逆行したヒカルと佐為が藤崎あかりを魔改造するお話   作:そとみち

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69 隼碁(はやご)

 

 第四回北区中学夏季囲碁大会、決勝戦。

 

「ニギるよ」

「はい」

「2……4……6……14。筒井くんが黒だ」

「はい。加賀が白、三谷くんが黒ね」

「おぉ」

「ああ」

 

 大将戦は岸本が白、筒井が黒。

 副将戦は久野が黒、加賀が白。

 三将戦は青木が白、三谷が黒。

 以上の手番で決定した。

 

「「「────お願いします」」」

「「「────お願いします」」」

 

 全員が、それぞれと対局前の挨拶を交わして。

 大荒れとなった大会の優勝校を決める対局が始まった。

 

 

※    ※    ※

 

 

(……黒になったか。ラッキーだぜ、これで奇襲を仕掛けられる)

 

 先手になった三谷が、対局開始をした直後のまっさらな碁盤の上を眺めて、事前に考えていた奇襲を仕掛けることを心に決めた。

 対局相手の、青木という海王中生徒。

 当然にして勿論、三谷は彼の打ち筋を()()()()()

 一回戦、二回戦とも、試合会場の誰よりも対局が早く終わったのが三谷なのだ。

 自分の試合が終わった後に、加賀や筒井が打つ盤面を応援がてら眺めもしたが、勝敗は分かり切っている対局を見続けても何も生まれない。

 それよりも、決勝で相手をする海王中がどんな実力を持つのか、敵情視察を行う方が優先度が高かった。

 同じ考えに至っていたヒカルと共に、海王中の一回戦、二回戦の試合を観察していたのだ。

 

(海王のレベルは高ぇ。毎日進藤と藤崎、院生のみんなと打ってたオレから見ても、かなりのレベル。少なくとも大将の岸本ってのは今のオレがまっすぐ打っても捌かれるレベルだ。進藤もかなり驚いてた……元院生って話だけど、その時よりずいぶんと棋力が上がってたとか。筒井サンの初見殺しにも対応してくるかもな)

 

 その中でも大将の岸本のレベルは流石に高く、相手をナメる癖が抜けた三谷は、その実力を認めていた。

 筒井の異常なる棋風、特化型の棋力ならば勝負はどう転ぶかわからないが、ヒカルの目をもってしても楽勝とは言えない相手。

 それは加賀の相手である久野もそうだし、自分の相手である青木も同様。

 少しでもナメてかかれば凌がれるであろう。

 経験に裏づいた確かな実力を海王中の選手たちは有していた。

 

(でも、だからこそだ。だからこそ────オレにしかできない戦術が活きるッ! さぁ、やろうぜ青木サン! 宇宙を創る対局を!)

 

 意を決し、三谷が初手を盤面に打ち付けた。

 

「なっ……!」

「……」

 

 打ち付けたのは、天元。

 初手天元という奇襲から、三将の試合は始まった。

 

(決勝で先手を取れたらやろうと思ってた! この天元打ち、色んな意図があるけど……他の人よりも有利に働く要素がオレにだけ多い! 少なくとも、この大会では!)

 

 天元打ちに対する青木が、次の一手を悩み始める。

 三谷はその様子を、油断に心が傾かぬよう、口元を一文字に結びながらも、作戦通りの効果が出ていることを察していた。

 

 初手天元。

 先日のヒカルとあかりの若獅子戦の決勝で見せた、『円環盤面』と巷では呼ばれている伝説の一局が記憶に新しいであろう。

 あの対局が週刊碁で記事にされたことにより、初手天元の打ち方、その奥深さが囲碁打ちの間ではブームになっている。

 円環盤面への研究も、全国で広く行われていた。

 あの棋譜を見て検討しない者は囲碁を愛する者と言えない。

 故に、海王中の囲碁部でも当然、天元打ちについてはホットな話題であったわけで、三谷の打った天元打ちに対しても青木はいくつか対抗手段を持っているわけなのだが。

 しかし、三谷の作戦はそれこそが狙いであった。

 

(悩むよな、天元打ちされると! 一手一手にかかる思考時間が普通の四スミに打つ時とはダンチだ! やれることが多すぎるからこそ、決勝戦というこの勝負においてはミスれない! 深く考えるさ!)

 

 相手に、普段以上の思考をさせることが三谷の狙いの一つ。

 最近になって天元打ちがブームになったこともあり、出来ることもやれることも、その応手も、普通の手筋よりも選択肢が大いに広がる。

 定石を素直に追いかけるよりも最適な手というものが、天元打ちでは生まれてしまう。

 故に悩む。天元打ちにより、お互いの思考に時間が奪われる。

 

 この、()()()()()()()という勝負の中でだ。

 

(ウチの碁会所でも45分じゃ短いって言われるくらいだぜ。ワンデートーナメントだから仕方ないけどな……でも、この限られた時間がオレに有利を与えてくれる。早碁なら得意中の得意だ! 院生たちのお墨付きだぜ!)

 

 そして、そんな時間の縛りに、三谷だけが囚われない。

 盤面が進み、序盤の応酬が果たされる中で、しかし三谷だけは己の持ち時間をほぼ削る事なく、次々と黒石を盤面に打っていく。

 その早碁に面食らっているのは対局相手の青木だ。

 勿論、試合前に岸本と話した通り、早碁にペースを乱されるわけにはいかない。

 手拍子で打ち返すのではなく、慎重に、その先の一手まで考えて、出来る限りの深読みをして打っている。

 だが、初手天元に打たれた時点で、読まなければならない先の手筋が増えすぎている。

 刻一刻と持ち時間が減っていく。その焦りは、どうしても青木の心を蝕んでいった。

 

(さらに初手天元を打った時点でオレに有利がある。……ちっとだけ申し訳ないヒッサツワザだけどさ)

 

 そんな青木の打った一手に、即座に次の一手を急所に打ち返して、三谷がさらに己の有利を深めていく。

 時間でも盤面でも優勢。青木の手を呑み込み、上回っていく。

 その理由は。

 

(いくらアンタたちがメッカの海王中囲碁部で円環盤面を検討してようが……オレらはその盤面を直接打った二人に検討してもらってるんだ! これで不利を取っちまうようなら進藤と藤崎に申し訳が立たないんだよ!)

 

 三谷が初手天元から始まる対局の検討を、ヒカルとあかりを交えて行っていた点だ。

 これはどうしようもなく大きいアドバンテージだ。

 円環盤面は囲碁を愛する者すべてに平等に棋力の上昇を促すが、その条件はより深く検討できるか、一手一手の理由を理解できるかで決まる。

 そうした条件の中で言えば、三谷と筒井は余りにもズルかった。

 週刊碁に掲載されていた円環盤面に興奮した筒井が部室に持ち込み、三谷もその凄まじい盤面に感動すら覚えたところで、ヒカルとあかりを交えて一手一手の意味の検討を二日かけてじっくりと実施していたのだ。

 そんな下地がある状態で、決勝という舞台で、時間制限が短い中で、初手天元を果たした三谷。

 青木が打って来る一手一手の有効性を、三谷は十分に咀嚼できていた。

 

(早碁という条件下では相手の思考時間で自分の次の手まで考える必要がある……そんなの、オレが普段からやってることだ。悪いが無限にアドバンテージは広がっていくぜ! 時間を使い切らせてからが勝負!)

 

 そして、中盤戦に入りそうなタイミングで、さらに三谷は新たなる作戦を繰り出した。

 初手天元から始まった対局とはいえ、ある程度各辺での地の争いが始まり出したころ。

 ここまで来れば定石も息を吹き返し、落ち着いて盤面を見据えることが出来るのだが……しかし、三谷が放った次なる一手は、そんな甘えた思考を破棄する、不意を突く一手であった。

 

「……っ……!」

「ふぅ……!」

 

 それは、強引ともとれる地の荒らしの始まり。

 しかし、冷静に見れば妙手ともとれる、絶妙な位置への攻め込み。

 三谷はこの決勝戦、初手天元から始めた時点で、もとより荒らしにかかる予定であった。

 天元、早碁、荒れ碁。

 この三本の矢で攻め立てる。

 攪乱特化の、絶対に勝利をもぎ取るための打ち筋であった。

 

(正統派なんて口が裂けても言えないからな、オレの碁は! 藤崎と初めて打ったあの一局から、オレは荒れ場に強くなった! ペースを奪うのはなにも早碁だけじゃない、荒れ場もプラスだぜ! 碁会所のおっちゃん達も荒れ場上等でよーく付き合ってくれたからな!)

 

 当然にして、荒れ場は思考が乱れる。

 正着打を導くことに思考を、時間を費やす。

 しかしその時間を短縮できるのが三谷であった。

 荒れた盤面に於いてなお、三谷の速さは衰えない。

 深くじっくり読む思考ではなく、広く素早く読む思考が武器である。

 時間制限45分という縛りの中で、三谷は時を味方にした。

 

「…………くっ……!」

「…………っ」

 

 青木も、相当にこらえていた。

 初手天元に対しての応じ手も当然戦略の内にあり、三谷が荒らそうとしてきた場においても腰を構えてじっくりと応じ、己の石を守り抜く陣地は形成されかけていた。

 しかし、時がそれを許さない。

 青木が己の持ち時間45分を使い切り、ここから先は秒読みに入る。

 一手30秒以内に打ち続けることを強要される。

 短く響くブザー音が、青木の心をどうしても逸らせる。

 早く打たなければ、と余計な思考が脳裏に混ざる。

 

 そんな中盤戦を超えて終盤戦に入り、ここでとうとう、青木の手から緊張の糸がほどけ落ちた。

 

「ッ────!!」

「……、あっ……」

 

 緩手。

 ダメヅマリにより盤上の状況が変化したことを、青木は読み切れなかった。

 青木のその一手が打ち付けられた瞬間に、秒読みされている青木よりも早く、三谷が殺しの一手を返した。

 その素早さはハヤブサが如く。

 

 返手が打たれた瞬間に、青木も盤面が決定的になったことを理解した。

 中央の天元に置かれた石が、三谷の一手により、見事に活きたのだ。

 繋がった。繋げられた。

 初手天元の綱渡りから、青木が足を踏み外し、落ちていった。

 

 

「……負けました」

「ありがとうございました」

 

 

 勝敗をはっきりと感じ取り、青木が投了した。

 三将戦、決着。

 

 勝者、三谷。

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