逆行したヒカルと佐為が藤崎あかりを魔改造するお話   作:そとみち

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34 奈瀬ちゃん可愛いから彼女の脳も焼いちゃお

 

 和谷と奈瀬は、院生研修を終えた帰り道、棋院会館から離れたカフェでお茶をしていた。

 院生仲間とは言え、特段お付き合いしているわけでもなく、昼食を共にすることはあってもカフェに二人きりで入るような関係とは言えなかったが、今日だけは別だ。

 

「未だに衝撃が抜けないぜ……進藤たちの話……」

「ホントよね。午後は打ちやすい相手でよかったわ、ギリ負けなくて」

 

 そう、この二人は今日のお昼に、ヒカルとあかりからとんでもないカミングアウトを受けたのだ。

 その内容についてしっかり話したいと考えて、こうしてカフェに二人で入った。

 カフェオレを注文し、ごちゃまぜにしたコーヒーとミルクを飲んで糖分とカフェインを摂取することで、ごちゃまぜになった感情を整理して、改めて昼の話を思い返す二人。

 

 

 唐突が過ぎる話だった。

 ネット民の間で神格化されているsai、h-i-b、light……その正体が、自分達よりも年齢の低い小学生だった。

 ヒカルは二つの打ち筋を持ち、それをh-i-bとsaiの二つに分けて対局している、などという荒唐無稽な話。

 知ってる二人にはあえて明かしたけれど、ネット碁の件はプロになるまではバレないようにしたいと考えているから、院生の間は協力してくれると嬉しい……と。

 

 最初は耳を疑った。

 和谷も奈瀬も、ネット上の三棋士の棋譜は見ている。プロすら一蹴するほどの棋力を小学生が持っているはずがないと……常識という物差しが邪魔して、容易に話を信じることが難しかった。小学生が言うような、すぐバレるような嘘だと思った。

 しかし、二人の説明を聞くにつれて徐々に真実味を帯びてくる。

 二人の読みの深さも、あかりが打った一局がお互いに打てる手をのびのびと伸ばしていた見事な対局だったことも、lightであったことの証明のようで。

 ようやく和谷と奈瀬の二人が話を呑み込んだところで……和谷が当然の質問を二人にぶつけた。

 

 ────なぜそんなに棋力が高いのに、院生になったのか。

 

 自分たちをバカにしているのか。

 お前たちがここに来ることで得られるものなんて無いんじゃないのか。

 和谷が本気で囲碁に向き合うからこそ、強い口調でそれをヒカルにぶつけた。問い詰めた。

 奈瀬が落ち着くように諭してようやく熱は収まったが、あかりはその剣幕に驚いていたようで……しかし、ヒカルはまっすぐ和谷を見て、答えを返した。

 

 ────神の一手を共に目指せる仲間が欲しい。

 

 四人以外は誰もいない会議室で、ヒカルが想いを吐露する。

 実力の差は否定しない。わざと負けようなんて思ってない。

 けど、院生という場がみんな真剣に囲碁に取り組む人たちばかりなら、自分たちが少しでもみんなの実力向上に貢献できるなら、貢献したい。

 みんなでもっと強くなって、いつかプロになってもさらに伸びて行けるような強い棋士が一人でも増えてくれたら、それ以上に嬉しい事は無い。

 囲碁はひとりでは打てないから、強いライバルが欲しい。

 諦めずについてきてくれるような、向上心溢れるライバルがいないと、神の一手には至れないから。

 

 そんなニュアンスの説明を、ヒカルから受けた。

 和谷も奈瀬も、ヒカルの話を聞き、言葉を失った。

 自分たちをバカにしていないことは分かった。その表情と話でわかった。

 わかったが……ヒカルが口にした内容は、すぐに答えを出すのが難しすぎる、深い話であって。

 そこで午後の対局の時間が迫っていることに思い至り、答えを保留にさせてもらって、午後の対局に臨み。

 来週改めて話すことをヒカルたちに告げて、和谷と奈瀬でこうしてカフェで検討をしていたのである。

 

 和谷も奈瀬も、今日受けた話を己の内で咀嚼して、色々考えていた。

 その考えを、お互いに報告することにした。

 

「……和谷はさ。進藤とあかりちゃんの話、どう思った? あの時は怒鳴っちゃってたけど……」

「オレは────オレ、進藤と藤崎に悪い事したと思ってる」

 

 奈瀬の問いに、和谷はここに来るまで色々考えていたことを己の内で整理する。

 話を聞いて脳が混乱した後、実力の差にカッとなってヒカルに声を荒げてしまったことは確かで……しかし、その件を和谷は深く反省していた。

 進藤たちは何も悪くねぇじゃねぇか。

 そう、思い直していた。

 

 進藤は強い、藤崎も恐らく進藤に並ぶほどに強い。

 そんな二人に文句を言うオレは……つまり、こういう事か?

 お前たちの方が強いから、オレは勝てないから、弱いオレらのグループに絡んでくるなって、そう言いたいってのか?

 

 んなわけねぇだろ。

 ダサすぎるだろ。

 恥ずかしすぎるだろ。

 

 ヒカルに怒鳴ってしまったことを、和谷は恥じていた。

 

「結局、アイツらが強い事に嫉妬しちまってたんだ、オレ。塔矢アキラに勝ったの聞いてスゲーって言っておきながら、プロよりも強いってわかったらなんでここにいるんだよ、なんて……今にして思うとクソ恥ずかしいぜ。来週は二人にマジで謝る。土下座する」

「ん。私も和谷がそこ有耶無耶にしてたら見損なってたから安心したわ。結局、あの二人が強いってのと私達の実力が及んでないって所に、二人の責任はないものね」

「ああ、弱いオレらが悪い。……で、そこまで反省したオレが次に考えたのが……この状況、すっげえチャンスだっていうコト」

「チャンス?」

 

 己の言動を顧みて反省した和谷は、来週には必ず二人に謝ろうと誓っており……そして、その上で二人が今院生にいるというこの状況を、好意的に解釈しようとしていた。

 申し訳なさから来る発想の転換だったかもしれないが、しかし現在の状況は、どう考えても自分たちに、院生にプラスにしかならないのだ。

 

「たとえばだけど、進藤と藤崎の二人がさ。オレが今日言っちまったように、実力差を考慮して院生にならないで、外来でプロ試験予選に来たとして……はっきり言うとオレら勝てないじゃん。ただ理不尽だけ味わって、なんであんなに強いんだって愚痴って、また来年こそはって決まり文句で傷を舐めあって……前に進めてなかったと思う」

「……言いたいことは分かる」

「だろ? でも……二人はそうしなかった。院生に()()()()()()。同じ部屋にライトとsai兼ハイブがいるんだぜ? 教えてもらいたい放題だ! 向こうもその気だし、特に藤崎はあのライトだ! 対局するだけでも絶対に糧になる! 進藤だって今日の午後打った二局を見ても、バレないように実力抑えて丁寧な指導碁してくれてる! 強くなるチャンスだろ、どう考えても!!」

 

 和谷の結論は、そこに落ち着いた。

 もし二人が、自分が捲し立てちまったように院生になってなかったら? 

 最悪だ。プロ試験で実力の差で圧し折れちまうような、無様な未来が待っていたことだろう。

 

 でも二人は院生の道を選んでくれた。

 オレたちを強くしたいと、一緒に高みを目指す仲間になってくれないかと────期待してくれているのだ。

 じゃあその期待に応えなかったら嘘だろ。

 これまでの、院生と森下師範の研究会を繰り返すだけの日々で感じていた停滞をブチ破るようなチャンス。唐突に訪れた非日常。

 ここで奮起しなきゃ嘘だ。あの二人に土下座してでも、オレは強くなってやる。

 

 そんな、興奮気味に語った和谷の結論に、奈瀬も苦笑を零して自分の考えを伝えた。

 

「……とりあえず落ちつこ? ここカフェの中」

「っと! ……そうだったな、ワリ」

「ん-ん。でもよかった……和谷の結論が私と一緒で」

「お! ってことは奈瀬も……」

「うん、チャンスだと思ってた。私って和谷みたいにプロの研究会にお呼ばれされてないし、九星会にも参加してないし、自分で勉強してるだけだったけど……近くにsaiとハイブとライトがいる。友達になれて、私たちだけ秘密を共有する仲になれそう。これ、上っ面の気持ちで否定してチャンス逃して、友達にもなれなかったらサイアクって思ってた」

 

 奈瀬の結論も同様だ。

 ヒカルとあかりが院生に参加していること、まったく思わないことがないと言えば嘘になる。

 しかし、そんな嫉妬に近い下らない気持ちよりも、今自分がどれだけ幸運な立場にいるかをよく考えるべきだと思った。

 ヒカルとあかりは、自分たちにだけ秘密を共有してくれている。

 であれば逆に、こちらのお願いもある程度融通は利かせてもらわなければ嘘だろう。

 持ちつ持たれつだ。

 ある意味では狡猾な発想で、二人の秘密を守る事を条件に、碁の指導をお願いすることができるだろう。

 そのために院に入って来たという進藤であればなおの事。

 このチャンスを逃したら、きっと自分はいつかプロの道を諦める。

 そんな予感すら、奈瀬の中で生まれていた。

 

「よっし! それじゃ来週、まずは謝ろっか和谷は。私も仲立ちしてあげるから!」

「言われなくても謝るよ! ……アイツら、ただ囲碁に真剣なだけなんだよな。オレのガキっぽい嫉妬心で年下に怒鳴っちまったからな……マジで謝る、反省してる」

「うん。それで、二人が院生の中で上手くやれるようにフォローしてあげて、その代わりに鍛えてもらお? ってかそうする。来年のプロ試験まで10ヶ月弱ある……ここで一気に力伸ばしてやるわ! 再来年のプロ試験で合格できるようにね!」

「そこは来年に進藤と藤崎と一緒にプロになるって言えねぇのかよ」

「諦めはしてないよ? でも多分塔矢アキラも来年来るんじゃない? 絶対ライバル心抱えてるでしょ進藤とあかりちゃんの二人に」

「あー……それは予想できるな」

「だよね。勿論負けるつもりで挑むわけじゃないけど! むしろプロ試験で塔矢アキラに勝ってさらに実力伸ばしてやる、くらいの気持ちで行ってやるわ!」

「お、それいいな! オレもプロ試験で塔矢アキラにも……いや、進藤にも藤崎にも負けねぇ! 絶対二人に並んでやる! 並んで、超えてやる!」

 

 お互いの決意は固まった。

 ヒカルとあかり、二人の想いを受け入れて、秘密は守る。フォローもする。

 その分、自分たちの碁を鍛えてもらう。強くなってやる。

 強くなりたい。いつか二人に並べるくらい強く。

 

 きっとそれを、二人も望んでいるのだから。

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 翌週。

 棋院会館、その院生研修室の傍の空き部屋にて。

 

「……先週はすまなかった、進藤! 藤崎も! ゴメンな、嫉妬で怒鳴っちまって! サイテーだった!!」

「私も即答できなくてごめんなさい!!」

「ってオイ!? いいよ気持ちわかんないわけじゃなかったし! 土下座までしなくても!?」

「奈瀬さん頭上げてぇ!? 申し訳なくてこっちが謝りたくなっちゃうからぁ!?」

 

 綺麗な土下座を見せて謝意を伝えた和谷と奈瀬が、ヒカルとあかりと和解して。

 改めて、二人のネット碁の秘密は守る事、フォローはすることも伝えて……さらにその先についても。

 

「オレ、お前たちにもっとしっかり教えてもらいてぇんだ! 進藤、どっかで研究会みてーにガッツリ指導してくれないか? 藤崎も奈瀬も一緒でさ」

「それならオレたち、ホームの碁会所があってそこでよく一日碁を打ってるんだ。いずれ院生友達連れてくるよーって話もしてたから……土曜日でそこに集まって勉強会しよっか」

「助かる! 院にお前らが馴染んだら、他の人にもこの話持ち掛けて、ガチのマジで強くなりたい人限定で参加枠増やしていって……って思ってんだけど、どうだ?」

「和谷らしいな、その辺の気配り。勿論いいぜ、むしろオレたちのほうからお願いしたいところ!」

「ね、ね、あかりちゃん。私今度、親が使ってるパソコンのほかにノートPC買ってもらえそうなのよ! 先週話してからすぐにお願いして、安いやつだけど買ってもらえたらネット碁出来そうなの! 私とネット碁で打ってもらえない?」

「もちろんいいよ! でも私、ヒカルの家で交代交代で打たせてもらってるだけで、自分の家にパソコンないから出来る時ならってなるけど……ヒカル?」

「オレは回数減らしてもいいよ。あかりが奈瀬と打つなら別アカウント作ってやろうな」

「それでも十分! ありがと、進藤も! じゃあこれ、私の携帯の電話番号とメルアド! あかりちゃんと進藤はまだ携帯持ってない? 家電でいいから番号教えて? ホンットに今私必死だからね! 強くしてもらえるなら何でもやるわ!」

「あっちょっと待て! ネット碁ならオレもやるぞ! ライトの中身の藤崎と打てるなら何でもやるからなオレも!!」

「……あかり、人気だな」

「ヒカル、嫉妬してる?」

「ちょっとしてる」

「ふふっ、カワイイ♡」

「「なんだお前ら」」

 

 絆を深めた四人は、改めて様々な手段で碁を囲みあっての指導を約束することになった。

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