逆行したヒカルと佐為が藤崎あかりを魔改造するお話 作:そとみち
「一回戦、葉瀬中対岩名中────」
大会運営のアナウンスの通り、指定された対局席に向かう筒井、加賀、三谷。
大将は以前の約束の通り筒井に決定していたが、副将と三将を決めるのは随分な一悶着があった。
三谷と加賀が副将の席を争い二先のデスマッチを行い、結局加賀が大人げなく勝利し、副将の席を勝ち取っていた。三谷が三将である。
「情けねー碁を打つんじゃねーぞ、加賀。オレがわざわざ副将譲ったんだからな」
「誰にモノ言ってやがる。今日は姐さんも見てるからな、本気で打たなきゃ後で何されるかわかったもんじゃねぇ」
「藤崎先輩はそんなことしないでしょ……」
「どういう関係なんだよ筒井サンと加賀と藤崎の姉ちゃんは」
三谷が加賀にライバル意識から声をかけ、加賀はいつものように『王将』と書かれた扇子を広げながらとある理由により今日はナメた碁を打てない状況に陥っていることを零して、筒井が汗マークを頭に浮かべて突っ込む。
いつも通りのリラックスした状態で初戦に挑む葉瀬中メンバーだが、しかしここで対局相手の岩名中の生徒から疑問の声が飛んだ。
「……もしかして、将棋部の人?」
「ア?」
「いや……その扇子、加賀って名前、大柄でツリ目で赤い髪……先週の将棋部の県大会で優勝した加賀!?」
「おーん? なんだァ、お前将棋に詳しいのか?」
「ウチの学校は囲碁将棋部ってくくりで、将棋部の大会に参加した生徒がいるんだよ。その人に噂だけ聞いて……って、なんで将棋部のキミがココに!?」
「うるせーな。深刻な人員不足抱えてんだよウチの囲碁部は。たった三人集めるのに必死こいたヤツがいてなぁ」
「そ、そうなのか……でも、助っ人を誘う程の人員不足なら、たとえ進藤ヒカルと藤崎あかりが教えていても、勝負は分からないか……!?」
「い、行けるかもしれませんよ部長!!」
「将棋じゃなけりゃ分はこちらにあるはずだ!」
将棋部の加賀が助っ人に来ていることを、先週行われた将棋部の大会を知っていた岩名中のメンバーが察し、葉瀬中の囲碁部の人員の少なさという要素を理解した。
だとすれば、たとえプロ並みのヒカル、あかりが教導していようと、棋力は分からない。もしかすれば素人からスタートしているのかもしれない。
ならば……と可能性を見い出してやる気を出し始め、それが表情に現れる岩名中の選手たちだったが、そんな様子を見て加賀がフン、と鼻を鳴らし、三谷がチッと舌打ちした。
「……分かったか、三谷? ハナからキャンキャン噛みついてくるヤツがどう受け取られるか」
「今後は自重するわ」
出会った当初より加賀に事あるごとに噛みついていた三谷は、その様子が余りにも己の弱さを感じさせるようなそれであることを理解した。
強い奴は最初から一切油断しない。噛みついても来ないし、真剣に打って来る。
三谷は、自分が初めてヒカルと対局した時に、自分に一切の緩みなく打ってきたかつての対局を思い出していた。
あれが真の強者の佇まいなのだ。あかりも同様に、彼女らしい最善の打ち筋で三谷とも加賀とも初対局を交わしている。
今後は対局前から相手をナメてかかるクセは自重しよう。三谷は一つ大人になった。
「変なコト言ってないで、始めるよ。ニギリます……ボクが白だね」
「じゃあオレは黒、三谷は白だ」
「おぅ」
「それじゃあ……お願いします」
「オネガイシマス」
「お願いします」
第一試合が始まった。
※ ※ ※
対局前の一悶着はあれど、やはり注目が集まるのは葉瀬中の三人の対局であった。
色んな中学校の対局を観戦しているヒカルとあかりは別として、筒井の活躍を見届けに来たゆかりのほかに、他の中学校の教師や生徒、海王中の大会に参加しない生徒なども集い、かなりのギャラリーが葉瀬中の対局の周りに集まっていた。
通常の中学生であれば、一回戦からこんなにギャラリーが集まってしまえば緊張し、手筋にも表れてしまうだろう。
実際に、岩名中の選手たちは急に周囲に人が観戦に来ている事実に気を揉まれてしまっていた。
だが、葉瀬中の三人は違った。
「…………」
「……っ……」
まず、大将の筒井。
彼は囲碁バカだ。愛すべき囲碁バカ少年。
囲碁の事になれば誰よりも夢中に盤面に意識を飛ばすことが出来る。
そのくせ定石の本を読みながら打っていた過去があったが、そのせいで弱かったのは間違いない。
盤面にしっかりと集中させてしまえば、たとえ学校一の美人の先輩がすぐ隣にいても、耳元でささやかれるまで気付くことは一切なく。
この一回戦においても、他の誰よりも集中して、真剣に盤面に向き合えていた。
「……フン」
「ぐ……うっ……」
続いて副将、加賀。
もはや何も言う事はないだろう。彼は将棋部の部長にして、各種大会の優勝トロフィーを総ナメするほどの大会経験者。
どれほどの注目が集まっても集中が切れるはずもない。学校の創立祭に着物で参加しながら煙草さえ吸える図太い精神も兼ね備えて、メンタルは中学生離れしていた。
序盤からかっ飛ばして相手の地に切り込み、まだ10分と経っていないのにもう盤勢は大きく加賀の勝利に傾いていた。
「…………」
「………………負け、ました……」
「ありがとうございました」
「ありがとう、ございました……っ!」
そして三将の三谷は、一回戦に参加する選手たちの中で誰よりも早く勝利を決めた。
彼の早碁は中学生の常識を超えた速度で放たれる。
自分の持ち時間を一分も使わずに、序盤から怒濤の攻勢を果たし、中盤に至る前にどうやっても取り返せないほどの地の差を作り出していた。
三谷はもとより自尊心が強く、己の強さには自信があったほうだ。
今年の三月にとある碁会所に足を運び、鼻っ柱を気持ちよく三度ほど圧し折られて、さらに囲碁部に入部して異形の妖怪に奇襲されて、その鼻の高さは鳴りを潜めたが、どちらかと言えば己の強さを周りに見せつけて喜べるタイプであった。
観客は多ければ多いほどいい。いくらでも応えてやる。
己の弱さで三将という席に甘んじているわけでは無い事を、この最速の勝ち名乗りで果たしたと言えるだろう。
満足そうに椅子に背を預けて、余裕の表情で残る二人の勝利を待った。
(……なんて、碁だ)
そんな葉瀬中の三人の打ち筋を深く検討して読み込んだのは、塔矢アキラだ。
アキラは、やはりヒカルとあかりが入部していた葉瀬中の、選手たちの実力が気になっていた。観戦しないという択はなかった。
そして、こうして実際に見て見れば……中学生らしからぬ、凄まじい実力が三人それぞれの手に宿っていることを察した。
(先程一番に勝利した三将の人は、早碁だというのに打ち筋に緩みがない。次に打つ相手の応手まで見えているのかと思わせるほどに鋭い手を連発する。あれでは経験の浅い相手だと早打ちにつられてミスってしまうだろう。そして大将の、筒井さん……現状の盤面だけ見れば互角か、少々筒井さんに分が悪いようにも見えるが……その実、置かれた白石の
三谷の早碁と、それに伴う確かな実力は、アキラが生息する碁会所『囲碁サロン』のアマたちと比較しても上回るほど。
筒井の余りにも匂い立つ捲り特化の打ち筋には震えさえ覚える。序盤と中盤の緩い手が、しかし地雷原のように後半から捲るためのタネへと姿を変える。自分では怖くてこんな打ち方はできない。
自分が仮に対局したならば、勿論こんな状況に至らせる前に中押しで勝てるだろうが、それにしたってこれは異常だ。狙ってやっているとしたらバケモノである。
さて、ここまでアキラは三谷と筒井、二人の強さを確認し、海王中のレベルにも間違いなく及ぶであろうその実力を評価したわけだが、しかし残る一人。
副将の、態度が少々悪い生徒。この少年の打ち筋。
(強い……この人も地に脚の着いた強さだ。恐らく対局は中押しで終わるだろう。ここまでの打ち筋を見ても、一番バランスがいいのはこの人か……でも……)
アキラはどこか、彼の打ち筋が記憶に引っかかっていた。
どこかで見たことがあるような。
自分の記憶に残る一局に、この人の打ち筋が刻まれているような。
デジャヴ未満の既視感を伴いながら、加賀の対局を見届けて……そして。
「……負けました」
「アリガトーゴザイマシタ。……チッ、三谷よりも時間がかかっちまったぜ」
「オレより早く打てるヤツは進藤と藤崎しかいねーよ」
「……強かった……将棋だけじゃなくて、囲碁も強いんだな……
「ハッ。しょーがねえよ、
(────っ!!)
その、一言。
呼ばれた名前と、加賀が放った一言で、瞬間、アキラの脳内に溢れ出した
五年前、アキラが8歳だったころに、囲碁教室に通っていた時の事をアキラは思い出していた。
その時に、アキラが唯一の敗北を
「……加賀くんっ!? もしかして、囲碁教室の時の──!?」
「アン?」
思わずアキラは、加賀の名を叫んでしまった。