逆行したヒカルと佐為が藤崎あかりを魔改造するお話   作:そとみち

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57 男の人は男の人同士で、女の子は女の子同士で脳焼きすべきだと思うの

 

【side 奈瀬】

 

 若獅子戦三回戦。

 奈瀬明日美と藤崎あかりの対局。

 

「……っ……!」

「……」

 

 奈瀬は必死の形相で盤面を睨んでいた。

 対局相手の藤崎あかり。

 彼女の正体を聞いてから、ネット碁で別アカウントを使い、プライベートマッチで何度も打ち合うようになった仲だ。

 年の近い、院生では珍しい女の子同士。気の合う可愛い後輩にして、光を与えてくれた囲碁の師匠。

 そんな親友にして深い恩がある相手との、公式戦での対局。

 ここで迂闊な碁を見せられるはずもない。

 日頃の指導碁でも一度も勝利を拾えていないから、今日も難しい……なんて諦める気持ちは一切ない奈瀬は、何とかあかりから勝利をもぎ取ろうと必死になって打っていた。

 師匠越えを果たすのは弟子の役目。

 棋力の底は未だあかりに達しなくとも、一矢でも報いるために、必死に己の活路を見い出していた。

 

(ここに攻め込めば上手くノバせそう、って場所はいくつもあるけど……それで自分の棋力が伸びるだけで満足しちゃダメ! あかりちゃんが打つだろう手まで読み切って、自分の有利が揺るがない筋を辿らないと……!! あかりちゃんが私と打つときに、どこに打つかはある程度想像できる! あんなに予想碁したんだから!!)

 

 自分の筋を追うために、あかりの手筋を創造する。

 碁会所の勉強会で予想碁を何度もやって来た奈瀬は、相手の手を予想する想像力もかなり培われていた。

 あらゆる可能性を、相手の棋風から予測する。その上で、己が勝ち筋へ至る活路を見つける。

 これをすべての対局で心がけることで、手筋の想像力が膨らみ、検討にも熱が入って棋力が伸びることを奈瀬は体験し、自覚していた。

 故に考える。このあかりの盤面から、自分が活路へ導いた時に、逆転されないような箇所を見つける。

 必死に、真摯に、欠片も諦めることなく、一般的なプロが消費するそれと比較して何倍ものエネルギーを思考に使い……長考の末、奈瀬はとうとう選択した。

 

「……!」

「……」

 

 自分の手を活かす最難関のルート。

 その上であかりの応手も難易度が上がり、しかしあかりはそれを間違えないだろう。

 奈瀬が一つのミスでもすればあかりがそれを咎め、勝負が決まってしまうようなか細いタイトロープ。

 しかし、奈瀬は自分がそこを渡り、渡り切れば……それでも、あかりが半目から一目半差で有利である所までは想像した。

 だから、渡り切る直前にあかりの地に切り込む。

 お互いの地を整理しあうのが主目的のヨセで攻め込むという狂気。

 それを為して、僅かな間の荒らしの中で半目差をひっくり返せれば、と考えていた。

 

(最後に僅かに荒らすような筋を入れてマギれさせる! 明らかな正着ではなく、明らかな悪手でもなく、お互いの発想を試すような位置……それは決めてる! ギャンブルでもあるけど、今まであかりちゃんとの対局で試したことのないこれなら多少はマギレるんじゃないの!?)

 

 これが賭けであることは理解している。

 だが、一つや二つの賭けをしないとあかりには勝てない。

 真っすぐ打てば、真っすぐノビノビと手を広げられて、そのまま僅かな差で負けるのだ。

 凌ぎ合いに強すぎるのがあかりの碁の特色の一つ。

 ならば、その凌ぎ合いの難易度を上げてルートを固定したうえで、最後にルートを叩き壊す。

 

 さあ、勝負よあかりちゃん────と、タイトロープを渡りにかかる奈瀬。

 あかりも奈瀬のその手を受けてからは、素直に応手を返していた。

 ロープを過度に揺らすこともなく、見えている綺麗な終着点に向かい、むしろ奈瀬を導くようにさらに終盤の難易度を上げていく石の並びを作る。

 

(誘われてる感じしかしないわ……素直にこれに応じて一刀両断されることもあるし、最後の最後でヨミで上回られることもあるし。でも、今度は私が最後に一矢報いる! 行くわよ、あかりちゃん!)

 

 そしてとうとう、ヨセに至り奈瀬の乾坤一擲が解き放たれる時が来た。

 僅かな差を争うヨセ。お互いにミスらなければ恐らくその差は一目半差程度になる現状。

 ここで、奈瀬が巨石を投入し、深海まで潜るあかりまで衝撃を響かせる。

 

(────っ、ここっ!!)

 

 奈瀬の決意の一手が打たれて、

 

「……ッ!?」

 

 あかりの応手が間髪入れずに返された。

 

 

 奈瀬は、あかりが打ちつけた石の意味を僅かに遅れて理解する。

 その位置は事前に一度考えていたあかりが応手する候補の一角であった。

 少し前の自分が予想していたその一打は、むしろ巻き返せるであろう応手、あかりにとっては悪手になるだろう場所だった。

 それなのに、あかりは即答でそこに打ち返してきたのだ。

 

 つまり、この先に活路がある。

 そこまで考えた奈瀬は、改めてあかりの一手の意味を考えて…………答えに至った。

 あかりが考えていた活路に至れてしまった。

 相手の手の先を読むという部分で、さらに奈瀬は成長を果たした。

 

「……」

「……」

 

 お互いにあと十数手も打てば終局する。

 ここで投了をしてもいいだろう。奈瀬の中では勝敗は確定した。

 やはりまだ、あかりの深みには追いつけない。

 お互いの考える、二目半差の勝敗は見えていた。

 

 ただ、この時点で投了するとお互いの最後の一手ずつ、これの意図が全く周りには分からなくなるわよね。

 そんな思考の余裕が、ここで投了しないための言い訳が奈瀬に生まれてしまうほど、既に盤面で考えられる全ての一手を奈瀬は読み込み終えてしまっていた。

 

 いい勝負だったと感じる。

 決意の一手に即答されたのは悔しいけど、その一手を打ったことは後悔しない。

 だから、最近は自分もそう思えるようになってきた、最終盤面の美しさまで見届けるために。

 

 奈瀬は、投了の言葉の代わりに、自分が今できる最善の一手を盤面に打ち込んだ。

 

「ありがとうございました!」

「ありがとうございました」

 

 終局まで打ち切って、きっちり二目半差。

 院生の撫子勝負は、藤崎あかりが勝利した。

 

 

「……悔しいっ! 最後の一手はキメられたって自分では思ってたのに! まさか手拍子で返されるなんてぇ……」

「明日美さんの最後の切込み、すっごくよかったよ。私も()()()なかったら厳しかったかも」

「え?」

 

 終局後の検討に入る。

 やはり注目は奈瀬のヨセに入ってからの決死の攻めと、それに即答したあかりのシノギだろう。

 手拍子で返したあかりに奈瀬がその理由を聞けば、耳を疑うような話が零れてきた。

 

「うん。いつも学校の囲碁部で打ってる先輩に、()()()()()()()()()()()()()()()()()人がいるから。その人と打ってたから、明日美さんのやりたい事もなんとなく分かっちゃって」

「それどんなバケモノ?」

 

 奈瀬がやろうとした破れかぶれの奇策を常態化している化物が存在していると言われて、奈瀬はもう呆れるしかなかった。

 

 

※    ※    ※

 

 

【side 和谷】

 

 

(────おっもしれぇ!! 伊角さんノリにノッてんなぁ! 構う事はねぇ、こっちもバッチバチだぜっ!!)

 

 楽しくて仕方がなかった。

 伊角との三回戦、ひたすらにお互いの意地を叩きつける様な苛烈な鬩ぎ合いが起きている盤面に、和谷は高揚感から来る口元の緩みを隠すことに配慮しなければならなかった。

 先に笑った方が負けなのだ。

 しかし、この対局は余りにも、自分の力を迸るように発揮できてしまっている実感が伴いすぎた。

 

(中国から帰って来た伊角さんとガチで打つのはこれが初めてだけどさ! マジで強くなって帰ってきたなぁ! 中国行く前は互角か、ちょっとだけオレが一歩先かな、なんて感じてたけど……とんでもねぇ、やっぱ伊角さんはこうじゃなくっちゃあな!!)

 

 和谷にとって、伊角とは特別な関係であった。

 お互いに院生歴が長い。当然付き合いも長くなり、一番付き合いの深い相手と言っていいだろう。

 親友であり、義兄弟のような信頼があり、永遠のライバルとして筆頭に挙げられる、目標として挑み続けた一人でもあった。

 ヒカルとあかりという劇薬が院生に入会してくるまでは、ずっと院生内の一位をキープし続けていた男。

 そんな彼の、メンタルの脆さという弱点が中国帰りで漱がれて、冷静さを維持しながらも沸点を超えたような熱を感じさせる攻めの碁に、和谷は全力で応じていた。

 

(藤崎じゃねぇけど、こっちの手までノッてくるぜ! こっちは活路が死んでる、こっちはカカリ返して来たらオレは低くハサんで──広がった局面──ハサんできた──シボッても攻め合ってオレの一手負け──スベリ──いやそこも伊角さんなら的確に読んでくる──こっちだ!)

 

 思考が加速するような読み合い。

 プロの高段者が長考を経て達するような正着打に、和谷も伊角も、早碁と見違わんばかりの即答で応じ続ける。

 一瞬で的確に読んでくる、とお互いに感じていた。

 ヒカルとあかりの訓練に高い密度で臨んでいた和谷。

 それにプラスして、中国棋院での挑戦という大きな財産を力に変えた伊角。

 互角であった。完全にお互いのヨミと棋力が奇跡的なバランスで並び合っていた。

 

 だからこそ、この高みへの昇りあいは、お互いに負けてなるかと、競い合うように限界を超え合ってさらに光り輝く様な一手が頻発していた。

 

(……ここはどうだ!! 伊角さんッ!!)

 

 気付けば……本当に、気付けば、という表現しかないほどに、いつの間にか終盤に至っていた。

 ここまでも完全に互角。

 藤崎の指導碁を受けた時……いや、それ以上にさえ思われる己の棋力の限界値の更新を果たしながら、和谷がこの試合の急所となる一手を打った。

 

 読み切った。

 和谷が持った白石が、伊角の黒石の連絡を果たさなければ死へと至る急所へと切り込んだ。

 ここまでに無数に打ちつけたお互いの石は、最終のこの一手に結ばれた。

 

 これで黒石が死ねば和谷の勝ち。

 ここから黒石を活かせれば伊角の勝ち。

 

(……、────……、…………ッ、…………ない! 黒の生きる道はない! 勝った!!)

 

 和谷は、文字通り全ての伊角の黒が生きる道を探り切って、全ての手に己の応手が及ぶことまで察し終えて、勝利を確信した。

 あとは焦ってミスらなければ勝てる。絶対に勝てる。

 予想外な一手などというものは無い。絶対に黒のこの石一つ、活きる道はない。

 

 ここに来て、遺された時間をすべて使うかのような伊角の長考が果たされる。

 和谷はその時間にも何度も何度も振り返り、伊角の黒の生きる道はない事を再確認した。

 やはりムリだ。このまま押し切れる。黒石を殺して勝てるはず────

 

「…………ッ!!」

「……!?」

 

 伊角が、黒石を打ち付けた。

 その一手は、和谷のヨミの外の一手。

 

(な……んだと!? 伊角さん、嘘だろ……マジか!? 自分の黒石の生きる道を探ったんじゃなくて、()()()()()()()()()()()()────!?)

 

 黒が生き残るための一手ではない。

 白をここから食い破るための一手。

 そんな可能性はない……可能性はないはずだったのだ。だから黒を殺す手を考え、埋め尽くし、勝利の一手を打ったはずなのに。

 和谷は、伊角の打った一手の意味を深く深く考えて、そして。

 

 最後まで攻め込んだ者が、伊角であったことを理解した。

 

(────……殺される。死んだ……伊角さんの黒を取る事に夢中で、オレの白が死ぬ道をヨミ切れてなかった。…………流石だぜ、伊角さん)

 

「……負けました」

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 

 伊角の勝利。

 和谷は、お互いの色の殺陣の末、一目半の差で敗北した。

 

「……クッソォ!! 悔しいっ!! ココのコレだよ! ここさ、伊角さんマジで神の一手だぜこんなもん! オレ絶対伊角さんの黒殺し切れるって勝ちを確信してたもん!」

「ああ、この対局のターニングはそこだよな。オレも実を言うと、応手が閃くまで自分の黒が生き残る道をずっと考えてて、見つからなくてさ……でも」

「でも?」

 

 全身全霊の対局を終えて、大きく大きく息をついて、勝負を終えれば即座に検討に至るのが今の院生の習性(サガ)である。

 先程の勝敗を決定づけた一手を和谷が示し、伊角がそれに至れた理由を説明する。

 

「進藤なら、どう打つかって考えてな。藤崎ならもしかすると黒を生き返らせる道でさらに難易度高い道を見つけたかもしれないけど、進藤ならズバッと切り返す一手を打ちそうだろ。そう考えて、中国で見た棋譜とかも思い出して、想像したら……光の道が一本だけ、盤面に立ってたよ」

「なるほどなぁ……かーっ! 確かにそうだわ、進藤ならこんな手打ってきそうだ。マジで進藤並みだったぜ、今日の伊角さんは」

「ありがとう。でも和谷も道中相当ヤバかったぞ?」

「めっちゃ上手く打てたもん! ちぇっ、二年連続準決勝進出はダメだったかぁ……仕方ねぇや! いい試合だった!! ……ちなみに伊角さん」

「ん。なんだ」

「中国で見た棋譜って件、詳しく聞いてもいい?」

「ああ……そうだな。ちょっと人のいない所行くか。そこで詳しく検討しよう」

 

 進藤が打つならば。伊角はそう考えて答えに至った。

 その答えに和谷も納得するしかない。確かに伊角のあの一手は、進藤の高みに肩を並べていると思わざるを得ないほどに、神の領域に近い一手だと思ったからだ。

 伊角からそれを引き出した事への満足と、投了による終局とはいえ随分と灼熱を感じる盤面への満足を抱えて、伊角が零した中国の事情を詳しく聞くために、二人は盤面を整理して控室へ移動していった。





対局シーンは基本的に勢いで書き連ねてますが、たまに原作っぽい言い回ししてる所は大体原作にモチーフがあります。
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