逆行したヒカルと佐為が藤崎あかりを魔改造するお話   作:そとみち

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72 勝ち捲り! モテ捲り!

 

 決勝戦の、最後の試合が終了した。

 対局後の挨拶を交わし終えるまで、周囲のギャラリーは皆、声を上げずにその瞬間を見守っていた。

 最後まで揺蕩い続けた勝負。整地をするまで勝敗をはっきり理解できていた者の方が少ない。

 故に、整地を終え、岸本が敗北を認め、お互いに真剣な勝負を果たした事への感謝の言葉を述べて終局した瞬間に、室内は爆発的な大声量に包まれた。

 

「いよっしゃあ!! やったぜ筒井サン!!」

「大したタマだぜテメェはよ! あそこからでも逆転しちまうなんてよ!」

「すげぇよ筒井さん! あそこからあの手、オレでも躊躇う一手だったぜ!」

「おめでとー筒井さん! さっすがぁ!!」

 

 歓声を上げたのは、やはり葉瀬中の面々だ。

 対する海王中の生徒たちは、嘘だろ、マジかよ、と悲劇の声に塗れているが、これが大会の決勝という場の勝負の常だ。

 対局が極めて高いレベルで繰り広げられたからこそ、勝利の歓喜も敗北の絶望も色濃く表れていた。

 静かに目を伏せた岸本に、己の勝利を未だに受け止めきれていない筒井がぽやぽやと勝負の余韻を味わっていると、そんな彼の背中から、唐突に誰かが抱きしめるように腕を絡めた。

 

「は、わわっ!?」

「────っ」

 

 それは、一番近くで見ていた加賀と三谷を押しのけて、ヒカルとあかりを押しのけて、誰よりも一番に筒井の勝利を祝う権利を有する少女。

 藤崎ゆかりが、涙に溢れた顔を隠すことなく、筒井の肩に顎を乗せ、ぎゅう、とその体を愛おしく抱きしめる。

 

「……やったねぇ、筒井くんっ……ぐすっ……!」

「ふ、藤崎先輩っ……!」

「ホントに、約束、守れたねぇ……! 勝てたねぇ……!」

「……ハイ。ボクがここまでこれたのも、海王中に勝てたのも……全部、藤崎先輩のおかげです」

「そんなことないよぉ……筒井くんが頑張ったからだよー……!」

「いえ、先輩のおかげなんです。だから、どうか泣かないで」

「むりぃー……! うれしくって、さみしくって、とまらねー……!」

「泣かないでください。笑ってもらえた方が嬉しいです」

「キザに口説きやがってぇ~……!」

 

 完全に二人きりの世界が作られてしまった。

 これには筒井の頭でも肩でも背中でもブッ叩いて勝利を祝おうとしていた加賀も三谷も、同じく輪になろうとしていたヒカルもあかりも、対局相手の岸本も、その後ろにいるアキラも尹も、海王中の囲碁部の生徒たちも、皆一様にぽかんと口を開けていた。

 想いは一つ。

 マジかよここで色ボケ青春見せつけてくるのかよこの腹黒眼鏡。

 

「……こほん。筒井くん……青春しているところだが、いいかな?」

「あ、はい、すみません!」

「うむ。大将のキミが勝敗の報告をしてくれないと、大会の運営が進まないからね」

「は、はい。えっと……加賀、三谷くん、どうだった?」

 

 そこで、大会運営の教師が咳払いをしてから筒井に声をかけた。

 ゆかりはそれでも筒井を抱きしめて離さなかったが、筒井は現実に引き戻され、どもりながらも声をかけられた理由を説明され、慌てて勝敗の報告をする。

 この大会は、試合の全ての対局が終わってから、勝利した学校の大将が試合の勝敗を報告することで勝ち進むルールになっている。

 ある意味で空気をリセットするためにも声をかけた大会運営の教師だが、筒井はそれに応えなければならない。

 

 故に、筒井は傍にいる加賀と三谷の二人に勝敗を確認する。

 先程までは己の対局に全霊の集中を果たしていたため、他の対局の様子に気を配る余裕はなかった。

 その問いかけに対し、加賀も三谷も肩を竦めて、勝敗を報告する。

 

「……勝ったぜ。相手も強かったが、なんとかな。これであん時の借りは返したな、筒井よ」

「同じく。オレの相手の青木サンも相当ヤバかった。黒石持って初手天元できてなかったら、わかんなかったかもな」

 

 お互いに、勝ち星を挙げて、

 しかし、相手も相当な棋力であったことも重ねて述べた。

 それは純粋な感想だった。

 三谷は、先手から初手天元により時間を味方につけたことで拾った勝利だが、青木の堅牢な打ち筋に苦労させられたのも事実。手番が逆であれば、相当な苦戦を強いられたであろうことを感じていた。

 加賀は力押しによる勝利。だが、この勝利は加賀自身が筒井やあかりと対局したことでの成長があればこそ。相手の久野の棋力を貶める様な発言はそぐわない。いい勝負だった。

 そんな思いから自然と零れた相手を称賛する言葉に、岸本たち海王中のメンバーも、表情を僅かに和らげることが出来た。

 

「そっか、流石だね。ボクも……相当厳しかった。中盤までは、これまで打った真剣勝負の中で、誰よりも苦しかったよ。でも……勝てた」

「……オレの敗因ははっきりしている。後半の読みのレベルが余りにも違った……納得はできているよ。いい勝負だった」

「ありがとう、岸本さん。……先生」

「うむ」

「葉瀬中、3勝0敗で勝利です」

「うん。……では、決勝戦は葉瀬中の勝利。これにより、優勝は──葉瀬中学校!」

 

 筒井もここでゆかりを伴いつつも椅子から立ち上がり、勝ち名乗りを受ける。

 教師の言葉に胸を張った三人に、大会会場内にいる全ての人から、祝福の拍手が送られた。

 王者海王中の敗北に困惑する声も同時に生まれているが、それは少数にとどまる。

 三谷が、加賀が、そして筒井が見せつけた棋力は、優勝校に名乗りを上げる実力に相応しい、美しい盤面(うちゅう)であったことを、誰もが認めたからだ。

 さらに、彼らの棋力を育んだのは、共に観戦に来ていた進藤ヒカルと藤崎あかり。

 囲碁界隈を知るものであれば話題の渦中の二人だ。

 院生がプロに勝利した若獅子戦の大事件、その理由が理解できた気がした。

 

 だからこそ、大会に参加した中学校の判断もまた、一つの結論に至るのだ。

 

「……筒井くん」

「ん、はい。なんでしょう、岸本さん」

「はは……同学年だし、ここまでの対局を果たした仲だ、砕けて話そう」

「ん……それなら。うん、良い対局だったとボクも思う。全霊を振り絞った対局だった……岸本くんの中盤までの攻勢、心底震えたよ」

「こちらも、たまらなかったさ。オレも自分を再び見つめ直す切っ掛けになりそうだ。さて……」

 

 ここからは表彰式となる。

 その準備が室内で並行して進められるとともに、改めて盤上の石を片付け始める岸本と筒井だが、そこで岸本が先程判断した結論を口に出すことにした。

 それは一つの依頼だ。

 

「……よかったら今度、練習試合を組めないか。葉瀬中に我々海王中の囲碁部がお邪魔して、部活単位での検討会、対局会をしたい」

「えっ!? なっ、いや、良い、と思うけど! けど葉瀬中は碁盤が三つしかないから大人数は……!」

「そうか……なら、海王中に来てくれてもいい。招待しよう。夏休みでも、二学期からでも構わない。できればそちらの囲碁部のメンバー全員で来てほしいものだが……」

「わ、わかった……って言いたいけど、実はこれから本格的に囲碁部が発足する所で、顧問もタマ子先生が受けてくれるとして相談しないといけないし……!」

「ふむ、忙しいようだな。もちろん、急な話だからこの場で詳細にとは言わないさ。携帯はあるかな? アドレス交換をお願いしたい。少しずつ詰めていこう」

 

 練習試合を、対外交流をしたいという申し出。

 これに筒井は驚いた。

 あの海王中から、そんな誘いを受けるなんて、と。

 しかしそんなことを考えているのは筒井くらいのもので、加賀も三谷も、ヒカルもあかりもなるほどな、と提案に一定の理解を示していた。

 恐らくは進藤ヒカルと藤崎あかり、この二人に指導碁をしてもらえる好機と考えたのだろう。

 勿論のこと、他の学校も同様だ。

 

「な、海王中だけズルいぞ! ウチにもぜひ来てくれないか、葉瀬中!」

「ウチにもだ! ウチは持ち運びできる折り畳みの碁盤がいっぱいあるからこちらから出向いてもいい!」

「わが校にもぜひお願いしたい!」

「進藤くんと藤崎さんもだが、ぜひ三谷くんの早碁や加賀くんの盤面の広さ、筒井くんの終盤の鬼神のようなヨセももっと見せてほしい……!!」

「な、わ、わ、わ……っ!!」

 

 他校の部長が、顧問の教師が、次々と筒井に練習試合を持ちかける。

 これには筒井も眼鏡をずらして慌てふためき、そんな様子に加賀も三谷も、ヒカルもあかりも苦笑を零すしかなかった。

 

「……ふ、人気者だな、筒井くん」

「岸本くん! た、助けて……!」

「おや、新王者が弱気だな。…………ところで、そちらの見目麗しき女性はいつまで風紀を乱しているのかな?」

「あ。…………先輩?」

「…………ノリで抱きしめちったけど、なんかハズくて離すタイミング逃してんの」

「もう、お姉ちゃん! 私が恥ずかしいからそろそろ剥がれて! 筒井さん困ってるよ!」

「やめんかマイシスター! 涙で化粧ぐっちゃぐちゃになってんのー! うっわ恥っずー!! 化粧整えてくるーっ!」

(((姉妹!? 藤崎あかりの!?)))

「姐さんオモロ」

「藤崎の姉ちゃんオモロ」

「確かにゆかりさんはオモロい」

『常に場の空気を持っていく女傑ですね、ゆかりさんは』

「不肖の姉がごめんなさーい!」

 

 しかし岸本は助け舟を出すはずもなく、そしてここまでずっと筒井の肩の上でうつむいたまま抱きしめていたゆかりの存在にようやくツッコみ、筒井もゆかりに恐る恐る声をかければ、恥ずかしすぎて俯いていたのがゆかりであった。

 そんな姉の痴態に我慢できなくなったあかりがゆかりを筒井からひっぺがし、化粧が乱れた顔を両手で覆いながらゆかりが化粧室へ駈け込んで。

 そしてそんなアホなやり取りを眺めていた他中学校の人々は、藤崎あかりの姉であるその女子高生の関係性を知り、恐らくは彼女も相当な棋力の持ち主だろうと予想した。間違ってない。

 

 

 そんな、締まりのない、葉瀬中らしい一幕も終えて、しっかりと閉会式と表彰式は執り行われて。

 優勝トロフィーを受け取った筒井が、誇らしくそれを掲げて。

 そして、そんな筒井を中心に、葉瀬中囲碁部()()が並んで笑顔で写された記念写真が、葉瀬中の校長室に飾られることになった。

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