逆行したヒカルと佐為が藤崎あかりを魔改造するお話 作:そとみち
若獅子戦、三日目。
三位決定戦と、決勝戦が行われる日程のその日に、決勝に臨むヒカルとあかりの二人は、いつもの通り二人で並んで棋院会館に向かっていた。
「毎日家や部室でヒカルと打ってるのに、棋院で打つのってなんかヘンな感じだね」
「まぁ大会だからな。大会で勝ち上がって打つ対局ってのは、普段気負わずに打つ時と色々違うから……そういう経験積んでおくのはいいことだよ。プレッシャーってかなり碁に影響出るしな、プロ試験なんてまさしくそれだし」
「……断言しちゃっていいの? ヒカルだってまだプロ試験出たことないのに」
「……まさしくそれだろうし?」
「それならわかる」
『相変らずヒカルは隙だらけです。いつになったらヒカルの秘密をあかりちゃんに明かすのですか?』
(うるせ。オレもタイミング計ってるんだよ)
いつもの如くあかりが作ってくれた二人分の弁当をバッグに仕舞い、電車に乗るまでは手を繋いで歩く二人。
午前中に三位決定戦があり、午後に決勝戦の対局となる。
決勝戦は流石に幽玄の間で行われる事はないが、それでも個室でしっかりと準備して行われ、秒読みや記録も残される。
日本棋院に初めて、公式試合で進藤ヒカルと藤崎あかりの棋譜が残る事になる。
(ま、棋譜が残ろうが手を抜くって選択肢は欠片もねぇけどな。こないだの伊角さんだってヤバかったんだ。あかり相手にオレの緩みが少しでもあれば宇宙を塗りつぶされちまう……マジの本気で打たねぇとな)
『羨ましいです、ヒカルだけあかりちゃんとの真剣勝負が打てるなんて。今後一切、公式戦ではあかりちゃん相手は自分がするって言うんだから……』
(いいだろ別に、佐為だって自宅でもどこでもあかりと打てるんだからよ。あかりだけは特別なの。その分ネット碁も回数譲ってやってるだろ。プロ相手にもちゃんと打たせてやるよ。塔矢名人の研究会にプロ試験終わったら一回はお邪魔するし、そこでも好きにやっていいし)
『仕方ないですねぇ! それなら私も留飲を下げましょう!』
(嬉しそうに言いやがって)
無論の事だが、ヒカルもあかりも決勝戦で欠片も手を抜こうなどと思っていない。
ここまで勝ち上がってきた対局相手に余りにも失礼だからだ。
こんな対局を魅せられたならば、負けて悔いなし──そう、大会参加者全員に言わせるほどの、全身全霊の勝負を見せつけるつもりだった。
ヒカルの中では、そのことについてかなり安心して打てる状況が作られている。
棋譜が残る件についても、塔矢名人と緒方プロの後ろ盾を持てているのは強い。
妙なとこからsaiの噂が絡んできても、少なくともあと二カ月後にあるプロ試験までは安寧が約束されるはずだ。多分。
そして、佐為とも話した通り、あかりを相手にするときはヒカルが打つことを決めていた。
佐為とヒカル、それぞれの棋風を持っていると宣言し、塔矢名人たちにも見せつけたために今後はプロの誰と打つ時でもどちらが打っても構わなくなったのだが、あかりだけは別である。
(……囲碁であかりに敗北を味わわせるのは、オレだけで十分だっての)
独占欲。
そう表現してもおかしくない内心を、ヒカルは自覚しておらず、佐為だけが微笑ましいものを見るようにそんなヒカルたちを見守っていた。
※ ※ ※
棋院に到着する二人。
棋院会館内は既ににぎわっており、院生たちや見学に来た各プロのほか、取材陣も多く集まっていた。
「……ん? 誰だアレ?」
「え? ……ホントだ、見ない顔かも?」
その中に、見慣れない顔の記者が何人かいることにヒカルとあかりは気付いた。
棋院会館に勤める週刊碁の記者たちの顔は、廊下ですれ違ったり、また先日の一回戦でこれでもかと取材を受けたので、おおよそは覚えている。
前の世界でもそう言った取材の経験があったヒカルは、囲碁関係の記者ならおおよそ顔は覚えているのだが、しかし明らかに初見の記者が数名存在した。
どういうことだろう。ヒカルは疑問に思い、ちょうどよく近くにいた天野記者に聞いてみる。
「おはよ、天野さん! ちょっといい?」
「おや、進藤くんと藤崎さん。おはよう、今日は決勝だね」
「おはようございます!」
「うん。それでさ……なんか見慣れない記者の人がいるんだけど、どうしたの? 特別な取材とか入ってるの?」
「ああ、実はN〇Kから直接の取材依頼が入ってね。週刊碁に載せた、初日で院生全勝の記事が目に留まったのだろう。映像も入って、内容によっては夕方のニュースに乗るかもしれないということだよ」
「ええ? マジで?」
「わー……緊張しちゃうかも!」
「ハハハ……大人の事情で悪いが、仕方がないよ。それだけセンセーショナルな事を君たちはしでかしているんだからね。それにあと半年もすればプロ試験を経てプロの世界に来るのだから、遅かれ早かれさ。若いうちに取材に慣れるのも悪い経験じゃない」
聞けば、日本棋院の記者の他、N〇Kの記者も入っているという事で。
これにはヒカルも驚いた。確かに、N〇Kは協賛などで囲碁協会と密接なかかわりを持つ機関である。
だが、公共の電波に乗るのはせいぜいがタイトル戦の一部の対局くらいで、将棋や他のスポーツに比べて囲碁の知名度は世間一般では高い方ではない。
そんな囲碁が、まさかプロが絡まなくなった大会で、取材が入るほどになっているとは。
ヒカルは少なくない衝撃を覚えたが、しかし、まぁ院生全体、ひいては囲碁界に注目が集まるのはいい事か、と考えを改める。
若手が囲碁界を盛り上げないとこの業界は広がらない。
あかりの可愛い顔が公共の電波に乗る事でファンが爆増する事だけが懸念であったが、しかしそれも天野記者が言う通り遅かれ早かれだ。
それなら、映像に乗っても恥ずかしくない対局を見せつけるだけだ、とヒカルは心を新たに構えた。
さて、そんな話を天野記者とも終えて、三位決定戦が始まる会場に入れば、既に院生たちは集まり始めていた。
「おっす、オハヨーバカップル」
「おはよ、バカップル」
「おはよーバカップル!」
「何なんだよお前ら! おはよ!」
「おはよう! 伊角さんたち早いねー」
和谷、伊角、奈瀬が二人で入って来たヒカルとあかりをいつものようにからかって、ヒカルがむっとして、あかりが気にせず挨拶を返す。
すでに二人の仲は院生公認である。早く結婚して爆発しろと院生みんなが思っていた。
「決勝戦は午後からだよな。観戦も出来るみたいだから、遠慮なく見させてもらうぜ」
「二人が公式戦で当たる初めての試合って事になるもんね。どんな試合になるかしら……将来式場でのスピーチに使えるネタあるかなぁ」
「発想飛躍しすぎだろ奈瀬!!」
「照れちゃうよぉ! えへへ……♡」
「照れで済ませるの強いよな藤崎。……ま、その前にオレの三位決定戦があるけどな」
「頑張ってね伊角さん。相手の沢井さん*1も若獅子戦勝ち上がってきてるからね、経験値は溜まってるぜ」
「もちろん。先週お前と打った一局に恥じないモノにするさ」
「む。私だって全力で打つもん! ヒカルに負けないからね!」
「お前らの決勝戦がどうなっちまうか今から心配だよオレは」
奈瀬が自分の対局がない気楽さで二人を茶化しつつ、ヒカルと伊角がお互いの試合に気合を入れる。
それに負けないように、むん! と小さく握りこぶしを作って気合を入れるあかりに、和谷がヒカルとあかりのガチの対局を見る事への恐怖すら覚え始めた。
お互いに気安く話をしながらも、対局への熱は高まり続けていた。
若獅子戦という日本囲碁界に起きた革命の決着が、今日果たされる。