逆行したヒカルと佐為が藤崎あかりを魔改造するお話 作:そとみち
進藤ヒカルは、自分でも驚くほどすぐにそれに順応した。
(あー……だいたい
逆行。輪廻転生。未来の記憶。
なんと呼べばよいのか結論は出ないが、とにかく進藤ヒカルは気付けば十四年前、自分が小学二年生だったころの肉体に戻っていた。
それに合わせて時代も過去に戻っている。今はまだ一九九X年のようだ。
二十一歳で本因坊のタイトルを獲得し、若き天才と呼ばれたころの記憶と共に、小学二年生の肉体に戻っていた。
目覚めた時には、それはもう驚いた。
幼い己の手足、若い両親、久しぶりの実家。
驚きすぎて取り乱す事すら忘れるほどの驚きぶりであった。
記憶よりも若い母に促されるままに朝食を取り、迎えに来た幼馴染の藤崎あかりが自分と同じように高くなった幼い声で登校を促し、驚きを消化しながら無言で登校してあかりに心配され、忘れていた教室の自席を名札で判別して座り、一時間目の授業が始まって、ようやく思考する余裕が出てきたのだ。
教師の声しか響かない、退屈極まる授業中だからこそ冷静に現状を整理できた。
整理した後に、『なんで』はあまり思い浮かばなかった。
何故ならば、『なんで』と誰もが考えるほどの未知の体験を、既に一度進藤ヒカルは経験していたからだ。
唐突に起きる理不尽。それにいちいち『なんで』を訴えるほど子供ではなくなった。
『なんで』なんて言葉は、
体は小学二年生だが、心は大人だ。本因坊だ。
まるでどこかの探偵漫画みたいだな──と、内心で苦笑を零し、教師が黒板にチョークを刻む音を耳にしながら、進藤ヒカルは少しずつ心の内でワクワクを育て始めた。
(確かあの時は小六だったから……四年前か。いるかなァ、アイツ。この世界の、今でも)
彼の心の内を占める感情は、それだ。
理不尽な逆行、元の世界にいた自分の心配、まさかこれは夢じゃないか……いくらでも思い浮かびそうな疑問を押しのけるほどの、強い感情。
これが夢でも現実でも何でも、絶対に試さなきゃいけないことがある。
本当は今すぐにでも飛び出したいという気持ちを、必死に押さえつけなきゃいけなくなっているほどの強い想い。
(────佐為)
その幽霊に、再び出会う。
※ ※ ※
放課後。
「ねえ、ヒカル……本当に体は大丈夫? 熱とかない? 朝ごはんちゃんと食べた?」
「んー」
隣の家に住む幼馴染の少年を心配しながら下校する藤崎あかりと、そんな幼馴染の声に適当な相槌を打つ進藤ヒカルの二人が下校道を歩いていた。
集団登下校という文化はまだ生まれていない。ある意味では子どもの自立性が尊ばれていた時代だ。
誰にも心配されることなく、小学二年生の子供二人が慣れた道を歩いている。
しかしそんな中でも、藤崎あかりは、誰よりもよく知っている進藤ヒカルが、今日はあまりにも静かなことに疑問を覚えていた。
幼稚園からの幼馴染で、家も近所。
仲が深まらない理由のない距離にいる、あかりにとって一番身近にいる男子がヒカルであった。
普段からやんちゃばかりして、悪戯好きで、世話を焼こうとする自分をうざったがってくるときもあるけど……正義感もあって、実は優しいところもあって、気の置けない、ちょっと気になってる男の子。
そんな彼が、しかし今朝いつものように家に迎えに行った時から、随分と大人しいのだ。
いつもなら自分を置いて走って登校し、休み時間はずっと遊びまわって、自分はそれについていくのがやっと、というくらいに元気いっぱいなはずなのに。
それなのに、ヒカルは何故か今朝からずーっと大人しくて、授業中だってヘタクソな落書きもせずに不思議な表情で窓の外なんて眺めてるのだ。
体調が悪いのか、病気なのか、それとも自分が何か怒らせるような事でもしたのか……心配と不安が徐々にあかりの胸の内に広がり始めた、そんな時だ。
「──決めた。やっぱ我慢できねぇや」
「えっ?」
自分の声に適当な返事をしていた進藤ヒカルが、一歩止まって振り返る。
その顔は、覚悟を決めた男の顔をして。
藤崎あかりはその目に真正面から見据えられて、心臓が一拍強く鳴った。
「急で悪い。あかり……」
「え、え?」
ヒカルは、覚悟を決めてその言葉をあかりに伝えた。
「付き合ってくれ」
「────え!?」
己の赤面が勘違いによるものだとわかり、あかりがキレ始めるまであと10秒。
※ ※ ※
『これからちょっとじーちゃん家に遊びに行くから付き合ってくれ』という意味であったとあかりがようやく理解し、ヒカルも大人になった心で自分の説明不足を謝り、そうしてやってきたヒカルの祖父の家。
ヒカルは、あんまりにも性急な自分の行動に、心の中で苦笑を零すしかなかった。
(ハハ……一日も我慢できねぇんだな、オレ。塔矢や緒方さんの事何にも言えねぇじゃん)
逆行というわけのわからない事態が起きて、動揺するはずが……動揺よりも先に『会いたい』という感情で心が占められちまうんだから、救いようがない。
これじゃあ本当に呪いだな、と進藤ヒカルは肩を竦めた。
本因坊のタイトルを獲得したかつての自分が、唯一
その時の会話の流れは納得と謝罪、そして寛容に溢れていたものなので怒りはしなかったが、表現ひどくねぇ? とデリカシーの無さに苦言を呈し、それに対してお前はいつもデリカシーが足りないだろう、なんて言い返してくるもんだから、結局いつもの如くケンカしそうになったもんだ。
「じーちゃーん!! 遊びに来たー!!」
「おお、ヒカルか? どうした急に……おや、あかりちゃんも一緒だったか。こんにちは」
「こんにちは、おじーちゃん。ごめんね、ヒカルがどうしてもって」
「なんの、かわいい孫と友達が遊びに来るんだ。これほど穏やかな老後は無いってもんだ。かっかっか……さて、お菓子はまだあったかな」
「そんなことよりじーちゃん!! オレ、蔵の中冒険してみたいんだ! あかりとふたりで!! 蔵のカギちょーだい!!」
「なにぃ? 蔵ぁ? あそこは暗いし面白いもんなんて何にもないぞ? なんでまた急に……」
「いいじゃん!! 冒険、昔から憧れてたんだよね!! 頼むよじーちゃん!!」
「むぅ……」
祖父を呼び、早速ヒカルが本題に移ると祖父はあまりいい顔をしなかった。
あれ、前は結構簡単に入れてもらったような気がするんだけどな……とヒカルは考えるも、そういえば今オレ七歳だったな、と思い直す。
『前』の時は小学六年生で、自分もあかりも子供とはいえ情緒も育っていた。
しかし七歳の体で狭い所となれば気にもなるか。
ヒカルはそう考え、しかし、はいそうですかじゃああと四年待ちます、なんて考えられるはずもなかった。
会いたいのだ。
会って、話して、打ちたいのだ。
もう一度だけだってよかった。
この世界が夢でもかまわない。
一目でも見たい。
一言でも話したい。
一手でも────交わしたい。
何かを交わすことが出来れば、それ以上のものは何も求めない。
それほどの深い想いが、欲望が、己の胸の内にある。
だから禁じ手を使う。
今日、日中にここに来ることを考えた時点で思いついた切り札をここで切った。
「冒険させてくれれば、オレじーちゃんと囲碁打つからさ! だから頼むよ!」
「なっ!? 本当か!? ヒカル、本当に囲碁を覚える気になったのか!?」
「うん! 実はこないだテレビ見て覚えたんだよね、オレ!! だから冒険が終わったら、絶対じーちゃんとも囲碁打つよ!! 負けないぜ!」
「そうかそうか……ようやく囲碁の良さを分かってくれたか! よし! なら今日は蔵の中を冒険していいぞ!」
「やった!!」
「……ただし!! 中には割れ物も多いし。急な階段もある。危ない所だ」
「うん!」
「暴れたりして怪我をせんように気を付ける事。二階から落ちないように気を付ける事。あかりちゃんを怖がらせない事。……わかったか?」
「うん!! ありがとう、じーちゃん!!」
成功した。
ヒカルは内心でにまりと微笑み、随分ズルい大人になったもんだ、と反省して……しかしそれでも、祖父から蔵の鍵を預かった瞬間には反省は霧散していた。
「もぉ……ヒカル、今日は本当にヘンなんだから。おじーちゃんもヒカルに甘いよー」
「はは、いつも孫が世話かけるな、あかりちゃん。アイツが変に暴れないよう見張っておいてくれると助かるよ。蔵の中に飽きたら居間に来なさい、お菓子を準備しておくから」
「わ、ありがとーおじーちゃん!」
あかりも祖父が上手く説得してくれて、すぐにでもヒカルは蔵に向かわんとあかりの手を取って向かった。
急に手を握られたあかりが再び赤面し、そんな二人の仲睦まじい様子にふっと微笑み、ヒカルの祖父はお菓子の準備と囲碁の番組の視聴に戻った。
なんだかんだ言って可愛い孫とその幼馴染でとてもしっかりとしたあかりちゃんだ。
これまで大きな事件を起こしたこともないし、あんな蔵の中を冒険してもそのうち飽きるだろう。
そう考え、しかし孫が囲碁に興味を持ってくれたことは本当に嬉しかったので、ヒカルの祖父はどの定石から教えてやるか、と老後の楽しみに心を躍らせた。