逆行したヒカルと佐為が藤崎あかりを魔改造するお話 作:そとみち
今日のお昼に一話投稿してて本日二話目です。ご注意。
一般的には事故や災害、犯罪被害など、生命の危機に直面するような非常に強い精神的衝撃を受けたことで、その体験が長期にわたり心に影響を与え続ける状態だ。
特に幼少期にそれを受けた場合、精神構造に大きな影響を与えることも学説で示されている。
この世界の藤崎あかりは、その症状を罹患していた。
とはいえ、それは恐怖を覚える様な何かによる衝撃ではない。
余りにも美しいものを見た精神的衝撃により、それが心に焼き付いてしまったのだ。
昨日は朝から幼馴染の様子がおかしく、不安を覚える中で、非日常的な蔵の中の暗がりという場で、余りにも美しいモノを魅せつけられた。
その計り知れない衝撃はあかりの脳を揺らし、見事にその盤面を記憶に焼き付けていた。
ヒカルと佐為が長年の想いを籠めて打ち合った、囲碁の歴史においても至上と言える究極の一局が、幼いあかりの精神の支柱に刻まれてしまっていた。
※ ※ ※
「あかり」
「……」
「……あかり!!」
「っわ、あ!? あ、ヒカル……いつ来たの?」
「いつって……」
碁盤に心を飛ばしていたあかりに声をかけ、それでも返事がなかった事でヒカルもさすがに心配が勝り、あかりの肩に手を当てて意識を引き戻す。
それでようやくヒカルの声が届き、あかりはぽかんとした顔になり、すぐ傍にいるヒカルに気が付いたようだった。
「あかり、お前これ……自分で並べたんだよな?」
「うん。昨日、ヒカルと佐為が作ってたキレイなのを並べてみたの。どう? 合ってる?」
「…………合ってる」
『完全に一致しています! あかりちゃん、すごいです!!』
あかりのその言葉に、完全に再現した盤面に佐為が喜びの声を上げて犬のようにはしゃぎはじめるが、ヒカルは戦慄を覚えていた。
こんなこと、普通は出来るはずがない。
──というのも、ヒカルにはかつての世界で同じような驚愕を浴びる側に立ったことがあったのだ。
事の始まりは佐為と出会った小学六年生の頃。
まだヒカルが囲碁の定石も何も理解していなかった時代。
塔矢アキラと二度の邂逅を果たしたのち、あかりに誘われて葉瀬中の文化祭に参加し……そこで筒井と加賀に出会い、一悶着あって中学の団体戦に小学生の身ながら飛び入り参加した。
その時、ほぼ素人であったヒカルは、中学生同士が打つ一つの盤面を最初から眺めていた。
そして、途中で碁石が崩れてしまった後に、一手目から並べ直すことが出来たのだ。
尋常ではない記憶力。
その後も、自分が打った局の棋譜はたとえ初めての三面打ちの後でもスムーズに思い起こすことができた。
秀策の棋譜や、肝心な一局などは最後まで一度脳内でなぞればずっと覚えていられる。
一色碁は天才と謳われる倉田よりも深く潜り込み検討までできた。
これが普通でないことに、ヒカルはなんと18歳にしてようやく気付くことができたのだ。
同期でプロになった和谷にふとした瞬間にそれらのエピソードを話した時に、思いっっっきりドン引きされたのだ。
『出会った時から頭おかしいと思ってたけど出会う前から頭おかしかったんだな』と真顔で述べる和谷の顔が随分印象に残っている。
話は戻して、今目の前の盤面を作り上げた七歳児のあかりの件だ。
あかりは棋譜を覚えるのは苦手だったはずだ。
少なくともヒカルの知るかつての彼女は、打ち終えた一局をその後も覚えているようなことは無かった。
指導碁の検討でも、何故その一手を打ったのかをあかりが中々言語化できずに、ガキだった頃の自分がそれにやきもきしていたのを覚えている。
そんな態度によく付き合ってくれてたよな、と別の感想も生まれる反面……今これを並べ切ったあかりに、驚愕を隠せないでいた。
「あかり……まさか、オレたちが打った順番とかも覚えてるのか?」
「え? 覚えてるよ? ……む。もしかしていま、私の事バカにしてる?」
「してないよ! スゲェって思って……えっと、それじゃもう一回並べ直して見せて? 順番に」
「うん、いいよ」
もしかすれば、終局したときの形をあかりが覚えており、たまたま並べたら一致したのかも……とヒカルは思い、確認の言葉をかけたが、あかりはなんと打った順番まで覚えているという。
もう一度碁石を整理してゼロからやらせてみれば、ヒカル一人で白と黒を並べるという普段の囲碁とは違う状況のそれであっても、佐為と二人で一手ずつ打ち合った軌跡を、見事にあかりは再現してみせた。
「うん! これでおしまい! やっぱり何度見てもキレイだなぁ……」
『すごいすごい! あかりちゃん、こんなに囲碁の才があったのですね! ヒカル並みですよ!』
(マジで合ってる……マジか。この世界のあかりどうなってんだよ)
囲碁で脳が占められている佐為はまたしても脳天気に喜ぶが、ヒカルは幼馴染の変貌ぶりに驚きしかなかった。
わからない。碁にはある程度の才覚というものが必要という事は、流石のヒカルもプロになり指導碁を打つ立場になれば理解はしている。
しかしあかりがこんなにも輝きを見せてくるとは予想もつかなかったのだ。
子供のころから囲碁に触れるとよく伸びる……という、アキラや越智を知っているからこそ想像できる予想もあるが、それにしたって、ルールも何も知らない状態で七歳児が一度見ただけの対局を盤面に再現できるなんて。
……しかし、ヒカルもまた囲碁バカ故に。
(────すげぇ!! これ、マジで本気で教えたらすっげぇ上手くなるんじゃねぇか、あかりも!?)
変化の理由を気にするよりも、変化の結果に期待を馳せた。
絶対上手くなる。
この世界のあかりは、なんでかは知らないけど囲碁のセンスがある。
だったら、オレと佐為できちんと教えてやれば、もしかすれば物凄く囲碁が上手くなって、共に神の一手を探しに行けるんじゃないか、と。
「……すげぇ。すげえよあかり、マジですげぇ!! マジで!!」
『ええ、すごいです! まじまじとすごいです! まじまじ!』
「わ、わ。ほんと? 私って、すごい?」
「ホンットすごい!! 嬉しくなっちまうな……へへ、じゃあオレも佐為もしっかり教えてやらねぇとな!! 佐為もめっちゃ興奮してるぜ、あかりがすごいから!」
『それはもう! ああ、なんと将来が楽しみな事か……!』
「えへへ、やった! じゃあ今日からいっぱい教えてね、ヒカルせんせー! 佐為せんせー!」
「おう!」
そう思ったら話は早い。
悩むのは後でもできる。
今は一刻も早く、この幼馴染に囲碁のルールを教え、腕を伸ばし、共に盤面の宇宙を創り上げられるように鍛える時だ。
ヒカルは碁盤を挟んだあかりの向こう正面に座り、早速プロになってからの指導碁で得た経験から、囲碁の指導を始めた。
「────つまり、最終的に地の大きさで勝敗は決まるんだ」
「地?」
「ああ。たとえばここの黒の地な……これ。線と線が交わる所を数えてみな」
「えーと……12個?」
「そう。だから12目の地がこれで創られる。それに対して白がこんなふうに……10目だったら、黒の2目勝ち、って感じでな」
「わかった! ……えーと、じゃあ…………昨日のヒカルと佐為の碁は、
『まぁ……なんと! 整地をしていない終局したままの状態で、目算まで出来ているなんて!』
「すげーなマジで……佐為もホメてるぜ。そう、あかりの言う通り黒と白で5目の差があった。でも結果は黒の、オレの負けだったのさ」
「えっ、なんで?」
「そういうルールがあるんだよ。基本的に黒が先手なんだけど、場所を取り合うルールなわけだから、先に打った方が有利だろ?」
「うん、そうだよね」
「だからそこにハンデがあるの。先手の黒は5目半のハンデがあってな、コミって言うんだけど────」
小学二年生とは思えないほどの理解の速さ、感じさせる囲碁の才覚に、ヒカルも佐為も期待を心に逸らせながら、あかりに一から囲碁を教えるのだった。
※ ※ ※
────囲碁の才能とは、何をもって表すのか?
天才。
その肩書に相応しい存在は、確かに囲碁会に存在する。
塔矢行洋。その息子であるアキラ。
碁を始めて2年でプロになった倉田。佐為が取りついてから2年でプロになったヒカル。
いや、プロになれる時点で、一定の才能はあると表現してもよいのかもしれない。
では、才能の根幹である棋力……囲碁の実力は、どこから生まれるのか?
塔矢アキラは確かにプロである行洋の息子だ。
だが彼は幼いころから父に指導を受け、研究会に参加していた。経験としては尋常でないものを積み上げていただろう。勿論、それに伴う努力も。
進藤ヒカルの成長は佐為の導きが大きい事は誰もが異を唱えないだろう。
佐為抜き、囲碁の経験無しで2年でプロになった倉田は例外中の例外だが、その他若くしてプロになった和谷、越智をはじめとする院生メンバーであっても、幼いころから碁を打った経験があった。経験を積んでいた。
塔矢行洋は、幼き日の塔矢アキラに言った。
囲碁の才能は分からないが、誰よりも努力を惜しまない才能と限りなく囲碁を愛する才能がある、と。
努力が無ければ囲碁は上手くならない。愛が無ければ囲碁は上手くならない。
その二つが揃ったアキラは、強くなると。
ヒカルが逆行してくる前の世界における藤崎あかりには、囲碁を楽しむ心があった。部活動に精力的だった。
そして、ヒカルという爆速で強くなっていく幼馴染が隣にいて、佐為による指導碁も自覚は無かったがたまに受けられた。
しかし、それらがあってなお、囲碁の強さが目立つほどのそこに到達することはなかった。
あえて厳しい表現をするのであれば、囲碁の才能がなかった、と言えるだろう。
では、この世界における藤崎あかりはどうか?
前の世界よりも囲碁を始めたのが5年早くなった。
ヒカルへの恋心なども混ざってはいるが、至上の対局に脳を焼かれ、囲碁の盤面が精神に刻み込まれた。打つことを心から楽しめるようになった。
そしてそんな彼女を指導をするのは、二十一歳にして本因坊タイトルを獲得したころの進藤ヒカルと、そのヒカルを鍛え導いた囲碁歴千年の幽霊、藤原佐為。
指導者二名とも、あかりを本気で鍛えてやろうと意気込んでいる。
時間が有り余る小学生だ。恐らく毎日のように彼女を鍛えることだろう。
まだ未来は確定していない。
これから先の事は分からない。
分からないが、しかし、分からないなりに想像できることがある。
────怪物が生まれるであろう。