逆行したヒカルと佐為が藤崎あかりを魔改造するお話   作:そとみち

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23 小学六年生ショタっ子アキラきゅんの脳を焼きに来ましたー

 

 7月中旬を過ぎ、学生たちが夏休みに入る頃の季節。

 ここは駅前ビルの5階にある碁会所『囲碁サロン』。

 囲碁好きの中高年が集まる栄えた碁会所内で、石を打つ音を響かせながら、とある噂話が盛り上がりを見せていた。

 

「聞きましたか、碁会所破りの噂」

「ええ、知人から聞きましたよ。隣町の碁会所に先日出没したって話で……」

「男女の子ども二人が碁会所に来て、『一番強い人と打ちたい』って言って回ってるって話ですか?」

「それそれ。気のいい子どものようでトラブルになったりというわけではないようですが、まぁこれがとんでもなく強いと噂で」

「院生とかなんですかねぇ?」

「そうではないようですよ。まだ小学生で、昔に子ども囲碁大会で優勝した子なんて噂もあったり……」

「ほー……それはぜひお目にかかりたいものですな。囲碁好きの子どもは珍しいですからな」

「ハハハ、しかしアキラ先生にはかないますまい」

「それはそうだ、ハハハ……」

 

 その噂話とは、去年からまことしやかに碁会所界隈で囁かれている、子ども二人組の話。

 月に一度ほどの頻度で初見の碁会所にやってきて、一番強い人を出せ、と漫画のキャラクターのような事を言い出すらしい。

 子供らしい我儘に付き合ってやると、これが鬼のように強く、今のところ二人とも無敗だと。

 しかし、囲碁を愛する気持ちや客への態度は悪くはなく、トラブルはない。一種の面白イベントのように目撃者は語る。

 どこの碁会所が連勝記録を止めるのか。ウチが次こそは止めて見せる。

 そんな噂が一種の都市伝説のように囲碁好きの間では流れていた。

 

「……碁会所破り、ねぇ。ウチにはまだ来てないけど本当にいるのかしら。アキラくん、正体に心当たりとかない?」

「ボクにも全く心当たりがないんです。どんな子なのか、どれくらい打てるのか……興味はあるんですが」

「そうよねぇ、私も会ってみたいわ。……もしかしてアキラくんが正体だったりして?」

「ボクが? まさか! ここ以外には殆ど顔を出した事もないですよ」

「そんな事言って、実はお父さんに秘密で……なんちゃってね。塔矢名人にも教えてもらってるアキラくんがそんな意味のない事はしないか」

「意味がないとまでは言いませんけど……」

 

 カウンターで冷えたお茶を飲みながら、この碁会所の名物である塔矢アキラが、店員の市河と噂話について話していた。

 二人とも噂話は当然耳にしており、興味はあった。

 どれくらい強い子供なのか。何歳なのか。なぜそんなことをしているのか。

 もし出会えたら色々話をしてみたい……と、塔矢アキラは特にそう考えていた。

 

 強さゆえの孤独。

 同年代で、アキラの相手になる子はいなかった。

 名人である塔矢行洋を父に持つ自分がどれほど恵まれた環境にいるかも理解している。

 父の期待に応えたい。一緒に碁の研究をしてくれるプロの皆さんに追いつきたい。

 自分の棋力の高さを自覚はしている。慢心ではなく、きっと囲碁界の上に立ち、父と同じように皆を牽引していく責任がある事も、わかっている。

 わかっているけれど────ない物ねだりは、人のサガ。

 塔矢アキラは、友人に飢えていた。

 同じレベルで囲碁の話が気持ちよくできるような、心を許せる友がいればな、なんておぼろげな願いがあった。

 そして、その願いは今日、()()()()()()()()()()()()

 

 

 碁会所の自動扉が、来客を知らせる鐘の音を鳴らして開いた。

 

「────どもー」

「こんにちは!」

「あら、こんにちは……ッ!」

 

 来客対応の為にそちらを向いた市河は息を呑んだ。

 やってきたのは、少年と少女。

 少女の方が幾分か身長が高いが、どちらも中学生……とまでは思えない。小学校高学年に見えるほどの背の子どもたち。

 しかし、間違いなく初めてこの碁会所に来たはずの二人が、あまりにも緊張感なく慣れた様子で扉から入ってきた。

 

 確信する。

 碁会所破りの二人だ。

 

 しかし当然にして受付として勤務する社会人の市河は、それに動じることは許されない。

 客は客。いつも通りの来客対応を心掛ける。

 

「……こちらに名前を書いてくださいね。ここは初めて?」

「うん、初めて。ペン貸してもらえる?」

「はい、どうぞ。二人とも打てるのよね? 棋力はどれくらい?」

「オレは本因坊くらいかな……いてっ!」

『やーい、あかりちゃんに頭を叩かれましたね。早速尻に敷かれ始めてますねヒカル』

(うるせ! いいだろマジで本因坊なんだから! この碁会所で猫被るつもりもねーしよ……)

「もう、ヒカル! すみません、変なこと言って。えっと、私は去年の子ども囲碁大会で優勝してて、ヒカルは私より強いです」

「あら! すごいのね、二人とも!」

 

 受付に記入して、料金も支払ってもらいながらも……市河は二人の棋力をさりげなく聞き出して、特に女の子の方が述べた内容に内心で驚愕した。

 そういえば、去年の子ども囲碁大会優勝者の写真を雑誌で見たかもしれない。

 写真の記憶よりも随分と成長しているようにも思えるが、この年頃の少女だ。大人になるのは早い、といったところか。

 しかし……子ども囲碁大会で優勝したこの育ちのよさそうな女の子よりも、こっちのやんちゃさを思わせる風貌のヒカルと呼ばれた男の子の方が強い、というのはどんな冗談なのだろうか?

 

「ところで……あー……市河さん。オレたちお願いがあるんだけどさ」

「あら、なにかしら……と言っても、分かってるけどね」

 

 ちらりと顔と胸元の名札を確認するように目線を動かしたヒカルの言葉に、名前を呼ばれた市河も丁寧に答える。

 記憶よりも薄化粧になってんなぁ、若いなぁ、という感想をもってヒカルが市河を眺めたことは知られてはいけない。血の雨が降る。

 

「あなたたち、噂の碁会所破りでしょう? 一番強い人と打たせてほしい、って色んな碁会所をめぐってるらしいわね」

「ありゃ、ここにも噂は届いちゃってたか……まぁ、実はその通りなんだよね。オレ達、初対面の強い人と打つ経験を積みたくてさ」

「不躾なお願いで本当にごめんなさい。でも私たち、囲碁強くなりたいんです!」

 

 正体を明かして頭を下げる子ども二人に、市河がとうとうウチにもやって来たわね、と心を身構える。

 別に、悪戯とか悪気があってやっているようでもない。

 少年の方は少々高飛車だが、その指先を見れば擦れた爪先が長年の囲碁の経験を悟らせる。

 少女の方はとても礼儀正しいようだ。囲碁が好きなことが言葉の端々からも伝わる様な、見守りたくなるような可愛らしさもある。

 幼い姉弟のような二人に、市河の警戒心はだいぶ解されていた。

 

 ここまで受付で話をしていれば、碁会所の中にいる客たちもその話を耳にしていた。

 そして、子ども二人の姿を見て、本当にアキラくんと同じくらいの年代だ、と知れば……続いて客の視線を集めるのは、そばで二人を見ていた塔矢アキラのほうへ。

 

 期待しているのだ。

 我らがエース塔矢アキラが、碁会所破りの少年を初めて返り討ちにするシーンを目撃するのを。

 

 そんな視線の集まりを感じながらも、アキラもまたワクワクとした気持ちを抑えきれなかった。

 さっき噂話をしていた子達が、こんなタイミングよくウチに来るなんて。

 面白そうだ。この子たちはどれくらい強いんだろう。どんな碁を打つんだろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()────そんな思いで、にこりと二人に微笑みかけるアキラ。

 その笑顔を見て、ヒカルは内心で思いっきりため息をついた。

 

(……この頃の塔矢はまだ純真だったよなァ。女の子みてーな可愛い顔しちゃってさ……いつからあんな蛇みてーにしつこいヤツになっちまったんだろうなぁ。やっぱ佐為のせいか)

『濡れ衣にもほどがありませんかヒカル!? 確かに私が彼の碁を一太刀で斬り捨ててから因縁が始まりましたが、あれはヒカルも同罪ですよ! もっと塔矢にヒカルが優しくしてあげていればよかったのです!』

(オレに責任を分け与えようとすんなよな……ま、いいや。今日来た目的を果たさねぇとな)

 

 院生試験に挑む前のこのタイミングで、アキラのいる碁会所にヒカルがあかりを連れてやってきた理由は、ただ一つだ。

 院生との交流が少なく、今年か来年にはプロ試験に挑むであろうこのころのアキラに、自分たち以外の誰かによって挫折を味わってほしくなかったからだ。

 

 コイツ(ライバル)の人生を変えるのはオレと佐為の役目だ。

 他の誰にも渡してやらない。

 今度はオレを追いかけさせてやる────そんな純粋な、アキラへの発破(無茶振り)のために。

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