることも、そしてこの中で一番強い者がティノであることも、理解している。
「クソッ! 硬ぇ! 攻撃が通らん!」
ただ硬く、大きく、力が強い。
それだけでボスは四人を圧倒していた。
ギルベルトとグレッグを真正面から対応しながら、死角にいるティノにも牽制を欠かさない。
いくらティノとはいえ格上に牽制されながら何か動ける訳でもなく、しかし動かなければいつかギルベルトとグレッグが潰れてしまう。
ティノが一撃でもクリティカルを入れることができれば戦況は大きく変えられる。
しかし白狼もそれを理解しているのだろう。
ギルベルトとは真正面から打ち合い、グレッグは多少無視しても致命傷になり得ない。
故にリソースの大半はティノに注がれていた。
———なんとかしないと。
明確に隙を見せるようなこともない。
このままではジリ貧なのは目に見えていた。
ティノの視界の端で一つの影が白狼との距離を詰める。
思わず瞠目しながら振り返ってしまった。
ルーダだ。
索敵をしながら戦況を俯瞰していたルーダが、膠着した戦況を打破するために独断でやってきたのだ。
そしてそのルーダの判断は、この場において最上に近いものでもある。
まさかの伏兵に不意を突かれた白狼はギルベルトとグレッグを振り払い、焦ったようにルーダへと顔を向けた。
突然の行動にギルベルト、グレッグは対応が遅れたものの、勢いを殺さずに敢えて受けることで一度距離を取った。
短剣を右手に握りながら突っ込むルーダは白狼が大きく戦斧を振り被ったのを確認して、口角を上げる。
反転。
予想外の動きに白狼は目を見開き、そして理解する。
入れ替わるようにして、死角からティノが飛翔していたことに。
振り被っていた戦斧を身体を捻じるようにして振り下ろす。
その判断の速さ、身のこなしは幻影ながら流石と言えるほど見事なものだ。
しかし反射的な攻撃はそのまま、単調な攻撃とも言い換えられる。
そしてそんな単調な攻撃に当たるほどティノは甘いハンターではない。
振り下ろされた致死の一撃はティノの身じろぎ一つで虚空へと叩きつけられ、地面へと突き刺さる。
その戦斧の柄を一切の澱みなくかけ登ったティノは、がむしゃらに振り回される剛腕を避けながら背後へと回り、強烈な一撃を後頭部へと叩き込んだ。
ティノのブーツの底には金属が仕込まれており、その威力は岩をも砕く剛脚と化す。
倒すまではいかないまでも、前のめりにさせるには十分な威力を孕んでいた。
「よしきた!!」
何とか踏ん張った白狼の懐に潜り込んだのはグレッグだ。
グレッグの武器では鎧に攻撃を通すことは勿論、その毛皮にも刃を通すことは困難だった。
しかし体勢を崩した白狼をもう一押しする程度、どうってことはない。
グレッグによってついに地に膝をついた白狼。
弱点である顔の前には、紅蓮の大剣を振りかざすギルベルトの姿があった。
「ギルベルト、やっちまえ!」
「うおおおおおお!!」
紅の線が白狼の項を穿ち、そのまま下へと突き抜ける。
ガクッと力なく倒れ伏した白狼は、そこに何も無かったかのように消え去る。
「勝った……のか?」
ギルベルトが肩で息をしながら呟く。
持っていた煉獄剣が手から離れ、重い音が洞窟内へと響き渡った。
グレッグもまた、その巨体があった場所を肩を動かしながら呆然と見ている。
「ルーダ、良い判断だった」
「状況が膠着してたと思ったから……牽制は盗賊の仕事———そうでしょ?」
ティノのそれは、今までの言葉が嘘みたいに素直な賞賛だった。
それだけ先程の打開は完璧なものであり、今回討伐に至ったのはルーダの功績と言っても過言では無い。
ルーダも思わず僅かに瞠目させたが、素直な賞賛だと気がついて表情に嬉しさが滲み出ていた。
認定レベルを大きく超えた厳しい戦いだった。
何度死を覚悟したのかも分からないぐらい、何が起きてもおかしくない戦いだった。
それでもティノたちは無事千の試練を乗り越えて、こうやって生きている。
千の試練はまだ、始まっていなかったなど知ることもなく。
「ッ!? 伏せて!!」
「!?」
ティノの急な怒号に対して、三人は理解はせずとも正確に反応した。
そしてその意味を、自分たちの頭があったところに何かが通り過ぎたことにより知ることとなる。
壁が何かによって破壊され、衝撃がティノたちを襲った。
壁に刺さっていたのは、大きな矢だ。
「……は?」
「うそ……」
「じょ、冗談だろ……?」
「……ますたぁ……これは流石に……」
壁を、そして矢が飛来してきた方向を確認した彼らは、その光景にただ呆然とするしかない。
ティノたちがボス部屋へと入った道から、黒のプレートアーマーを身につけた白狼が地面を揺らしながら悠然と歩いてきていた。
その数、四体。
ギルベルトが耐え、グレッグがサポートし、ルーダが隙を作ってティノが隙を突く。
それで何とか勝てた敵が四体だ。
しかも持っている武器は両手持ちの大剣に天井まで届きそうなほど巨大な棍棒、人に使うにはあまりにも規格外な大きさの弓に、黒鉄色の銃器で、極めつけは大剣と棍棒が前衛、弓と銃器が後衛というフォーメーションまで敷いていた。
これにより、チームワークの差というアドバンテージすらも消え失せる。
ティノの判断は数瞬。
突破は不可能、そもそも戦うことなど論外だ。
「全員あの細い道に走ってッ!! 殿は私がやる!」
「!! 分かった!」
まさしく即断。
ここから更に奥へと進む判断をしたティノに、三人は思考することなく応える。
今この緊急事態においても冷静に判断を下せる対応力は他の三人には無いものだ。
その判断が正しいかどうかではなく、ティノを信じる。
四人の信頼はこの数時間で厚く堅いものになっていた。
ルーダ、グレッグ、ギルベルトが細道へ向けて駆け出す。
そしてティノは———白狼四体に向けて駆け出した。
「ちょっ!?」
「お、おい!!」
たしかに殿をやるとは言ったが、まさか突っ込むとは思ってなかった三人。
足は止めずとも、まさかの凶行に目を剥いた。
白狼も無謀な突撃だと思ったのか、嘲笑うかのように口を歪ませながら各々が武器を構えている。
弓を持った白狼が狙いを定めた。
放たれた矢はティノの顔を真正面から捉え、しかし身じろぎ一つで躱される。
白狼の表情が僅かに揺れた。
矢を番え、再び狙いを付けて放つ。
今度は足元。
しかし僅かに横っ飛びしただけでそれを躱した。
その光景に白狼の表情から油断が消え、濃厚な戦意が向けられる。
先に細道へと辿り着いた三人も魅せられた絶技に絶句していた。
何度も言うが、本来盗賊というのは索敵や牽制が仕事だ。
先程のルーダみたいに意表を突くため接近することはあれど、超近距離戦を演じることなどない。
ルーダの脳裏に、回避盾という単語が過ぎる。
本来前衛は攻撃を盾や剣などで受けるが、回避盾はその字の如く回避することで攻撃を抑えるもの。
そこには相手の動きを見切る動体視力と反射神経、そしてあらゆる攻撃に対応するための柔軟性と実戦経験が不可欠だ。
「……凄い」
ルーダはこの絶望的な状況の中、感動していた。
両手剣を、そして棍棒を紙一重で躱すティノの姿は、ルーダの脳裏に強烈に焼き付いている。
格上の盗賊は今まで何度か見たことがあった。
しかし彼らは全員、技術こそ優れていれど心を動かされるほどのものでは無かった。
時間にして僅かに十数秒。
ティノが僅かに振り返り、全員が細道に戻ったのを確認して、すぐさま撤退に入った。
その撤退速度は流石盗賊と言ったところか。
両手剣と棍棒は追いつけない。
矢はティノなら避けられる。
唯一の懸念事項が来る前に、ティノは細道へと逃げ込まなければ、いくらティノとはいえ
だが白狼もまた知性ある幻影だ。
その懸念はすぐさま現実となって立ちはだかる。
「あれは、不味いッ!」
「後ろだッ! 来るぞ!」
グレッグとギルベルトの焦ったような声に、ティノは歯噛みする。
両手剣と棍棒が脇へと避け、黒鉄の銃器を持った白狼がティノへ銃口を向けていたのだ。
いくらティノとはいえ連射式の銃弾は避けられない。
グルグルと回り始める銃口。
細道まではどれだけ少なく見積もっても十秒以上はかかる。
対してその銃口が火を噴くのは、ほんのコンマ数秒後。
———間に合わない!
そうティノが断じたと同時に、凄まじい轟音が洞窟内へと響き渡った。
平日は仕事に敗北しました。
19時、21時に投稿なければその日は投稿ありません。
誤字修正もありがとうございます。
見直す時間取れてないので、むちゃくちゃ助かります。