嘆きの亡霊は引退させない※リメイク版投稿、本作品は7月26日に削除します。 作:型破 優位
洞窟内に響き渡る轟音と視界を覆う砂煙。
ギルベルト、グレッグ、ルーダ、そして———細道に向かって逃げていたティノが、音の発生源であるボス部屋の入口へ驚愕の表情を浮かべながら目を向けた。
白狼たちも何が起きたのか理解していないのか、三体が呆然としたような表情を浮かべている。
そして残りの一体、銃器を持った白狼は壁へと打ち付けられていた。
誰も理解が追いつかない中、砂煙の中から人影が浮かび上がる。
ゆっくりと晴れていく視界。
その人物の顔を視認したティノは、その表情を一気に破顔させた。
「ま、ますたぁ!?」
「あ、ティノみっけ」
あまりにも気の抜けた声。
しかしこの絶体絶命の状況下においては、むしろ余裕すら感じさせる。そんな声音だった。
ティノたちが白狼の巣に行くことになった原因にして、今まさにこの窮地に陥っていた原因。
千変万化、クライ・アンドリヒ。
神算鬼謀と呼ばれた男が、この窮地の状況に駆け付けてくれたのだ。いや、もしかしたらこの窮地すらもクライの想定通りなのかもしれない。
それに疑っていた訳では無いが、実力も確かだということが今の一撃でよく分かった。白狼の巨体をいとも容易く壁に叩き付ける威力はなるほど、たしかにレベル8に相応しい力だと言える。
しかもその一撃を、誰も目視することが出来なかったのだから。
白狼一体を吹き飛ばしたクライは、白狼三体のど真ん中で突っ立っている。その姿はあまりにも無防備すぎて、クライだけを見ればただ宝物殿の観光に来ているだけの一般人にしか見えないだろう。
事実レベル8ともなればレベル3宝物殿など、その程度の場所なのだ。高レベルハンターは自分たち中堅ハンターの杓子定規で測れる存在ではない。
だがいくら何でも、敵地の真ん中で武器も持たずにボーッとしているのは自殺行為にも程があるのではないか。
そんなティノの思考を現実にするかのように、衝撃から戻った白狼が棍棒を振り上げた。
攻撃の気配に全く気が付かないクライにギルベルトが叫ぶ。
「お、おいおっさん! 後ろ後ろ!」
「え?」
気の抜けた声をあげながら顔だけ振り返るクライ。
鋭い突起がいくつも付いた真っ黒な鉄塊、直撃すれば一溜りもない巨大な棍棒が視界一杯に広がっていた。
振り下ろされた棍棒はクライの頭を粉砕せんと正確に捉え———弾かれる。
二度目の衝撃が洞窟内を走り抜けた。
「今、何を……した?」
「……幻影が、怯えてる……?」
ギルベルトとグレッグが、それぞれ視界に捉えていたものを信じられないと呟いた。
クライは間違いなく何もしていない。しかし白狼の棍棒は事実として弾かれた。それもいとも容易く。
棍棒を持っていた白狼は棍棒とクライを交互に視線を移動させて、三歩ほど後退した。
その光景を見た他の白狼たちも、一歩、二歩とクライから距離を取り始める。明らかに何か怯えた表情を浮かべながら、クライから逃げているかのように。
クライが一歩前へと詰める。
白狼たちが一歩後ろへ下がる。
見間違いでもなんでもなく、白狼たちはクライ・アンドリヒを脅威と認めている証明だった。
再びクライが顔だけ振り返り、ティノへ問いかける。
「ティノ、まだ戦える?」
「うぇ? あ、はい! まだ戦えます!」
「それじゃあ全員倒してよ」
「!? む、無理ですますたぁ!!」
突然矢面に立たされたティノは顔色を青くしながら首をブンブンと振っているが、クライはニコニコしながらうんうんと頷くだけだ。
ギルベルトもグレッグもルーダも、白狼たちでさえクライが冗談を言っていると思っている。
しかしクライとティノは、紛れもなく本気だった。
クライが外套から何かを取り出す。
指の隙間から見えるそれは、夜空のような漆黒が渦巻いていた。
クライが手を前に突き出すと、金で組まれた五芒星とそこにはめ込まれるように取り付けられた水晶が露になる。
その宝具の名は、
かつて魔術に対して深い憧憬を抱いていた技術者が生み出したという道具を起源とする宝具であり、本来その行使に消費する魔力のおよそ百倍という膨大なコストと引き換えに一つだけ魔術をストックできるもの———というのは、この場でクライだけが知っている情報だ。
通常の魔導師ではどれだけ簡易的な魔法でも込めることすら出来ないほど魔力量を要求されるその宝具も、クライにとっては何も問題にならない。
何故なら嘆霊には、強力な魔法を込めることが出来る者が二人もいるのだから。
クライが魔法の名前を呟く。
瞬間、ボス部屋全体に不吉な予感が走った。
「『
「!?」
「な、なんだあの魔力は!!」
クライの全身から魔力が迸り、漆黒の闇が地面を這う。
形容し難い、しかし本能的に触れたら不味いと思えるような闇だ。
白狼たちもそれを察したのか即座に離れようとするが、漆黒は瞬き一つのうちに白狼たちの元へと広がっていく。
白狼が三歩走る間に真下に到達した漆黒から、色鮮やかな極細の針が無数に飛び出して白狼たちを突き刺した。
赤、黄、青、緑。そのどれもが明るく鮮やかであり、漆黒の闇との対比で一層不気味な様相を呈している。
そして、ある程度実力がある者なら嫌でも分かってしまった。
あの針に刺されたら、命はないと。
白狼たちは針から逃れるために暴れようとするも、針に固定されて右に左にと僅かに動くことしかできず、数秒としないうちにピクリとも動かなくなっていた。
クライがハードボイルドな表情でティノへ振り返る。
「……さあ、ティノ」
「ま、ますたぁ……これは?」
「……さあ?」
さあ? ではないですますたぁ。
その言葉を何とか飲み込んだティノは、ゆらりと笑うクライと白狼たちの差に戦々恐々としていた。
ティノも初めて見る魔法だ。
というかこの針、触って大丈夫なものなのだろうか。
「ああ、でも大丈夫だよティノ。この針はあらゆる弱化魔法が込められている特別な針なんだけど、ちゃんと対象は判別できるから」
「……ますたぁ、この針は触っても大丈夫なんですか?」
「え? あ、まあ大丈夫なんじゃないかな? リィズやルークも針に触ったけど、身体が動かなーい! って楽しそうにしてたし……」
「!? それ大丈夫じゃないですますたぁ……」
ティノの師匠、リィズやルークが身体を動かせなくなるレベルということは、つまりティノが触ったら昏睡まっしぐらということになる。
しかしクライはティノに全員倒してと、つまりトドメを刺せと言ったのだ。
———これもまた、千の試練なのですかますたぁ。
一難去ってまた一難。
針に絶対に触れないようにビクビクしながら、ティノは動けなくなった白狼たちへと近づいていった。
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白狼の巣周辺はたしかに変だった。
何が変なのだと言われれば難しいが、明確なものを挙げるなら森の中を走ってる時シルバームーンとは全く違う真っ赤な毛皮をした幻影が何匹かいたし、強さもレベル3のそれを遥かに超えている。
マナ・マテリアルも何だかこう……人為的な異変を感じるのだ。こういう場合白狼の巣かその近辺には何かある可能性が高い。
もしかして本当に秘密結社が……?
有り得る。いや、本当に有り得る。やはりクライのアレなのだろうか。流石過ぎてもう何も言えない。
神に嫌われているのか愛されているのかよく分からないな。
森の中をとにかく全力で駆け抜けて、眼前に現れたウルフナイトを殴り飛ばしながら森の中を進んでいく。それを繰り返しているうちに、木々が薙ぎ倒されているのを見つけた。その近くには深く踏み込んだような足跡をもある。これはリィズのやつだ。
リィズは盗賊なだけあって基本痕跡を残さないが、初速を出すために最初の踏み込みだけは痕跡が残る。つまりここで一回立ち止まったってことだ。
何かを見つけたのだろうか。
クライが
リィズなら落ちている宝具など簡単に見つけられるだろうし、喜んでクライに渡しに行くだろう。
そうなればリィズは落ちている宝具を集めながら白狼の巣へ向かったはずだ。
クライが意図しているかは別として、何かのヒントの可能性は大いに有り得る———のだが、正直こういうのは俺の性分ではない。
むしろリィズの得意分野だ。
盗賊であり尚且つクライ大好き人間なのだから、クライの宝具のためなら遺憾無くその才能を発揮することだろう。
だから俺はその道筋を辿るだけだ。
薙ぎ倒された木々や抉られた地面などリィズの痕跡を辿って白狼の巣へと入ると、幾つかの戦闘痕が目に入った。これはティノたちだな。いくらここの幻影が強化されてるとはいえ、リィズなら戦闘痕すら残さずに瞬殺できる程度の強さでしかない。
しかし血痕などが見当たらないところを見るとちゃんと無傷で突破しているようだ。剣士二人に盗賊二人のとんでもパーティなのによくやっている。ティノ、レベル4は当然としてレベル5でもかなり上位なんじゃないか?
ふと、前方に気配を感じた。
この気配は———リィズか。
リィズも俺の気配に気がついたのか、こちらを見ているのがわかる。
何やら困惑しているようだが、リィズはどうしてこんなところで止まっているのだろうか。リィズは盗賊のため危険な罠や幻影が居たとしても自ら突っ込んで対処する、云わば
レベル8の未踏破宝物殿ならともかく、開拓済みのレベル3宝物殿で戸惑うことは有り得ない。
それから数秒後、鮮やかなピンク色の長髪と褐色の肌を視認した。そして奥から感じる
それは例えるなら、レベル7宝物殿『
この先には、その宝物殿と同じような気配を感じる———というか俺はこれが何かを知っていた。
「アルスちゃん、一応確認なんだけどさ。この感じってアレだよね」
「そうだねぇ。どう見ても———俺の魔法だ」
うん、これどう見ても終焉の監獄だ。
白亜の花園と似たような気配があるのも当然だろう。だってその魔法、白亜の花園を参考にして作った魔法だし。
この魔法を使えるのは俺、ルシア、そしてクライだけだ。俺は当然有り得ないし、ルシアは万魔の城にいるから居ない。つまりこれを使ったのはクライということになる。
ここに痕跡があるということはクライもこの先にいることになるのだが、問題はこれを使う程の何かがあったということ。少なくともティノには手に負えない幻影がここにいたのだろう。
終焉の監獄は白亜の花園のマナ・マテリアルを分析して作った、麻痺、睡眠などの状態異常の他、あらゆる耐性、身体能力の弱体化や拘束まで盛り込んだ、贔屓目無しに最強の弱化魔法だ。
幻影たちには勿論、リィズやルーク、そしてあのアークですら当たれば一時的に行動不能に陥れることができるのだからその威力はお墨付きである。
クライにも最後の手段として用いるように伝えているものだ。今こうやって使われているということは、そんな魔法を使う事態にまでなっているということなのだろうか。
それとも、ここで使うことによって何らかの意味が生まれているのか……
「アルスちゃん、この先に何かいるみたい」
思考の海を泳いでいると、リィズから声がかけられた。
気配を探ってみると、終焉の監獄によってマナ・マテリアルの流れがグチャグチャになっているがその更に奥にかなり強い幻影の反応がある。
認定レベルで例えるなら———レベル6程度、だろうか。
「ちょっと探りづらいけど、まあ雑魚かなー」
「でもティノのパーティーメンバーでは手も足も出ない強さだ。ティノ一人じゃ無理じゃないかな」
「えー、こんな雑魚なのに? もしそうだとしてもクライちゃんが出るまでもないじゃん!」
「ティノのことじゃなくて他の理由があるんだろうね。ティノのことはそのついでだ」
絶対にティノを心配してだと思うんだけどな……言わないけど。
リィズとしてもまだ何か思うところがありそうだが、終焉の監獄を見て多少冷静にもなったらしい。
道中のウルフナイトやこの洞窟内の戦闘痕を見るに結構格上の相手と戦っているみたいだし、それを無傷で済ませているのだから十分良くやっていると思うんだけどな。
兎に角今はリィズの溜飲を下げることが先決だ。
下手なこと言ったら後で大変なことになる。
主にティノが。
「……そういえばリィズ、その宝具は落ちてたの?」
「あ、そうなの! これってたしかクライちゃんの宝具でしょ?」
「えーっと、たしか『
ちなみに俺はクライの持っている宝具の三割ほどは名前を知っているが、残りの七割や隠し持っているものなどについては知らない。知らずにチャージしている宝具も結構な数ある。
俺も魔力と時間に余裕がある時は基本断らないし、結界指については絶対にチャージするようにしている。だが他の幼馴染とかに比べれば断っている確率は一番高いかもしれない。
……おっと、ティノたちの気配がこっちに向かってきてる。
このままだとさっきの幻影と接敵するな。
「……アルスちゃん、ちょっと行ってくる!」
言うが先か、リィズは姿を消していた。
相変わらず口より先に手が動く。
だが俺も気になることは確かだ。接敵する場所は恐らく———終焉の監獄が使われていた部屋か。
正直リィズが行くならあっちは大丈夫なのだろう。
それよりも俺は行かなくては行けない場所ができた。
恐らくこれは、俺だから気がつくことができた事だ。
このマナ・マテリアルの濃さは確かに異常だが、それよりもさらに気になるのは、そのマナ・マテリアルに指向性があることだろう。
この場合の指向性とはマナ・マテリアルを吸収した時の能力の割り振りではなく、この宝物殿のマナ・マテリアルの向かう先という点だ。
何故俺にそんなこと分かるのか。
それは俺がマナ・マテリアルの流れにある程度干渉することができるからだ。
正直存在そのものが帝国法に触れているのだが、宝物殿を作る魔法だけでなくその特性まで知っているのは嘆霊のメンバーとエヴァだけだろうか。
ガークさんやアークも知らない、特級の機密事項だ。
『白狼の巣』の地脈を通ってあるマナ・マテリアルは一点……いや、方向はいくつかあるのか?
とにかく何かしらの意図を持って流れており、それがこの宝物殿の異常を来たしている、というのが仮定になるのだろう。
しかもその意図は間違いなく人為的なものだ。
「いよいよ秘密結社とかが現実味を帯びてきたな……」
この先で起こることをある程度予見してしまった俺が溜息を漏らしてしまったのは、まあ仕方の無いことだろう。
誤字報告ありがとうございます。
本当に助かってます。
もう気がついていると思いますが、オリ主の影響によりティノ強化されてます。