逆行したヒカルと佐為が藤崎あかりを魔改造するお話 作:そとみち
海王中学校の、ここは校長室。
教師の
指導するのが塔矢アキラ、指導を受ける側が尹だ。
さらに、実施されているのはただの指導碁ではない。
「フム……こちらに打ち込むことで相手がより自分が置いた石の意味を深く考え、先の手を探るようになるのか」
「棋力次第ですが、一手一手の意味と、その先の手筋を考えさせるのならばより広く、しかし導く筋は見えるように打った方がいいと思います。こちらの意図を隠すよりは、お互いに広々と打てるような形に構えるのがよいかと」
「確かに……これは悩ませる。打てる選択肢が広いからこそ、どこが一番いい手なのかと考えざるを得ない。なるほど、勉強になるよ。流石だな、塔矢」
「恐縮です」
行われているのは、
海王中囲碁部の顧問である尹が生徒たちを指導するにあたり、当然にして指導碁の棋力を求められることになる。
それを、囲碁部に在籍はしていなくとも、塔矢名人の息子で棋力が明らかに尹よりも高いアキラに尹から頭を下げて依頼して、より上手く導けるように、と指導碁のコツを教わっていたのだ。
この話を4月の入学時点で受けたアキラは、最初は断った。
そんな暇はないと己を追い詰めていたからだ。
海王中の囲碁部に入らないかと誘われもしたが、それははっきりと断った。
部活動で囲碁を打つ余裕はない。
自分は一日も早くヒカルとあかりに追いつくために、全霊で棋力を上げなければならない。
己を追い詰めるようにアキラは父の研究会に顔を出し、ネット碁の三棋士の棋譜を検討し、プロと真剣な対局を果たして腕を上げていた。
プロ試験まであと数か月、それまでに恥ずかしくない碁を見せなければならないと考えていた。
余裕がなかった。
だが、そのアキラの心構えは先月の五月に開催された若獅子戦で見事に解された。
ヒカルとあかりとの再会。二人の現在の棋力を、院生たちの実力を間近で見た事による促進作用。
そういったものに加えて、アキラにとっては予想外の、新たな出会いがあったからだ。
(────
院生の和谷と奈瀬。
この二人と、アキラは知り合うことが出来ていた。
父である塔矢行洋と師匠である緒方精次がヒカルとあかりを拉致監禁し、密室にて尋問を果たそうとしていた時に、それを止めようと正義感を持って動いた和谷と奈瀬の二人。
そこに自分も居合わせて、話の流れでヒカルたちの秘密を知る自分達で彼らの秘密を守る仲になったことで、和谷と奈瀬との親交を深めることが出来ていた。
アキラから見てひとつ年上の和谷、ふたつ年上の奈瀬。
自分がヒカルたちに見せた態度で何かしら思う所があったらしく、その後もヒカルたちを心配する気持ちで共感し、友人とまでは言わずとも、知人と呼べる程度にはお互いの事を認め合った。
その日に連絡先を交換し、時折メールを送り合う仲になっている。
また、二人ともネット碁を嗜むとのことで、それぞれ一度だけアキラはネット碁で対局を果たしている。
あれは素晴らしく刺激的な対局だった。
ヒカルとあかり、二人に指導された院生が今打つ碁のレベルの高さをひしひしと感じさせてもらった。
さて、そんなふうに和谷と奈瀬と交流する中で、アキラは一つの天啓を得ていた。
和谷に普段どうやって囲碁の勉強をしているのか聞いて、毎週土曜日にヒカルとあかりの指導を碁会所で受けていると聞いて、ものっすごく嫉妬はしたけどもうここまで来たらプロ試験まで二人と対局はしないぞとアキラも覚悟を決めていたのでそこは呑み込んで、しかしその先、日頃から心がけてるという内容を聞いたのだ。
『進藤たちから教えてもらったんだけどな。普段打つ院生同士の対局とか、研究会とかでやる検討とか……そういう高いレベルの碁ばっかり見るのも不健全だってさ。どんな碁でも勉強になるんだってよ。ヘタクソな対局見て、悪手を悪手だーって思って終わりにするんじゃなくて、どんな意図を持って打ったか、自分ならどう打つか、進藤だったら、藤崎だったらどう打つか、自分が置石を置いて打つならどうなったか……そんな風に、どんな対局を見る時も予想を広げて頭ン中で考えるんだよ。そうすると想像力広がるんだ、って言ってた』
進藤ヒカルと藤崎あかりが常としている、囲碁の検討をする際のコツ。
上手な一手だけを追っていては、囲碁が固まる。宇宙の広がりが留まる。
盤面のあらゆる個所の一手を探り続けて見ることで、どんな対局も己の糧に出来る、と。
その話を聞いて、アキラもそれを実践することにしたのだ。
端的に言えば、碁に係わるどんなことも積極的に取り組むことにした。
その一つが尹との指導碁であった。
指導碁の指導碁。そんなプロでもなかなかやる事がないシチュに、前向きに取り組んだ。
アキラ自身も、指導碁の極みのようなあかりの棋譜はネット上に存在するものは全て目を通している。
そんなあかりが普段何を考えて打っているのかを解析し、自分なりに落とし込んで、こうして尹に伝えるようにしているのだ。
部活動に参加して部員たちの前で打てば、大会前のこの時期に混乱が起きてしまうだろう。
部活に参加して大会に出るのもよろしくない。アキラが大会で戦いたい相手はいないのだ。それこそ荒らすだけに終わってしまう。
だからこそ、こうして校長室を間借りして、部員たちに悟られないようにひっそりと指導碁を打ち果たしていた。
「それにしても惜しいな。私の中で指導碁の腕が上がっているのがはっきりと感じられる。これがあと一ヶ月早ければ、もっと部員たちにもよい指導ができたかもしれない」
「それは……すみません」
「ああ、違うんだ。塔矢を責める意図での話ではなくてね。こうして私の囲碁の深みが広がるのは喜ばしく、一日も早くこうなりたかった、という我儘の話だよ。今後の部員たちの成長が楽しみだと思ってね」
「そう……ですね。まだボクは指導する側に立ったことはありませんが、きっと誰かを教えて、教え子の棋力が伸びるのを見るのは楽しそうです」
「ハハ、キミは今年プロ試験を受けるんだろう? すぐに指導碁に引っ張りだこになるだろうな、これほど打てるのであれば」
「……どうでしょうか。まず、プロになれるかどうかから、ですね。一切の油断も許されませんから、今年のプロ試験は」
「ん? キミがそこまで言うなんて……ああ、今年は院生が何やらすごいという噂だったね。若獅子戦で若手プロを打ち負かすほどの強さだったと週刊碁で読んだな」
「ええ。院生に友人が何人かいるのですが、ボクが及ばぬ高みと深みに一人ずつ。他の人たちもその背になんとか手が届くかという具合です」
「ハハハ、流石にそれは謙遜が過ぎるだろうさ。キミが本気ならたとえ七段のプロであっても競り合えるはずだ」
「ありがとうございます。でも、事実です」
「…………そうか。どうやら随分と大変そうだな、今年以降の日本のプロ試験は」
「ボクもそう思います」
指導碁をする中で、雑談も交わす。
尹の穏やかで大人びた雰囲気を、アキラは好ましく思っていた。
身近な大人で囲碁を打つ人たちは、実の子を後回しにするような囲碁バカだったり、子どもの拉致監禁を躊躇わない囲碁バカだったり、精神年齢で肩を並べてしまうような囲碁バカだったりして、微妙に頼りないからだ。
中学生たちを導き指導する、顧問という立場。院生を指導する篠田師範ともまた別だろうが、しかし海王中の囲碁部は部員が多い。
それらを取りまとめて、指導できている尹という教師の大人としての懐の深さには、アキラはまったく脱帽するしかなかった。
さて、そんな話をする中で、アキラは尹から一つの話題を提供された。
「ところで塔矢……今週末の土曜日に開かれる夏期の囲碁大会は観戦に来るかい?」
「大会ですか? ええ、時間もありますので、是非にとは考えています」
「そうか。設営や当日の運営は囲碁部の生徒たちで行うが、もし手伝えるところがあれば手伝ってほしい。キミはアイドルのような存在だからな、囲碁部員からは」
「えっ? そうなんですか? 余りクラスでも囲碁部の人から声をかけられないので……てっきり、疎まれているモノかと」
「私も実は4月の頃は危惧していたのだが、意外とそうでもなかった。部活に入らなかったことが逆に大きかったかもしれないね。教えを請いたいと希望する生徒も多いよ」
「はぁ……そうだったんですね。勿論、当日はお手伝いできる所があれば」
「助かるよ。プロ試験が落ち着いたら、たまに囲碁部に顔を出すようにしてくれるとより活性化するかもな」
「考えておきます」
話は今週末に海王中で開催される、地区対抗囲碁大会。
アキラは大会を観戦しようと考えていた。
先程の考えの通りだ。どんな対局でも、捉え方次第で己の糧になる。
中学生たちが打つ対局は、確かにレベルは院生やプロには敵わないだろう。
だが、未熟な一手が繰り広げられるからこそ、その手を活かすような打ち筋、最善手の検討、お互いの棋力を察する観察力、その先を予想する未来形の発想……新鮮な発想を試せるはずだ。
今の自分は、あらゆる刺激を己が碁の糧としなければならない。
気楽な観戦というものではなく、真剣に皆の健闘を眺めるつもりであった。
「でも、流石に優勝は海王中でしょうね。環境が違いますから」
「そうするために私が毎日頑張っているわけだからね。そう在りたいよ」
盛大なフラグを立てて微笑みを零しつつも、週末の大会に臨むことを決意したアキラ。
そんな彼が再び友と再会するまであと数日。