逆行したヒカルと佐為が藤崎あかりを魔改造するお話   作:そとみち

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邪 神 モ ッ コ ス



56 海賊版のフィギュアが盛んだった時代です

 

 若獅子戦の二日目が開催される土曜日。

 午前中で二回戦を勝ち上がった八名が戦い、午後には勝ち上がった四名で準決勝。

 翌週の最終日で三位決定戦と決勝戦が行われるという日程となる。

 

「オレたちは勝ち上がったら当たるのは決勝になるなー」

「そうだね。私は三回戦で明日美さんかぁ……ネット碁でいつも打ってる分、こっちの打ち方も研究されてるからなぁ。油断できないね」

「マジでそれな。オレも四回戦で伊角さんか和谷のどっちかと当たるけど、勢いに乗られるとしんどいから気ィつけないと」

『院生の皆も実に鋭い手を放つようになりました。先日の一回戦で自信と経験を積んでいますから、どんな妙手が出てくるか。僅かな緩みも許されませんね』

 

 ヒカルとあかりは、日本棋院会館に向かいながら今日の対局相手について話していた。

 今日行われる二回の試合で、注目となるのは三回戦のあかり×奈瀬、伊角×和谷だろう。

 伊角たちの勝利した方が四回戦でヒカルと当たる事になる。

 院生順位で、ヒカルとあかりを除いた上位三名。それぞれが油断ならない相手だ。

 囲碁では、一つの緩みで一気に形勢が逆転することも珍しくない。

 三人の誰もが必死になって自分たちに向かってくるであろう、苦戦の予感をヒカルもあかりも察していた。

 だからこそ、慢心なく、全力で相対することを誓っていた。

 

 

 さて、そんな二人も電車を乗り継ぎ、もうすぐ棋院につこうかという頃。

 そこでまたしても見知った相手と遭遇した。

 

「あ、伊角さん! おはようございますっ!」

「ん、バカップルか。おはよ」

「オハヨー。その呼び方誰発祥?」

「和谷だな」

「あんにゃろ……」

 

 伊角だ。今日の三回戦では和谷と戦い、勝ち上がればヒカルと四回戦で当たる院生。

 挨拶を交わし、並んで棋院に向かう。

 たとえ院生仲間で普段から親密に付き合う仲だとしても、これから真剣勝負を果たしあう相手でもある。口数は普段よりも少なくなるかと思われたが、ここで伊角から、実に意外な話題発案があった。

 

「……なぁ進藤、藤崎」

「うん? なに、伊角さん?」

「今から盤外戦を仕掛けていいか?」

「はぁ?」

「えぇ?」

 

 歩きながら、唐突に伊角から盤外戦を仕掛けます、と宣言されてヒカルはぽかんと口を開けてしまった。

 隣のあかりもぽかんとしている。

 伊角だけは真剣な表情だった。

 

(どしたの伊角さん!? そんな事仕掛ける性格じゃなかったよね!? 中国でなにかあったの!?)

『盤外戦とは……何をしてくるのでしょうか? ヒカルを動揺させるような?』

 

 ヒカルは伊角が何をしてくるのかと不安を覚える。

 囲碁における盤外戦。動揺させたり、精神的に不安にさせたりして、相手の緩手を導くというものだ。

 かつての世界で本因坊タイトルを桑原のじーさんから取りに行くときに、随分と苦しめられた過去をヒカルは思いだす。

 あの時は、最早桑原との戦いではなく己との戦いだった。なりふり構わぬ本因坊タイトルへの桑原の執念に敬意さえ覚えたほどだ。

 そんなヒカルが、伊角から試合前にわざわざ盤外戦していい? と言われれば動揺もしよう。

 伊角は、そんな驚いた様子のヒカルとあかりを見て、申し訳なさそうに苦笑を零した。

 

「いや、ごめん。別に悪意があるってんじゃないんだ。ちょうど二人に聞きたいことがあったのを思い出して……ただ、それを聞くと二人が動揺するかもしれなかったから、あえて事前に宣言してみたんだが」

「なんだそりゃ! 不器用だぜ伊角さん! そう言われた時点で動揺するよ多少なりとも!」

「そうですよー。それに伊角さん、そういうあくどい作戦キライでしょ? それなのにそんなこと言い出すから何事かと思っちゃった!」

「ははは、ゴメンな。まぁ雑談の一つとして聞いてくれよ」

 

 伊角としても、二人を盤外戦で動揺させたうえでの勝利を求めているわけでは無い。

 ただ、二人とたまたま会ったことで、他の誰もいないこの場なら聞けるかな、と思い話題に出そうとした内容が、二人を動揺させる部分があるかもしれないと先に考え、先に許可を得ようとしたという事で。

 なんだそりゃ、とヒカルとあかりの二人は顔を身わせて肩を竦めて、しかし伊角の口から続けて放たれた言葉には、少々肝が冷えた。

 

「……中国棋院でネット碁の噂が流行ってたんだ。知らない人がいないってレベルでさ」

「「……っ!?」」

 

 ネット碁。

 その話は、どうしてもヒカルとあかりを身構えさせてしまう話題だ。

 息を呑む二人に、そんな様子を見た伊角が苦笑を零す。

 

「その反応、やっぱり、ってところだな。……中国にいた時、楊海(ヤンハイ)さんって人が部屋を貸してくれてたって話をしたよな。その人がコンピュータに詳しくて、ネット碁を嗜むんだ。そこですぐに話題に出てさ……強い碁を打てる日本人には必ず聞いてるらしくて」

(楊海さん……あっ! そっか、中国棋院のパソコン詳しい人だ! 北斗杯で会ってたな! うわ、久しぶりに名前聞いたから覚えてなかった!)

『ヒカルが前の世界で出会っていた人ですか?』 

「オレも和谷に聞いてsaiやハイブ、ネットアイドル囲碁天使ライトちゃんの噂は」

「んふっ……!」

「……笑うなよ藤崎。中国じゃあオタクカルチャーとして大ウケだったぞ。フィギュアなんかも作られててさ。……で、まぁその三棋士の名前だけはオレも知ってたんだけど、棋譜って一度も見たことなかった。で、楊海(ヤンハイ)さんに見せてもらった時にピンときた。進藤が使う二つの打ち筋がsaiとハイブだってな」

「まぁ……分かるよね、伊角さんなら」

「ああ。そうなれば、棋風に共通点の多いライトが藤崎だっていう所まで推理できる。勿論、態度には出さなかったし正体を察したことも言わなかったけどな。オレなりにバレないようにはしたつもりだ」

「そんなことがあったんだ……有難う伊角さん、黙ってくれてて」

「いいよ藤崎。下手にオレが知り合いだってバレたら中国棋院全員で日本に飛んできそうなくらいの話題沸騰っぷりだったから、迂闊なコト言えなかったってのもある。そこを一応確認したくて、三人きりの今に話題に出させてもらった」

 

 伊角が周囲を確認し、話を聞いてるものがいないか注意しながら述べた内容はそのようなものだった。

 中国棋院で楊海(ヤンハイ)と共に生活していた伊角は、当然にして純度の高いネット碁三棋士の話を聞くことになった。

 約二年半前に出現した神々の棋士。楊海(ヤンハイ)が噂を聞き、棋譜を印刷して棋院で共有しまくっていたことで全員がその存在を知り、強さへの敬意と挑戦したい意欲を抱えていた。

 伊角は棋譜を見てすぐにその正体を察したが、同時に和谷と奈瀬がいの一番にヒカル達と懇意になった経過も察して、その後和谷達が話題にしていないという事は、と推理を伸ばし、迂闊に正体を述べなかったのだ。

 そのことに深く感謝を覚えるヒカル。

 

「ありがとう、伊角さん。オレたちもまさか中国でそんな話題になってるなんて知らなかったし……一応今の所は正体隠してるしさ。助かったよ」

「お礼を言われるほどでもないよ。オレはこうも言ってるんだぜ? 中国で二人の棋譜は死ぬほど読み込んだぜ、ってさ。こないだ院生研修で進藤と打った時に、終局まで粘れたのもそのおかげなんだ。オレたちに教えてくれた新定石なんかは中国でいくつか分析されて使ってる人もいたしな、二人の影響は世界レベルだよ」

「そうなんだ……すごいなぁ、中国の人たちって熱心なんだね」

「囲碁への情熱は今の日本棋院の院生と比較してもタメ張るくらいだと思う。……ちなみに、和谷と奈瀬は二人の秘密を知ってるんだよな? 和谷なんかライトちゃん推しだったし」

「ああ、院に入ってすぐに知ってる二人には事情を話して、秘密にしてもらってた。他には先週の一回戦で塔矢名人と緒方プロと、塔矢アキラにはバレたけど……みんな言わないでいてくれてる。今ん所オレたちの正体に気付いてるのはそのくらい」

「そっか。オレも積極的に言うつもりはないし、その確認がしたかっただけなんだ。悪かったな、試合前に変な話して。でもスッキリしたよ」

「ううん、全然! 秘密にしてくれてありがとね、伊角さん!」

「助かります!」

「はは、それじゃあそのお礼は進藤に今日の盤面で果たしてもらおうかな」

「ええ!? 流石にそれとこれとは話が別だぜ!?」

「違うよ、マジで打てって話さ。手を抜いたらそれこそ許すもんか。楊海(ヤンハイ)さんにすぐに電話するぞ」

「なんだよ、それこそ心配無用だって! オレが大会で手を抜くように見える?」

「見えない」

「だろー? 伊角さんもオレとやる前に三回戦が和谷だぜ? 気が抜けない相手じゃん」

「勿論。和谷にはある意味で進藤よりも勝ちたいよ。ライバルだと思ってるからな」

「伊角さん、お顔がやる気まんまんだぁ」

 

 ヒカルとあかりで伊角の対応に礼を言い、伊角も気にしないでと伝え、改めて今日の試合への意気込みを語り合い、話は終わった。

 よき友を持てていることに内心で更なる感謝を覚えるヒカル。

 自分とあかりのことを想ってくれているかけがえのない友たちに、ますます神の一手へ近づく様な、濃厚な囲碁の楽しさを味わってもらいたいと願う。

 恩返しは、向かい合う盤面でしか果たせない。

 至上の対局を。

 

 ヒカルとあかりは、伊角の話を受けて、さらに対局への熱意を増して、共に棋院会館に入って行った。

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