逆行したヒカルと佐為が藤崎あかりを魔改造するお話   作:そとみち

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そう思って調べたら普通にヒットしてしまった。
ありません。対局ありがとうございました(一敗)


66 加賀アキってポテンシャルに溢れてると思うんだけどな

 

 加賀とアキラは、大会会場を離れて、海王中学校の敷地内、屋外廊下の角にいた。

 アキラに名を呼ばれた加賀は、アキラが何か言う前にその言葉を止めて、二人きりで話せる場所へと移動した。

 誰にも聞かせられない過去を、あの場で赤裸々に語られてはたまらなかったからだ。

 

「……覚えてたのかよ、五年前の事」

「……あの時とは、加賀くんの見た目も髪の色もすっかり変わってて……顔を見ただけじゃ思い出せなかったよ。でも、一回戦の打ち筋と、さっきの言葉でようやく思い出したんだ」

「ハン……棋風で人を判別するのはテメーらしいぜ。五年前から大して成長してねェもんな、オレの碁は」

「そんなことはないよ。あの頃よりも格段に読みが深くなっていた。今のキミならたとえ院生が相手でも……」

「御託はいーんだよ。なんかオレに言いてぇ事があったんだろーが」

「……」

 

 二人きりになったところで、かつての邂逅を加賀が思い出す。

 かつて……加賀は、アキラを一番のライバルだと思っていた。

 将棋をやりたかったのに、親に無理矢理通わされた囲碁教室。

 加賀の親は毒親であった。子供を自分の思う通りに育て上げようとして、囲碁を始めさせた。

 それに反目して今のヤンキーな加賀があるわけだが、しかし加賀は通わされた囲碁教室を、決してキライではなかった。

 塔矢アキラというライバルがいたからだ。

 二つ下の子どもではあったが、明らかに一人だけレベルの違う碁を打つ。

 大人相手だって健闘出来ていた10歳の頃の加賀だが、アキラにだけは敵わなかった。当時の囲碁教室でアキラが紛れもなくナンバー1だった。

 だからこそ、いつか自分がアキラを追い抜いて、頂点に至ろうと……囲碁の楽しさを、アキラとの対局に見い出していたというのに。

 

 ────裏切られたのだ。

 

(コイツはオレの事を相手にしていなかった……クソ親父に怒鳴られてたのを聞いて、情けをかけやがったんだ。オレに勝とうが負けようがどうでもよかったんだ、あの頃のコイツにとっては……)

 

 それは加賀の苦い記憶。

 ライバルだと思っていた相手に情けをかけられ、勝ちを譲られる。

 それが、プライドの高い加賀にとってどれほどの仕打ちであったか。

 当時の加賀はそれを味わわされ、親にブチ切れ、囲碁が嫌いになり、二度と囲碁教室には足を運ぶことが無くなり、将棋の道に歩んだ。

 アキラともその対局が最後だった。

 そんなアキラに五年ぶりに声をかけられ……こうして呼び出して二人きりになった。

 

 加賀は、今の自分がコイツ(アキラ)をどうしてやりたいのか分からなかった。

 囲碁に対する感情は……筒井とゆかりと、進藤たちに出会ったことで、ある程度漱がれた。

 今日の大会という日を楽しみにできる程度には、囲碁の楽しさを思い出せていた。

 しかし、そんな時に出会ったかつてのトラウマ、塔矢アキラ。

 向こうがこちらに気付くことが無ければ、事を構えるつもりもなく、接触せずに終えるつもりだったのに、向こうからこちらの存在に気付いて接触してきた。

 であれば、コイツはオレに何を言いたいのか。

 オレはコイツをどうしたいのか。

 分からなかった。

 タバコを一本吸いたいと思った。流石に他校で吸うつもりはないが。

 

「…………」

「…………」

 

 若干の沈黙。

 身長差でアキラを見下ろす形になる加賀と、少し俯いた様子で前髪に目が隠れたアキラが向かい合うだけの時間が経過して、そして、意を決したかのように。

 

「……!」

 

 アキラが、加賀に向かって頭を下げたのだ。

 それは、謝意を伝えるものであった。

 加賀は腰を折ったアキラの頭頂部を見据えて、その姿に自分でも驚くほどの衝撃を覚えていた。

 

「……謝りたかったんだ、キミに」

「な……」

「怒鳴られても、殴られても仕方がない事だとわかってる。けど、ボクはあの時の事を……ずっと、謝りたいと思っていた」

 

 アキラの謝罪の意を伝える言葉と共に、その行動に結ばれた理由が語られる。

 

「……五年前、最後に加賀くんと打った対局。ボクは……あの時のボクは、手を抜いて打った。言葉の通り、僅差で負ける対局を打った……」

「……一目半差だったなァ」

「……言い訳にもならないけれど、あの時のボクは、わざと負けることの()()()が分かっていなかったんだ。子供だった……キミの気持ちを、何一つ分かっていなかったんだ。まず、そこを謝りたかった」

「……」

 

 塔矢アキラは、あの時の敗北を恥じていた。

 その判断をした、当時八歳の塔矢アキラは、強さを認めた相手から手を抜かれるという事の意味を分かっていなかったのだ。

 真剣勝負の世界の重さを、しっかりと理解していなかった。

 

「あの日……家に帰ってから、父にその日の対局の振り返りをしたんだ。ボクは加賀くんとの対局を説明して、自分の敗北を説明して、その理由まで説明した。確か、親御さんが厳しい方で、ボクに負けると家に帰れなくなるから……という話だった。それを耳にして、気を遣った……と、父に説明したんだ」

「…………ブン殴られただろ」

「その通りだ。父の本気の一喝を受け、特大の拳骨を食らった。父に手を出されたのはあれが最初で最後だった。叱責され、その理由を説明されて……ボクがやったことが、どれほどに罪深い事だったのか、ようやく理解した」

「……」

「……いや……本当に理解したのは、その翌週かもしれない」

 

 加賀は、余計な茶々を入れずにアキラの話を聞き続けた。

 自分がこの後に出す結論をどうするか。そのために、アキラが当時どのような事になったのか、そして今はどう思っているのかを把握しなければならないと思ったからだ。

 

「翌週、ボクはキミに謝ろうと思っていた。どんな事情があったにせよ、ボクの実力を認めて、ボクを追い抜こうと頑張っていたキミに、酷い事をしてしまったことを謝りたかった。けど……」

「……オレは……あれ以来、あの囲碁教室には顔を出してねェ。クソ親父とケンカして、囲碁は捨てて……好きな将棋をやる事にしたんだ」

「……ボクがわざと負けたことで、キミが囲碁から離れてしまった事を……当時、囲碁教室で歳も近くて、腕前も一番ボクに近くて……()()()()()()()()()()キミの想いを、ボクが踏み躙ってしまった事を……ずっと、謝りたかった。本当に、ごめんなさい」

「…………!」

 

 塔矢アキラは、偽りなく己の気持ちを口にした。

 実を言えば、父に言われて囲碁教室に通っていたのは、加賀だけではなかった。

 塔矢アキラも同じく、父に送り出されて、経験を積むために囲碁教室に通っていた。

 勿論、塔矢アキラはさらに幼いころから囲碁の世界に触れており、囲碁を愛していた。

 しかし、周りは知らない大人だらけで、そんな中で勝ち続けることの息苦しさを八歳の少年が感じないでい続けろと言うのも無茶な話。

 長らくアキラが求め続けていたもの、同年代の囲碁を語れるような友人。

 そんな相手が、当時の囲碁教室に一人だけいたのだ。

 

 加賀は、当時の囲碁教室のナンバー2だった。

 大人たちよりも強い子供だった。

 年も二つしか違わず、囲碁教室の中では自分に一番近い実力であり、自分の棋力さえ認めてくれている加賀を、当時のアキラが憎からず思わないはずがなかった。歳の近い、兄のように感じていた。

 むしろ、だからこそ気遣ったのだ。

 親に口煩く言われている加賀を救うべく、助け舟を出した。それが『負けようか』の言葉の意味の真実だった。

 勿論それが大いに誤った手段であったことは論ずるまでもない。八歳の少年の出した結論だ。過ちであったことは誰もが認める所になる。

 だからこそ、塔矢行洋もそんな手段を取ったアキラを本気で怒り、アキラもまた自分が犯した過ちの結果を、二度と加賀と会えなくなるという苦い経験で思い知ったのだ。

 

 そして、そんな加賀と偶然にも再び出会えた。

 だからこそアキラは、己の謝意を嘘偽りなく全て吐露した。

 加賀は、そんなアキラの言葉から、当時の事を鮮明に思い返して……そして、続いて加賀の胸の内に浮かぶ感情は──()()であった。

 

(────()()()()()()

 

 加賀は大人になっていた。

 今、アキラが零した謝罪も、その内容も、理由も、原因も、全て呑み込める器量を持つ男になっていた。

 

 わかる。

 わかるのだ。

 わかってしまうのだ。

 当時八歳のアキラが、わざと負ける事の罪深さを知らなかったというのも納得できるし。

 その罪深さを理解したからこそ、ここで謝罪したことも理解できるし。

 大人ばかりに囲まれていた囲碁教室で、歳の近い相手だからこそライバルのように感じていた自分と、そんな自分を心配してあのような事を持ちかけたアキラの感情の動きも、わかるし。

 そして、最終的な原因はどこに落ち着くかと言えば、当時アキラの棋力に及ばなかった自分の腕が悪いのだと。

 そう、思えるほどに勝負の世界の厳しさを知っていた。

 将棋という、第二の戦場を見つけていたからこそ。

 

 あの時、アキラに自分が及んでいれば、クソ親父にあんなことを言われることもなく、アキラがあえて負けるなどという行為に至らなくて済んでいた。

 様々なボタンの掛け違いでお互いにとっての苦い記憶となってしまったが、掛け違えたボタンは掛け直せばいいのだ。

 そして、それは今、果たされていることであって。

 

「……ツラ上げろや、塔矢」

「っ……」

 

 だからこそ、アキラが促されて顔を上げて目に写った加賀の表情は、微笑みだった。

 ニヤリと、切れ長の瞳をより鋭く、唇の端を僅かに吊り上げ、しかし爽やかさを感じさせるような、穏やかな表情を携えていた。

 バシッ、と愛用のセンスを開き、胸元に携えた加賀が、許しの言葉を口に出した。

 

「────()()

「……!!」

「……テメーの話で、あの時のオマエの気持ちも、オレの気持ちも、全部オレん中でスッキリした。だからもう蒸し返すのは仕舞ぇだ。あの時のオレは怒った。その後にお前は反省した。オレは今日、お前の反省と謝罪を受け止めた。許した。そんで、今はお互いに自分の好きな道を歩んでる。それ以上でもそれ以下でもねぇ。……それでいいだろ」

「で、も……あ、いや……うん。……そうだね、今は加賀くんは、将棋の方で自分の道を歩んでいるんだね」

「ああ。オレはどーにもこっちのほうが性に合ってたみてぇでな」

 

 ひらひらと『王将』という文字が描かれた扇子をはためかせ、くくっと笑う加賀。

 その様子に、言葉に、表情に、加賀の万感の想いを受け止めて、アキラもまた、加賀の言葉に納得をした。

 己の謝罪を受け止めてくれた感謝を、同意で返すこととした。

 

「囲碁を捨てたことに後悔はねぇよ。今日はダチとの約束があるから葉瀬中を勝たせるためにこうして囲碁なんか打ってるがな……オレが囲碁を打つのは金輪際今日が最後だ。そのことにお前は何も気負わなくていいぜ。オレがオレの行きたい道を選んだだけだからな」

「うん、わかった。そうするよ。ボクも……ボクが歩む道を、歩み続ける。進藤くんと藤崎さんに、いつか勝つまで。……あの時のキミも、きっとボクに対してこんな気持ちだったんだなって、今なら本心から理解できているから」

「蒸し返すなっつってんだろーが! 話は終わりだ終わりィ!」

「わっ!? きゅ、急に何するの!?」

「うるせー! 昔っから変わらず天然坊ちゃんヘアだなお前はよォ!」

 

 加賀は、良い感じに話を〆ようとしたところでまた蒸し返しそうになったアキラに、がーっと牙を向いてから頭をわしゃわしゃと手でかき混ぜて髪を乱させた。

 急なボディランゲージに驚いたアキラが赤面して首を振り、手を払いのけようとする。

 悪戯を仕掛けた側の加賀が楽しそうにニヤリと笑い、つられてアキラも微笑みを返した。

 

(ヘッ……長ぇ事溜まってた心の汚れが洗濯されたみてぇな気持ちだぜ。進藤と藤崎が紡いだ縁か……おもしれーな、人生ってのは)

 

 肩を竦め、加賀が唐突な出会いを反芻する。

 奇妙なことで心の内の澱みが洗い落とされ、加賀は気分をよくして、仲間たちの待つ試合会場へアキラを連れて戻っていった。

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