逆行したヒカルと佐為が藤崎あかりを魔改造するお話   作:そとみち

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33 和谷の脳はおしまいなんだ 悔しいだろうが仕方ないんだ

 

 塔矢アキラにヒカルとあかりが勝利した。

 その話を聞いて、興奮気味に和谷が捲し立てる。

 

「二人とも塔矢アキラよりも強い……ってことは、進藤と藤崎に勝てればオレも塔矢アキラに勝てるってことだよな!! うわすっげえやる気出てきた! 早く一組に上がって来いよ二人とも! 絶対勝ってやる!」

「自信満々だなァ。ま、オレも負けるつもりはないし、勝ち進んたらいずれ戦うだろ。それまでに腕磨いとけよな」

「言いやがるなコイツっ!」

「私も早くあかりちゃんと打ってみたいなー、あかりちゃんの棋風楽しそうだったし!」

「私も奈瀬さんと打ってみたいです! 頑張って順位上げるので、一組に行けたらよろしくお願いしますね!」

 

 塔矢アキラ。いずれプロ試験か、プロの世界で必ず比較される相手。

 そんなライバルの実力が、今の時点では不鮮明だったが……ここにアキラに勝利した二人がいる。

 この二人に勝てる程に実力をつければ、プロ試験合格確実と言われる塔矢アキラよりも強いか、少なくとも並ぶほどの腕を身につけたことになる。

 明確な目標が出来た。和谷は改めてこの出会いに感謝した。

 

「じゃあさ、塔矢アキラとの対局の棋譜見せてくれよ! 覚えてるんだろ? そんなに強いんだから!」

「気持ちは分かるし覚えてるけどダメー。プライバシー保護法でーす」

「私もちょっと……ごめんね和谷くん。塔矢くんも負けた対局の棋譜を勝手に晒されるの、イヤだろうし……」

「えー? 私も気になるー! あかりちゃん、せめてどれくらいの差で勝ったのかくらいは教えてよー! 互先なんでしょ?」

「うーん……ど、どうしよヒカル」

「結果だけなら構わねぇだろ。互先でオレが中押し勝ち。あかりはコミ入れて一目半差で勝ち」

「塔矢アキラ相手に中押し勝ち!? マジ!?」

「こっちの攻めがハマったんだよ。塔矢のヤツ、知らない誰かといきなり本気で打つっていう経験がまだ少ないんだ。ヨミは深いけど多様性に追いつけてない。オレ、いろんな手筋で打つのが得意なんだ。あかりと色々試してたからさ」

『……という事にして私が打つチャンスを作ってくれるヒカル大好きです! 午後は私に打たせてください!』

(急に話に混ざってくんな! 打たせてはやるから!)

「私はいつも通り接戦になって力押しで勝ちって感じ。でも塔矢くんもすごく強かったから、最後の盤面は綺麗な宇宙になったの!」

「ん? 綺麗な宇宙?」

「あ! えへへ……その、私、碁盤の白と黒が並んだのが好きで、綺麗なそれを宇宙って表現してて……ヒカルからそんな風に教わったんです」

「あらー。ロマンチストね進藤」

「いや碁盤は宇宙だろ。星が9つもあるんだぜ?」

「おもしれー感性してんなお前ら」

 

 それに、こうして踏み込んで話してみれば、二人ともかなり話しやすい。社交的なほうだ。

 気が合いそうだ……和谷は二人の心証を良いものに塗り替えた。

 友達になれる。その上で、強さの指標にもなる。

 ガチの腕前を知るのは実際に対局して判断になるが、自分の腕も伸びている。簡単には負けてやらねぇ、と強気な心も生まれていた。

 

「あーあ、でもそんなに二人が強いとプロ試験の強力なライバル登場ねぇ……勝てるかしら」

「去年はオレめっちゃ惜しい所まで行ったんだけどなぁ。去年受かっとけばよかったぜ」

「和谷は去年プロ試験受けたんだ? 奈瀬は?」

「私はプロ試験予選で残念ながら、ね」

「オレはプロ試験の後半の星取りまでめちゃくちゃいい調子だったんだよ……でもインフルにかかっちまってな、二戦分星落としてそのままダメだった。クッソ……」

「プロ試験って体調も気をつけないと駄目なんだ……惜しかったね、和谷くん」

「仕方ねぇさ! プロになれても結局体調管理も仕事だし。気持ち的には負けてないから来年こそ! とは思ってる」

 

 そんな中で、奈瀬の呟きから話題は変わり、プロ試験の話に。

 プロ試験は毎年一度。門は狭く、三名しかプロになれない。

 その枠中に今年はヒカルとあかりが入るのがほぼ確実視される所で、それでも和谷は諦めないと己を奮い立たせた。

 去年の時点で相当な手応えがあったのだ。成長すれば今年こそは。

 そして、なによりも。

 

「早くプロにならなきゃ、森下師範にも……いつもオレとネット碁で打ってくれてた心の師匠、『ライト』にも申し訳ねぇしな!」

「ブフッ!」

「ゴホッ!」

「出た出た和谷のライトちゃん推し。……あれ、進藤? あかりちゃん? どしたの?」

「いや……ナンデモナイデス」

 

 我が心の師、ライトにも申し訳ない。

 囲碁の師匠は森下先生だが、心の師はライトだ。はっきりとあの人と打つと自分の棋力が伸びている。

 既に重度のファンになっている和谷のそんな宣言に、ヒカルとあかりは思いっきりむせた。

 どうして何かを口に含んでいる時にいつも話題が出てくるんだろう。あかりは口元をハンカチで拭いながらそんなことが頭によぎった。

 

「ん? 二人とももしかしてライト知ってんの?」

「まぁ……知ってると言えば知ってるな」

「うん、知ってるね……」

「へー? 二人ともネットやるんだ? 意外ね、そうは見えないけど。ネットで有名よねー、ライトとsaiとハイブ。正体不明の最強棋士! ってさ」

 

 さて、しかしヒカルもあかりも、ここでは自ら正体を明かすまいと考えた。

 まだボロは出してない。追及もされてはいない。ただ話題に上がっただけだ。

 今後、それぞれの打ち筋から辿り着くような者がいればその時は……とも考えていたが、初日でバレは早すぎる。

 ステイ。これ以上ボロを出さないようにしなければ。

 

 さて、ヒカルはしかしそう決意した傍ら、話題に出たからちょうどよいと、もう少しだけ踏み込んで噂の流布状況を確認してみることにした。

 

「ちなみになんだけどさ。そのネット碁の三人の噂って院生でもかなり広まってんの?」

「ん? いや、全然?」

「え?」

「オレが実際にネット碁打っててライトとも打ったことあるから話に上げることはあるけど……パソコン持っててネット碁やってんのがオレくらいしかいないんだよ。面白いとは勧めてるけど、買う問題もあるしな」

「私は家にパソコンあるんだけど、親が仕事で使ってるからあんまりネット碁打てないの。スレで情報読んだだけ。他には……パソコン持ってる人っていたっけ?」

「いないかも。みんな結局囲碁漬けの生活してる人ばっかだし、少なくともオレがよく話す仲でパソコン持っててネット碁して……ってのは奈瀬くらいしか心当たりないわ」

「マジ?」

『なんと……意外でしたね。前の世界ではあれほど振り回されたというのに』

 

 マジで? と和谷と奈瀬の答えに内心で首を傾げるヒカル。

 佐為が言った通りで、前世ではあんなに苦労したsaiの噂だったのに。

 今回の世界では三人でやってるからさらに噂も広がって、囲碁を知ってる人なら全員知ってるー、ってくらいなのかと思ってたのに。意外や意外。

 

 でも改めて前の世界の事をよく思い出してみると……saiについて直接自分に絡んできたのって意外と人数少なかったか? とヒカルは改めて考える。

 まず塔矢アキラがネカフェに突撃して来ていきなり肩を掴んだ事件。サンキュージャンプHPってなったアレ。

 それでプロの間でもsaiが話題になってるって聞いてログインするのをやめて……その後に話題に上がったのは、今も話してる和谷が相手。zelda事件。こっちは延焼はしなかった。

 そして最後、一番大きな事件は塔矢行洋との一局だろう。佐為に打たせてやりたい一心でお願いして実現した一局。

 しかしリスクは大きく、塔矢名人からもまた打たせてくれ! って言われたり、緒方さんがクッソめんどくさく絡んで来たり……緒方さんの方が特にめんどくさかった。

 佐為がいなくなった後も事あるごとにsaiと打たせろって言われまくったからある意味トラウマ。

 

 さて、そうして整理すると……あれ? アキラと和谷と名人と緒方さんくらいしか直接絡んでなくね? ほぼ塔矢門下じゃね? とヒカルは気付いたのだ。

 そもそもこの時代だとまだ個人でパソコンとネット回線所有してる家庭のほうが珍しいよな?

 もしかして全然院生には噂が流行ってない?

 ってか、今聞いた感じ、ここにいる和谷と奈瀬を口止めできれば、噂が広がる要素……無い?

 

(……どう思う佐為)

『ヒカルの望むままに。ただ、しいて言うなら……あかりちゃんのためを思って動くのがよいかと思いますよ。この子は私たちに肩を並べてはいますが、まだ十二歳なのですから』

(そっか。そうだよな……)

 

 この閃きを佐為とも相談するが、佐為も反対ではないと。

 あかりのためを想うなら、むしろここでバレない地盤を盤石にしておけば、プロになった際の次なる一手にも繋がるのではないか。

 入会した初日で、和谷と奈瀬のみと話している今の状況。この瞬間が一番良いタイミングなのではないか。

 二人を味方につけられれば、オレたちが院生でやりたい事にも協力してもらえて、スムーズになるのではないか。

 ヒカルはそこまで考えて……再び、なるようになれの精神で一歩踏み出すことを決意した。

 

「なぁ和谷、奈瀬。初日でいきなり悪いんだけどさ」

「ん?」

「なぁに?」

「ヒカル?」

「ちょっとオレとあかりでこっそり相談したいことがあるから、誰にも聞かれないところでオレたちの話聞いてくれない?」

「おー? 何だ? まぁ別に話聞くのはいいけどよ」

「院生の事? 言いづらい事があればとりあえず聞くわよ」

「ヒカル……うん、そうだね。ちょっとだけお願いします」

 

 ヒカルはそう切り出して、あかりとアイコンタクトを取り、意思疎通を行う。

 あかりもヒカルが言いたいことを十全に察し、食事を終えたところで和谷と奈瀬を連れて棋院会館の別室、今日は誰も使っていない小会議室にお邪魔した。

 

「実はさ……」

「おー」

 

 ヒカルが切り出して、和谷が呑気に返事をして。

 

「あかりがlightなんだ。オレはh-i-bとsaiの両方のアカウントで打ってる」

「おー」

 

 和谷の脳が焼失した。

 

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