逆行したヒカルと佐為が藤崎あかりを魔改造するお話 作:そとみち
(
蔵の扉を開けたところで、ヒカルはここに来て緊張が増してきた。
脳裏に浮かぶ感情は、本当に会えるのか? という恐怖。
歪な世界。歪な精神。歪な夢。
再び出会えるだろうか。
出会えなかったら、自分はどうするのか。
分からない。答えは出ない。
でも今は、ただ会いたい。
「ヒカルぅ~……ここ、暗くて怖いよぉ~。もう出ようよヒカル、気味悪いよ……」
「わりぃ、あかり。でももうちょっとだけ付き合ってくれよ。お前にしか頼めないんだ」
「っ……もう! 今日のヒカル、ホントーにヘン!!」
子供のころから幽霊が嫌いなあかりにこうして付き合ってもらっていることに、僅かにヒカルが罪悪感を覚える。
前の世界のオレ、そんなの全然気にしないであかりを蔵に誘ったんだよな……とふと思い出した。
(あの頃のオレってマジでガキだったなぁ……
思えば、前の世界、本当にガキだったころの自分はあかりに対してあんまりにも雑だったな、とヒカルは思う。
中学を卒業し、自分は囲碁のプロに、あかりは高校に進学し、距離が離れたからこそ感じられるようになったそれ。
今の幼いあかりを見て、こんなかわいい子を蔑ろにしてた頃の自分がどこまでもガキだったな、と反省を感じられる程度には、ヒカルも社会に揉まれて大人になっていた。
この世界がどこまで続くのかは分からないけれど、あかりにはなるたけ優しくしてやろう……とひそかに己に誓ったが、しかしそんな思いもつかの間。
蔵に入り、木造りの階段を小さな体でえっこらと上った瞬間に、ヒカルの意識はすべて
正面に見える大きな桐箱の、その中。
そこに自分の運命を変えたアイツが、この世界でも眠っているのか。
今の自分はそれが見えるのか。
「ヒカル……?」
妙な雰囲気の重さを感じ取って、続けて階段を上って来たあかりがヒカルの背に声をかける。
しかし、最早その声はヒカルに届いていなかった。
ごくり、と喉を鳴らした音が静かな蔵の中に響く。
その音の発生源たるヒカルが、慎重に桐箱を開けた。
(佐為────!!)
果たして。
※ ※ ※
運命は巡った。
巡り、廻った。
(────
ヒカルには、取り出した碁盤の上のシミがはっきりと見えた。
あの時と違い小学二年生の体でも、未来の記憶を引き継いでいても、確かにそこにシミの跡が見えた。
シミの正体は、血の跡。
本因坊秀策の無念が染みついた、遠い過去を繋ぐ
(見えた……見えたぞ!! だったら来るはずだ!! いるはずだッ!! アイツが!!)
ヒカルは碁盤を睨む眼を見開いて、文字通りの血眼となり、その名を叫んだ。
「────佐為っ!!」
「きゃっ!? なに!? ヒカル!?」
すぐ傍に幼馴染の少女がいたことなど最早意識の内に無く、その名を叫ぶ。
そして、応えは果たしてヒカルに返された。
しかし、その言葉はかつてヒカルが受けた言葉とは違って。
『────
「──ッ!!!」
ぞわり、と気配が変わり、ヒカルの脱色した前髪と後ろ髪がふわりと揺れた。
その声色。
この気配。
間違い、ない────
『────聞こえるのですね、
「佐為……っ!!」
────しかも。
どうやら囲碁の神様は、オマケまでつけてくれたらしい。
※ ※ ※
佐為はヒカルの名を呼んだ。
ヒカルは佐為の名を呼んだ。
それが何を意味するのかを、二人は理解する。
いつまでの記憶が彼に眠っているのか。
どれほどの後悔が彼に残っているのか。
二人とも、これが再会であることを理解していた。
「ねぇ……ねぇ、ヒカル!? ねぇ……どうしたの、怖いよぉ……ふっ…ふぇぇ……!!」
「あっ」
『あっ』
だが感動の再会は、生憎と長く続きはしなかった。
前回の初めての出会いの時のようにヒカルが気を失わなかったことで、速やかな場面の切り替えは行われず、同席しているまだ七歳のあかりが急なヒカルの変わりように泣き出しそうになったのだ。
むしろよくここまで堪えたというべきだろう。
今朝から幼馴染であるヒカルの様子がおかしく、学校でも妙に静かで、しかし下校の時に告白まがいの誘いをしてきたと思えば、何だか確信でもあるかのように蔵の冒険を促され、暗くて狭いそこで恐怖に怯えていれば、そこでもまたヒカルの様子がおかしくなって、急に叫び出したのだ。
もとより幽霊嫌いの少女には、七歳には受け止めきれないほどの恐怖であっただろう。
勿論、そんな幼馴染を放っておける精神年齢ではないヒカルと、佐為の行動は極めて迅速だった。
「ちょっ……泣くなあかり! ごめんって! 急にこんな暗い所に連れてこられて怖かったんだよな!? ごめんな、大声出して驚かそうとしちゃって!! だから泣くなって!? な!?」
『ごめんなさいあかりちゃん、ああ、泣かないで……! 小さくなったあかりちゃんに泣かれると罪悪感が! 罪悪感がすごいです!!ああ、触れられぬこの身がもどかしい!!』
「ふぇっ……ぐすん……ヒカル、ほんとうにだいじょうぶ……?」
『この期に及んでヒカルの心配をしてくれるなんて本当になんてあかりちゃんはいい子なのでしょう……!!』
(佐為お前ここ感涙する場面じゃねーだろ!? ってか俺がここであかりを落ち着かせられなかったらじーちゃんに怒られて二度と蔵に入れなくなるかもしれねーんだぞ!? 手伝えよ!!)
『て、手伝いたくとも手伝えない身なのはヒカルが一番わかっているでしょう!? あ、ほら! ちゃんとあかりちゃんを見てあげてください!! 私の方なんて見ないで!! また怯えてしまいますよ!!』
「ぐすっ……」
「ああ、オレはぜんっぜん大丈夫だから! マジでごめんなあかり……!! よしよし、怖かったな。大丈夫だ、ここにはオレとお前と、とっても優しい神様しかいないからなー。よしよし」
「ぐしゅ……」
慌てて泣き出しそうなあかりに謝り、泣いた理由が自分への心配である事にも気づいたヒカルがあかりを優しく抱きしめて、小さい子供にするようにぽんぽんと頭を撫でる。
実際にあかりは七歳で小さい子供でヒカルもまた同じくらいの身長の七歳児の体なのだが、しかし精神的には二十歳を超えており、子供の扱いも色んな指導碁で経験したヒカルは、ギリギリで見事にあかりを泣き止ませることに成功していた。
ヒカルに抱きしめられたのが、あかりが泣き止んだ一番の理由であることまでは察せていないのが残念である。
『……大人になりましたねぇ、ヒカル。前はあかりちゃんにあんなにつれない態度だったというのに』
(るせ。オレだって大人になったんだよ……お前がいなくなってから、色々あったからな)
『…………』
(…………)
暫くそうしてあかりを抱きしめながら、ヒカルは心の内で佐為とも言葉を交わす。
色々あった。別れてからも、色々と。
別れた先の未来を知るのはヒカルのみだが、佐為はどこまでオレとの記憶があるんだろう。
別れた瞬間までなのだろうか。
別れた後何してたんだろうか。
別れた時、俺がどんな想いになったか……お前はどんな想いだったのか……ああ、言いたいことが、話したいことがいっぱいあった。
いっぱいあったはずなのに、心の中で上手くそれを言葉に出来ない。
佐為との会話は口に出す必要がないはずなのに、心の中でさえこの複雑で大きすぎる思いを言葉に表すことが出来ない。
それは恐らく、佐為もそうなのだろう。
あかりのすすり泣く音が少しずつ止み始めても、佐為からもヒカルからも、お互いに何かを話しかけようとはしなかった。
咄嗟にあかりを泣き止ませるために息を合わせることが出来ても、語り合うには急な出会いが過ぎたからだ。
でも、一つだけ変わらないことがある。
「……それ」
「ん?」
「それ、おじいちゃんがやってる、囲碁のやつだよね?」
二人には、切っても切れない囲碁という絆があるのだ。