逆行したヒカルと佐為が藤崎あかりを魔改造するお話   作:そとみち

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62 震えて眠れ海王中……尹先生も……

 

 ヒカルとあかりは、若獅子戦を終えて、6月末に控える第四回北区中学夏期囲碁大会に向けて指導していた。

 葉瀬中の囲碁部の部室として使っている理科室の中で、ぱち、と碁盤に石を打ち付ける音が絶え間なく響いている。

 

「三谷、そこちっと甘い。手拍子だとそこもかなりよさそうに見えるけど……こっち、ここの方がその後の盤面をより広く構えられるぜ。ここを100点とすれば三谷の一手は95点ってところ」

「あ? ……あー……おー……そっか、確かに。難しいなァ、オレの盤面の状態から見るとどうしてもこっちが正着に見えちまう。なんかコツとかある?」

「オレの受ける石がさ、こことここが離れてるじゃん。ここ地を作る上でかなり際どい所に置いてあってさ……自分の地と比較して、相手のここが4つ以上離れてたらオレの手が正着打。それより距離が近づいてたら逆に連絡されるから、三谷の手が正解。ここのシボリは終盤で如実に表れるぜ」

「なるほど。……早碁でいいんで最適解やった時とオレが間違って打った95点の手からその先まで並べてみていいか? 実体験しときてェ」

「OK。院生二組くらいのレベルに合わせて打ち進めるぜ」

 

「筒井さん、この盤面からならどこに打つ?」

「────ここ、かな」

「正解。じゃあ……この形から、ここに打たれたら?」

「────黒石の勝ちだね。ここで応じて、この先は白がどこに打っても黒が捌き切れるはずだ」

「うん……正解。大丈夫だね、ヨセに入れば私たちとヨミのレベルは並んでるかも。やっぱり問題は中盤までだなぁ……たまに三谷くんの攻め込みに押され過ぎて巻き返せない時もあるもんね。どうしてこんなに深くヨミが利くのに序盤は駄目なんだろうね?」

「ボクも最近ボクの思考が良く分からなくなってるところがあって……」

「せめて簡単な定石だけは絶対に外さないようにしよ? 詰碁ばっかりじゃ駄目だよ筒井さん、広い盤面でも外せない定石っていっぱいあるんだから」

「うぐ。努力します……と言ってももう大会まで二週間もないけれどね」

「今週末の土曜日は三谷くんが働いてる碁会所に集合ね。普段打たない人と打つ経験を積んで、本番で緊張しないようにしないとね!」

「が、がんばるよ!」

 

 筒井も三谷も、二人の指導に真剣に向き合っていた。

 この一ヶ月、三谷は碁会所のバイトで様々な中高年の相手をする中で、荒れ場を得意とし、早碁に磨きがかかっていた。

 勢い余って正着打から僅かに離れたところに打つこともあるが、しかし初見の相手ならリズムを崩す副次効果もある。ヨミの素早さは同年代ならば院生にも比肩しうるハヤブサの如き打ち筋をその手に宿していた。

 筒井は言わずもがな、異様を常態とする化物の打ち筋に更なる磨きをかけて。

 序盤中盤の緩みは相変らずだが、しかしその緩みさえも、後半から巻き返した際のギャップによるメンタルへのダメージを考慮すれば武器の一つとも言えた。

 致命的なミスを犯さないように、簡単な定石を守り序盤は守りに徹する。

 中盤までに三十目以上の差を作れていなければ、並大抵の相手ならばひっくり返す。

 ヨセに入ってからはヒカルもあかりも筒井の手に失着を見い出すことはなくなった。

 三分の一の神の一手。

 あかりと同じレベルと称してもいい、世界唯一の彼独自の棋風を持ち得ていた。

 

 ヒカルもあかりも、大会に挑む二人の指導の中で、自分たちの打ち筋を見直す復習を兼ねている。

 検討の中で、別の架空の手から伸びる対局を幾重にも脳裏に広げることで、自分の脳内で複数の対局を検討し、基礎を噛み締めるように反芻していた。

 結局のところ、全ての一手は定石、いわゆるごく一般的なヨミから生まれる打ち筋を、幾重にも重ねて発展させて凝縮させることで高レベルなものに変貌する。

 そのヨミの根本的な、基本的な所をおろそかにしてしまえば、自分でも気づかぬ間に棋力が落ちているという事にもなりかねない。

 常に基礎を疎かにしてはならない。それから目をそらしてしまえば、たとえ七段位を持つプロであろうと、強さの根幹が崩れて闇に呑まれ、若き力に討たれるのだ。

 ヒカルはそれを前の世界で存分に味わっていたからこそ、囲碁の基本への敬意を忘れていなかった。勿論佐為もあかりも同様だ。

 

「……ふぅ! ちっと休憩するか、長時間考えてたからな、あんまり長い事やってると集中切れちまうし」

「オレはまだやれるぜ? バイト中は碁会所で対局のハシゴなんてめずらしくねーしよ」

「ハシゴしてる中で集中って知らねぇ間に落ちちまうんだよ。大会も午前に二局、午後に決勝だしな。緩められるところは緩めていいからな、それは立派な戦略ってやつだし」

「中押しで勝つから心配いらねーよ」

「まぁ三谷はそうだろうけどさ。筒井さんがなぁ……基本的に全部終局まで打つだろうからなぁ」

「だ、大丈夫……だと思うよ! 多分! 詰碁してると時間忘れて一日中やってることも珍しくないし!」

「詰碁と対局はモノが違うよー筒井さん」

「そうかなぁ……」

 

 一時間半ほど集中して検討した後、軽く息抜きで盤面を片付けてそれぞれ水分などを取って休憩を取った。

 プロや院生の対局ならば一局二時間三時間は当たり前の世界になるが、中学校の部活動であればそこまで長時間討つことはあり得ない。

 大会でも持ち時間は一人45分。

 求められるのは時間を使い深く考える力ではなく、速やかに適正打を見つける速さとも言えた。

 それを得意とするのは三谷で、少々苦手とするのは筒井。

 (もっと)も、筒井は中盤戦を超えればヨミの時間は圧倒的に短くなる。時間切れでの敗北は考えなくともよいだろう。

 

 さて、そんな風に落ち着いた時間を4人で過ごしていたその時だ。

 理科室の扉がノックもなしに、唐突にガラリと開かれた。

 

「……オーッス。顔出しに来てやったぜ」

「あ、加賀」

「やぁ。将棋部の方は大丈夫なのかい?」

「こんにちは、加賀先輩」

「加賀っ! てめェ今すぐ勝負しろっ! こないだの借りを返してやる!」

「おーおー。今日もウルセェな三谷は。将棋部の方は大会前の部内トナメで盛り上がってるからな。放っといても大丈夫だ」

 

 将棋部部長、加賀だ。

 彼は二週間に一回くらいの割合で、囲碁部の部室にふらりと顔を出し、1~2局対局をして筒井と三谷の実力を測り、ヒカルとあかりの強さを味わっていた。

 最初は入学してすぐのタバコを咥えて乱入した件での邂逅であったが、その時に三谷に勝利し、ついでと言わんばかりに対局したあかりとの一局が、加賀にとって随分と味わい深いものだったため、それ目的で顔を出すことが多かった。

 

「よう、またオレと打てよ藤崎妹。お前と打つとなんでか知らんが将棋の方まで調子がよくなンだ。今週末が将棋部の県大会だからな、ここで景気付けしときたくてよ」

「いいですよー。三子置きの指導碁と、二子置きのガチならどっちがいいです?」

「ガチに決まってんだろ。お前とガチでやんのは置石アリでもアガるからなァ……ホントにおもしれー棋風だよお前は。姐さんの妹なだけあるぜ」

「…………」

『ヒカルが不機嫌! ぷぷぷ!』

「おいコラ、藤崎はオレらの指導に忙しいんだよ。どーしてもっていうならオレと打ってからにしやがれ!」

「あー? 三谷テメー、こないだオレに負けたじゃねーか。また負けを重ねるつもりかよ。マゾか?」

「ウルセー! その前はオレが勝っただろーが! 碁会所のバイトでオレもウデ上げてんだ、今日は負けねーぞ! 持ち時間三十秒!」

「ヘッ、仕方ねーなァ。ニギってやるよ……ただ、キャンキャン吠えるのだけはとっとと卒業しろよ。強いヤツは初見でも相手をナメてかからねぇ。ハナから噛みついてくるのは総じて弱いヤツだ」

「ちっ……!」

 

 今日も早速あかりとの対局を望んだ加賀だが、三谷がライバル心むき出しにしてそれを止める。

 ヒカルも加賀のあかりへの執着にはだいぶ思う所があるのだが、とはいえそういう方向ではない事も事実。院生たちと同じで、あかりの棋風に惚れこんでいるだけなのだ。ここは精神年齢大人の余裕で態度に出さずに堪えた。佐為は爆笑していた。

 三谷の誘いに、仕方なしと肩を竦めて、それでも受ける加賀。

 ヒカルとあかりの強さもそうだし、筒井の異常なる棋風もそうだが、三谷の日に日に強くなっていく囲碁への情熱も加賀は買っていた。

 囲碁は嫌いなはずなのに、囲碁部に顔を出すのが嫌ではなくなっていた。

 

「ほぉ……確かに、ちったァ成長したようだな。打ちづらいったらありゃしねーぜ」

「ヘン。こんくらいは出来るんだよ!」

「そこさっきオレが教えたシボリなんだけどな」

「早速実戦に活かしてるんだね三谷くん」

「すごいや!」

「バラすなっ!!」

「ハハハ!!」

 

 笑顔がこぼれる、気安くて気の置けない仲間たち。

 充実した部活動を過ごしつつ、目標とする大会が目前に近づいていた。

 

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