逆行したヒカルと佐為が藤崎あかりを魔改造するお話   作:そとみち

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51 倉田……お前痩せるのか……?

 

 午後の対局。

 若獅子戦の二回戦が始まった。

 

 16名による8試合。

 それぞれの院生が、午前中にプロに勝利した破竹の勢いのままに、日頃の研修の成果を存分に発揮して魂をぶつけ合う。

 しかし、その中でただ一人、背水の陣の側で対局に臨まなければならない男がいた。

 

「……ホントに今でも信じられないよ。オレしかプロが残らないなんてさ」

「ふふ、みんなで頑張りましたから」

「頑張り過ぎだぜ! ショックでオレ昼飯二回しかおかわり出来なかったもん!」

「健啖家だぁ」

 

 倉田厚四段。

 現在の若手プロの中でも、最も勢いがあると噂される麒麟児。

 そんな彼が、プロとして唯一トーナメント二回戦に進出することになり、余りの予想外の出来事に驚愕を隠し切れなかった。

 一回戦で相手になった福井少年は、院生の十五位だという。

 その順位であの強さ。震えるしかなかった。

 あと名前間違えて呼んでしまったので対局前に謝っておいた。

 

「でもさ、メシ食べないと囲碁って上手く打てないんだぜ。だってずっと考え続けるわけだろ? 思考にはカロリー使う! オレくらいの体格になると、普通の人と同じ量のメシなんかで済ませちまったら、対局後には5キロくらい痩せるんだ」

「カロリーというか、糖分を使うって話は私も知ってますよ。お昼には院生みんなでおやつも食べましたし」

「ちぇっ、しっかりしてんだなぁ。……藤崎だよな、院生二位の」

「あれ、私の事知ってるんですか?」

「こんな状況になって、対局相手の事調べないわけにはいかないだろ。キミと、一位の進藤ってヤツが院生になってから一気に全体が伸びたって話までは聞いたさ。大したモンだよ、若手が強くなるってのはいい事だ。オレも若手に該当するけど、そういう若い力で界隈を盛り上げてかなきゃな。囲碁界隈って新陳代謝が足りないからさ」

「はぁ……」

 

 新陳代謝の話をその体でされてもなぁ、とちょっとあかりが内心思っていると、倉田が対局開始を前にして、表情を真剣なものに変化させた。

 それに応じて、あかりも心を盤上に落としていく。

 宇宙を広げるために、潜っていく。

 

「……でもさ、プロの意地ってモンがオレにもあったらしくてね。絶対負けてやるもんかってなってんだ。今年の若獅子戦も、このままオレが優勝する。この先までは行かせない」

「……本気で打ってもらえるのは光栄です。でも、私もフクくんに約束したから……こてんぱんにしちゃいます!」

「ハッ、威勢がいいな! 若いな、なんてオレが言う事になるなんてね! いくぞっ!」

 

 対局が始まる。

 院生とプロが当たる場合、常に院生が黒を持つことになる。

 先手はあかり。

 何千回と打ち付けた、右上スミ小目から二人の宇宙の創造を開始した。

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

(────なるほどなっ!! 与太話も混ざってるって思いながら篠田センセイの話聞いてたけど、全部事実だって理解したよ! 否応なしにっ!!)

 

 倉田は、あかりとの対局の中で、院生にまつわる信じがたいいくつもの話が事実であったと理解した。

 進藤ヒカルと藤崎あかり。

 この二人が、院生と打つたびにレベルアップをさせる、などという与太話。

 強い相手と打てば棋力が上がる。それは事実そうだし、強くなる近道はそれしかないと言ってもいいだろう。

 だが、じゃあ自分より格上のプロと打っていれば棋力は伸び続けるのか?

 否。絶対に否だ。

 それを是としてしまったら、プロの研究会に参加している院生は全員すぐにプロ並みになるということになる、そして、そうはなっていない。

 だからこそ、篠田師範が言った、院生たちの自助努力でここまで成長したという話に、そんなわけあるか、と倉田は考えていたのだが。

 

()()()()()()()()()()()()!! はっきりワカルぜ、初っ端からバッチバチの鬩ぎ合い!! オレが得意とする流れになって、さらにその中でもハッとするような急所をいくつも見つけられている!! 相手が塔矢行洋でも桑原のじーさんでも、こんな上手く打てたら勝っちまうさ!! ()()()()()()()()()()()()()()!! 完全にオレと同じヨミの深みでノビノビと応じてくれやがるっ!!)

 

 この盤面を見れば、噂が真実だったと確信せざるを得ないだろう。

 勿論この対局には相当の気迫で臨んでいた。プロの最後の壁として、決勝まで勝ち上がり優勝する覚悟を持って、最強の相手となるだろう院生に、一切の油断なく挑戦者として立ち向かった。

 早い段階で誘うように藤崎のほうから自分の得意とする攻め碁に仕向けられ、地の損得勘定をガッツリと計算したうえで誘いに乗り、囲碁人生の中でも最高と言えるほどのキレッキレの攻めを果たせていた。

 これ以上はないというほどの急所への嗅覚、地の取り合いでの有効打。

 次の手がこれでもかと頭の中に浮かび、それに誤りがない事を十分に検討し、正着打を打ち続けているはずなのだ。

 

 それなのに、離れない。

 自分と同じ深みまで潜ってくる藤崎が、突き放せない。

 否────。

 

(捌き切られているのか、オレの手がっ!? 地を広げているが、藤崎の地が崩せない!! シーソーゲームにすらさせられてない、ごく僅かに藤崎の読みがオレよりも先にいる!? どこからそんな深い手が思いつくんだ!? 常識外れにもほどがあるっ!!)

 

 僅かに倉田の盤勢が悪い。

 いや、正確には現時点では倉田の石が生きている。コミまで入れれば半目から一目程度の有利がまだ倉田に存在している。

 だが、普段よりも加速した倉田のヨミが、盤面を見据えて先の先まで読み進めて、読み切ったところで……藤崎が今の余裕を維持し、一手たりとも甘い手を打たなかった場合、じわりと逆転されるのではないか。

 そんな気配が、倉田の()に響いたのだ。

 

 勝っている。

 今、間違いなく己の白が押している。

 それなのに、自分が最も信頼する己の『勝負勘』だけは、この先の藤崎の捲りを読み取っていた。

 

「……ん。んー……」

「…………」

 

 答えを出す最後の決め手は勝負勘。

 現状の優勢を捨てて勘に沿って更に際どい勝負手を放つか、優勢を維持したままで終局まで態勢を維持するか、判断に迫られる倉田。

 長考────その果てに、倉田はやはり、己の勘を信じることにした。

 

「ッ!!」

 

 パチッ! と甲高く倉田の白石が碁盤に打ち付けられた。

 それはこの先の逆転を見据えた、更なるか細い勝利の道を行くための挑戦の一手。

 ここから先、倉田が進むは茨の道。

 更なる難易度の、極限まで攻め続ける道を選んだ。

 

 それはプロたる倉田の覚悟。

 安易な道ではこの少女から勝利をもぎ取る事は出来ない。

 それを勘で読み取った。

 

 果たして、それは正解だった。

 

 ()()()()()

 

(────ッッッ!?!?)

 

 倉田は、ぞくりと脂肪の下の臓腑が竦む様な悪寒を感じた。

 つい、対局中だというのに盤面から一度顔を上げて、正面に座る藤崎あかりの姿を見る。

 藤崎あかりは、対局する棋士が皆そうするように、じっと盤面を見つめていた。

 次なる一手を探っていた。

 真っすぐに真剣な、口を一文字に結んだ美しい勝負師の顔だった。

 

 だが、倉田は。

 その気配を敏感に感じとった。

 

(コイツは今────愉悦(よろ)こんでなかったか!?)

 

 対局相手の歓喜を。

 

 まるで子供がおもちゃを与えられた時に浮かべる様な、心の底からの笑顔を、隣に並んで潜り続ける藤崎あかりから感じたのだ。

 唇の先が吊り上がるほどに、狂気すら感じるほどの喜色の気配が感じられた。

 

 実際にあかりは、倉田の一手に狂喜していた。

 倉田の巧手を受けて、表情には出さなくとも、身震いしそうなほどの熱が胸の内に生まれていた。

 

 やった。

 ────()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「────!!」

「……」

 

 応手があかりから放たれる。

 それは、倉田から見ても凄まじい攻めの一手。

 倉田の先ほどの切り込む手を殺すことなく、その隙をついて己もまた果てしない難易度の地の切り取りを敢行する一手。

 倉田の攻めに、護りの構えを取らなかった。

 地の奪い合いに来た。

 

 この先は、どちらが相手の地を切り取れるかで勝敗が決まる。

 無論の事、至上の難易度がお互いに課された上での限界勝負だ。

 

「……ふぅぅ……むっ……!」

「…………!」

 

 加速する。

 倉田は最早、己の勘の導くままに最善手と信じる道を突き進むしかなかった。

 あの時勘に沿って最善手と信じて打ち込んだ時点で、退却の道は消えていた。

 

 あかりも同じだった。ギリギリの限界まで、倉田の地を内側から食い破る。

 お互いの手の邪魔はしない。

 ひたすらに、暴力的なノーガードの殴り合い。

 

 これがボクシングであれば、先に沈んだほうが敗者となるが。

 囲碁の勝負においては、先に沈み続けられた者が勝者となる。

 

 倉田は終局を迎える最後の一手を放った瞬間、潜りゆく藤崎あかりの揺れる後ろ髪を目撃したように思えた。

 一歩先に、彼女がいた。

 

「…………負けましたっ! ありがとうございましたっ!!」

「ありがとうございました」

 

 一目半差。

 藤崎あかりの黒が、僅かな差で宇宙を広く創造していた。

 

 

 

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