逆行したヒカルと佐為が藤崎あかりを魔改造するお話   作:そとみち

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47 もう終わりだ猫の若獅子戦

 

 5月の三周目、土曜日。

 今日、日本棋院会館で若獅子戦の一回戦が開催されていた。

 院生上位16名と、20歳以下の若手棋士16人のトーナメント戦である。

 全三回、三日に分けて行われるこのトーナメント戦では、かつて院生が優勝した経験はなかった。

 よくて三回戦まで。準決勝の頃にはプロしか残らない。

 院生にとっての高き壁、狭き門であった。

 四位までに賞金が設定されており、優勝賞金が50万円、準優勝が30万円、三位が15万円、四位が5万円。*1

 しかし、院生がその栄誉に預かれる事はほとんどない。

 若手プロの力試しとも謳われる交流会のようなイベント────そのように、囲碁会では認識されていた。

 

 しかし今日、その常識は覆る。

 

「院生であと来ていないのは誰だね?」

「野崎と磯部と……あ、進藤と藤崎が来ました」

「おはよ、院生ほぼ勢揃いだなー」

「おはよ! ゴメンね、ヒカルが寝坊しそうになって電車一本遅らせちゃったの」

「今日寝坊出来るとかどんなメンタルだよ進藤」

「夜遅くまであかりと打ってたんだよ……ふわぁ」

「聞きたくなかったわねその事情」

「遅くと言っても8時くらいまでだからぁ!? ヒカルが大会前に私と打つと落ち着けるからって帰らせてくれなくて……」

「若獅子戦に至ってもイチャつくのかよお前ら」

「中学生になっても夜8時は遅めじゃない? 親御さん心配しなかった?」

「公認」

「無敵かよ」

 

 会場に集合した院生たち。

 大会に参加するのは一組十六位までだが、しかし今日集まった院生は一組下位の子も二組もなく、ほぼ全員が見学に集まっていた。

 そりゃあ見たい。今日という日を院生たちがどれほど楽しみにしていたか。

 ヒカルとあかりが院生になってから約8か月。その間にどれほど自分たち院生が成長したのかを、世間に見せつける日なのだから。

 

 大会に参加する上位院生のメンバーは、その気迫が特にみなぎっていた。

 武者震いすらしてしまいそうなほどだ。

 今の実力を、真剣勝負の場でプロにぶつける機会(チャンス)

 早く始まらないか、と(はや)りそうになる心を抑えていた。

 

 しかし、そんな院生に声をかけてくる新人プロが一人。

 

「よ! みんな久しぶり」

「あ、真柴さん」

 

 今年からプロ入りした、真柴充だ。

 去年まで院生で、ここにいる院生メンバーのほとんどとも顔なじみの、伊角と同い年の青年である。

 白のスーツの装いで、調子のよさそうなニヤケ顔を浮かべつつ、今日の対局相手である伊角のほうへ近づき、ポケットに手を入れながら声をかけた。

 

「伊角さん、今日はよろしくぅ。お手柔らかにお願いしますよ。へへ……伊角さんもさっさとプロ(こっち)側に来てくださいよ。プロになると院生の時のあのイヤなせっぱつまったカンジが無くなってのびのび打てるんですよ。プロはいいですよぉ」

「あー……」

 

 対局の挨拶、挑発、自慢を一息で為す真柴。見事な小悪党ぶりである。

 そんなナメた台詞をかけられれば、それを受けた伊角も、去年のプロ試験で真柴に不戦勝を捧げた和谷も、怒っていい場面であっただろう。

 だが、二人は違った。

 逆に憐れみの籠った眼で、真柴を見返した。

 

「……ま、よろしくな」

「ええ。プロになって成長したオレの碁を見せてやりますよ。じゃっ!」

 

 真顔で伊角が答え、それで満足したと言わんばかりに去っていく真柴。

 初対面であったあかりは随分と感じの悪い態度だった元院生にむすっとしていたが、しかし伊角ほか、院生メンバーは全員が全員何とも言えない顔をしていた。

 理解しているのだ。

 今の自分達は、真柴程度では相手にすらならないと。

 

「……オレ、去年プロ試験不合格でよかったなってちっと思っちまったぜ」

「ホントはそれ禁句なんだけど今だけは分かるわ。和谷も合格してたらあっち側になってたかもだもんね」

「流石にあそこまで恩知らずな態度は取らねーよ奈瀬! ま……伊角さん、分からせてやってよ」

「モチロン。動揺もしてないし、油断もないよ。そういうのは全部中国に置いてきた」

「ヒュー♪」

 

 無駄話も、先にプロになったことへの嫉妬もない。

 対局で分からせてやればいい。

 そんな気持ちで院生たちの心は一つになった。

 

 さて、しかし院生に声をかけてくる人は他にもいた。

 まず一人。

 

「……よ、和谷」

「あ、冴木さん!」

 

 冴木光二、プロ四段。森下門下で、和谷とは同門の先輩プロだ。

 和谷にとっては仲の良い先輩後輩関係である。真柴に見せていた表情から打って変わって笑顔で挨拶をする。

 しかし、それを受け止めた冴木は、一切の余裕なく、油断もない真剣な表情を浮かべていた。

 

「……大手合の対局より何倍も緊張してるよ。初戦は和谷じゃないけど……()()()()()()だもんな」

「ええ、()()()()()()です」

 

 冴木は知っていた。

 院生に革命が起きていることを。

 何故なら和谷の実力を把握しているからだ。

 森下研究会での互先の対局で、三カ月前から()()()()()()()和谷の実力を知っていた。

 和谷だけが伸びているわけでは無い事を知っていた。全体が伸びていることを知っていた。

 その原因も知っていた。

 

 今日の対局は、院生一位の進藤ヒカルなのだ。

 

「……キミが進藤くんだよな、その前髪。初めまして、いつも和谷が世話になってるよ」

「はい、初めまして。今日はよろしくお願いします、冴木さん」

「ああ……和谷、お互い勝ち上がって、どっかで当たれるといいな」

 

 この小柄な少年が、院生を変えてしまったことを冴木は知っていた。

 ここにいる若手のプロの中で、最も今日という日に危機感を覚えているのが冴木だった。

 そんな彼の初戦が進藤ヒカルだったことは、余りにも不運だったという他はない。

 悲壮感すら漂わせる背中を見せて、プロ達が集まる方へ歩き去って行った。

 

「……進藤」

「ああ」

「手加減すんなよ」

「分かってる。若獅子戦は全部ガチで行くよ」

「ならいい」

 

 和谷とヒカルが、答えが分かり切ってる会話をして、ふん、と鼻を鳴らす和谷。

 これまでの院生研修や勉強会では、ヒカルはほぼ指導碁に徹していた。

 無論、あかりと打つときや、先日伊角と対局した時のような特別な対局では本気で打ち、その実力を院生たちも知ってはいる。

 その上で、肝心な試合となれば本気を出すヒカルの事も知っていた。

 だから答えは分かり切っていた。ただの確認でしかないが、変な気を起こす様子でないならそれでいい。

 

 さて、そうして二名のプロが院生に声をかけてきたが、さらにもう一人院生たちに声をかけてくるものがいた。

 それは今日対局する若手プロというわけでは無く、純粋な知人としての挨拶だ。

 

「────進藤くん、藤崎さんっ!」

「あ? ……って、塔矢!? 何でここに……うげっ!?」

「あ、塔矢くん。久しぶりー」

 

 塔矢アキラが、とても嬉しそうな笑顔を浮かべて駆け寄ってきたのだ。

 院生たちはそのアキラの様子に子犬のような耳と尻尾が生えている光景を幻視した。顔がいい少年であった。

 ヒカルは予想外の乱入者に驚愕し、あかりが久しぶりの友人の顔を見て笑顔を返すが、しかしヒカルは更なる驚愕に見舞われる。

 駆け寄ってくる塔矢の背後……ここにいちゃいけない二人がいたからだ。

 

(緒方さんに、なんで塔矢名人までいるんだよっ!? 塔矢は大会に参加しねぇだろっ!?)

『これはこれは……久方ぶりに見る顔です。今生でもあの二人とはぜひ打ちたいものですね』

 

 緒方プロと塔矢名人が、アキラに続いてヒカルの方へ歩み寄ってきていた。

 緒方は相も変わらず白スーツだが、塔矢名人は目立つことを嫌ったのか、普段の和装ではなく珍しくスーツを着用していた。

 なんだなんだ。試合前に変な事件起こすのだけはゴメンだぜ。

 ヒカルは心を身構えるが、その前にアキラが嬉しそうにヒカルの前まできて、声をかけてきた。

 

「今日の対局頑張ってね、進藤くん! 藤崎さんも!」

「いや応援ありがとなって返事なんだけどなんでお前来てるんだよ! お前は院生じゃねぇから参加できないだろ!?」

「あ、うん……その、塔矢門下の芦原さんが最後の出場になるからそちらの応援にね! でも久しぶりに会えたから嬉しくて……ごめんね、集中してた所だったよね。二人とも」

「全然気にしてないよ塔矢くん。応援までしてくれたんだから、ね? ヒカル」

「おぅ……」

 

 誰だコイツ。

 ヒカルは真顔になった。

 前の世界では塔矢も大会に参加してたが、すまし顔でこっちをシカトしやがったのに。

 何だこの気持ち悪いまでにテンションの高い塔矢は。

 どうしてこうなってしまったのかヒカルには真剣に理解できなかったが、それをどうにか訂正する間も無く、さらにその保護者からも声をかけられる。

 

「……君たちが、進藤くんと藤崎さんか」

「あ、ハイ」

「あ、と、塔矢名人……!!」

 

 塔矢行洋からも声をかけられて、ヒカルは雑に返事をして、あかりは流石に緊張が勝った。

 

「固くならなくていい。息子が囲碁を語れる友が出来たと楽しそうにしていてね……これからもアキラをよろしく、とご挨拶をしたかったのだ」

「はぁ……いや、ビビりますって。試合前に名人に声かけられたら」

「こら、ヒカル! ごめんなさい塔矢名人! でも塔矢くんとはこれからも仲良くさせて貰えたらいいなって思ってます!」

「すまなかったな、対局前の大切な時間に余計な気を揉ませてしまって。君たちの対局の様子も楽しみにしているよ。……行くぞアキラ、二人を集中させてあげなさい」

「は、はい、父さん……ゴメンね二人とも。応援してるから!」

「おー」

「またね、塔矢くん!」

 

 息子をよろしく的な事を言われて、あかりはその言葉を素直に受け取り、若干天然も入ったまっすぐな気持ちを答えたが、しかしヒカルは気が気ではなかった。

 塔矢行洋の目の色が、かつてsaiと打ち終わった後のギラギラみなぎる興味の色に染まっていたからだ。

 後ろの緒方もほぉーん……って感じでヒカルとあかりを見ていた。アレは絶対なんか察してるヤツだ。

 どうやらネット碁三銃士の匿名性が確保されるのは今日までらしいな。

 ヒカルは観念した。

 

 ま、それくらい話題は広まってもらった方がいい。

 どうせやるなら大事件にしてやる。

 

「……お前らマジで塔矢アキラとダチなんだな」

「あそこまで懐かれてるとは思ってなかったけどな」

「友達に飢えてたんだね塔矢くん」

「ちょっと塔矢アキラへの印象変わったわー私」

「名人にまで声かけられてよ……動揺してねーよな、進藤、藤崎?」

「まさか」

「いつも通りの碁を打つだけ!」

「ははっ、そりゃそうだ。よっしゃ、んじゃ目にモノ見せてやるかっ!!」

 

 進行のアナウンスが入り、第八回若獅子戦の開幕の宣言が行われた。

 順番に対局席につき、若手プロと院生たちが向かい合う。

 

 

『……互先ですが、院生が黒を持ちます。では────始めて下さい』

 

 

 革命の火蓋が切られた。

*1
独自設定。現実世界で院生の参加枠を設けているゆうちょ杯囲碁ユース選手権の賞金が100万円なのでそれを按分した。






※独自設定の賞金とか
若獅子戦の原作の元ネタは鳳雛戦っていう試合らしいですがネットで調べても情報が無かったのでちょっと独自にリニューアル。
話の根幹に携わる部分ではないのであんまり気にしないで下さると助かります。
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