逆行したヒカルと佐為が藤崎あかりを魔改造するお話   作:そとみち

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29 篠田先生の脳もついでに焼いとくか

 

(打てる……視野が広すぎる。不思議な打ち筋だな、この子は……)

 

 篠田は、藤崎あかりと交わす指導碁の中で、彼女の棋風の独自性を感じ取っていた。

 強く攻め込んでくることはなく、守りを緩めることはなく、あらゆるこちらの手に対応できるような、広い構えを崩さずに盤面が進む様を見た。

 無理がないのだ。余裕があると言ってもいい。

 

(最初に置いた三子も、まったく有利を損なわずに、何時でも活かせる状態を維持し続けている……私が真剣勝負でこの対局に臨んでいれば、幾通りもの攻め手が考えられる形だ。これを維持し続けられていることが最早実力の証明と言ってもいい。合格は間違いない……)

 

 あかりが応じる全ての手が、自分が何をしても全力で応じます、と伝えてくる。

 質は違えども、まるであかりの打つ全ての手が、盤面全てを睨む耳赤の一手のような。

 棋力の高さをひしひしと感じる。現時点でプロともいい勝負が出来るかもしれない。

 しかし今は院生試験である。実力ははっきりと確認できたなら、これ以上打つ理由はない。

 

(では最後……試しの一手で終わろう)

 

 故に、篠田はこの試験の合格を言い渡すことを心に決めた上で、最後に一つだけあかりを試すことにした。

 思いついてしまったのだ。今の盤面から、自分がはっきりと相手の地に切り込んでいく巧手の筋と、それに応じるための考えうる最善の一手を。

 自分が打つ巧手に、あかりがその最善の一手を思いつけばよし。

 思いつかなくとも、ここまでの対局で十分に腕前は見せてもらった。合格は確定している故に、この後軽く検討して正着打を教えよう。

 そう思い、掴む白石。

 

(さあ、どう返してくる藤崎さん)

 

 ぱちり、と音を立てて篠田が白石を置き。

 そして、間髪入れずにあかりから応手の黒石がぱちりと打たれた。

 

(────、見事!)

 

 最善の一手であった。

 

「……うん、このくらいにしておこうか」

「えっ……あ、はいっ! ありがとうございました」

「ありがとうございました。うん……最後の一手、よく返したね。思いついてたの?」

「はい! 先生がこちらに打たれたら、考えられる応じ手はここと、このスミと、ヒキにする形のこっちからのここ……がすぐに思いつくんですけど、お互いに地を広げながら打ち合う自分の得意な形にするには、この手が一番綺麗だと考えてました!」

「…………なるほど。いや、本当によく読めているね。うん、文句なしだ。合格です、藤崎さん」

「わっ! あ、ありがとうございますっ!!」

 

 対局を止め、試験を終えて合格を言い渡す篠田。

 最後に軽く検討した限りでも、盤面この一手、盤面次の一手、あらゆる可能性を模索しながら打てている。ヨミの深さは本物だ。

 しかも打ち方が柔軟だ。この子と打てば、対局相手も何か気付くこともあるだろう。

 人当たりもよい。この子が院生になる事で、さらに活気づくだろうと思わせる様な何か。

 逸材を見つけられた、と篠田は嬉しくなった。

 

「では、次に進藤くんを呼んできてくれるかな?」

「はいっ! ありがとうございました!」

 

 合格を言い渡されて満面の笑みのあかりに微笑ましいものを感じて頬を緩めながら、次の受験者であるヒカルを呼び出した。

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

 続けて、進藤ヒカルの受験となった。

 こちらも言わずとも自然に正座した。二人とも慣れているのだろう。

 書類を受け取って目を通す篠田。

 ヒカルの志願書類から、あかりのような大会優勝の経験が書かれていないことを読み取り、聞いてみる。

 

「藤崎さんは大会で優勝していたけれど、進藤くんは参加しなかったのかい?」

「はい。色々理由がありまして」

「ふむ……」

 

 しかしヒカルにははぐらかされた。

 色々な理由、と言われてしまうとあまり踏み込みにくい。それを述べるヒカルの顔が申し訳なさそうなそれであったこともあり、篠田はそれ以上深く聞くことはしなかった。

 正座して座る様子を見ても、態度が悪そうな所はないし、あの藤崎さんの幼馴染でずっと囲碁を打ってきたという話だ。

 前髪が明るいため、傍目に見ればわんぱくで軽い印象も受けるが、度が過ぎる素行の悪さは無いだろう。

 であればあとは棋力。提出される三枚の棋譜を見る。

 

「ふむ……おや? これは三枚とも日付が一緒だね」

「はい。三面打ちしたものなので」

「ほう……!」

 

 棋譜にかかれた相手の名前は、藤崎あかり、藤崎ゆかり、筒井だった。

 筒井は先ほどのあかりの棋譜でも見た名前だ。やはりというかヨセが抜群に上手い打ち手であるが……どうやら三子のハンデをつけているようだ。

 あかりとの対局は眼を見張るほどの好対局が描かれており、プロである己でも冷や汗をかきそうなほどの読みの深さ。強い。

 そして三枚目、藤崎ゆかりとは。

 

「……これ、こちらのゆかりさんというのは、藤崎さんのご家族かな?」

「はい。あかりのお姉さんです。あまり囲碁好きって人でもないんですけど、よくあかりと打ってるんで結構最近はしっかりした打ち筋が出来てるんで……いいかなって」

「ふむ……5子を置かせて打ったんだね」

「はい……あっ!? もしかして石を置かせて打った棋譜じゃダメだったり!?」

「まァ本来は推奨されない……というかそんな棋譜を出してくる人はいないんだがね」

「す、すみません……」

 

 しまったなー……という内心がはっきり顔に出ているヒカルの様子を見て、篠田は苦笑しながらも……しかし、棋譜の内容はまた新たな驚きがある。

 ゆかりという少女、確かに腕前はまだ未熟なようだ。アマレベルなら相当なものだが、院生やプロに及ぶほどではない。

 そんな子に5子を置かせて打っているヒカルの対局だが、しかしこれは……はっきりと分かる。

 ()()()だ。

 それも、格別に質の高いモノ。院生を導く立場である自分が良く打つからこそ分かる、指導碁のレベルの高さ。

 

「……進藤くんは、指導碁を打てるのかな」

「はい。何となくですけど。あかりに教えてたのも慣れてからはオレでした」

「ほう。その経験はどこから?」

「どこからと言われても……その、じーちゃんに教わった時の感じで、あかりが上手くなるようにって毎日やってるうちに……そんな感じで、というか……」

「ふむ……」

 

 篠田は考える。

 筒井との棋譜、ゆかりとの棋譜を見る限り……進藤くんの棋力は高い。

 あかりとの棋譜で、あかりよりも強い事も察される。相当なレベルの高さだろう。

 実際に碁を交えていないからまだ何とも言えないが、恐らくは院生のレベルを超えている。

 将来を期待される塔矢アキラのように、プロ級と言って差し支えない腕前だ。

 この年齢でそこまで打てて、かつ指導碁まで打てるというならば……院生に入る理由はなんなのか?

 それをはっきりさせたうえで、慎重に合否を判断しなければならない。

 

「……打とうか。進藤くん、すまないが君との対局はより慎重に判断したい。条件を変えさせてもらう」

「っ……はい」

「互先で。持ち時間は三十分としよう。勝敗が合否に直結するわけでは無いことを事前に伝えておくよ。だから本気で打ってほしい。君の本当の力を教えてほしい」

「────わかりました。では……オレの、全力で応じます」

「すまないね。ニギろう…………私の先番だ。よろしくおねがいします」

「よろしくおねがいします」

 

 ゆえに、篠田はヒカルに真剣の勝負を挑む。

 かつてプロとして鎬を削った時代が思い起こされ、ぐっと全身に血が巡る様な感覚を覚えて、初手を碁盤に打ち込んだ。

 

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

 三十分後。

 

「…………ありません」

「ありがとうございました」

「有難うございました」

 

 終局し、挨拶を終えた途端に……篠田は、この部屋の加湿器が止まっていたのではないか、と錯覚した。

 余りにも喉が渇いている。緊張と驚愕でカラカラになっていた。

 全力の思考で体は熱を持ち、幾筋も汗を流したが、ヒカルの打つ手のはるかな高み、その標高を察する事さえできなかった。

 

「……強いね、進藤くん。強すぎる……なるほど、藤崎さんがあんなに強いわけだ。幼馴染がこれほどだと、大変だったね、彼女も」

「……先生。オレは……!」

「進藤くん」

 

 汗をハンカチで拭い、お茶で喉を潤してから、篠田はこの中押し負けした盤面の結果を見て、判断に迫られた。

 この劇薬を、怪物を。若き才が集まる院生の群れに飛び込ませても良いものか。

 圧倒的な実力の差。これを小学六年生のヒカルが魅せることで、潰れてしまう子が出ないか。

 ヒカルは、なぜ院生に入りたいのか。

 そこに納得できる理由が得られなければ、不合格を言い渡さざるを得なかった。

 院生の子達を守るために。

 

「教えてほしい。君が、院生になりたい理由を」

「……」

 

 だから、最後の審判を務める。

 院生になりたい理由は何か?

 その問いかけに、ヒカルは真っすぐに篠田を見つめて、答えた。

 

「先生。オレ、囲碁が好きなんです」

「……」

「本当に大好きで……毎日打っても全然飽きない。新しい一手が見つかった時、定石の検討をする時、誰かと打って勝てた時、すっごい嬉しい。自分より強い相手に追いつきたいって、超えたいって思って必死になって高みを目指すのも好きだし……そうやって成長していけるのって、囲碁打てる人の特権だと思うんです」

「……ふむ……」

「そして、オレはそんな楽しみを──囲碁を打って、いい手を見つけて、より強くなって、更なる高さに至って、いつか神の一手にたどり着けるような、囲碁の道を──一人で、歩きたくないんです。みんなで歩きたいんだ。みんなで強くなっていけたら嬉しいな、って思ってます」

 

 ヒカルの答えはそこだ。

 ヒカルのかつての人生。今回の人生。

 いついかなる時でも、ヒカルは一人で強くなっていったわけでは無かった。

 佐為がいて、アキラがいて、筒井さんや三谷がいて、院生のみんながいて、プロがいて……周りにいる囲碁を愛する皆が、ヒカルと共に高みを目指して行って、それで強くなった。

 

「囲碁は、一人じゃ打てない」

「……」

「オレにはあかりがいるけど……あかりだけじゃなくて、もっとみんなで強くなっていきたい。オレ、そんな友達がもっと欲しくて……院生のみんながなってくれるんじゃないかって……だから院生になりたいんです」

「……なるほど」

「はっきり言います。院生になれたら、オレは今の実力を毎回の手合いで見せるつもりはないです。指導碁を意識して、対局してくれるみんなの棋力が上がるように努めます。プロにはなりたいから勝敗は簡単には譲れないけど……傲慢な話かもしれないけど、それでもみんなを強くしてあげたいんだ。いつか、オレたちと一緒に更なる高みを目指してくれる、友達になってくれるかもしれないから」

「なるほど…………」

 

 篠田は、ヒカルの語る内容を噛み締めて咀嚼し、深く息をついた。

 想いは理解した。進藤ヒカルという少年が、どれほど囲碁を愛しているかも感じ取れた。

 そんな少年が、今見せたような実力を持っていて────どれほどの()()()があったのだろうか、と篠田は胸が痛くなった。

 

 院生を指導する側の、プロ歴が長い自分が一蹴されてしまうほどの、トッププロレベルのヒカルの碁の深み。

 それについていけるのはギリギリで幼馴染の少女くらいで、きっとプロの対局を見ても並大抵のプロの腕前では退屈を覚えてしまうのかもしれない。

 それほどの腕前を持ってしまった天才の不幸。

 孤独感を感じてしまう……そんな気持ちを、篠田は切り捨てられるほどに心が冷たい人間ではなかった。

 

 強さをひけらかしたいわけではない。

 弱きをいたぶるなんてとんでもない。

 成長させたい……共に成長していきたい。更なる高みに、みんなで上がっていきたい。

 その進藤ヒカルの想いを受け止め、全ての責任を抱える覚悟を決めて、篠田は決断した。

 

「……わかった。いいでしょう、進藤くんも合格です。来月から来なさい」

「っ、先生! ありがとうございます!!」

 

 進藤ヒカル、藤崎あかり。

 小学六年生の9月、共に院生試験に合格となった。






※ごめんなさいなお知らせ
またしても予約投稿時に年度を入力し間違えて59話を誤ってリアタイ投稿してしまいました。
即削除したけどチラ見した人はネタバレせずでお願いします。ごめんな。
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