逆行したヒカルと佐為が藤崎あかりを魔改造するお話   作:そとみち

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54 saiを知る者たち

 

 塔矢行洋は、ヒカルからの対局の誘いに、僅かばかり思考の海に沈んだ。

 

 確かに、ヒカルに聞こうとしていた質問の二つ目は、どこかで君たちと打つ機会を得られないかという打診であった。

 本音を言えば今すぐにでも持ち時間を三時間で互先で打ち交わしたい。

 しかし今日は、進藤ヒカルも藤崎あかりも、二人とも渾身の試合を終えたあとだ。

 時間もそうあるわけではない。

 それでもと逸る緒方を大人の態度で諫めた塔矢行洋が、機会をまた設ければいいと説得し、自分の研究会に二人を呼ぶ形で対局しようと考えていたのだ。

 

 だが。

 目の前に()()()()()()が並んでいて、我慢できるほどこの二人は大人になれていなかった。

 

「進藤くん」

「はい?」

「アキラと打ったときは、どちらの棋風で打ったのかね?」

「ああ、塔矢とはsaiのほうでやりました」

「そうか────ならば、私にもsaiの棋風で打ちたまえ」

「なっ、名人!? あっ、いえ……くっ……!」

「あははっ! 残念だったね緒方さん、早い者勝ち。オレの中のsaiも、名人と打ちたがってるからさ。h-i-b(オレ)で我慢してよ」

「……フン! 構わん、お前が本当に二通りの棋風を持っているか確かめてやる! ルールは!」

「当然、互先で。でも帰りあんまり遅くしたくないから十秒碁でどう? 電車混んじゃうしさ」

「ふざけるな、せめて持ち時間三十分にしろ! 帰りはオレが車で送ってやる!!」

「仕方ないなァ緒方さんは。それじゃあ三十分で。……帰りの電車代が浮いたな、あかり」

「えっ、あ、うん……ヒカル、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫」

 

 緒方が言葉を発する前に、自らsaiとの対局を希望する行洋。

 かつて棋譜研究で緒方が持ってきたネット碁のsaiと一柳棋聖との対局を覚えており、saiの棋力を認めていたのだ。

 そして、愛息子がやられたのもsaiと聞けば、行洋としては打って確かめる以外の選択肢はなかった。二つの棋風を持っているかどうか疑うことすら忘れた。

 

 緒方は機先を制されて、やむなく……とはいえ、それでも嫁を質に入れてでも打ちたい三棋士のうちの一人、ハイブと打てるとなれば、反対はなかった。

 この態度がなってないガキの発言が真実なら、今からとうとう、ようやく、待ち焦がれたネット碁の三棋士と打てるのだ。

 言葉が荒れていくのとは裏腹に、その表情は隠し切れないニヤリとした笑みが見えていた。

 テンションが爆上がりしていた。

 

 そして、ヒカルは対局に条件を付けた。

 互先は当然として、今から持ち時間三時間など出来るはずもないので、三十分と時間を区切ること。

 あえて早碁を最初に持ち掛けることで、次善の策で短時間を持ちかけて来た緒方にしめしめとヒカルは内心で思っていた。

 帰りの脚まで確保できた。ここまでは完璧だ。

 そして、さらに条件を付け足す。

 

「さて……最後にもう一つだけ条件つけていいですか」

「何だと? お前、九段と名人相手に……」

「緒方くん」

「う」

「まずは話を聞こう。……どんな条件だね」

「助かります。……オレたちの正体を無闇に広めてほしくないんです。院生にも一部を除いてほぼバレてないし、これが(おおやけ)になったらオレたちがプロになるまで落ち着けなくなります。特にあかりはそういう騒動に今の時点で巻き込みたくない。騒動になって、オレとあかりの打つ時間が削れて、オレらと対局できなくなったらイヤでしょ? プロになったらいずれはバレるかもしれないけどさ、その時はタイトル戦で打てばいいわけだし」

「なるほど……道理だな。承知した、それは勝敗の如何にかかわらず約束させてもらう。君たちのネット上での正体は秘匿する。協力もしよう……そうだな、緒方くん」

「……ええ、そこはオレも呑みます。三棋士の正体がこんな子どもで、しかも一人が二つのアカウントで打っていたなどと世間に知られれば更なる混乱は間違いない。今日だけでも大事件が起きているというのに、これ以上面倒が起きたらたまらん」

 

 提示する条件は、自分たちの正体の隠蔽。

 これは二人なら呑んでくれると思っていた。期待通りの答えが返ってきて内心で安堵するヒカル。

 正体がバレて騒がしくなったら自分たちと打つ機会が減る、それは惜しい。そう思ってくれたらラッキーだった。

 緒方も名人の言葉なら無視できない。ヒカルの完璧な盤面のヨミであった。

 

「ありがとうございます。よし、それじゃ三十分持ち時間で。あかり、対局時計を二つ、幽玄の間の前にある棚から取ってきてくれ」

「あ、うん。それと一緒に飲み物も買って来るね! 塔矢名人と緒方プロはなに飲まれます?」

「ハハ、流石に大の大人が女の子に飲み物を買わせるわけにはいかないよ」

「いえ、ヒカルとの対局できっと物凄く集中して喉が渇くと思うので、遠慮なさらず!」

「…………ふ。ならば私は冷たいお茶を。緒方くん」

「ええ…………藤崎、コレで緑茶のペットボトル三人分だ。ただし対局時計を持ってきてからでいい。すぐにでも打ちたい」

「はい! 千円お預かりします!」

 

 話もまとまれば、あとは盤面で語り合うのみ。

 ヒカルが指示を出し、対局時計を持ってくるように依頼されたあかりは、絶対に喉も渇くなと気を利かせて、飲み物も一緒に買ってこようとした。

 その際に無意識で少々挑発的な言葉をかけてしまったが、ひとまず緒方から千円札を受け取って、対局の準備と買い出しに向かう。

 まずは対局時計持ってこないと、とあかりがドアノブに手をかけ、引き開けた。

 すると。

 

「んげっ!?」

「わっ!? 和谷アンタ何してんのバカ!」

「っとと……!」

「ひゃわっ!?」

 

 扉の向こう、至近距離でドアに耳を当てた姿勢で崩れ込む和谷と、その後ろで驚く奈瀬と、さらにその傍で慌てる塔矢アキラが雪崩れ込んできたのだ。

 これにはあかりも驚いた。思わず声をかけてしまう。

 

「え、三人とも? どうしてここに?」

「あ……わ、悪りぃ! 進藤と藤崎が心配で、こっそりついてっちまってて……!」

「ごめーん! あかりちゃんが心配だったのー!」

「あ? お前ら……三人とも話聞いてたのか。ちゃっかりしてんなァ」

「……アキラ?」

「す、すみません父さん! その、ボクも進藤くん達の事がどうしても気になって……!!」

 

 唐突な闖入者に、ヒカルも行洋たちも驚いてそちらに目を向けた。

 和谷と奈瀬、そしてアキラ。

 この三人が盗み聞きしていたことをヒカルは理解して……この三人ならまぁいいか、とすぐに考えを改めた。

 

「あ、名人。そこの二人、和谷と奈瀬はオレとあかりの正体知ってて秘密にしてくれてる唯一の院生で、大切な友達なんです。多分オレらの事心配してくれてのアレだと思うんで……大目に見てやってください」

「ふむ、そうだったか。……アキラ、お前は進藤くん達の正体に気付いていたな?」

「は、はい。直接二人と打った時に察していました。事を大きくしたくないと思い、誰にも言っていませんでした。でも父さんが進藤くん達を連れて行ったので気になってしまって……」

「そうだろうな。……ふぅ。三人とも入ってきなさい。今この場にいる全員で、進藤くん達の秘密を守ろう。それでどうだろうか、進藤くん」

「っ、ええ! オレもそうお願いしようとしてたんです! 助かります!」

「まったく、想像以上にお前たちに入れ込んでいたなオレは。子供の尾行にも気づけんとは……もういいだろう進藤、とっととオレたちと打つぞ! これ以上焦らされてたまるか!」

「そっすね! 始めましょ! あかり、対局時計!」

「うん! すぐ持って来るー!」

「す、すんません! お茶はオレが買ってきますんで!! 観戦させてもらいます!」

「勉強させてもらいますっ!」

「進藤くんと父さんと緒方さんの対局……!! この目で見れるなんて!」

 

 自然と話はまとまり、この場にいるネット碁三棋士を知る者たちで秘密を共有することとした。

 その対価は、ヒカルと佐為の本気の碁。

 時間は三十分と区切られていても、相手が塔矢行洋と緒方精次だ。

 今日、あかりと倉田が打った見事な対局に劣らぬ、神の一手に極限まで近づく様な勝負が見られるであろう。

 和谷と奈瀬、アキラとあかりはそれを特等席で見学することになった。

 

 対局時計が準備された。

 持ち時間三十分。

 一本勝負。

 

 

 

「よろしくお願いします」

 

「宜しくお願いします」

 

 

『よろしくお願いします』

 

「宜しくお願いします」

 

 

 

 

 神々の遊戯が始まった。

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

 結果を記そう。

 

 結果は、ヒカルと佐為が勝利した。

 限られた時間の中で極限の碁を打ち果たした塔矢行洋と緒方に、ヒカルと佐為は僅差で勝利した。

 確かにふたつの棋風がヒカルの手から放たれていた事を証明した。

 

 無論のこと、楽勝などという表現は該当しない。

 辛勝。

 そう表現しても良いほどの名勝負。

 狂おしいほどにお互いの棋力をぶつけ合い、三人は……いや、四人は存分に語り尽くした。

 対局の中で懐かしさを覚えながら、ヒカルと佐為は相対する二人に更なる高みを見せつけた。

 ヒカルがこの世界に逆行してから、あかりと共に三人で積み上げて来た神の一手に迫る高みを味わわせた。

 

「────明日は院生研修か、遅くまで付き合わせて悪かったな」

「ん、なんすか緒方さん。今更気遣って……あっ、まさか院生研修に突撃してくるなんて言わないよね?」

「言うか! お前はもうちょっと目上への態度を改めろ! 藤崎もよく教えておけ、囲碁界のプロになれば礼儀は避けては通れぬ部分だ」

「すみません、これでもだいぶマシにはなったんですけど……」

「なんかなー、緒方さんって身近に感じちゃうんだよね。囲碁が絡むとしつこい所とかが特にさ」

「言いたい放題だなクソガキ……」

 

 帰り道、緒方の運転するRX-7(FD)に乗せてもらって帰路についているヒカルたちが、緒方と雑談を交わしていた。

 全力で打ち合って、お互いに囲碁で濃密な会話を果たし終えてから、ヒカルの中では緒方に感じていた距離感がだいぶ縮まっていた。

 緒方のほうも、今日大会で見せたあかりの棋力、実際に相まみえたヒカルの棋力を認め、肩ひじを張らずに接するようになっていた。

 

(緒方さんって、クッソめんどくさいし女性の扱いヒデぇし蛇みたいにしつこいし頭に来るほど強いんだけど、囲碁には真剣だし前の世界じゃだいぶ世話になった相手だし、好きか嫌いかで言ったら嫌いじゃねぇんだよな。今回は腕前でも勝ってるから、だいぶ気楽に付き合えるわ)

『以前の私は、緒方が泥酔した状態を見たのが最後でしたね。でも酔った状態でもヒカルの事をないがしろにはしていませんでしたし、この人も意外と年下の面倒見がいいですよね』

(腕を認めてる相手にはちゃんと世話焼くんだよな。これからも色々面倒見てもらおーぜ)

『調子がいいですね、ヒカルは』

 

 ヒカルは、緒方の事を嫌いじゃないのだ。

 塔矢アキラにそう感じるように、緒方の事もヒカルは嫌いになれない。

 囲碁に真剣に向き合える人の事が、どうしても好きになってしまうから。

 

「……二人とも、若獅子戦の賞金で携帯電話を買っておけ」

「えっ?」

「今年プロになるお前らなら、今後は家の電話ではなく直接の連絡が取れるようにしておいた方が便利だ。中学生なら珍しくもないだろう……携帯を買ったらまずオレにアドレスを教えろ」

「そうやってすぐに次の対局の予約取ろうとするんだから。調子がいいぜ緒方さん」

『さっきそれ私が言ったばっかり!』

「純粋な善意だ! プロの世界はクソ面倒なしがらみやら礼儀やらが存在するからな、そこはお前らにはまだ分からんだろう。しっかりそこも教えてやる」

「オレらは腕で黙らせるもーん」

「ヒカル! もぅ……ごめんなさい緒方プロ、ヒカルって甘えられる相手だって分かるとすぐこうなんです」

「オレに懐くな進藤! 張り合いがないだろうが!」

 

 激動の一日を終えて気が緩んだヒカルは、その後も調子良く緒方を弄り続けて、家に着くまでの時間を存分に楽しんだ。

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