逆行したヒカルと佐為が藤崎あかりを魔改造するお話   作:そとみち

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46 震えて眠れ芦原弘幸……真柴も……

 

 五月の初旬、ゴールデンウイーク。

 ここ塔矢家にて行われている、塔矢行洋名人門下の囲碁研究会の集いにて、塔矢アキラと緒方精次が検討対局のための一局を交わしていた。

 

「…………」

「…………」

 

 互先ではなく、定先(じょうせん)*1での対局。

 当然、まだプロになっていないアキラが黒石を持ち、緒方が白石でそれを迎え、緒方のプロの打ち筋からアキラが学ぶための対局であったのだが……しかし、相対する緒方の頬から冷や汗がひとつ流れた。

 

(去年の下旬ごろから、アキラの成長が著しい……この強さ、五段以上のプロが相手でもいい勝負ができるだろう。若さでは説明がつかないほどの異常なる成長速度だ。何があった……)

 

 決して盤面は負けてはいない。

 コミ無しの定先の対局と言えども、塔矢名人の息子であっても、相手はまだプロになっていない中学一年生だ。

 意地でも負けてやるわけにはいかない……そう、意地にならねば負ける可能性が見えるほどのアキラの気迫に、緒方は真剣に対局に向き合っていた。

 緩んだ一手など打とうものなら、間違いなく食い破られる。

 空恐ろしくなるほどのアキラの棋力に、脳内の糖分栄養素をガッツリと消費するほどの熟考を果たしたうえで、緒方が最後まで勢いをアキラに渡すことなく、一目差の白の有利で終局した。

 

「有難うございました」

「有難うございました」

 

 対局後の挨拶を終えて、ふぅ、と小さく息をつく緒方。

 末恐ろしい、なんて言葉は最早失礼だ。

 ()()()()()()

 これから先、この少年がどれほどの棋士(プロ)になるのか……その未来を考えただけでも、緒方はぶるりと武者震いを覚えるほどで。

 アキラが上り詰めるそれまでに、己もタイトルホルダーになり、迎え撃つ側で研鑽をし続けなければ、と強く考えるほどであった。

 

「……うむ。好く打てている。特に緒方くん、よくぞ最後までアキラに流れを渡さなかったな」

「全く油断なりませんでしたよ、塔矢名人。僅かでも緩手を打てば食らいついて離さないぞ、と言うほどのアキラくんの気迫が籠っていましたからね。なるほど、これじゃあ芦原が勝てないわけだ」

「緒方さん!? いやまぁ確かにアキラとは互先で最近負け越してますけど! いつか抜かし返しますよ! オレだってプロなんですから!」

「ボクも負けませんよ、芦原さん」

「フ。それにしても……強いな、アキラくん。迸るような強さだ、ここ最近は特に……何かきっかけでもあったのかな?」

「ええ。色々と刺激的な事がありましたので。立ち止まっていられないなって」

「フム……またはぐらかすつもりだな?」

「ええ」

「まったく。塔矢名人、お子さんが反抗期ですよ」

「私にもこうだからね。困ったものだよ、ハハハ」

 

 対局後の検討に入る。

 塔矢行洋が二人の全体を碁の流れを解説しつつ、緒方が謙遜する中で芦原に飛び火して、芦原が困った様子で答える。

 芦原は現在三段。もうすぐ四段を目指すほどの腕前ではあるが、そんな芦原がアキラと対局すると、五回に四回は負けるようになってしまっていた。

 芦原が下手になっているのではない。アキラが上手くなっているのだ。

 それも、他の追随を許さない圧倒的な速度で。

 

 今日の対局からアキラの成長を感じ取った緒方が、改めて探りを入れるも、中学生になっても童顔のままのアキラが可愛く微笑んではぐらかしてきたので、肩を竦めて鼻を鳴らした。

 何か切っ掛けがあったとは聞くが、それをアキラは頑なに語ろうとしないのだ。

 父親である塔矢名人に聞いても情報は出てこない。緒方も流石にそれ以上の追及は失礼にあたるのでできなかった。

 

 だが、出来ないなりに推理もしていた。

 緒方という男は、囲碁に関する事なら蛇のようにしつこいのだ。

 

(アキラの棋力が一気に伸びたのが夏ごろ……当時はまだ、ネット碁でsai、h-i-b、lightの出現頻度が高かったころだ。アキラはネット碁の経験もあると聞いたことがある……恐らくはネット碁で三棋士の内の誰かと打ったのだ。多分lightと……そうでなければ一気に棋力が上がる理由に説明がつかん)

 

 そしてその予想は、当たらずとも遠からずであった。

 確かにアキラはlightと打ったのだが、それはネット碁を介してではなく対面してであり、さらにはsaiとも打っている。

 その二局がアキラの囲碁脳を悉く刺激し、生まれたての赤子のような吸収力を再生させ、更なる囲碁の深みに、棋力の醸成に培われているのである。

 そんなことは知らずに、緒方は推測を進める。

 

(アキラの才能をここまで伸ばせる……もはやlightの打ち筋は彼独自の唯一のものだ。ヤツの棋風は独特過ぎて、棋譜から打ち手が読み取れん。無限の海溝を思わせる様な碁の深み……どれほどの経験があるのか。そしてアキラのこの強さへの執着、もしかすれば三棋士の正体に気付く様な何かがあったのではないか……注意深く今後も観察しておかなければな)

 

 ただネット碁を打っただけでは、棋力は伸びてもその後の情熱にはつながらないはず。

 アキラのこの異様なるノビと強さへの飢えは、間違いなく何かしら三棋士と関係を結んだはず。

 そこまで推測し、しかし言葉には出さずにひそかに裏取りしてからの正体看破を緒方は狙っていた。

 相変らずしつこいヤツである。

 

 

※    ※    ※

 

 

 

 さて、そうして検討も終われば、芦原という若手の存在がいたため、話題は別の方向へ向かった。

 塔矢行洋が思いついたと言わんばかりに話題に挙げるのは、来週から開催される若獅子戦の事だ。

 

「そういえば芦原くん。キミは今年の若獅子戦が最後の参加できる歳だったかね」

「そうですね。オレはもうじき二十歳なんで、来年になったら出られなくなります。去年は四回戦まで昇って倉田に惜しくも、でしたからね。今年は優勝目指しますよ!」

「アキラくんもまだ出られないからな。来年も出場できていれば、アキラにこてんぱんにやられてただろうな」

「緒方さん! 何てこというんですか!?」

「いえ、ボクがもし今年出られてたら芦原さん『は』こてんぱんにします」

「アキラまで!? ひどいぞこいつぅ!」

「ハハ……今のアキラならたとえ倉田くんと対局してもいい勝負になるだろう。だが……今年の若獅子戦、はたしてどうなるかな」

「名人?」

 

 芦原をダシにして話題を広げつつ、アキラの負けん気も零れる中で、塔矢行洋が若獅子戦への懸念を零し、緒方がそれに怪訝な表情を作る。

 塔矢行洋は、今年の若獅子戦が大荒れになるだろう予感を果たしていた。

 理由は簡単だ。

 かつてアキラを破りし少年たち、進藤ヒカルと藤崎あかりが院生になっている、という話を耳にしていたからだ。

 ヒカルとあかりの名前はアキラと塔矢行洋までしか広まっていない。

 塔矢親子は共に、あえて研究会などで二人の名前は挙げなかった。

 理由は簡単だ。

 

(院生になった彼らに私も興味がある、すぐにでも一手構えたい気持ちも嘘ではないが……プロの卵である院生の彼らに、名人位たる己から勝負など持ち掛けられるはずもない。院生研修に顔を出したくとも、立場がそれを許さない。緒方くんなどにこれが知られてしまえば、彼なら勢い余って突撃すらしかねん……まだ見守る立場にいるのだ、彼らは)

 

 塔矢行洋名人位が、院生の研修に顔を出せるはずがない。

 顔を出してしまえば、何故そんな、と言われることは間違いない。騒動になる。

 それほど将来を期待する院生がいるのか、強いのか……そんな噂が記者にでも伝わってしまえば、院生全体の健全な育成に差し障りがある。

 口惜しい思いはあるが、ヒカルとあかりの二人が院生でいる限り、名人位である己の方から勝負を持ちかけることが出来ないのだ。

 我慢するしかない。プロになり、己のタイトルを狙ってくる時まで……いや、新初段シリーズまで。

 新初段シリーズは今年は絶対に参加すると塔矢行洋は心に誓っていた。アキラもプロになるし、その二人がプロになれば誰と当たっても心躍る対局が出来そうだからだ。

 

 さて、しかし。

 じゃあそれまで素直に待てるかと言われて、待てないのが塔矢行洋という男だった。

 

「今年が芦原くんの最後の若獅子戦になるなら、私も初日は応援に向かうとしようか。若き力を見るのも勉強になるからね」

「えーっ、塔矢名人が見に来るんですか!? 絶対緊張しちゃいますよオレーっ!」

 

 たとえ対局はできなくとも、見に行けるチャンスがあれば逃さない。

 門下の芦原が若獅子戦に出場するのは実にチャンスだった。若獅子戦は関係者であれば観戦が許されている。

 バッチリ会場入りし、和装も辞めてスーツで入場して目立たぬようにして、進藤ヒカルと藤崎あかりの対局を見るつもりであった。

 塔矢一家はさぁ。

 

「……父さん、不躾なお願いですが、ボクも連れて行ってもらえませんか?」

「アキラも? ……ふむ。見たいかね」

「見たいです。今年ボクはプロ試験に挑む。その時に相手になる、院生たちの実力を見れるチャンスです。会場で失礼になる事はしません、お願いします!」

「そうか。ではアキラの勉強のためにも、連れて行くとするか」

「アキラまで来るのぉ!? プレッシャーかけないでくれよな! 名人も!」

 

 塔矢一家はさぁ。

 父とまったく同じ思考の流れで、直接の対局はプロ試験までお預けを食らっているアキラもまた、見に行くのは止められないだろうと父へ同行を申し出る。

 久しぶりの友人との出会いにも想いを馳せる。元気にしているだろうか、あの二人は。

 そんなワクワクとした感情が塔矢行洋もアキラも表に出てしまっており、そして当然にしてそれを見逃す緒方ではなかった。

 

「名人とアキラくんが行くなら、オレも見に行くか。塔矢名人門下全員で応援に行くからな、気合入れろよ芦原」

「ちょっとー!? 緒方さんまで集まられるとオレホントにビビりますってぇ!? 一回戦は院生が相手だからいいけどさぁ!」

 

 塔矢門下はさぁ。

 塔矢行洋、塔矢アキラ、緒方精次の三名それぞれが囲碁への深い執着を持って、若獅子戦への観戦を決めた。

 それに恐縮する芦原だが、彼はまだ知らない。

 今年の若獅子戦では、その名に恥じぬ獅子のような化物が二人……(いな)、獅子に育てられ獅子へと変貌を遂げた数多の若き力が集う事を、芦原は知らなかった。

 

 

*1
置石なし・コミなしで、下手側が黒石を持って先手を打つ手合割の一つ

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