逆行したヒカルと佐為が藤崎あかりを魔改造するお話   作:そとみち

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39 男を見せろ筒井! なんか主人公っぽいぞ筒井!

 

 加賀は、むしゃくしゃとした思いで腹が煮えたぎっていた。

 

(クソ……なんだこりゃァ! あんだけオレに啖呵切っておいてこの体たらくかよ、筒井!)

 

 筒井と打つ、誇り(プライド)を賭けた一戦。

 長い付き合いの筒井に、自分に啖呵を切るほどの自信と度胸があったことを、加賀は憎からず思っていた。

 からかいがいのあるマヌケなヤツという印象だったが、しかし藤崎の姐さんと付き合いだしてからは囲碁バカが加速し、一本気に囲碁を愛し続けている。

 囲碁は嫌いだが、一つの芯が通ったヤツは好きだった。だから筒井も、実力が伴えば認めるに足る男になると思っていた。

 

 それだというのに。

 

(オレ相手に、ここまで大差をつけられやがって! もう三十目は差がついちまってるじゃねぇか!!)

 

 筒井が弱い。弱すぎる。

 ……いや、多少の成長は見える。全く伸びていないというわけでは無い。

 一年前に加賀が煙草を吸っている所を生徒指導のカツマタ先生に見咎められ、理科室に逃げ込んた時にたまたま筒井とゆかりが打っているのを目にしている。

 その時の盤面と比較すれば、多少は序盤から中盤にかけての守りが固くなっている。

 前は五目の損をしていた局面で、三目に抑えることは出来ている。

 

 成長は認めよう。

 だが、この程度の成長では見当外れも甚だしい。

 ふざけやがって。

 この程度でオレに勝負を持ちかけてくるんじゃねぇ。

 

(チッ……イラつくぜ! オラ、これで終わりだ!!)

 

 見る見るうちに加賀の石が筒井の地を攻め立て、気が付けばもう終盤に近い。

 もはや盤面は明らかに加賀に傾いていた。

 ある程度の棋力があるものならば察する。ここからの逆転は不可能だ。

 未だに盤面を睨んで悩み続ける筒井に、加賀は静かに言葉をかけた。

 

「……ケッ。とっとと諦めろ筒井。テメェはオレには勝てねぇよ」

 

 加賀は勝負が決したものとみて、トン、と碁盤の石がまだ置かれていない所に手持ちの扇子を閉じて叩く。

 加賀の癖だ。勝敗が確定した盤面の上に、扇子で敗北を示すことで相手に投了を促す。

 それを筒井相手に繰り出した。加賀の中では、既に勝敗は確定していた。

 

「ハッ、なんだぁ? それともこっから逆転できるってのか? テメーがいくらヨセが上手かろうと、こっからひっくり返すのは塔矢アキラでも、いや、そのオヤジでも無理だろうぜ! 諦めてとっととプールに飛び込んできやがれ! ハハハハ!!」

 

 あえて挑発的な言葉を選び、口にして、イラつきを発散するかのように嗤う加賀。

 その態度を周囲でギャラリーをしていた父兄の中高年たちが見て辟易と感じつつも、しかし盤面は誰がどう見ても筒井の勝利の筋は無かった。

 眼鏡の少年が負けた。ギャラリーの中高年はそれを察した。

 加賀も己の勝利を信じて疑わなかった。

 

 だが。

 この場でまだ筒井の勝利を諦めていない者がいた。

 

「……笑ったな、加賀」

「ア?」

 

 進藤ヒカルは、筒井が逆転できるか細い道筋を見い出していた。

 藤崎あかりも、ヒカルと同じヨミをもって、勝負はまだ揺蕩っていることを察していた。

 佐為もまた、二人と結論を共にして、僅かな僅かな希望がまだ筒井にある事を悟っていた。

 

「進藤くんに教えてもらったんだ」

 

 そして、藤崎ゆかりも筒井の逆転を信じていた。

 盤面を見て起死回生の一手を見つけられたわけでは無い。

 だが、それでも。

 最近は互先でもさっぱり勝てなくなった、二年の付き合いがある可愛い囲碁部の後輩が、こんなところで終わるはずはないと信じていた。

 

 そして、筒井は。

 

「──最後まで笑っちゃいけないんだ! 勝負ってモノは!!」

 

 甲高く、己が黒石を急所に穿った。

 それはヒカルとあかりと佐為が見い出していた、唯一の活きる筋の第一歩。

 

「…………ッ!!」

「勝負はここからだ、加賀。ボクはヨセを絶対に間違えない。お前もそれは知ってるだろ? 交わすよ、オマエを」

「────黙れ」

 

 加賀の顔面から表情が消え、筒井の挑発的な言葉にも絡まず真剣に盤面を睨み始める。

 筒井の打った手の意味を察したからだ。

 まさかの急所。ここに打たれることは想定していなかった。先の先まで見れば、むしろ加賀に有利になる様な一手。

 しかし、先の先の、さらにそのまた先の先まで読めば……この石は、活きるのか?

 己のヨミを超える筒井の一手に、下らない感情は破棄して全力での勝利をもぎ取りに行くことにした加賀。

 

 パチ、と整った指先で応手を返す。

 次の瞬間に筒井から返手が放たれ、再びの熟考ののち加賀の一手。

 一手。一手。一手。一手。

 白と黒が徐々に盤面を埋め始め……しかし、加賀は終局に向かうこの盤面に、果てしない戦慄を覚えていた。

 

(オレの白が……押し返され始めている!? 信じられん、この怒濤の追撃!! 本当に中盤まで打ってた筒井(マヌケ)と同一人物か!? 囲碁の神様でも取り憑いたんじゃねぇのか、この豹変っぷりは!! オレの地を()りに来やがった!!)

 

 ヨセに入ってからが筒井の得意分野であることはもちろん知っていた。

 だからこそ、中押しで勝利をもぎ取りに行ったのだ。

 実際に加賀が中盤までは圧し続け、プロだろうがここからは逆転できないというレベルまで筒井の地を削り取ったはず。

 

 はずなのに────持ち直してきやがった。

 

 加賀の目算では、コミまで入れて勝敗はギリギリだ。

 既に20目以上は地を押し返されており、勝敗は完全に揺蕩っていた。

 最後の一手まで勝利を諦めることが出来ない状況になった。

 

 打つ。

 ひたすらに最善手と己が信じる石を打つ。

 筒井と加賀が、冬の野外でお互いの額に汗が浮かぶほどに二人の意識は盤面に注がれて、そして……とうとう、終局した。

 

「……キレイ」

 

 そう呟いたのは、あかりであった。

 二人が打ち合った白と黒の盤面は、囲碁を知るものであれば、どれほどの名勝負が行われたのかと驚愕と称賛をせずにはいられないような、美しい並びとなっていた。

 

「………………コミを入れて、白68目半、黒69目…………」

「──ボクの勝ちだ、加賀」

 

 半目差。

 わずかな差で、筒井が勝利した。

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

「~~~~いぃやったー! やるやんけ筒井くーん! ホレ直したぞー!」

「ホレッ!? じょっ、冗談はやめてください藤崎先輩!! 抱き着かないで!?」

「なに照れてんだーこのこのー! やるじゃーん! すげー碁だったわーやっぱ筒井くんのヨセは見てておもれーわー!!」

 

 最初に勝利の喝采を上げたのはゆかりであった。

 両手を上げて子どものようにわーっと喜んだかと思えば、遠慮なく筒井の肩に腕を廻してぐいぐい体を寄せて褒めちぎる。豊かななにかが随分とカタチを変えていた。

 筒井は普段は猫のように絶妙な距離感を果たす敬愛する先輩が一気に距離を縮めてきたので、対局終了の挨拶も忘れて全身を氷のように緊張させた。

 

「へっへっへー、どーだったい加賀。ウチの筒井くんは」

「……チッ。姐さんに言われるまでもねぇ、結果は結果だ。オレは盤上の結果は覆さねぇ。負けを認めてやる……筒井ッ!!」

「なっ、……んだよ!」

 

 ゆかりが調子に乗りつつ加賀を挑発すれば、加賀は舌打ちを零してから改めて終局した盤面を見て、それを目に焼き付けた。

 席から勢いよく立ち上がり、扇子をバシッと広げて筒井の名を呼び、そして。

 

「とっとともう一人メンバーを揃えやがれ。それはテメェら囲碁部の役目だ。夏までにもう一人揃えば……一回だけ、カリは返してやる。それでいいんだろ」

「あ……ああ! 助かるよ、加賀! 本当にありがとう!!」

「カーッ、うっぜェ!! オレに勝ったんだからもっとしゃんとしやがれボケナスが!! チッ、くっだらねぇ時間を過ごしたぜ!!」

 

 約束を果たすと宣言した。

 その言葉に筒井は嬉しくなり、涙まで溢れさせてお礼の言葉を加賀に返そうとするが、加賀はその態度が気に入らない。

 やっぱコイツはバカのままだ。そう思う事で内心の敬意を散らしつつも、懐から煙草を取り出して咥えつつ、その場から立ち去って行こうとする。

 そして、去ろうとする最後に。

 

「──大将はテメェだ。本気(マジ)で海王に勝ちてェなら、夏までにさらに腕磨いとけや」

「……ああっ! 頑張るよ!」

 

 文字通りの捨て台詞を筒井に放ち、羽織を翻して振り向かずに今度こそ立ち去った。

 

 

 

※    ※    ※

 

 

(……なんかオレらめちゃくちゃ蚊帳の外だったな)

『そうですねぇ』

(どこがどうして筒井さんこんなんになっちゃったんだろうな?)

『ゆかりさんのせいではないでしょうか?』

 

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