逆行したヒカルと佐為が藤崎あかりを魔改造するお話 作:そとみち
若獅子戦初日、その対局終了後に開かれた取材会は無事終了した。
マイクを向けられて様々な質問が飛び交う場で、取材慣れしていない少年少女たちは緊張もあったが、何とか自分たちの思いを伝えきった。
記者たちにとって幸いだったのが、実力に増長してプロを貶める様な発言が院生側から全く出なかったことだ。
強くなれた実感を尊く感じつつも、対局したプロに対して失礼に当たる発言は院生からは一つもなかった。
これは篠田師範が事前にしっかりと指導していた他に、院生たちのほとんどがまだ自分たちの実力が最高位に達しておらず、成長途中であると自覚していたことが大きかった。
院生の中にとんでもない化物が二人いて、それにまったく及んでいない自分の力で、プロの厳しい世界で戦っている人たちに失礼な態度を取れるはずがない。
謙虚に、しかし若々しく成長を喜ぶ様子の話が零れれば、プロ達も記者たちも悪い気分で取材を終える様な事はなかった。
あとは世論に対してどのように記者が発信するか。
院生の大躍進を描きながらも、若手プロが強く糾弾されるような内容にするわけにはいかない。
記者としての腕が試されるのであろう。
さて、しかし今日という日はここでは終わらなかった。
ヒカルとあかりには、まだ試練が残っていたのだ。
「……進藤くん、藤崎さん。少しいいかね」
「二回戦が終わったぞ。約束の時間だな」
「げ。塔矢名人……」
「緒方プロも……」
取材が終わり、さっさと逃げ帰ろうとしていたヒカルだが、当然にして逃げられるはずもなく、その前に塔矢行洋が声をかけてきた。
その隣には緒方精次も一緒である。
緒方の目には、逃がすわけねぇだろとでも言いたげな執着の炎が宿っているようだった。
(やっぱ逃がしちゃくれないよなぁ……仕方ない。付き合うかァ)
『あかりちゃんに負担が行かないようにしましょうね。対局するようなことがあれば私に任せて下さい、ヒカル』
(分かってる、あかりには負担はかけないさ。お前にも任せることあれば頼むぜ)
内心でため息をつき、碁を打つことになれば頼れる相棒に任せることにしたヒカル。
そんな面倒くさそうな様子を見せるヒカルに、塔矢行洋は申し訳なさを覚えつつも、それでも用件を果たしたいと考えた。
「試合を終え、取材を終えて疲れているところで悪いが……君たち二人と話をしたい。もう少し時間をもらえるだろうか」
「……ま、仕方ないっすよね。あかり、大丈夫か?」
「うん、ヒカルが大丈夫なら」
「オレもへーき。あんまり面倒な話にはしないでくださいよ、塔矢名人、緒方プロ。夕飯までに帰りたいんだ」
「手短に済ませたいとは考えているよ。別室で話そう」
塔矢行洋の言葉に緒方もヒカルたちも頷き、対局会場から出て行った。
「……」
「……大丈夫かしら、進藤とあかりちゃん」
心配そうに去り行くその背を眺めていたのは、和谷と奈瀬だ。
二人はヒカルとあかりの正体も知っているからなおさらだ。
「……奈瀬、時間ある?」
「ある。……やる?」
「やる。バレないように尾行して部屋の前で盗み聞きしようぜ」
なので、二人とも純粋な心配でこっそりついていくことにした。
流石に塔矢名人と緒方プロに、二人を解放しろ、とまでは言えない。
別に今から二人が叱られると決まったわけでもない。
しかし、何のために呼ばれたかも分からない状態で、自分達より年下の二人がもしも脅迫に近いような状況で何かを強要されるようなことがあれば、黙っていないつもりだった。
院生の大切な仲間で、碁の師匠で、年下の可愛い後輩なのだ。
万が一があってはいけない。
和谷と奈瀬の二人は、他の人に気付かれないように、こっそりと四人の後を追った。
「…………」
なお、先に部屋を出て行った四人と、その後を追った二人の様子をバッチリと見ていた、
※ ※ ※
棋院会館にある、幽玄の間の隣にある控室。
そこに塔矢行洋と緒方精次、進藤ヒカルと藤崎あかりが集まっていた。
机を挟み、お互いが並んで座って対面する形だ。
「さて……まず、若獅子戦の勝利おめでとう。二人とも、本当に見事な碁だった」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます……いや、そういうのいいですよ名人。本題からどーぞ」
「こら、ヒカル!」
まずは名人の誉め言葉から始まったが、それが本題でないことくらいヒカルもあかりも理解している。
早く本題に入ってほしいヒカルが急かすように伝え、無礼な態度をあかりが叱る。
そんな二人の、年相応で仲がいい様子を見て、緒方は苦笑を零した。
「ふ……そうだな、話を進めよう。では聞きたい……君たちの碁の強さは、どこで育まれたのかね? 師匠は誰に?」
「オレとあかりは二人とも、オレのじーちゃんから囲碁を教わったんです。七歳のころだったかな」
「……祖父? その方は元プロなのか?」
「いえ、緒方プロ。ヒカルのお爺ちゃんはアマです。町内大会とかで優勝はしてますけど……」
「実力的には今の院生二組と二子置いていい勝負かな。プロには全然敵わないよ。だから囲碁のさわりだけ教えてもらった後は、オレとあかりでずっと囲碁打ち合って、二人で研鑽してた。……してました」
どうにも敬語が得意ではないヒカルは、塔矢名人と緒方プロという、本来は恐縮を覚えてしまうはずの二人の前で、ついつい実家のような安心感を覚えてしまい、口調がかつての世界の時のように雑になる。
目線だけでそれをあかりが咎めて、語尾だけちょろっと敬語になった。
しかし、そんなヒカルの言葉遣いを咎めるヒマは相対するプロの二人にはない。
塔矢行洋と緒方は、ヒカルたちの言葉の意味を咀嚼することに必死だった。
神の一手と見紛う二人の打ち筋は、二人の間だけで醸成されたものだという。
それをすんなりと信じることが難しかった。
通常、どんなに上手い若手でも、そこにはプロの指導が介在する。
プロを参考にし、それに近づこうという努力があって、初めて棋力というのは成長するものだ。
それをせずに上手くなる者はごく一握り。倉田という天才棋士がいることからも、まったくあり得ないとまでは言わない。
言わないが……年齢と、経歴と、棋力の高みが余りにも釣り合っていなかった。
「……信じ難いな」
「私もです。……だが、嘘をついている様にも見えない」
「ホントですから」
「指導してもらったプロはいないのは本当です」
ヒカルはしれっと嘘を貫き通す。嘘をつくのは幸か不幸か得意であった。前世から慣れていた。
あかりも佐為という存在をこの年齢まで全く周囲に悟らせずに隠しきる少女だ。佐為の存在だけは欠片も周囲に悟らせるつもりはなかった。ヒカルと自分だけの秘密なのだから。
そんな二人がこうして詰問されている場面を見て、佐為は己の存在が大切にされている申し訳なさと、深い感謝を覚えた。
『……ヒカル、あかりちゃん、ありがとうございます』
(いいってことよ)
この感謝を、言葉でしか伝えられぬ身が口惜しい。
やはりこの場で目の前の二人を対局でバシッとやっつけて、ヒカルとあかりの平穏を取り戻さなければ。
佐為は決意した。ぶっちゃけ今日はまだ自分で打ててないので早く打ちたかった。
「……あと二点だけ聞かせてほしい」
「はい」
「一つ。……君たちは、ネット碁で世間を騒がせている、ハイブとライトなのか?」
「saiにも心当たりがあるのか? いや、あるはずだ。saiは誰なんだ? 何故表に出てこない? 対局の仲介はできないか?」
「あー……」
「うーん……」
『やはり来ましたね、この質問が』
そして続く問いかけに、ヒカルとあかりは微妙な顔を返した。
こればっかりは、棋風を見られればこの二人なら特定は容易なのだろう。
ヒカルは今日、ヒカルとして……h-i-bとしての棋風で全力で対局した。二戦とも盤面に穴が開くほど凝視していた二人なら、棋譜を見れば分かるはず。
アキラから話が漏れてるかもとも思ったが、どうやらそうではないようだ。
あかりの棋風は、それこそ倉田との対局で感じ取れてしまったのだろう。
真剣勝負の中で対局相手の成長を促す碁など、全世界で
ヒカルとあかりは、目配せで会話する。
仕方ないよな。
仕方ないよね。
お互いの合意を得て、正体を明かすことにした。
「……答えは肯定になります。オレたちがそのネット碁を騒がせてる三棋士です」
「「────!!」」
「私がlightのアカウントで打ってます。……掲示板で変な噂になってるのはよくわからないんですけど……」
「……そうか。では、進藤くんはハイブなのだね?」
「じゃあsaiは? 知人か? それとも先程話に上がった祖父か、もしくは他の家族の誰かなのか?」
「いや、その二つのアカウントは両方オレです」
「「は?」」
自分たちの正体を説明する。
藤崎あかりはlightであり、そして進藤ヒカルの正体は。
「saiとh-i-b……あ、これはハイブって読むんじゃなくて、本因坊の略のつもりだったんだけど。で、その二つともオレが打ってる。オレ、二つの棋風を持ってるんです」
「……なんだと……そんなバカなことが……」
「……あり得ん。オレはネット碁をよくやっていて、三棋士の棋譜もかなり見ている。saiとh-i-bは明らかに別の打ち手だ。秀策の棋風に近い共通点はあるが、明確に打ち筋が異なる。saiの存在を隠したいのか? そんな話をするのは……」
「緒方さん、だいぶ化けの皮はがれて来たね? そんなにsaiと打ちたかった?」
「こら、ヒカル!」
「……オレの質問に答えてもらおう」
「ふふっ、つってもマジだからさ。オレ、saiとしても
ヒカルは肩を竦めて、一度席から立ち上がった。
どうせ、言葉の応酬だけでは、塔矢行洋と緒方に心底からの納得はされないだろう。
だったら証明してやればいい。
ヒカルはこの部屋に来てから、どうしたものかと色々考えていた。
塔矢行洋と緒方精次。
この二人の事は、前の世界で大変深い付き合いであったため、どちらの性格も把握している。
ただシンプルに、強い相手と碁が打ちたいだけなのだ。
そして、そんな相手と打つことを交換条件にすれば、大体の言う事は聞いてくれる。
不用意に話を外に漏らすこともないだろう。また打つ約束をしてやれば。
つまり。
和谷と奈瀬と同じようにしてしまえばいい。
「よっと……どうせさ、残る二つ目の聞きたい事って、オレたちと打てないかって話でしょ?」
立ち上がったヒカルがそのままそばにある碁盤を卓上に配置し、さらにもう一つ持ってきて隣に置いた。
この部屋は幽玄の間で行われるタイトル戦の検討に使われるため、いくつも碁盤が揃えられている。
そうしてヒカルが準備したのは碁盤が二つ。碁笥を二セット。
それを、塔矢行洋と緒方の前にナナメに置き、二人の対面から見た先には席が一つ。
Vの字を描くように置かれた碁盤の意味は明白だった。
「
「「────」」
塔矢行洋と緒方は、今度こそ絶句するしかなかった。