逆行したヒカルと佐為が藤崎あかりを魔改造するお話 作:そとみち
時は流れて、ヒカルとあかりは小学六年生になった。
ならばすぐに院生試験に……とはヒカルは考えない。
タイミングが重要なのだ。自分たちが院生になるタイミングが。
(院生は春には若獅子戦、夏から二ヶ月のプロ試験がある……オレとあかりがその時期に入会するのはちょっとな)
『試験の途中でヒカルとあかりちゃんが来たら、心が乱れてしまう子も出てきてしまうかもしれませんね。院生はみんな真剣に強くなろうとしていますから』
(ああ。だから9月期の募集に応募して10月から院生になる。そっから馴染んで、院生みんなが出来る限り強くなれるようにしてやりたい。神の一手をみんなで目指せるようにして……中一に上がったら若獅子戦でその成果を見せて、プロ試験受けて。前に相談した通り、これで行こうか)
『そうですね。とはいえ目立つのは間違いないですが、大丈夫ですか?』
(大丈夫だって、悪目立ちするのは誰かさんのせいで慣れてっから)
『以前の時は私だけのせいでなく、当時のヒカルの口が軽かったのも原因だと思うんですよね? いえ、ヒカルの心配は正直全然していないんですけれど、あかりちゃんが』
(お前な。……まぁ、あかりに変なちょっかい出してくるようなヤツがいたら容赦はしねぇよ)
『そうですね。碁でケリをつけるようなときは私にも出番をくださいね、ヒカル』
(相変らず好戦的だなお前)
おおよそ考えている日程は以上の通り。
プロ試験が終わった頃に院生になり、碁の高みを目指せる強い向上心を持つ院生仲間──たぶん和谷や伊角さんあたりは間違いなく乗ってくるだろうが──で、強化特訓を行う。
あかりが院生に入れば、彼女と対局する全員が、真剣に彼女と打つことで実力が底上げされるだろう。
ヒカルも、現時点で院生相手に圧倒的な棋力を見せつけたいわけではない。
指導碁に近い、あかりの棋風を見習った打ち方で相手の囲碁の深みが醸成されるような手筋を意識するつもりだった。
だが、懸念も当然存在する。
(……でも、上手くやらないと傲慢って思われるかもな。そこだけが心配。少なくともあかりはそういうやらかしに巻き込みたくねぇ)
『ヒカル?』
(あかりだけでも院生になれば、全体のレベルアップは間違いないんだよなァ。オレはプロ試験予選に外様で参加する形でもいいのかも……って、最近ちょっと考えちまうんだ)
それは、この実力で院生になる事で、みんなに悪い感情を与えてしまわないか、という危惧。
塔矢アキラは、院生にならなかった。
それは塔矢行洋の考えもあったのだろう。実力差のある相手と打つことで、芽を摘んでしまわないか、というある意味では傲慢さに満ちた考え。しかし理がないとは言えない。
同じ院生に圧倒的な棋力を持つ者がいたとなれば、いい気持ちにならない人だっているだろう。
そこに……もしあかりを巻き込んでしまったら、と考えると、ヒカルは心が竦む。
同じ目線で、同じ高みを目指して囲碁を語れる友が欲しい。
言葉でも、対局でも、語り合えるような友。
ヒカルには佐為がいるし、佐為にはヒカルがいるが、その輪を広げたいという想いとは裏腹に、ヒカルの内心では恐れも生まれていた。
強くなるのを止められないのに、その強さが他の子の毒にはならないだろうか。
そんな遠慮のような恐れを、ヒカルは捨てることができない。
だが、そんな恐れを彼の相棒が放っておけるはずがあるだろうか。
『……
(んなぁっ!? 耳元で怒鳴るな!!)
『貴方はそんな遠慮する性格ですか! 大人になったからと言って貴方の根本は変わらない、やりたい事に一直線のおバカでしょう!』
(なっ、おバカってお前なぁ! オレは真面目に……)
『そんな事言って、どうせ院生にはなるくせに! あかりちゃんから離れたくないくせに!』
(っ……そりゃ、そうかもしれねぇけどよ!)
『それに! その考えは、院生の子達を侮辱することになりかねないことに気付かぬヒカルではないでしょう!!』
(!!!)
ヒカルが意外にも、他人の感情の機微にはナイーブな面がある事を佐為も知っている。
でも、その上で囲碁の為には止まれないことも。
かつての葉瀬中の部室での三面打ち。アキラとの幾度もの邂逅。佐為との別れ。
どんなに苦い経験をする中でも、進藤ヒカルという男は結局、囲碁を打つ道を、神の一手を目指す道を歩むことを決めた。
己が一番信頼している相棒だからこそ、佐為は言葉を荒げて尻を叩いた。
『……院生の子たちは皆、真剣に碁を打つからこそあの場にいたのです。全員が強くなりたいと思って、真剣に囲碁に向き合っていた。だからこそあの時のヒカルも、その熱気に当てられて著しく成長したのでしょう。そんな子達が、囲碁を愛するヒカルとあかりちゃんを、邪険に扱うはずがないではありませんか』
(佐為……)
『誤解されそうになったら、懇切丁寧に説明しましょう。恨まれれば謝りましょう。本当にダメだと思ったら、その時に改めてあかりちゃんと相談すればいいではありませんか。……やる前から駄目かも、などと思うのはヒカルには似合いません。いつものように猪突猛進に出たとこ勝負で行かなければ』
(……そっか。そうだな、そうだったわ。オレ、昔っからそんなんだったな)
佐為の言葉で、ヒカルの心は落ち着きを取り戻した。
院生になるという、これまで過ごした二度目の人生の中でも大きなターニングポイント。
前の世界では院生になる際に、後悔の残る出来事があった。
三谷の想いを裏切り、彼を囲碁から遠ざけてしまった。
それ以降自分も囲碁部にも行きづらくなり、あの瞬間からあかりとの距離も少しずつ離れていった気がする。
そういった経験から、院生試験に少々ネガティブな感情が生まれていたヒカルだが……彼が悩める時には、隣にいる厳しい師匠がいつも支えてくれていた。正しい道を示してくれた。
その関係性は、棋力が並び共に神の一手を目指していく友になっても変わるものではなかったようだ。
(サンキュ佐為、目ぇ覚めたわ。そうだな、まずはやってみてから考えるか!)
『ええ! それでこそヒカルです!』
放課後が近い午後の小学校の教室で、脳内で決意を新たにしたヒカル。
そんなヒカルの後ろの席で、身長差のあるヒカルの様子を見ていたあかりは、またヒカルが何か佐為と大切な話してる……と察して、仲間外れにされた気がして少々機嫌を悪くしていた。
※ ※ ※
場面は変わり、ここは日本棋院会館そばのマクドナルド。
ここで数名の院生が、昼休憩を取りながら今年の若獅子戦の結果について語り合っていた。
若獅子戦を終えて、生憎毎年のようにプロの勝ち上がりとなり、院生の最高記録は三回戦勝利までとなった。
一組上位十六名が参戦し、一回戦勝利が四人、二回戦勝利までが伊角と本田。
そして三回戦で唯一プロを破り勝利、四回戦の準決勝及び三位決定戦にて惜しくも敗北し、それでも堂々の四位を記録したのは。
「うきき……オレ、最近マジでめっちゃくちゃ調子いい! 院生で四位って初めてじゃねー!?」
「調子乗ってるねー和谷。お猿さんの真似?」
「何だとォ!? 言い過ぎだぞ奈瀬ェ!」
「まァ一組の中でも三位まで上がって来てたしな、和谷は。勢いはあるよな間違いなく。果たしてそれがいつまで続くか見物だな」
「なんでぇ、院生一位の伊角さんだってすぐに追い抜くぜ? プロ試験も絶対今年で受かってやる!」
「言うねぇ。和谷、なんかキッカケでもあったのかい? ホントに強くなったよな最近」
「ん、聞きたい? 本田さん」
和谷義高。
今年から中学一年生になった、院生歴の長い少年。
そんな彼は、一昨年に初めて一組に上がり、下位~中位を行き来していたが、去年あたりからみるみるに棋力が伸びていき、今や上位組で最も勢いがあると噂される。
若獅子戦でも一番勝ち進んだことで嫌味の無い満面の笑みを見せる和谷に、一回戦負けの奈瀬明日美が軽口を叩き、伊角慎一郎が軽くあしらい、本田敏則が和谷の好調の理由を問うた。
本田の問いに和谷が自慢げに胸を張って応える。
「実は……若獅子戦の途中で、ネット碁でライトと打てたんだ! これまでも結構オレからの対局申請受けてくれてさ。マジで勉強になって……それが碁の勢いに繋がって、その勢いのまま三回戦も勝利って感じ。ホントに打てば打つほど自分の手に深みが出るっていうのかなァ……」
「ハイ出た出た。和谷のライトちゃん語り。どんだけファンなのよあんた」
「確か……ネットアイドル囲碁天使ライトちゃん、だったか? そんなに上手い人なのか? プロの誰かなのか?」
「伊角さんの口からその名前出ると違和感すごいな」
「どうだろ、ネットでもsaiとハイブとライトは正体不明でさ。いろんな噂は出てるけど……ただ、ライトはオレの腕でもいつも僅差までは持っていけてるから、もしかするとアマでめっちゃ打ち込んでる人なのかもな。プロ並みの腕をしてるアマの人だって年齢上がればたまにいるし」
和谷の好調の理由は、ネット碁での『light』との対局だった。
彼と初めて打った後から、和谷はログインしてルームに『light』の名前を見つけては対局を申し込んでおり、数回ほど対局してもらえていた。
生憎とまだ勝利は出来ていないが、彼と打つ全ての対局が己の糧になる。
渾身の一手を放てた自分に驚き、その棋譜を森下九段の研究会でみんなで研究することでさらに手に深みが増す。
そうした経験を経て、和谷の実力は一気に伸び始め、若獅子戦を勝ち昇るまでに至ったのだ。
「あー、今年のプロ試験中に毎日ライトと打てれば絶対合格するんだけどなぁ」
「言ってろ言ってろー。どーせネットで描かれてるカワイイ萌え系のイラストに夢中なだけでしょー?」
「いやアレは全然関係ねぇよ! ライトへの風評被害だよあんなもん!!」
「へぇ? なんだ、ライトちゃんってやっぱり女性の棋士なのか?」
「伊角、そういう文化は何でも女体化して萌え系のイラストになるんだよ。和谷もそっち側に目覚めちまったってだけさ。そういう年齢だからな」
「ちょっと待てよ本田さん!? オタクじゃねぇからオレ! ライトの棋力に敬意感じてるだけだから!! ……ってか、多分だけどライトは男だぜ」
「え、なんで?」
「一回だけチャットで話したことあるんだ。『強くなれるぜお前』なんて言われてさ。普通に男言葉だった」
「えー? 誰ともチャットしないって噂なのに? 和谷、話盛ってんじゃないのぉ?」
「マジの話だよ! ってか奈瀬こそ噂に詳しいじゃねーか! スレ読んでるだろお前!」
「家に親のパソコンあるからねー、ちょっとだけ。ネット碁はたまにしかやれないのよね、親が仕事で使ってるから」
「みんなパソコンあるんだな……オレも欲しくなってきたかも」
「プロになったら伊角さんも買えばいいだろ。院生でもネット碁にお熱なのは和谷くらいだよな」
「おもしれーもん! 本田さんもどう?」
話はすぐに逸れていったが、和谷という少年の心には美少女棋士ライトちゃん(推定男性)、という存在への妄執が確かに育まれつつあった。
そんな彼がプロ試験の途中で体調を崩して惜しくも合格を逃し、そしてとある少年と少女に脳を焼かれてしまうまで、もうすぐである。