逆行したヒカルと佐為が藤崎あかりを魔改造するお話 作:そとみち
加賀との唐突な出会い。
ヒカルとしては、加賀に悪いイメージは無い。かつての世界で、世話になったと断言できる先輩だったからだ。
小学生の身で海王中の団体戦に無理矢理ではあったが参加させてくれて、色んな経験を積ませてくれた。
自分が院生試験に挑む際、部室で三谷と筒井を説得してくれたのも彼だ。勢い任せではあったが、確かに己の背を押してくれた男でもあった。
そんな相手とこの世界で初めて出会うヒカルは、しかし。
(不良であることは間違いねぇんだよな加賀は! あかりは絶対守ってやらねぇと……!!)
『そうですね、まだ彼とは打ち解けられていませんから! 囲碁で勝負できれば話は早いのですが!』
あかりを守るために、まだ警戒を解けなかった。
中学生の身でこんな格好で創立祭をうろつくとか言うとんでもないハートの持ち主で、タバコまで吸っている。
生徒の親御さんに目撃されまくりだと思うのだが、どうやって切り抜けてるんだ加賀は、と大人になったヒカルが改めて思わざるを得ないほどにインパクトのある初対面であった。
「ア? 筒井……面白そうな話してたよなァ。そこのガキ二人が塔矢アキラに勝ったことがあるだって? 冗談は囲碁部作るとかいうホラ話の時だけにしろよ」
「冗談でも何でもないよ、加賀。進藤くんと
「カッ!! 信じられるかよンなことが!! あァ? 進藤と藤崎つったか……ん? 藤崎?」
筒井と軽い口論を交わした後、加賀は鋭い眼差しをヒカルとあかりに向けた。
あかりも唐突に現れた背の大きい不良に驚いた様子であった。碁会所通いで年上への免疫はついているものの、不良という存在は当然にして慣れておらず。
ヒカルは咄嗟にあかりを庇える位置に移動して加賀を睨み返す。
一触即発の気配────しかしここで、意外な所から救いの手は差し伸べられた。
「────オイ加賀ぁ。ウチの妹とその友達ビビらせるようだったら私も黙ってねーよ? 下がりな。
藤崎ゆかり。
あかりの姉が、たこ焼きをほおばった爪楊枝を唇に咥えながら、音もなく席から立ち上がり加賀を睨んだ。
その様子に驚くヒカル。しかし驚愕はまだ続く。
「……げっ、マジで
(藤崎の姐さん!?)
『ゆかりさんどんな中学校生活を!? 加賀が気を許すとは!?』
加賀が明らかにゆかりに一目置いていたのだ。
あかりがゆかりの妹だと知ると、睨むような目つきから驚愕のそれに変わり、フン、と鼻を鳴らして、軽くではあるが謝罪の言葉が零れるほどであった。煙草もゆかりのいう通りに捨てて踏みつぶして火を消していた。
相変らずゆかりさん周りの人間関係どうなってんだよ。ヒカルの思考は宇宙へ飛んだ。
「……加賀、さん? お姉ちゃんと知り合いなんですか? 筒井さんとも」
「おー、筒井とは家が近ぇんでガキの頃からの付き合いだ。姐さんは……まぁ、オレにビビらねぇ度胸あるおもしれー女は嫌いじゃねぇ。そういうこった」
「あー……なるほど」
(いや欠片もなるほどじゃねぇけど!? あかりもなんで納得すんの!?)
『ゆかりさんの謎がまた一つ増えてしまいましたね……』
まぁとりあえず何だかよくわからないが、あかりに危害は加えられなくなったのは間違いないようなのでヒカルもほっと息をつく。
少しだけ場が落ち着いたところで、それでも興味深そうに加賀はヒカルとあかりを見下ろす。
「……で、改めて話を戻すぜ。筒井、こいつらが塔矢アキラに勝ったってのはマジなのか?」
「マジだよ。二人とも今は院生だけど、院生になる前に碁会所で塔矢アキラに勝ってる」
「へーぇ、院生ねぇ! すげェ知り合いができたもんじゃねぇか、オレの知らねぇ間によ」
「藤崎先輩が紹介してくれてね。……それより加賀、何しに来たんだよ。詰碁を解きに来たってわけでもないだろう」
「ケッ、顔出すつもりもなかったわ! 塔矢アキラの名前が聞こえたからイラッとしちまっただけだ」
加賀の当然の疑問に筒井が答え、ヒカルもあかりも頷いて同意を示す。
それで答えは得たと言わんばかりに興味を無くした加賀は、ゆかりがいることで変に場を荒らしてもめんどくせぇ、という気持ちになり、立ち去ろうとしたが……しかし、それをまさかの男が止める。
「そうか……なら、加賀。改めてお願いなんだけど、囲碁部の団体戦に出てくれないか?」
「アん? ……ハッ、そういやこないだも必死にお願いされたなァ。姐さんのいる間に面子が揃いやオレだって条件次第で出てやってもよかったがな……もう時効だ。メンバーがいねェんじゃ出場も出来ねぇだろうが。それとも院生のコイツに替え玉出場でもさせてみるつもりか? アァ?」
「院生が大会に参加したら問題になるだろ! 進藤くんに迷惑はかけられない! ……冬は確かにお前の言う通り無理だよ……悔しいけど、部員は集まらなかった。けど、来年度なら進藤くんもあかりさんも入部する! お前がメンバーになってくれれば、あとは新一年生で囲碁部に入部してくれる人が一人でもいれば夏の大会は────」
「ケッ! もう遅ェんだよ!! オレは意味のない大会にテメェを出させるためだけの駒になるつもりはねェ!! 姐さんは来月卒業しちまうんだぞ!!」
「それでも……!!」
筒井と加賀が口論を交わす。
その剣幕に、ヒカルは口を挟むことはできなかった。
本当は、加賀に出会えれば自分が軽く挑発する形で囲碁の勝負に持ち込み、大会参加の権利を賭けて勝利し、あとは三谷を上手く誘って団体戦へ……なんて考えていたのだが、話の流れが妙な方向になってきている。
あとなんか二人の話がゆかりさんを交えてなんかすっごいなんかメロドラマみたいになってる。
え、マジでゆかりさん何やったのこの二人に? ヒカルの疑問は尽きなかった。
「やべー、後輩が私を取り合って喧嘩してるわーおもしれー。見て見てあかり、お姉ちゃん実はモテるの」
「黙っててお姉ちゃん。お姉ちゃんと三年トシが離れててよかったなーって今思ってる所だから」
「オトコの取り合いにならないから?」
「同じ中学にいないから」
「ひでー」
ゆかりさんはあかりとのんびり話してるし。強いなあの姉。それを素で受けるオレの彼女も強いな。
置いてけぼりにされている。ヒカルはそう感じた。佐為も感じた。
「……それでもだ、加賀。藤崎先輩に約束した決意は変わらない。ボクは葉瀬中で団体戦に挑んで、海王中を倒す! そうしないと、ボクに指導してくれた二人にも、紹介してくれた藤崎先輩にも合わせる顔がないんだ!!」
「ふざけろよ!! 海王中は囲碁のメッカ! オレが仮に参加しようが、テメェともう一人入ったところで勝てるわきゃねェだろうが!! 現実を見やがれってんだ!」
「現実なら見てるさ……! つまりボクが弱いと思ってるから大会参加を拒むんだろう、加賀!! だったら見せてやるさ! 進藤くんとあかりさんに指導してもらった今のボクの棋力を!!」
ヒカルが置いてけぼりにされる中で、しかし、話の流れは意外な方向に進んでいった。
筒井が加賀に啖呵を切り、詰碁をしていた碁盤の上を片付けて、黒石をぎゅっと掴む。
「────ニギれよ、加賀。互先だ。ボクにそこまで言うからには、負けたら来年度の大会に参加してもらう」
「クッ……ハッハハハハ!! おっもしれェ!! オレにここまで啖呵切ったんだ、負けたら冬のプールにでも飛び込めよ筒井!! この一局だけ付き合ってやらあ!!」
筒井の挑発に、ニヤリと笑って応じる加賀。
明らかにこれまでと違う筒井の自信みなぎる眼差しに、どうしても笑みがこぼれるのを止められなかった。
悪友関係にあった幼馴染が、こんな事言うなんてよ────加賀はその度胸を買った。
度胸の在るヤツは好きだ。
あとは、その度胸がカラ元気で無い事を期待するのみ。
「……テメェが黒、先番だ。見せてみろよ、ご自慢の強さってやつを、オレによ」
「……よろしくお願いします」
「ケッ」
決意の籠った眼差しで、筒井は盤面に魂の黒石を打ち付けた。